その女 不明
「おつまみ貰っちゃったな」
袋の中に入れてもらったご飯からは香ばしいいい香りと、袋越しから伝わる温かさ。
大雨がまた降り始める……最近の天気は安定しないな。
少し腰を曲げて、袋を守るように路地を歩いていると、傘を見つける。
ギギギギ、と音が鳴ったが、まぁ開いた。
壊れているせいか、何本か折れて背中にペチペチあたる。
てくてくと来た道を帰っていると……左端に、なにかがいた。
「うぉあっ!?ひ、人!?」
女の子だ。
「………」
疲れ果てて、虚ろな目でこちらをじっと見つめる。
『伸び放題でボロボロの黒い髪』『絶望し、霞んだ赤い瞳』それらに、ある主トラウマが蘇り、そして同時にどうしようもなく苦しくなった。
「『大丈夫、俺も同じだ』」
仮面とローブを外し、黒い髪と赤い目を見せる。
彼女は驚いたように瞳を開き、口が、無意識にだろう、少し開く。
グゥウとお腹が鳴っている。
彼女の鼻がぴくぴくと動いている。
「ご飯食べる?毒じゃないよ」
そう言って袋を差し出すと、開き、こちらの方を少し見たあと、かじりつく。
ガッツリとした肉、この子にとって必要な栄養のひとつだろう。
「美味しいか?」
コクコクと頷く。
言葉がわかるだけ俺よりマシ……というか年齢は同じぐらい。
皆に出会えなかった世界線の俺……これ以上にしっくりくる表現が見つからない。
「……ぁ……っうぅ……!」
俺が唸り声を上げている。
「?」
言葉に詰まる俺を不思議そうに見つめる彼女。
息を吸い、心を整えて口を開く。
「……家に来るか?」
手を差し伸べる。
俺は、誰かの助けを求めていた。
俺が見つめるだけの窓の向こうの家族団欒。
優しく暖かい母の手、偉大で大きな父の背中。
そのどれもを持つことさえ、願うことさえ不相応だと貶され、生きるその意味を、与えて欲しかった。
「っぇ……あ……っ!」
彼女が同じく言葉につまり、立ち上がり、走り出す。
「ま、まって!」
走って追いかける。
……なんて俊足なんだ……追いつけない!?
彼女の走り方が起因しているのだろう。
あの狭い路地の壁を、蹴るように走る独特な加速の仕方。
彼女があの容姿でありながらも、生きていくことが出来た理由の一端だろう。
「っ!どこにっ!?」
見失った……あの子は何者なんだ……本当にどこに行ったか分からない。
「……あれやるか」
壁を蹴り、屋根の上に行き、高いところから探し出す。
「いたっ!」
案外直ぐに見つけれた。
金髪の男たちがいるのが上から見えた、そしてその近くに、壁に追い詰められた彼女がいた。
「ほらな?言っただろ?結構美人だって」
「あぁ、確かに売ればまぁいい値がつきそうだ」
「身元も何年も1人だって聞いたから大丈夫だろ」
その話を聞いて、身体は本能的に動いていた。
屋根を数枚剥がしながらも、彼らの真上に、もう今いる。
音もなく、彼女と、男たちの間に降り立つ。
「っ!?な、なんだコイツ!?」
そう言っている男の横、ナイフを持っている身体のでかい獣人の男の顎から上を吹き飛ばす勢いでの蹴りを少しセーブして蹴りあげる。
軽く飛んで、つま先で顎をすくい上げる。
空中で何度も回転し、顔から地面に倒れ落ちる。
そして、浮いている体から、アルマトゥーラとやらに前の俺がしていたように、空中で回り、踵でその男の横にいた、初めに発言した男の首を蹴り飛ばす。
これま体力控えめのつもりが足首に嫌な感触を感じた。
「おぉ、いいローリングソバット……いや空中でそれに切りかえたから名ずけるなら『ムーンサルトローリングソバットキック』……長い!」
「主人さんか、ここ近所だもんな、安心しろ、とっちめて騎士団に突き出す」
溺れるほど酔おうとしたが、異世界人なんて話を聞いては酔えるものも酔えない。
こっちのルールはある程度理解しているようだったし、納得してもらえるだろう。
「おう、わかった、んじゃな」
案外あっさり踵を返した。
残りの1人も「ま、まてっ!」って言っていたけど待たずにアッパーを決めて気絶させる。
3人を肩に担いで、路地を出ようとする……
「ついてくる?」
「……う、うん」
着いてきてくれるらしい……やはりこの子も助けを求めてたんだな……!




