カルカトスの悪夢
「……っふはっ!?」
息を吹く。
まるで長い間、沈められていたかのように、息苦しく、肩を上下させながら呼吸を再開する。
「っぷ……うぇ……っ!?」
息を吸い、込み上げるものを吐かずに、初めてなのに何故か知っている『この家のトイレ』へ駆け込み、吐き出す。
外では鳥が俺の気も知らず、ぴよぴよ、ちゅんちゅん鳴いている。
「はぁ……はぁ……っぷ……!」
半固形の肉が、見るだけで気分の悪くなる色と臭いのままに口から流れ出る。
喉の奥の辺りに強い酸味、胃がひっくりかえったかのようにズキズキ痛む。
何度か吐き続けて、いつか赤いものが流れ始める。
吐血……いや、食道が傷ついただけだ。
溢れ出るのは家族だと、恩人だと、そう慕っていた人たちを殺した記憶、家族に刃を向けた自分、裏切られ、仲間を一度に全て失った喪失感と絶望。
名も顔も知らないはずの、その仲間たちの死をわけもわからずただ悲しい。
大切な仲間の1人、ラジアンを傷つけ、魔王様に牙を向けた。
10何人のキメラとかと呼ばれる人を殺しまくった……俺は人じゃなくて……キメラだった。
知らない間に大会に出ていて、俺はみんなに好かれていて……シアさんや、サクラや、ラングさんとも、俺じゃない俺が、俺のように振舞って、みんなそれに少ししか違和感を感じない。
俺自身は、誰よりも違和感を感じていなかった。
最悪だ……悪い夢を見ているかのような気分だ……悪夢だ。
『カルカトス ナイトメア』もう1人の俺は、そう名乗っていた。
皮肉にも、それは俺の悪夢そのものだったのだから。
英雄に憧れながらも、俺を差別する人間をあまり好んでいなかった、見返してやろうと、頑張って、みんなと考えた英雄像は『色んな武器を使いこなす』
シガネの剣も、リョクの弓も、ライの槍も、何も無い。
スイに至っては一緒に冒険をしようという約束さえ、果たせることなく、お別れだ。
ウンディーネとかいう水の精霊も、カルカトス ナイトメアについて行って、どこかへ消えていってしまった。
何故、なんで……どうして俺はこんなに苦しまないといけないんだ………
「……オエッ……」
怒りも湧いてこない……湧き上がるのは、頭痛と倦怠感と脱力感。
ピンポーンとインターホンが鳴る。
『こんな朝早くから誰が?』
時計を見ると、もう12時を周りかけていた。
「……か、カルカトスさんー?」
この声は……シアさん?
「……はい……?」
口を拭い、フラフラの足取りで玄関へ行く。
「っひっ!?か、カルカトスさん!?」
悲鳴をあげられた。
「……どうかしましたか?」
「か、顔真っ青ですよ!?大丈夫ですか!?」
「……はい、まぁ大丈夫ですよ」
「ほ、本当ですか?……まぁ、これ、お約束通り持ってきましたよ」
小さいプレゼントボックス……あぁ、そういえばそんなこともやっていたな。
「……どうも、ありがとうございます」
「え、えぇ……ご飯……食べました?」
「……いや、まだです」
「……お邪魔します……オートミールだけでも作らせていただきます」
「……いや、いいですよ……」
「……口の端についている血を拭いて、胃のあたりを痛がる素振りさえしていなければ帰りますよ」
「うっ……」
「……本当に昨日のカルカトスさんと大違い……」
そりゃあそうだろうな。
「椅子に座って待っててください!……あら?スープが残ってる……」
椅子で待っている間、プレゼントボックスを開けてみる。
「ん、美味しいこれ……カルカトスさん、料理得意なんですねぇ」
「っ!?これは……!」
指輪……俺が理性を失うきっかけ。
いつの間に拾っていたのだろうか?
『効力はないが、ある方がいいだろう』
そう書かれた紙と一緒に添えてあった。
「ん!美味しい……我ながら天才的な出来栄えね……ほら、カルカトスさん、ゆっくり食べてくださいね」
「……はい」
心もシアさんのおかげで安らいだ気がする。
「血、多分吐きすぎて食道が傷ついたんでしょ?回復しますよ」
そう言って、背中に触れて、暖かい光が身体を包んでくれる。
「……なんでもお見通しですね」
「私も昔は嫌という程吐きましたから……あ、ご飯中にすいません!」
オートミールを口に運ぶ。
「……美味しいです……」
「やっと笑ってくれましたか」
「……シアさん、俺が人間じゃなくても、こうしてくれましたか?」
「え?え、えぇっと……分からないけど、カルカトスさんになら、私がすることは変わらないと思いますよ」
その言葉だけで、嬉しかった
「……ははっ」
「ちょ、ど、どうしたんですか!?」
涙が溢れているのを、ぼやけるシアさんを見て理解した。
そして、シアさんに手を伸ばし、抱き寄せる。
「ちょちょちょっ!?」
「……ありがとう……ございます……ありがとう……!」
彼女は焦っていた……それでも、俺の背中に手を伸ばし、軽く優しく叩きながら「大丈夫です」と繰り返してくれた。
第一案ではカルカトス ナイトメアの一人称は僕でした。
ナイトメアの名前の由来は
『あくまで悪い夢、現実はそれとはかけはなれたほどに幸せだ、だから夢でしか悪いことを見るができない』
そんなプラスの意味でしたが、ルーレットに殺された多数の人達のこともあり
悪い夢を見ていた『かのような』ことばかりでしたね。




