表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/90

8.花は散れども、残るは想い。







 ――カレンは生まれつき、心臓に病を抱えていた。

 だから身体を大きく動かすことはもちろん、何をするにしても呼吸を乱して苦しむ。大学時代に彼女と親しくなり、紆余曲折を経て二人は恋仲となった。

 大学を卒業し、就職し、人並みの幸せを願う日々の中。

 子を授かりたいと願うのは自然なことで、とりわけ強く願ったのはカレンだった。



「でも、大丈夫なのか? カレン、キミの身体は――」

「分かっているわ、そんなこと。でも、悲しいじゃない」



 当然、哲也はそれを止める。

 だが彼女の決心は堅く、戸惑う彼にこう告げるのだった。



「ワタシはそのまま生きても、きっと長くはない。だったら――」



 まるで縋るように。

 懇願するように、狂おしいほど優しく哲也を抱きしめながら。



「自分がたしかに『ここにいた』んだ、っていう証がほしいの」――と。







「それでも僕は、最後まで悩んでいた。夫として彼女の願いを叶えるのが、大前提だというのは分かっている。それでも誰よりも愛する人を失うかもしれない、という恐怖は夜も眠れないものだったよ」

「親父……」



 そう語る親父に、いつものようなふざけた様子はない。

 いいや。もしかしたら、あの振舞いは仮面のようなものかもしれなかった。感傷に浸るわけにはいかないのだと、そう自分に言い聞かせて、俺の前では気丈にしている。

 そうでなければ、説明がつかなかった。

 目の前で静かに語る彼は、あまりにも痛々しかったから。



「でも、親父は――」

「そうだね。僕はカレンの願いを聞き入れると決めた。そうして彼女は拓哉を身に宿し、苦しそうにしながらも幸せそうに笑っていたんだ」



 そこからはもう、聞く必要はなかった。

 俺が産まれてからの母は、次第に弱っていったのだろう。幼い自分はそんな事情を当たり前に知らず、ただ病院に行けば母さんに会えるのだ、と無邪気に笑っていた。

 そんな俺を見て、親父はどう思っていただろう。

 子を産んだことによって、最愛の人が弱っていくのを目の当たりにして。もし俺がその立場であればきっと、正気ではいられなかっただろうと思った。


 それでも、俺は知っている。



「ははは、ごめんな拓哉。これをいつ話すか、ずっと悩んでいた。夕方に勇から連絡があってね、それでようやく踏ん切りがついたんだ。そんな後押しがないと、僕はなにも決められない駄目な父親なんだろうな」



 そう自嘲気味に笑う父。

 そんな姿を目の当たりにして、俺は静かに首を左右に振った。



「そんなことは、ないよ」

「……拓哉?」

「親父は俺にとって、かけがえのない父親だから」

「…………」



 その言葉に、彼は黙り込む。

 肯定も否定もせず、ただ何も言えなくなっていた。

 きっと自信がないのだろう。自分の決断したことや、俺が本当はどう思っているのか。色々な気持ちがない交ぜになって、何が本当か分からなくなっているのだ。

 不器用な俺の親父は、こんなになるまで一人で抱え続けていた。

 この十数年は、どれほど辛い時間だっただろう。



 俺にはそれを想像するしかできない。

 でも自分にしか、伝えられないことがあった。



「気休めは、いいんだ。拓哉、この話は――」

「親父、母さんは俺にこう言ったんだよ」

「…………え?」



 ――そうなんだ。

 いまならあの日に、母さんが言ったことの意味が分かる。

 俺と母さんが、二人きりになった時のことだった。あの人は、こう言ったのだ。









「ねぇ、拓哉? ありがとう、ね」

「……うん? どうしたの、おかあさん」

「あはは、ごめんごめん。いきなりだと、意味わからないよね」



 そう言うと母は俺を抱き上げて、ベッドに座らせて頭を撫でる。

 そして、改めてこう口にするのだった。



「ホントに……『生まれてきてくれて、ありがとう』」――と。



 きっとそれは、親父の前では恥ずかしくて言えなかったもの。

 彼女は愛おしそうに微笑みながら、首を傾げる俺を見つめていた。



「お父さんには、きっと辛い選択をさせたと思う。でもワタシは、こうやってかけがえのない時間を与えてもらった。だからホントに、いまワタシは――」







「――『生きてきて、いちばん幸せ』だ、って」




 それは愛しているからこそ、伝えられなかったこと。

 失うと分かっている人にこそ言えなかった、命を終えることへの想い。それでもきっと、時を経たいまだからこそ、親父にはその言葉が必要なのだと思った。

 そして、この想いは母さんだけではない。

 俺は静かに立ち上がり、父の隣へと歩み寄った。



「なぁ、親父。恥ずかしいから、一度しか言わない」

「……あぁ、そうか」



 震える彼の両肩に、そっと手を置きながら。

 俺は初めて、心の底からこう告げた。






「ありがとう。俺もいま、すごくしあわせだよ」――と。






 これ以上を望むことなんて、あるのだろうか。

 大切な家族がいて、愛してくれた母がいて、いまは隣にみんながいる。




「あぁ、そうか。そうだな――」




 親父は静かに。

 ただ静かに、一筋の涙を流しながらこう言うのだった。





「あぁ、それは……よかった」――と。




 


あれ、これってラブコメよな???



まぁ、いいや。

感動したとか、面白かったとかでも、思っていただけたら幸いです。


カクヨムでも頑張ってますので、そちらの応援もいただけると幸いです。

書籍化してぇ……w

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「隣の席の朝倉さんは、どうやら異世界帰りの聖女様。」こちらも、よろしくお願い致します。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ