15.クロエと街と、
私室に戻ると、クローヴィスからの贈り物がどっさりと届いていた。ロゼッタが好みそうなドレスや化粧品、香水などなど、内容はバラエティに富んでいる。
(王族と権力、か)
先ほどもらったばかりのピンクダイヤのネックレスを見つめながら、ロゼッタはほんのりと唇を尖らせる。魅力がないといったら嘘になる、とロゼッタは思った。
「クローヴィス殿下との食事会はどうだった、ロゼッタ? 楽しかった?」
と、ロゼッタの部屋がノックされる。同僚侍女のクロエだ。
「クロエ」
「わぁ! 高そうなピンクダイヤ。デザインも素敵だし、ロゼッタにぴったり! いいな、私もこういうのもらいたい! クローヴィス殿下もかなりやるわね! これはロゼッタでもグッと来たんじゃない? 王族との結婚はない、なんて言っていたけど」
「……そうね」
食事会で話した内容をクロエに伝えるつもりはないが、皆無だった可能性がぐんとアップしたのは間違いない。ロゼッタは複雑な気持ちで笑みを浮かべた。
「なによ、浮かない顔しちゃって。クローヴィス殿下に限らず、候補者があんなにたくさんいるんだから、もっと嬉しそうな顔をしてしかるべきでしょう? 私なら常にニマニマ笑っちゃいそう。こっちは最近はロゼッタが夜会に付き合ってくれないから、新しい出会いが全然ないっていうのに」
「それは……そうよね。ごめんなさい」
ほんの少し前まで、毎晩のように二人で夜会に馳せ参じていたのだ。クロエの不満もごもっともで、ロゼッタはシュンと肩を落とす。
「ちょっと! どうしちゃったの、ロゼッタったら。そんな本気に受け取らないでよ。新しい出会いが云々っていうより、私はロゼッタと出かけるのが楽しいって言いたかっただけなの! 最近全然構ってくれないんだもの」
「クロエ……」
沈んでいた気持ちが少しだけ高揚する。
「でしたら、明日は久々に街へ出かけませんか? なんとなく気晴らしがしたい気分でしたの!」
ロゼッタが言うと、クロエは嬉しそうに瞳を輝かせる。
「やった! だったら、新しいドレスがほしいから、一緒に選んでよ! 男ウケよさそうなかわいくて清楚なやつがいいなぁ。ロゼッタに選んでもらったら間違いないんだもの。今度の夜会で着ていきたいから」
「了解ですわ。お任せください」
話しながら、ロゼッタのテンションも上がってくる。
ここ最近、知らず知らずのうちに婚活を頑張りすぎて、かなり気を張っていたらしい。クロエとならば、肩肘張らずに過ごせるし、駆け引きも何も必要ない。自然体で過ごすことができるだろう。
「それじゃあ、また明日ね」
「ええ、楽しみにしております」
おやすみの挨拶をして、その日は解散することになった。
***
翌日、二人は朝早くから街へと繰り出した。
食事やお茶をしたり、お目当ての店への道のりを歩きつつ、二人のおしゃべりは止まらない。
「ねえ、この間ウィルバート様に連れて行ってもらったお店ってどこ? たしか通りを挟んだ向こう側って話だったわよね?」
「あちらのお店ですわ。店構えからして、とっても素敵でしょう?」
「素敵だけど……たとえば今から私たちだけで入れるものなの?」
「無理ですわね。侍女のお給料ではとても手が届きませんもの。買う気がないとすぐにバレて気まずい思いをするだけですわ」
クスクス笑いながら店を眺めつつ、ロゼッタはそっと目をつむる。
「そう考えると、やっぱりこの世はお金がすべてだなぁと実感しますわね」
「お金ねぇ……言いたいことはわかるけど、ロゼッタが言うレベルのお金持ちって、本当にほんの一握りしか存在しないじゃない?」
「そうですわよ?」
わかっているからこそ、こうして婚活に躍起になっているのだ。
「少しぐらいレベルを落とすつもりは?」
「ありませんわ。最上級の暮らしができる男性一択です」
「でも、そういう男性が相手だと疲れそうじゃない? 自分を押し殺して生きていかなきゃいけなさそうだし、色々と気を使いそうで」
「それは……」
ロゼッタはウィルバートとクローヴィスとのやり取りを思い出しながら、うーんと小さく唸り声を上げる。
たしかに、ウィルバートと話すときはロゼッタは普段よりも数段、背伸びをする必要があった。バカにされるのは嫌だし、自分を大人っぽく、よりよく見せたいという気持ちがある。次回はもっとウィルバートの心をガッツリ掴まなければというプレッシャーもあるし、疲れないといえば嘘になる。
クローヴィスに至ってはとにかく身分が高いから、不敬になるような言動ができない。彼のグイグイ迫ってくる性格も相まって、疲れないはずがなかった。
「でしたら、クロエなら男性についてどこまで妥協ができますの?」
「え〜〜? そういう聞き方をされると返答に困るんだけど……あっ!」
と、クロエが小さく声を上げる。
「どうしましたの?」
ロゼッタがクロエの視線の先を見ると、そこには王太子付きの文官であるライノアがいた。
「やっぱりいいわ、ライノア様! びっくりするぐらいかっこいい! 素敵! あの顔だけでお腹いっぱいになれちゃう!」
「そういえば、クロエは以前もそんなことを言っていらっしゃいましたわね」
男性の好みについて話をしていたときに、クロエがライノアについて『最高の男』だと言っていたことを思い出す。
「え? どうしよう。声かけてみようかな」
「ライノア様に? やめといたほうがいいですわ。あの方の価値観はわたくしたちとは相容れませんわよ」
ロゼッタは小さく首を傾げつつ、クロエの腕をそっと引く。
「価値観ってどんな? そういえば、ロゼッタは公爵夫人のお茶会でもライノア様に遭遇したんだっけ?」
「そうですの。彼ったら『着るに困らず、雨風のしのげる家で眠ることができ、お腹を空かせることもない――それだけでも十分幸せなこと』だなんておっしゃるのよ?」
「え? いいじゃない! すごく謙虚で堅実な感じで」
「えぇ……?」
興奮した様子のクロエに戸惑いつつ、ロゼッタはそっと視線を背ける。
――と、一人の男性が視界の端に飛び込んできて、ロゼッタの心臓がドクンと大きく脈打った。
(え? 嘘……嘘!)
見間違いかもしれない。きちんと見て確かめるべきだ――そうわかっているが、嫌すぎて体が拒絶反応を起こしている。手も足も動かないし、呼吸すらうまくできない。
(嫌よ、嫌、会いたくない。絶対に会いたくない!)
瞳に薄っすらと涙がたまる。
苦しさとパニックのあまり、ロゼッタは膝から崩れ落ちた。




