12.セリーナの提案
ウィルバートとのデートから一晩、ロゼッタは文机に向かっていた。
(化粧はブラウン系に、前髪はおろさず分けてみるのがいいかしら? ドレスはもっとフリルが少ないもので、Aラインのものは卒業、色合いも寒色系にしてみて……)
頭の中でひとりごとをつぶやきつつ、ロゼッタはガラスペンを走らせる。分厚い冊子にこれでもかというほどぎっしり書き込まれた文字は『打倒 ウィルバート』の目標のため、どんなことをすればいいかを箇条書きにしたものだ。
「ロゼッタ」
ウィルバートを落とすためには、一分一秒だって無駄にしてはならない。セリーナに呼ばれるまで仕事はないし、こういった隙間時間を有効活用しなければならない。
(声のトーンはもっと落とすべきかしら? 口調もあまり令嬢っぽくない感じにしてみるとか? 話題の方向性は間違っていないと思うのだけど、もっといろんな分野に精通しなければ。そのためには)
「ロゼッタってば」
肩をポンポンと軽く叩かれ、ロゼッタはようやく我に返る。
「まあ、殿下。お呼びでしたか? すぐに気づかず申し訳ございません」
「別にいいけど、暇だから話し相手になってほしかっただけだし。それにしてもすごい集中力ね。一体なにを書いていたの?」
セリーナはそう言って、ロゼッタの手元を覗き込む。それから、すぐに苦笑いを浮かべた。
「相変わらず研究熱心ね。そんなに可愛いのに、まだ磨き足りないの?」
「殿下ったら、美貌だけでは男性の心を射止めることはできませんのよ? とびきりの幸せを得たければ、それに見合う努力をしませんと」
「……わたくし思うのだけど、ロゼッタのその努力、男性の心を射止めるためじゃなく、金儲けのために使ったほうがよほどいいのではないかしら?」
真面目な表情でつぶやくセリーナに、ロゼッタはきょとんと目を丸くする。
「わたくしが? 自分でお金儲けを?」
「そう。だって、これだけお金への熱意に溢れているんだもの。自分で事業を起こしたら、それこそ死にものぐるいで勉強をするだろうし、真剣に取り組むだろうと思うのよ。それを男性を捕まえるためだけに使うなんて、なんだかもったいない気がして」
セリーナの言葉に、ロゼッタはふふっと小さく笑う。
「殿下ったら、わたくしは豪華絢爛、悠々自適な生活を送りたいのです。あくせく働きたいわけではございませんのよ? ですから、努力の方向性を変えるだなんて、とてもとても……」
そう返事をしつつ、ロゼッタの心が少しだけ揺れる。もしもロゼッタ自身が金儲けに走ったら、いったいどんな結果が得られるだろう――なんて、絶対にありえないとロゼッタは首を横に振る。
「それにしても、ここに書いてある内容はなんだかロゼッタらしくないわね。トレードマークのピンクを捨てるなんて、いったいどんな心境の変化?」
セリーナがそっと首を傾げる。
「それは……」
返事をしようと口を開くと、ウィルバートの茶目っ気たっぷりな笑顔が思い浮かぶ。
『そう? 俺はすごくいい気分だよ。ロゼッタ嬢は本当に可愛いね』
「――言いたくありませんわ」
ロゼッタは唇を尖らせつつ、ふいとそっぽを向いた。
「あらあら。珍しいこともあるものね。なんでも嬉々として教えてくれるあなたが……よほど悔しいことでもあったのかしら? お相手はまあまあ年上の男性でしょう? 違う?」
「――黙秘いたしますわ」
眉間にシワを寄せるロゼッタに、セリーナはクスクスと笑い声をあげた。
「ロゼッタったらわかりやすい。本当に可愛いわね」
その瞬間、ロゼッタはハッと目を見開く。それから頬を真っ赤に染め、ほんのりとうつむいた。
「わたくしったら……こういうところをなおさなければいけませんのに」
「なるほどねぇ。それで外側から整えようとしているってわけか。まあ、いいんじゃない? わたくし的にはロゼッタにはやっぱりピンクが似合うと思うけど。そのために、わざわざ髪まで染めてるんでしょう?」
そう言ってセリーナはロゼッタの髪にそっと触れる。ロゼッタは思わず目を丸くした。
「まあ……! 気づいていらっしゃいましたの?」
「当然。元の髪の色は金色かしら? それも似合うとは思うけど」
ドヤ顔で笑うセリーナに、ロゼッタは観念したように両手をあげた。
「さすがは殿下。素晴らしい慧眼です。本当に驚きましたわ」
「まあ、王族だし、それが仕事みたいなものですから? ねえ、悩みがあるならわたくしが聞いてあげるわよ。色恋沙汰って、わたくしには縁遠い――絶対経験できないことでしょう? ロゼッタの話を聞いたら、まるで自分が恋愛しているみたいに思えて楽しいのよね」
セリーナはうっとりとした表情で微笑みつつ、ロゼッタをじっと見つめる。
「……残念ながら、わたくしが恋をしている相手はお金ですわ。殿下が望むお話はできないかと……」
「そうだろうけど! それでも、自由に相手を選ぶことができるのって羨ましいのよね」
どこか寂し気な表情のセリーナに、ロゼッタはほんのりと胸が痛む。
王族であるセリーナは自分の意思で伴侶を選ぶことができない。政略、国力のため、いずれは父親が選んだ相手と結婚をせねばならないのだ。ロゼッタの話を聞いて、疑似恋愛を楽しみたいと思うのに無理はない。ロゼッタはそっと目を伏せた。
「そうですわね……わたくし、これまではお相手の候補になりそうな男性を見つけること、縁を作ることに躍起になっておりましたの。幸いなことに、最近になってようやくターゲットを絞り込むことができまして。けれど、仲を深めようと思うとなかなか難しいのです。どこまで踏み込んでいいのか、どんなアプローチをすればいいのか迷ってまして」
「なるほどなるほど。これまでとは違うフェーズに来ているってわけか」
ロゼッタがうなずく。セリーナはそっと首を傾げた。
「だったら、うちのお兄様を利用してみたら?」
「え?」
思わぬ発言に、ロゼッタはギョッと目を丸くする。
「お兄様って……もしかしてクローヴィス殿下ですか?」
「それ以外に誰がいるのよ。ほら、以前お兄様と『一緒に食事をする』って約束してしまったでしょう? あれから毎日『ロゼッタはいつ時間がとれるのか』ってしつこくって。適当に誤魔化していたんだけど、いつまでもこのままってわけにはいかないし。これを機に男を転がす練習台として利用してみたらいいんじゃないかと思うのよ」
「セリーナ殿下……」
相手は仮にも王族で、しかもロゼッタに想いを寄せているというのに、利用などしていいものなのだろうか? けれど、そう提案するセリーナの表情は活き活きと輝いており、喜びに満ちていて。
「――楽しんでいらっしゃいますね?」
「バレた? いいじゃない? お兄様はロゼッタと食事をするっていう願いが叶うし、あなたは経験値があげられる。わたくしはわたくしで面白いしで、誰も損しないんだもの」
こんなふうに開き直られてしまってはどうしようもない。ロゼッタは「そうですね」とこたえざるをえなかった。




