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1.ロゼッタ・クロフォード

(やっぱりこういう場所は苦手だ)



 ひとりの男性がため息をつく。星空のように美しい銀色の髪に、宝石のように透き通った青紫色の瞳。すっきりと美しい目鼻立ちをした美しい男性だ。身にまとった夜会服は繊細な金の刺繍が入った流行の最先端の品で、胸には彼の瞳の色とよく似たブローチが輝いている。

 彼はワイングラスを片手に周囲をぐるりと見回した。



「そんな顔するなってライノア。社交界に顔を出すことだってたまには必要だろう?」



 と、彼の同行者が声をかける。ライノアとよく似た銀の髪に青紫色の瞳をした男性だ。けれど、容姿はライノアのほうが数段美しく、雰囲気はどこか野暮ったい。

 ライノアは首をひねりつつ、グラスの中身を飲み干した。



従兄弟(にい)さんにとってはそうでしょうね。だけど僕は……」


「しがない文官だから、だろう? いいか、ライノア。文官として生きていくにしても人脈は重要だよ。こういう場所で顔を売ることが将来の出世につながるんだ。真面目で正確な仕事ぶりだけじゃ、上の人間から正しく評価はされないんだよ」


「はぁ……」



 ライノアは心底興味がないといった表情でそっぽを向く。



「そろそろ帰ってもいいですか? 顔を売るべき相手への挨拶はすでに済ませましたし……」


「なにを言う! ここからが本番だろう?」



 と、彼は会場をぐるりと見回す。ライノアが見れば、従兄弟の視線の先には、見目麗しい女性陣の姿があった。



「また僕をだしに使うつもりですか?」


「もちろん。せっかく見た目のいい従兄弟を持って生まれたんだから有効活用しなきゃな! 美しい女性とお知り合いになるチャンスだろう? 俺が逃すわけがない」



 ドン、と胸を叩く従兄弟を見ながら、ライノアがまたため息をついたときだった。



「あの……キーガン家の方々でいらっしゃいますか? もしかして、マルクル様……?」



 女性がライノアたちに声をかけてきた。顔を上げ、声の主を確認する――と、ライノアは思わず息を呑んだ。



(美人だ……)



 女性にまったく興味がないライノアが目を奪われてしまうほど、とんでもなく美しい。

 銀色がかった桃色の髪に、神秘的な紫色の大きな瞳。真っ白な肌には傷一つなく、ついつい見入ってしまうほど。シンプルなベアトップドレスを見事に着こなし、首元にはサファイアのネックレスが輝いている。



「こんばんは、美しいお嬢様方。よく俺の名前がわかったね」



 と、従兄弟――マルクルが朗らかに挨拶をし、ライノアはハッと我に返った。



「当然ですわ。そちらの紋章、キーガン家のものでございましょう? お噂はかねがねおうかがいしておりますもの。ねえ、クロエ」


「ええ、ロゼッタ」



 そのときになってはじめて、ライノアは女性に同行者がいることに気付いた。ロゼッタほどではないが美しく、清楚で上品な女性だ。ロゼッタを大輪の花と称するなら、クロエのほうは小ぶりながら愛らしい花束のよう。おそらく彼女を妻にと望む男性は多いだろうとライノアは感じた。



「実はわたくしたち、セリーナ殿下の元で働いているのですが、キーガン家の領地で採れる宝石が殿下の大のお気に入りで! わたくしたちも見せていただいたんですけれども、本当に美しかったものですから、一度お話をうかがってみたいと話していましたの」


「へぇ……それは嬉しいなぁ」



 マルクルはロゼッタを見つめつつ、ニヤニヤと嬉しそうに笑っている。



(それにしても珍しいな)



 と、ライノアがほんのりと首を傾げる。マルクルと一緒に夜会に出席すると、こうして女性に声をかけられることは割とある。けれどそれは、キーガン家の話をしたいから、というより、ライノアの美貌に惹かれた結果だ。


 女性たちが声をかけるのも、話をしたがるのも見目麗しいライノアばかり。彼の冷めた反応に女性陣がくじけかけたところでマルクルが話術を繰り広げる、というのがお決まりの流れとなっている。


 だというのに、目の前の女性――ロゼッタはライノアにはまったく興味がないらしい。彼には一切目もくれず、マルクルとばかり話している。



「セリーナ殿下の元で働いている、というのは?」


「わたくし、殿下の侍女をしておりますの。こちらのクロエは文官でして……」


「だったら、ライノアと同じだ。こいつ、文官だから」


「まあそうですの」



 と、ロゼッタは抑揚なく返事をした。



(本当に、まったく興味がないんだな)



 というより、ロゼッタは一層ライノアへの関心をなくした様子だった。いったいなぜだろう? とライノアはマルクルと顔を見合わせる。女性からこんな態度をとられるのは生まれてはじめての経験だ。だからどう、ということはないが、なんとなく釈然としない。



「マルクル様はたしか、二十一歳でいらっしゃるんですよね? まだ若いのに社交界での顔も広く、将来の侯爵様として将来を渇望されているとおうかがいしています。今夜お会いできて本当に嬉しい……」


「ロゼッタ嬢は褒め上手だね。嬉しいなぁ。なんか運命を感じちゃうよねぇ」


「――従兄弟(にい)さん、またそんなこと言って。あなた、婚約者がいるでしょう?」


「そんなこと、当然存じ上げております」


「え?」



 ロゼッタの返事にライノアは己の耳を疑う。



(知っている? それなのに従兄弟さんに近づこうとしたのか?)



 夜会というのはお見合いのような場でもあるため、出会いを求めて会話を楽しむ男女はとても多い。結婚を最終目的とするなら、既婚者やすでに婚約者のいる相手と話しても時間の無駄だ。普通なら当然、避けて通るというのに……。



「それではマルクル様、今夜は楽しいひと時をありがとうございました。またぜひお会いしてみたいですわ。……今度はふたりきりで」



 ロゼッタは花のようにふわりと微笑むと、マルクルの手になにかをそっと握らせる。それから彼に目配せをし、クロエといっしょに会場のどこかへ消えていった。



「……なんなんですか、それ」


「どれどれ。これは――ロゼッタ嬢のプロフィールと連絡先の書かれたカードだな。ロゼッタ・クロフォード……伯爵家のご令嬢か。年は十七歳、セリーナ殿下の侍女。ご丁寧に手紙の送付先や休日の情報なんかも書いてあるな」



 ハハッと楽しそうに笑いながら、マルクルはライノアにカードを渡す。と同時に、ロゼッタの甘い香りがぶわりと香った。



「なんというか……令嬢らしからぬ令嬢ですね」



 ライノアが眉間にシワを寄せる。



「どういうところが?」


「奥ゆかしさがないというか……ガツガツしている感じがして。普通はもっと隠すだろう、と思うんですが」



 いい結婚をしたい――と思うのは当然の感情だ。けれど、大抵の女性はその感情、焦りを綺麗に隠し、男性が自分に惹かれてくれるのをじっと待つ。自分から積極的に動くのは恥ずかしいと感じるはずなのだ。当然、貴族としての体面やプライドなんかもあるし、だからこそ大抵が政略結婚を選択する。

 第一、マルクルにはすでに婚約者がいるわけで……。



「いいじゃないか。この広い世界、そういう子もいるって。」


「まあ、そうかもしれませんけど。少なくとも僕は好きになれません」



 今夜何度目になるかわからないため息をつきつつ、ライノアはロゼッタが消えた方角を見やるのだった。 

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