第七十七 最終話 邪悪なる神を討て 後編
『GURURURURUAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!』
最強種と呼ばれているドラゴンの中で最も恐ろしいとされているレッドドラゴンですら、まるで大トカゲに感じるほどの漆黒の巨体。
その鱗は反射する光すら飲み込んでしまうため、圧倒的な存在感なのに認識することが出来ない。
地獄の底からでも届きそうな咆哮に、ダンジョンは激しく揺れ頑強であるはずの壁には大きな亀裂が立て続けに入る。並みの人間なら、聞いただけでも間違いなく死に至るほどの衝撃。
『ほほほ、慄け!! 恐怖せよ!! これこそ我に相応しい究極の戦闘形態である』
闇の亡霊が乗り移ると、瞳に知性の色が宿り、ハイエンシェントダークドラゴンの口元がグニャリと曲がる。
『どれ、手始めにキサマから消し炭にしてやる。身動きすら出来ぬまま滅びのブレスを浴びて魂ごと消え去れ!!!」
ハイエンシェントダークドラゴンの威圧にさらされた存在は、身体の自由を奪われ、その視線を受けたものは精神が破壊される。
闇の亡霊は、散々痛い目に遭わされた黒髪の少年に狙いを定め、その国どころか大陸ごと消し去るほどの威力を持つブレスの準備に入る。
ゴゴゴゴゴゴゴ――――
恐ろしいほどの力が一点に収束してゆく。破壊などという形容では到底表現できない圧倒的な滅びの予感。音も光も温度や色さえも逃げることが出来ない常闇の世界。全てが無に帰す創生の闇が今解き放たれようとしている。
「創くんっ!?」
「創!?」
「ソウクン!?」
ハイエンシェントダークドラゴンの威圧によって動きを封じられている運命、葵、祷が叫ぶ――――
「「「お願い逃げて!!!」」」
『ホホホホ、無駄ですよ指一本動かせ――――ブヘアッ!?』
動けないはずの創に顎を下から蹴り飛ばされ、その物理攻撃無効なはずの鱗と牙が無残に破壊され飛び散る。
ドッガアアアアアン!!!
さらに蹴り上げられたことにより強制的に閉ざされた口の中で、放たれるはずのブレスが行き場を失い大暴発を起こす。
『ぐ、ぐう……ば、馬鹿な……なぜこれほどまでにダメージを受ける?』
小さくないダメージを受けた闇の亡霊が忌々しそうに呻く。ハイエンシェントダークドラゴンはこの世の理すら無視できるほどの本物の規格外。いくら創が強くとも、聖也の肉体で戦った時とまるで力関係が変わらないのは明らかに違和感があるのだ。
『キサマ……何をした?』
「いくら強くても、ここはダンジョンの中だからね。僕がルールを決めている以上、勝ち目はないよ?」
闇の亡霊は、創がダンジョンのルールによって強さの上限を制限していることに気付いて舌打ちする。
最後の切り札であるハイエンシェントダークドラゴンですら創に対して手も足も出ないのだ。こうなってしまうと、いかな傲岸不遜な闇の亡霊とて、勝ち目はないということを悟らざるを得ない。
だが闇の亡霊は、絶望するわけでもなく泣き叫ぶこともない。ニヤリと笑ってハイエンシェントダークドラゴンの身体を捨てると再び意識体へと戻る。
『……わかった。我の負けだ。二度とこの世界の人間に手は出さないと誓おう。いや、この世界の人々を守るために、協力しようではないか。我の力と知識さえあれば、世界から貧困は消え去り、争いは無くなる。悪い話ではないだろう?』
「それは取引したいということ?」
『その通りだ。我はもう逃げることが出来なくなってしまった。であるならば、協力した方が建設的だと判断したわけだ。それにだ、もっと重要なメリットがある。実はこのダンジョンは私の魂を使って造り出したものでな? 私と完全に存在がリンクしているのだ。ダンジョンがある限り、私は決して滅びないし、私を害したいのなら、ダンジョンごと葬るしかない。出来る出来ないは別にして、そんなことになったら困るのはこの国、ひいてはこの世界の人類なのではないか?』
闇の亡霊がニヤリと笑う。
たしかに今の世界にとってダンジョンは極めて重要な存在だ。いや、ダンジョンがなければ成り立たないと言っても良いかもしれない。創とてダンジョンの存在があったからこそ今があるのだ。
創だけではない。他の皆だって同じこと。その恩恵を受けていないものなどこの国には存在しない。
ダンジョンを失うことは、すなわちこの国、いや……世界が滅びることを意味すると言っても決して大げさではないのだ。
「…………運命さん、僕」
「うん、わかってる。私はキミの決断を全力で応援するから」
「葵……」
「ふふ、大丈夫ですよ、創。四葉グループはどんな世界になったとしても、絶対に負けませんから。だから……アナタはアナタの信じた道を――――駆け抜けて。私はいつでもアナタの隣に居ますから」
「祷さん……」
「そんな顔しないで。キミにはいつでも笑っていて欲しいの。だから――――キミが心から笑っていられる世界を創ろう? たとえそれがどんなに困難で、非難されることになったとしても――――私はキミを尊敬するよ」
「みんな……ありがとう」
大きく息を吸い込んで――――創は顔を上げる。
『結論は出たな? わかっている、お前にとっては難しい決断だということも。だが安心するがいい。我は決してお前が非難されるような真似はしないと約束しよう。いずれその決断は世界から称賛され歴史に名を残すことになるだろう』
「闇の亡霊、僕の答えは――――ノーだ。アナタは……今ここで、僕の手で滅ぼす!!」
『なんと愚かな……我と愚かな人間どもとどこが違うというのだ? 我が滅ぼされなければならないのなら、同じようにキサマラ人間だって滅ぼされても文句は言えないのではないのか?』
「そうだね。たしかに愚かな人間だってたくさんいる。でもね、愚かなことと、罪を犯して償うことは別の話だよ。人間には人間のルールがある。罪を犯したらちゃんと償う。愚かだから、力が無いから好きにしていいわけじゃないんだ」
『価値観の相違というところか。だがどうするつもりだ? 我もダンジョンも、人間の手でどうにか出来る存在ではないぞ? 価値観が違うからといって共存できないわけではない。もう一度考え直せ、少年』
「ううん、僕にはこの剣があるから……」
創の手に出現した光り輝く七色の剣を見て、闇の亡霊は震えあがる。
『ま、まさか……なぜ……キサマがそれを……』
「お喋りは終わりにしよう、さようなら……闇の亡霊」
『ま、待て!! 本気か? 食糧問題はどうする? これからこの世界の環境はもっと悪くなってゆくんだぞ? ダンジョンが、ダンジョンがそれを救うことが出来る唯一つの方法だ!! 目を覚ませ、正義感だけでは生きていけないんだ、頼む、もう一度だけチャンスを、心を入れ替えるから!! だから頼む!!』
必死で説得を試みる闇の亡霊に、創は悲しそうに微笑みかける。
「うん、わかっている。それでもアナタは罪を犯し過ぎたんだ。ごめんね」
振り上げた剣がまるで泣いているように震える。
心優しき少年にはあまりにも重く辛い決断。
「大丈夫だよ創くん、私も一緒に」
運命が創の手を支える。
「創、貴方だけに辛い思いはさせません」
葵が反対側から手を添える。
「解き放てその力を――――臆するな――――創世の剣は神の御業――――神撃の裁きなり――――神の名のもとに命ず――――穢れきった邪悪なるモノを討て!!!」
祷の口を通して神の言葉が降りてくる。
キュイイイイイイン――――
光が爆発する――――そこは光だけしか存在しない世界。ただ一点、黒いシミのように闇の亡霊の輪郭が浮かび上がる。
「これで終わりだ――――」
『や、やめろおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!』
闇の亡霊の絶叫が光に飲まれて消えてゆく。
――――天穿神滅葬斬!!
創生の剣は、空間を超え、時を超え、概念すら飛び越えて、斬れぬはずの闇の亡霊を両断する。
『ぎゃあああああああああああ!!!?』
闇の亡霊は、断末魔の声を上げながら黒い霧のように消えてゆく。わずかに残ったその残滓は、黒いインクのように床に落ちダンジョンに吸い込まれるように消えた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
そして同時にダンジョンに大きな亀裂が走り始め耐えきれなくなった天井が一気に崩壊してゆく――――
「創くん、葵ちゃん、祷ちゃん、掴まって!!」
巨大なダンジョンの欠片が雨のように降り注ぐ中、運命はダンジョンの最後を見つめながら転移を発動する。
――――転移!!
◇◇◇
「アハハ、それにしても、見事に綺麗さっぱり無くなっちゃったね? 朝焼けに映える富士山が綺麗だわ~!!」
いつの間にか夜が明けていて、ダンジョンが無くなったことで、雄大な富士山の姿が眼前に広がっている。不思議なことに残骸は綺麗さっぱり消えてしまった。まるで元から何もなかったかのようにその存在ごと。
「あの……ごめんなさい。僕のせいで……」
「創、アナタは正しいことをしたのですよ。大丈夫、きっとなんとかなります。いいえ、何とかしましょう、私たちが」
そっと葵が寄り添うと
「そうだよ創くん。大丈夫だって! 私たちが生きている限りね?」
運命が後ろから創を抱きしめる。
「えっと……ですね。神さまからメッセージがありますよ、ソウクン」
◇◇◇
「ここで良いの? 創くん」
「はい、ここが僕の家族が眠る場所ですから」
創たちはダンジョンの跡地に小さな穴を掘る。
「それにしても驚きましたね……」
「だよね? まさかあの正体不明の種が――――」
「――――ダンジョンの種だったとは」
神さまからのメッセージ。
それは創が持っている種がダンジョンの種だということを知らせるものであった。
『アハハハハ、私は天才だからね!! 奴の考えていることなんてお見通しだよ!! 創くん、本当によくやってくれたね。ダンジョンの種はキミたちへの贈り物だ。好きなように創ってくれたまえ』
「よし、埋める深さはこれくらいで良いよね」
種がしっかりと土に隠れるくらいの深さに、尖った方を上にして……間違えないように慎重に準備をする。
「えっと……あとは僕が名付けすれば良いんですよね?」
ダンジョンマスターである創が名付けをすることで、種からダンジョンが生まれるのだ。
「そうですね……僕と運命さんが初めて出会った場所、皆の夢が詰まった場所にしたいから――――」
――――夢ダンジョン、それがキミの名前だよ
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
巨大な塔がみるみるうちに天へ伸びてゆき、あっという間に雲の中へと頂上部が隠れてしまった。
「夢ダンジョンか。いいね!」
運命は手放しで褒めちぎるが――――
「お名前は素晴らしいと思うのですが……外観はもう少し何とかならなかったのでしょうか?」
葵は納得がいかないという様子で不満を表明する。
実はダンジョンのデザインは、婚約者会議で紛糾し、結局全員の案をミックスするという最悪な結果になってしまったのだ。葵自身、譲らなかったこともあり、それに関してはあまり強くは言えないのだが。
「あはは、ま、まあ良いんじゃないですか? 個性的ですし」
祷もデザインにはこだわりがあったので、一部でも採用されて内心嬉しかったりする。
「でも問題は山積みですよね……」
創がため息をつく。
ダンジョンに入れる者をどこまで増やすのか、増やさないのか。
どの程度情報を開示するのか等、まだ何も決まってはいないのだ。
とりあえずは混乱を防ぐために、これまでのダンジョンと同じ構造にしてあるが。
世界の行く末を左右してしまうほどの力を持っているがゆえに、創の悩みは尽きない。
「あはは、だからこそ楽しいんじゃないの? 大丈夫、私がついてる」
「そうですよ、創、私がいるんですから!!」
「疲れたら歌を聞かせてあげるね」
でも、頼もしい仲間がいる。だから大丈夫だと思える。
「夢神さまあああ!!! ダンジョン出来たんですね!!」
「おお、これはすごいな……主にデザインの意味で」
「ハハハ、私がデザインした石垣部分が実に素晴らしい」
街の復興を手伝っていた仲間たちがダンジョンを見て次々に集まってくる。
「今夜は夢幻境で盛大にパーティーにしようか?」
「「「「「「「賛成!!!!」」」」」
最後にもう一つ。
夢ダンジョンは、高層階で創の夢幻境に繋がっている。
つまり――――
コタローたちも、いつでも遊びに来れるようになったんだよ。
イラスト ウバ クロネさま
めでたしめでたしにゃん。
そしてそしてもう一つ。
創はまだ知らない。大切にしていた家族の写真が無くなっていることを。
大切な人たちが、夢幻境で待っているということを。
おしまい。




