8.雪解けの時。
『いまになって思えば、あたしの嫉妬だったんだと思います。自分が好きな人に振り向いてもらえなくて、ワガママが顔を出していたんです。だからキャプテンの視線を独り占めにしている小園先輩のことが、気に入らなくて仕方なかった』
そう語り出した杏子は、昔の出来事に思いを馳せた。
それは自分や拓哉、そして尊敬する瀬奈がまだ中学生だった頃のこと。
◆
「だーかーらー! 俺と瀬奈は、そんな関係じゃないっての!!」
「そうだよみんな、いい加減にしないと怒るよー!?」
部活のことで相談があり、杏子が上級生の教室を訪ねた時のこと。
教室の中からは賑やかな笑い声と共に、拓哉と瀬奈の声が聞こえてきた。それは怒っているようでもあり、しかし同時に呆れているような色をしている。杏子は何事かと思いつつ、ドアの端から顔を覗かせて状況を確認した。
「でもさ、周りからするともどかしい、っていうかさー」
「だからそれが、要らないお節介だっての! それに、瀬奈だって困るだろ?」
「…………え、あ……うん! そ、そうだね!!」
すると同じクラスの男子が口にした言葉に、いよいよ拓哉は声を荒らげる。
その上で幼馴染みに同意を求めるが、返ってきたのは歯切れの悪いものだった。それに対してからかう男子は、あーあ、と言わんばかりに肩を竦める。
そんな相手の反応に、拓哉はまた何かを言い返していた。
だが、その様子を眺める杏子の視線は当然、瀬奈へと向かう。
「キャプテン、あの人のことが好きなのかな……?」
言い合いになっている男子たちをよそに、瀬奈はちょっとだけ居場所がないように笑っていた。その奥にある感情を杏子は、すぐに理解してしまう。何故なら、きっとそれは自分が彼女に抱くようなものに近かったから。
手を伸ばしたいのに、届かない。
いいや、届きはするのだ。問題はそこからだった。
「………………」
仮に届いたとしても、それは自分だけのものではない。
瀬奈のそれは分け隔てなく、誰にでも平等に向けられる中の一つだった。そして同時に、杏子は気付いてしまう。敬愛するキャプテンが自分と似た想いを向ける相手、拓哉という男子もまた、同じような性格をしているのだということに。
それを理解してしまったゆえに、杏子にとって瀬奈の恋路は他人事でなくなった。
自分を重ね、自分が彼女を追いかけるように、彼女にもいつか――。
「…………キャプテン、がんばってください!」
――その想いが届く日がくるように、と。
杏子はそう願って、小さくそうキャプテンへエールを送ったのだった。
◆
「そうやって見守ってるところに、生徒会長が入ってきたから。……意地悪な言い方になってしまうんですけど、会長が自分の恋敵のように見えて仕方なかったんです」
「……なるほど、ね」
一連の話を聞き終えて、絵麻はしばらく考える。
もし自分が赤羽杏子と同じ立場だったら、どのようにするだろうか。もちろんすべてが同じとは思わないが、似たようなもどかしさは覚えるに違いなかった。
決して理解できたわけではない。
それでも、どうにか理解しようとする段階までは近づけた。
「でも、どうして話してくれたの……?」
「……ん?」
そうやって杏子の心に近づくに至って。
絵麻が次に不思議を感じたのは、いまの状況についてだった。
もちろん、傘を貸してくれていることもそうだが。それ以上に自身の考えや、過去にあったことを正直に打ち明けるなんて、親しい友人でもなければしないことだった。
そう思っていると、杏子は「あー」と気まずそうに、頬を掻いてから言う。
「いやー、生徒会長は……その、命の恩人というか?」
「え……!?」
その言葉に驚くのは当然、当事者の方だった。
その生徒会長が目を丸くしていると、杏子は「この人も、か」と肩を竦める。そして一つ息をついてから、あの日のことを思い返して言うのだった。
「あの日、病院の屋上に行ったとき。あたしは正直、なにをしでかしてもおかしくなかった。それこそ不謹慎ですけど、死んでしまいたい気持ちでした」
「………………」
「そんな自分を止めてくれたのは、会長ですよ?」
それを聞いてようやく、絵麻は自覚する。
あの時はただ精一杯で仕方なく、自分にできることをしただけ。しかし振り返ってみれば、そのように受け取られる形になっていても、おかしくはなかった。
だけど、そうなってくると――。
「でも、嫌じゃなかったの? その――」
絵麻は思うのだ。
自分が嫌っている相手に、仮に救われてしまったら。
あまりそのような状況は想像もできないが、複雑で仕方ないはずだった。そう考えていると、杏子はしばらく黙った後に応える。
「そりゃ、最初は整理つかなかったですよ。自分が情けなくて、どうしようもなく恥ずかしくて、キャプテンに申し訳ないとも思いましたし、救ってもらったことすら恨みました」
だが彼女は「ただ」と一度、言葉を切ってから。
「キャプテンに赦されたら、本当の意味で自立できた気がして。そうしたら苦手は苦手ですけど、会長に対して感謝の気持ちが湧いてきたんです。……遅い、ですけど」
「……ううん。そんなこと、ないよ」
そう赤裸々に、自身の中に起きた変化を語った。
絵麻はそんな告白を耳にして、思う。
この赤羽杏子という女の子は、きっと良くも悪くも真っすぐなのだ。
そして同時に、物事を正直に受け入れられる強さがある、と。
絵麻はそんな彼女を素直に、凄いと思うのだった。
「あ……雨、上がりましたね」
「本当だ……」
その時に、タイミングよく太陽が顔を見せるのだ。
まるで二人の間にあった軋轢が取り除かれたと、そう示すようにして。杏子は傘を仕舞いながら、絵麻に向かって最後にこう言った。
「えっと、あたしはもう先輩方の関係に口は挟みません。自分には自分で、やらなきゃいけないことができて、それがキャプテンのためだから」
「……うん、そうだね」
それに頷き返すと、杏子はようやく小さな笑みを浮かべる。
そして、
「それじゃ! またね、絵麻さん!」
「……うん!」
彼女はまるで弾むような足取りで、走って行ってしまった。
そう『雨によって解けた雪』が、濡らす道を軽やかに。
なんか上手いことまとまったな←おい、作者
カクヨムの方でも、おうえんよろしくです!!
書籍化目指すぞおおおおおおおおおおおお!!
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