6.拓哉の母。
――二十数年前。
柊大学の入学式は、思いの外に慎ましやかな場所で行われていた。
勇と哲也は高校時代からの親友であり、共に同じ大学にまで通うことを決めたのである。そんな友人を隣に、勇はぼんやりと舞台の上を眺めていた。
そろそろ式の開始であるが、そんなことよりもサークル活動の見学が楽しみだ。そう考えて勉学や、その先の人生のことなど後回し。大学生活というモラトリアムを楽しむ気が満々だった。
「えー……柊大学、入学式を行います」
そして、担当教員の気の抜けた挨拶から式は始まる。
予定されている内容が順番にこなされ、次に新入生代表挨拶となった。
「……お、おおお!?」
「どうした、勇」
「いやいや、見てみろよアレ!」
「ん……?」
そんな時だ。
舞台に上がった同期の女子に、二人が目を奪われたのは。
◆
「それが俺の母さん、だったんですか?」
「おう、それはもう美人でよ! ウチのカミさんには申し訳ないが、アレはまさに月とスッポン! 雲泥の差ってのをいまになっても思うぜ!」
「…………」
勇おじさんは酒の勢いでそう語るのだが、俺は彼越しに見えるおばさんの表情が気になって仕方ない。何やら意味ありげな笑顔を向けているため、あるいは勇おじさんの命は今日までかもしれなかった。
もちろん、比喩表現だが。
しかし自分の母親の話というのは、かなり興味があった。
そのため俺はおばさんに苦笑いを返しながら、おじさんにこう訊ねる。
「それじゃあ、母さんと仲良かったんですよね。親父と結婚してからも互いに付き合いがあった、ってことは――」
「あー……そうだな」
亡くなった母さんが、どんな為人をしていたのか。
それに詳しいのであれば教えてもらいたかった。だって、
「お前は、知らないんだ。知りたいのは当然、か」
「………………」
俺は自分の母親のことをあまり、知らないから。
親父に訊ねたことは何度もあったのだが、彼は適当なことを言いながら誤魔化し続けていた。その理由も含めて、俺はいっそ勇おじさんに教えてもらおうと考える。
だが、しばらく考えた後に――。
「これはやっぱ、哲也の口から、だな。アイツだっていい加減に、腹を決めてるだろう。それでも駄目なら、オレが許可したって伝えとけ」
「勇おじさんが、許可……?」
「おう。互いに同じ女に惚れた者同士、だからな」
「…………え?」
――ちょっと待ってほしい。
色々と初耳の情報が飛び込んできて、意味が分からなかった。
そんな困惑を察したのか、勇おじさんは俺の頭を乱暴に撫でながら言うのだ。
「気にすんな。それと、これだけは確かだから教えておくぜ」
「は、はい……」
ニッと、気持ちの良い笑顔を浮かべながら。
「お前の母親、カレンはお前を愛していた。間違いなく、な」――と。
その言葉に俺は、訳も分からず息を呑んだ。
ただ、おじさんの言葉に込められた優しさだけは理解できる。
今夜は、親父としっかり話そう。
そう決意した瞬間だった。
だいぶ難しくなってきたでござるな。
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