10.ウィルバートとのデート①
ロゼッタはその日浮き足立っていた。何日も前からお肌のお手入れを入念に行い、化粧や髪型を試行錯誤して今日という日を迎えた。三百六十度、どの角度から見ても可愛い――誰が見てもそう思わずにはいられぬよう、細心の注意を払った。
(なんとしても! なんとしてもこの機会をものにしなくては!)
凄まじいほどの気合。けれど、それが表面には出ないよう、何度も何度も鏡に向かって笑顔の練習を行う。男性はガツガツした女性を苦手とする。表向きは『なんとも思っていません』というふりをしながら、本心では『どうやってこの男を射止めるのか』を必死に考え、計画を行動に移す必要があるのだ。
大事なのは相手に『隙がある』『いけそう』だと思わせること。それでいて高嶺の花のように思わせること。難しいことではあるけれど、ロゼッタならばできる――そう自分に言い聞かせ、ロゼッタは鏡台の前から立ち上がった。
「ウィルバート様!」
「おはよう、ロゼッタ嬢」
今日のデートのお相手は、実業家のウィルバートだ。ロゼッタは満面の笑みを浮かべ、ウィルバートの乗った馬車へと駆け寄る。
「遅くなってごめんなさい」
「大丈夫、時間通りだよ。そんなに走らなくてよかったのに」
ふわりと優しく目を細め、ウィルバートがじっとロゼッタを見つめる。余裕たっぷり、大人の魅力を存分に味わいながら、ロゼッタの胸がトクンと跳ねた。
――が、彼女がなにより注目しているのは、ウィルバートの身につけているものだ。
(最高級ブランド時計トゥーベックの懐中時計に、馬車はフェルードゥ車の最新モデル。お召し物はフォルティガのセットアップ)
他にもスカーフやブローチ、靴に至るまで、すべてが最高級の品。これだけで家がゆうに数棟建つ計算だ。
「ウィルバート様が素敵すぎて、一刻も早くお会いしたかっただけですわ!」
それはまごうことなきロゼッタの本音。ウィルバートは彼女にとって、あまりにも魅力的な男性だ。
「ありがとう。それじゃあ、行こうか」
「ええ」
ロゼッタはウィルバートにエスコートをされ、彼の馬車へと乗り込んだ。
「本日は誘ってくださってありがとうございます。わたくし、本当に楽しみにしておりましたの」
ウィルバートとはあれから、定期的に手紙でやりとりをしていた。彼は他のターゲットと違って城を訪れることがないので、偶然に会うということはまず期待できない。ウィルバートからデートの誘いが来たときは本当に嬉しく、ついついガッツポーズを浮かべたものだ。
「本当に? 侍女の仕事って忙しいんだろう? 丸一日時間を作るの、大変だったんじゃない?」
「とんでもない! ウィルバート様のためなら、時間の都合なんていくらでもつけますわ! それに、セリーナ殿下にはわたくしの他にもたくさん侍女がおりますから」
「だけど、セリーナ殿下が一番頼りにしてるのはロゼッタ嬢なんだろう? 噂、聞いたよ。化粧やヘアセット、ファッションセンスが超一流の侍女がいるって。おかげでセリーナ殿下は王女ということを差し置いても、社交界で絶大な影響力を持つんだって」
「まあ、そんな噂が……?」
ロゼッタがほんのりと頬を染める。
正直なところセリーナを着飾ることは、自身の知識や好奇心を満たすことができる貴重な手段のひとつだし、自分では買えない高価なドレスを思う存分見たり触れたり堪能することができるから、ひたすら楽しいお仕事だ。それが、こんな形で評価されているとは知らなかったのである。
「いったい誰からそんな噂をお聞きになりましたの?」
「夜会で知り合ったご令嬢だよ。セリーナ殿下の話を彼女たちからよく聞くものだから」
「まあ、そうでしたの。それは嬉しいことですわ」
ロゼッタは微笑みながらそうこたえた。……が、内心は穏やかではない。
(ウィルバート様ったら、他にも女性と交流がありますのね)
これだけ美しく、金持ちで、魅力的な男性なのだ。女性陣が放ってはおかないと思っていた。
だが、実際に『自分だけではない』と聞いてしまうと、焦ってしまうのは仕方がない。ロゼッタとしては、愛人の一人にしてもらえるなら本命がいても構わないものの、あちらがそういうタイプとは限らないからだ。それに、自分にかけてもらえるお金が減るのは間違いないし、そもそもロゼッタを選んでもらえない可能性が格段にあがってしまう。
(これは、調べてみる必要がありますわね)
ウィルバートがデートしている女性について――彼女たちとどこまで進んでいるかについて。密かにそう決心しながら、ロゼッタはもう一度ニコリと微笑んだ。
「ところで、今日はどちらに行きますの?」
「ん? ロゼッタ嬢が喜びそうなところ」
ウィルバートは目を細め、ロゼッタの頭をそっと撫でる。その途端、ぶわりと身体が熱くなって、ロゼッタは思わず目をそらした。
「そ、それは楽しみですわ」
「うん。俺も楽しみ」
余裕たっぷりなウィルバートの横顔をチラチラ見つつ、ロゼッタは密かに深呼吸をした。
***
「いらっしゃいませ、ヴァンス様」
店先に並んだ従業員たちが一斉に恭しく頭を下げる。美しいショーウィンドウ。高級感あふれる展示物に、おいそれとは入れない雰囲気の店構え。
(あ、あぁ……!)
ロゼッタの胸がトクントクンと大きく跳ねる。
それもそのはず。この店は国中の乙女が憧れる超高級ブランド、フェルミエだ。
セリーナのドレスを作ってもらうため、デザイナーや職人と何度も会ったことがあるが、自分が客として来るのははじめてのこと。興奮せずにはいられない。
「本日はお連れ様がいらっしゃるとお聞きしてましたが、ロゼッタ様でいらっしゃったのですね」
「ああ、彼女のことを知っているんだね?」
「もちろんでございます。セリーナ殿下のドレスを仕立てるために城におうかがいする際、いつもお世話になっておりますから」
店員はそう言って、ロゼッタに向かって恭しく頭を下げる。ロゼッタはそっと瞳を細めた。
「こちらこそ、フェルミエの皆様にはいつもお世話になっております。殿下のドレスはどれも素敵なものばかりで、いつも惚れ惚れしております。これぞ姫君の身につけるドレスだと……」
「今日はロゼッタ嬢が俺にとってのお姫様だよ」
「まあ……!」
ふわりとその場で跪かれ、店員たちと一緒になって頬を染める。
「それじゃあ行こうか」
「はい」
ロゼッタはウィルバートに導かれ、店の中へと入った。




