珍しい客人
「……失礼」
2日目、掃除も終わり、そしてまた太陽を眺めるだけの時間。
ステンドグラスに着いている三角形を指折り数え710個目をカウントしたところで扉が開いた。
私もシアさんも肩を跳ねさせる。
「は、はい?……!?」
その方を見ると、シアさんは驚いたように目を見張る。
そして、私でさえも知っている顔だった。
『第六王子 クロノ ネルカート』
あまりいい噂は聞かないし、素行が悪いという理由は……やはりその出生によるものだろう。
彼だけは、彼だけが、優秀な血統との間に産まれてこなかった。
王の血は引いてはいるものの、政治には第六王子ともなればほぼ無関心、ボンクラやダメ王子等と、罵詈雑言を浴びせられているのをよく聞く。
本人も、王族の地位を捨て、世界を放浪しているらしい。
しかし、生誕祭の際には姿を現していたらしい。
もっとも、今の姿はとても王子とは思えないほどにぼろぼろである。
「……教会で……シーアス様の元であっているのだろうか?」
疲れ果てた表情だが、満足気で嬉しそうな顔だった。
「え、えぇ……」
流石のシアさんも、たじろいでいる。
「こんなナリで悪いな……ちょっと椅子を借りる……」
「私お水持ってきますね」
そう言って、裏に行く。コップ一杯の水を持ち、戻る。
私が帰ってくるのを待っていたのか、扉が開くとすぐに目が合った。
優しい淡い青色の瞳、赤茶色のボサボサな髪。ドキッとした。
「お、お水です……どうぞ」
少し声が上擦った気がする。
「……あぁ、ありがとう……」
水を手に取り、飲む際も、私の顔をじっと見つめている。
思わず、目を逸らした時は、彼が水を飲み終えた時と同じタイミングだった。
「……カルカトスさんに……似てるな」
「っえ?」
生誕祭の時のカルさんは髪が白かったはず、なのになんで?
「目がそっくりだ……それに体格も似てる、カルカトスさんの方が幾分かガッチリしてるけどな」
そう言うのをデータとして頭の中に入れているのだろうか?だとすれば生粋のファイターだ。
「……っふー」
そう息を深く吐くと、恋人と繋ぐように両手を合わせ、祈り始める。
何を祈っているのかは、想像さえつかない。
分かるのは、真剣なことと、シアさんと同じくシーアス様の信仰者であるということ。
ただ、彼から目が離せない。
「……っし、すまないね、こんなにも綺麗なのに汚してしまって」
申し訳なさそうに笑う。
ボロボロのローブ、ブーツ、肩当て等、剣もボロボロだ……何をしていたのだろうか?
それに、立ち姿からして、傷を深く負っている。
「け、怪我大丈夫ですか?」
そう聞くと、驚いたような顔をして、口を開く。
「驚かされたな……バレねぇ様に振舞ってたけど……ソウルドでちょっと訓練をしてきたんだ」
「何故、魔法やポーションで治さないんですか?」
「……自分の限界を……超えるため、だな」
「限界を?」
「あぁ、素の治癒力を、今よりも、更に高めたい」
拳を握り、笑う。
視線を剥がせなかったのは、カルさんに似ているからかもしれない。
「……あなたもカルさんにそっくりですね」
「?俺がか?どこが?」
「心の持ちよう、考え方なんかも近いかも……きっといい友達になれると思います」
そういうと、考え込むように下を向き、合点がいったように顔を勢いよくあげる。
「確かにそうかも、俺はカルカトスさんに憧れてるからな、知らず知らずのうちに似ていったのかも」
「……また、来てください、私もたまに顔を出します」
「君もシーアス様が?」
私は、少し迷った、ここで生まれて初めて嘘をつくか。
「……いいえ、ただ、あなたとの会話を楽しみたくって」
しかし、それはやめにした。
友となる人に嘘なんてつけようものか、仮についても直ぐにバレるのが関の山だ。
「……珍しい人だな……水ありがとう、生き返った」
コップを通して手と手が当たる。
「どういたしまして」
私は笑顔でしか返せない。
用事があるらしく、直ぐにまた教会を後にする。
「気持ちのいい人だね、クロノ様」
「そうですね、どこかカルさんに似てて、話しやすいです」
「仲良くなれそう?」
シアさんから母性に近いものを感じた。
「えぇ、きっと」
子供みたいな笑顔で返した。




