第七十六話 邪悪なる神を討て 前編
「ふふふ、そろそろ巫を助けに行くとするか!!」
今頃、どうすることも出来ずに、心細い想いをしているはず。どんな顔で迎えてくれるのか……楽しみでにやけてしまいそうだ。いかんな……もっとシリアスな顔をしなければ。
立ち上がろうとした聖也だが、なぜか身体が動かない。
「な、なんだ? おい、どうなっているんだ?」
『ほほ、今、お前に外へ出られては困るんでな。大分馴染んできたことだし、そろそろ身体をいただくとしようか』
「な、なんだと……俺を騙したのか!?」
『これは異なことを。騙してなどおらん。お前の身体は間違いなくこの世界の王となる。特等席で黙ってみているが良い』
完全に身体を乗っ取られた聖也がわめくが、闇の亡霊は聞く耳を持たない。
『おお……やはり肉体を持つというのは良いものだ……さて、魔物どもが外の世界を掃除している間に、ダンジョンの改良を――――』
「待て、そこまでだ。鳳先輩、いや……闇の亡霊!!」
立ちはだかったのは、黒髪の少年、夢神創。
『馬鹿な……どうやってここに入った!?』
「え……? 無理やりですけど……」
『ふざけるなああああ!!! 今、我は忙しいのだ、邪魔をするなあああ!!!』
ドガガガガガ
闇の亡霊が手をかざすと、ダンジョンの壁が上下四方から押し寄せ創を押しつぶす。
『ふん……どうやら偶然迷い込んだようだな、愚か者が。さて、今度こそ続きを――――ぶへらっ!?』
ドガガガガガッ
吹き飛んで壁に激突する聖也。
「びっくりしたけど、僕には効かないよ」
無傷で現れた創に、むくりと起き上がった闇の亡霊は信じられないものを見たと目を見開く。
『ふう……大人しく潰されていれば一瞬で死ねたものを……』
メキメキメキッ
聖也の背中から六枚の黒い翼が飛び出し、禍々しい暗黒のオーラを纏うと、これまでとは次元の違う波動に空間が耐えきれず悲鳴をあげる。堕ちたりとは言え、やはり神、力のレベルが人知を超えているのだ。
『舐めるなよ人間……こうなっては手加減など出来んからな。一瞬で終わる』
全身を闇のオーラが包み終えた瞬間、闇の亡霊が動く。
『死ね』
一瞬姿がブレたように見えた後、聖也は創の背後から心臓を貫く――――
はずが、そこに創はいない。
『ぐべっ!?』
~ドガン~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~ドガン~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~ドガン~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
壁を三枚ぶち抜いたところでようやく止まる聖也。
『ごふっ……あ、あり得ない……なんなのだ、お前の強さは一体――――』
今度こそ激しく動揺する闇の亡霊。
「そっか……その翼でダメージを軽減しているんだね」
再び起き上がる聖也を見て納得したように首を傾げる創。
『なっ、消えた――――!?』
闇の亡霊の視界から消えた創は、その一瞬で背後に回り込み、六枚の黒翼をまとめて引きちぎる。
『ぎゃあああああああああああ!!!?』
「今度はダメージ逃がせないよ!!」
ドカンッ!!!!!
創はトドメとばかりに思い切り蹴り飛ばす。
闇の亡霊は分厚いダンジョンの壁を何枚もぶち抜きながら、最後壁にめり込むように静止して動かなくなる。
『くっ、せっかく手に入れた身体だったが……まあいい、また次の機会がある。我はいつまでも待つだけだ』
このままでは勝てそうもないと悟った闇の亡霊は、あっさりと聖也の身体を捨て、ひそかに抜け出す。闇の亡霊にとって、念願であった肉体を失うことは不本意ではあるが、今この時点においては傷つけられることがないというメリットが上回る。
なにせ神なる存在に寿命は存在しないのだ。これまで何千年もチャンスを待っていた闇の亡霊に今更焦りなどない。
一方の創は、いくら強くとも人間だ。勝てないのであれば、寿命が尽きるまでダンジョンの奥で待てば良いだけのこと。用心深い闇の亡霊はそのための隠し空間をいくつも用意している。
『さらばだ少年、もう会うこともないだろうがな』
とりあえず百年ほど眠ろうかなどとのんきに考えていた闇の亡霊であったが、はっ、と妙な違和感に気付く。
『あ奴……まさか……我が見えているのか?』
まさかな、見えるはずがない。
「残念だけど、逃がさないよ」
闇の亡霊は、その言葉にわずかながらではあるが恐怖する。間違いなく創の視線が自分を捉えていることを確認したからだ。
気の遠くなるほどの時を重ねた直感なのか、それとも創から放たれる力が意識体にすら干渉しているのか。
――――こいつは……危険だ。
そう判断した闇の亡霊は、もはや見栄もプライドもかなぐり捨てて逃げることを最優先にする。ダンジョンの深層に用意した隠し空間への転移をしようとしたのだが――――
転移……出来ないだと!?
「ああ、隠し空間なら僕が壊したからもう存在しないよ」
『馬鹿なっ!! そんなことが出来るはずがない……ここは……我のダンジョンなのだぞ……』
何かが根本的におかしい。理解を超える出来事が多すぎる。ここに至って闇の亡霊は遅ればせながらある可能性に気付く。
もしや……罠にはめられているのか?
だが計画は慎重を重ねて実行したはず。いや、万一バレたところで手の打ちようなどあるはずがない。
そう思ってみても、目の前の現実として歯が立たず、逃げることさえ出来ない状況。
止むを得んか……
闇の亡霊は最後の手段として、この世界そのものから逃げることを決断する。
異世界への転移――――
この世界へやってきたように、また別の世界へ移動するのだ。莫大なエネルギーを消耗するが、このダンジョンがある限り、別の世界へ飛ぶことが出来る。
だが――――
「あはは、残念!! 別の世界に飛ぶつもりなら無駄だよ。私が異世界の扉に鍵をかけたからね」
いつの間にか現れた運命が闇の亡霊に冷酷な事実を告げる。
『くっ、異世界の扉に鍵だと……? まさか……天界がそこまで動いたのか?』
事なかれ主義の無能集団である天界の連中が、まさかそこまで関与してくるとは闇の亡霊にとっては想定外であった。だが、それでも慌てた様子は見られない。
『ククク、それで勝ったつもりなのかもしれんが、その程度のことで我を封じたつもりならば、甘く見られたものよ……開け時の回廊!!!』
数千年かけて闇の亡霊の権能はほぼ回復している。
短時間であれば時を超えることもまた可能なのだ。
だが――――
「申し訳ございませんが、時の回廊には私が鍵をかけさせていただきました。アナタにはもう逃げる場所などどこにもないのです」
四葉葵が闇の亡霊の退路を断つ。
「聞け、天より堕ち穢れたモノよ――――ざまあ!! 天界に天才の私が居たことが運の尽き。お前の逃げ道は全部塞いだからね!! これまでの罪に加えて、脱走、世界改変その他諸々、余裕で死刑よ。もう十分過ぎるほど生きたのでしょう? 大人しく滅びを受け入れなさい!!! ――――と神さまが仰っています」
巫 祷が神の言葉を闇の亡霊に宣告する。
『くっ、そこまで手を打っていたというのか……? だが、それがどうした!! ここでキサマラを始末してしまえば済む話だ』
天界は直接干渉出来ないことを闇の亡霊は知り尽くしている。
闇の亡霊が吠えた――――!!!
『――――悔い改めよ、神なるものに歯向かう罪深さを――――来たれ深淵に潜むもの 天地開闢 創生の始まりを担うもの 飛ぶもの 走るもの 泳ぐもの すべての魔物の母なる闇の根源よ すべてを穿つ爪 破壊する牙をもつもの 長き眠りから覚め 我の求めに応えよ!!!』
――――始まりと終わりを司る原初の魔獣 ハイエンシェントダークドラゴン――――召喚




