ラストダイブ
「……さぁ、行こうか」
ラジアンも準備万端、お互い片割れ同士の篭手を付けて、空を飛び、迷宮へ行く手続きをサクラの元でする。
いつもはギルドマスターの前でやる必要は無いのだが、サクラの方が俺のところに来た。
「……次は九十九層、報告のパターンに狂いがなければ、次の相手は、ザクラ グランド、私の祖先にあたる英雄竜王だ」
「……あぁ、そうだな、そして、俺が次に上がってくる時は、百層を攻略した時だ」
俺のその言葉に、サクラは、当然だと言った顔で鼻で笑い飛ばしてきたが、辺りにいる冒険者たちは、大きくざわめいた。
俺とサクラは今や戦争の一件でとんでもないビックネームになっている。
片や元魔王軍四天王兼スパイ、片やその才能を開花させて英雄として咲き誇るドラゴン。
俺たち二人がライバルだということを除いても、そんな二人が話し合っていると言うだけで、周りの人達にとっては話のネタになるほどのことなのだ。
魔王様とピューさんが話していると想像すると、俺自身もその凄さが身に染みる、我ながら過大評価なのは自覚している。
「……次に上がってくる時は、迷宮の英雄か……」
「あぁ、そうだな、その時は、大手を振って祝ってくれよ」
「……はっ、貴様は随分と傲慢なものだな、迷宮にこだわらずとも、英雄になろうと思えば、貴様ならどのジャンルでもその名を歴史に刻めたであろうに」
そういって俺を傲慢だと評するサクラ、しかしそれは俺のセリフだ。
「お前こそ、そんなところに収まるクチか?お前の方こそ、どんな英雄にだってなれるだろうに、なのに今いるそこを目指したお前も人のこと言えねーぞ?」
「はっ!まぁいい、次に上がってきた時、また来る生誕祭で貴様との因縁にケリをつけようと考えている」
「……俺たちの戦績、今どんなんだったか覚えてるか?」
「まず、初めの試験の時は……」
そんな風にして俺とサクラがヒートアップしていくのを、ラジアンが止めて、迷宮に行くことになった。
「カルカトス!!」
サクラが、ギルドを出た俺を呼び止めた。
「んだよ?っお!?」
何かを投げてきた、既でそれをキャッチする、小さな袋だ。
「……勝てよ!!」
なにか言おうとしたらしいが、あいつの性格的に長ったらしいのは苦手だろう、一言短く、ライバルからの熱い言葉。
「……なんだか妬けちゃうな、いいライバルじゃん」
ラジアンがそう言って唇をとがらせる。
そういえば俺とサクラがこうして火花を立てているところを見るのは、初めてか?
「まぁな……あいつ何を俺に……?」
擬神の瞳で見てみると、それはアイテムボックス、しかし、容量は一つだけ、とても小さい。
紙が一緒につけられている、読んでみるとそこには……
『行け』
短く一言、アイツらしからぬ、助力の言葉。
「……嬉しそうだね、カル」
ラジアンが覗き込むようにこちらを向いてそう言った。
「……俺の背中を押してくれてるみたいでさ、あの気難しいやつが……ますます負けられないな」
気合いは十分、今までにないほどに晴れやかな気持ち。
空だって、暑苦しい程に晴れている。
迷宮から九十八層へ転移する。
戦いの後が未だに残るその九十八層から下り、九十九層。
「……よぉ、良い女連れてるな、彼女か?」
気さくに話しかけてくるその声に、聞き覚えがあった。
「……正解だ、ザクラ」
ニヤリと笑い、声のするほうを向く。
巨大な赤い竜が、こちらを見下ろしていた。
ランランと光る巨大な瞳に、俺とラジアンが映り込む。
ザクラの瞳を通して、ラジアンに目で合図を送る。
「っおぉ!?来るか!?いきなりぃ!」
同じタイミングで踏み込み、剣を振る。
アデサヤとアズナス、その二本の剣が赤と黒の線を交差させ、竜王の鱗を裂く。
さながら俺たち二人は大敵に立ち向かう二人の主人公。
だが、向こうもただやられるばかりじゃない。
「いいなぁ!タイミングがバッチリあってる!なんだぁ?口裏でも合わせてやがったか?
それとも阿吽の呼吸ってやつか?まぁいい、俺は孤にして強者、最強種竜族の王、その誇りと興じを見せつけてやるよ!」
スウゥとすきま風のような轟音がなる。
膨らむ腹、そうこれは見覚えがある、ブレスが来る。
だからその前に斬りかかって止めてやる!
「待ってカル、大丈夫」
ラジアンが、俺を静止するように剣を俺の前に向けて止める。
「なんでラジアン!?え!?やばいよアレ!」
「へぇ、ラジアンっていうのか、カルカトスの女……無茶ってもんだぜ!〈炎竜王の吐息〉!!」
「ヤバいって!ちょ!?俺の手離して!?逃げたい!!」
俺の手首を掴んで離さないラジアン、そしてその握力と怪力は以前に増している!?逃げられん!?
「……っな!?」
「燃え……は?」
目の前に迫る炎の壁、巨大な竜の、それよりも大きな炎の吐息。
それが、目の前で凍った。
「……これが、私の新しい魔眼……フブキの魔眼、名ずけるなら……〈吹雪の瞳〉」
目の前の凍った炎に惚けていた俺を、ラジアンの声がそんな非現実から現実に引き戻す。
そんなラジアンの声に釣られて振り向く、その瞳は、青い瞳に白いモヤがかかったように、霜がついたような青い瞳、そしてその真ん中にはバツ印を二つ重ねたような柄があった。
「……氷……これは……!?」
ザクラが驚く。
「俺たちの生きた時代に、五千年前からの巨大な贈り物があった、五千年の眠りから覚めた氷の女王が、ラジアンにその魂を預けた」
「その氷の女王の名は」
「……フブキ シュレンド、だろう?
聞いたよ、ネーヴェがそう言っていたし、フューチにも聞いた、可愛い赤子の頃に、俺と一度会って、ちょっと話をしただけだったからなぁ、覚えてねぇよなぁ……まぁいい」
そういうと、ザクラは持ち上げていた両腕を地面に着けて、四足を地面につける。
「お前らを、ネーヴェとツバキだと考える」
見たことも無い顔をしていた、そう、九十層の守護者の顔じゃない、ザクラ グランドの顔だ。
その目は、ネーヴェやツバキのように強くなりたいと、あんな風になりたいという欲望に渇いたギラギラとした目だった。




