11.ウィルバートとのデート②
(これよ、これ! これがわたくしの求めていた生活なのよ!)
ロゼッタは鏡にうつった自分の姿を見つめながら、満面の笑みを浮かべる。今の彼女はまるで一国の姫君のよう――いや、それ以上だ。
「お似合いですわ、ロゼッタ様」
「本当に素敵です! まるでロゼッタ様のためにデザインされたかのよう」
「どうぞ、こちらのドレスも試着してみてください。本当に、眼福ですわ」
先程から何着も何着も、店員たちからうながされるままにドレスの試着を重ねている。触れるのがためらわれるほど艷やかで滑らかな高価な布に、繊細な刺繍の入ったレース、リボン、帽子や、エナメルの靴。アクセサリーに時計も試させてもらった。興奮するなというほうが無理がある。本当に夢のような時間だ。
「うん……よく似合ってる」
ウィルバートはロゼッタが試着をする様子を嫌な顔一つせずに見守ってくれた。むしろ手放しで褒めてくれるし、一緒になって喜んでくれる。『次はどんな服がいい』とリクエストまでしてくれるので、思う存分楽しむことができた。
「ありがとうございます、ウィルバート様。こんな形でフェルミエのドレスを楽しむことができて、感無量ですわ」
「俺が着飾ったロゼッタ嬢を見たかっただけだよ。だけど、喜んでもらえてよかった。……うん、やっぱりこのドレスが一番だな」
ウィルバートはそう言って、ロゼッタの髪をそっと撫でる。ドキッと胸をときめかせつつ、ロゼッタは思わず視線をそらした。
「あの……」
「それじゃあ次の場所に行こうか」
ウィルバートはロゼッタの腰を抱き、店員にそっと目配せをする。
「けれど着替えが……」
「そのドレスはもう、ロゼッタ嬢のものだよ」
ニコリと、余裕たっぷりに微笑まれ、ロゼッタは「まあ……!」と瞳を輝かせる。
(嬉しい! そうなったらいいなって思ってましたけども、本当にプレゼントしてくださるなんて……!)
ロゼッタは頬に両手を当て、ニヤけそうになるのを必死に堪えた。
「それから、他のドレスも城に届けてもらうように頼んでおいたよ」
「他のドレスも? そ、そんな! よろしいのですか?」
まるで文房具でも買ってやったかのような軽やかな口調。だが、ロゼッタが試着したドレスの値段は数百万はくだらないはずだ。お金が大好きなロゼッタでも躊躇してしまうのは当然だろう。王女であるセリーナですら、こんなにいっぺんにドレスを新調したりしないのに。
「もちろん。ロゼッタ嬢にプレゼント」
ウィルバートが笑う。ロゼッタは叫びだしそうになるのを必死にこらえ「ありがとうございます!」と口にした。
(本当に、ウィルバート様は素敵すぎるお方だわ!)
スマートでカッコよく、大人の魅力に満ちており、なによりめちゃくちゃ気前がよい。ロゼッタの理想を体現したような男性だ。
(もう、彼に決めてしまおうかしら)
一瞬そんな考えがよぎるが、彼女の周りにはウィルバートに引けを取らない金持ちかつ素敵な男性が溢れている。現段階で彼に狙いを定めてしまうのはあまりにも危険だ。きちんと見定めなければ、とロゼッタは気合を入れる。
ウィルバートはその後もロゼッタをいろんなところに連れて行ってくれた。ロイヤルボックスで芝居を見てから出演者に会わせてくれたり、レストランを貸し切りにしてくれたり、ジュエリーショップにカフェ、ロゼッタが喜びそうなところへ案内してくれる。しかも、どこへ行っても王族がお忍びで街歩きをするかのような好待遇だ。
加えて、彼との会話はウィットに富んでいて、ロゼッタは終始退屈をしない。
「ウィルバート様は女性の好きなものにお詳しいのですね」
「そうでもないよ。俺はむしろロゼッタ嬢に感心してるんだ。経済のこととか、俺の事業のこととか、本当によく勉強しているよね」
ウィルバートに頭を撫でられ、ロゼッタはまんざらでもない表情を浮かべる。
金持ちとの会話についていけるよう、日々情報収集を欠かさず行っているのだ。努力を認めてもらえたようで嬉しくなってしまう。
そうこうしているうちに、空がオレンジ色に染まりはじめた。ウィルバートの隣を歩きながら、ロゼッタはちらりと彼を見上げる。
「――このあとどうする?」
と、問いかけたのはウィルバートのほうだった。ロゼッタは思わずドキッとしつつ、すぐに彼から視線をそらしてしまう。
(このあと……)
デートの間、ウィルバートはロゼッタに『どこに行きたいか』なんてたずねたりしなかった。常に彼が主導となり、ロマンチックなデートを演出してくれた。
それなのに、じきに夜というこのタイミングでロゼッタの意思をたずねられ、ドギマギするなというほうが難しい。
「そういえば、ロゼッタ嬢は俺の屋敷に来てみたいって言ってたっけ」
「……! ええ」
(だけど…)
男性の自宅に――それも夜に――訪れるなんて、周りから『そういうことをしている』と思われても仕方のない行動だ。庶民ならばまだしも、未婚の貴族令嬢が軽々としていい行動ではない。今後の婚活にも支障が出る可能性がある。
(とはいえ、ウィルバート様の心はがっつりと繋ぎ止めておきたい)
しかし、ウィルバートを自身の相手に決めたわけではないこの状況で、そんなリスクをおかしてもいいのだろうか?
そもそも、ウィルバートからそういうことを求められたとしたら?
(どうしましょう?)
これだけよくしてもらっておきながら『家に行くのは嫌です』なんて、虫が良すぎるだろう。世の中はギブアンドテイクでできている。男性がロゼッタに優しくしてくれるのは、その美しさに惹かれているから。……そして、下心があるためだ。自分は散々利用するくせに、利用されるのは嫌だなんてありえない。ロゼッタ自身、そう思ってはいるのだが。
「……ごめんね。ちょっと意地悪を言ってみた」
「え?」
ウィルバートはそう言って、ロゼッタの額に口づける。思わぬことに、ロゼッタはほんのりと目を見開いた。
「昼間ならまだしも、夜に女性を屋敷に招待したりしないよ。結婚前のご令嬢に、変な噂が立ったらいけないからね」
「ウィルバート様……」
どこまでも余裕たっぷりなウィルバートの様子に、ロゼッタは顔を真っ赤にする。
どうやら本気でからかわれていただけらしい。ロゼッタは思わず唇を尖らせた。
「わたくし、なんだか悔しいですわ」
「そう? 俺はすごくいい気分だよ。ロゼッタ嬢は本当に可愛いね」
そう言ってウィルバートはロゼッタの頭を優しく撫でる。
(わかりましたわ)
彼にとっては、ロゼッタはただの子ども――愛玩動物と同等なのだ。可愛がって、遊んで、楽しんでいる。おそらくまだ恋愛対象にすら入っていない。当然、結婚や愛人の候補にはなりえないだろう。
それでも、彼がロゼッタに対してお金を惜しまないのであればそれでいいのだ。……いや、いいはずなのだが。
「次の機会には、なにがなんでも屋敷に招待したい女性だと言わせてみせますわ」
「それはいいね。楽しみにしてるよ」
ウィルバートはそっと目を細める。本当に楽しくてたまらないといった表情だ。ロゼッタはふん、とそっぽを向いた。




