9.贖罪。
「そっか。手術は来週なんだな」
「うん! そろそろ炎症も引いてきたし、いいだろうって!」
あの怪我からしばらく経って。
俺と絵麻は毎日、彼女と一緒に通学する際に介助をしていた。
しかし靱帯というものは切れても痛みはなく、周辺筋肉の損傷による痛みがほとんどらしい。そのため最初こそ痛みに苦悶の表情を浮かべていた瀬奈も、いつも通りに戻ってきていた。
もっとも、内心では色々と悩むこともあるだろう。
俺はそんな彼女の幼馴染み、仲間として一緒に考えていこうと思っていた。
「あうー! やっぱり、膝がぐらぐらするなぁ……たっくん、肩貸して?」
「どうしたんだ、急に。仕方ない――」
「あー……お兄ちゃん、大丈夫だよ。私が肩貸すから」
「え? 絵麻もどうした、急に――」
「いいから。ほら、野川さん?」
「うー、ガードが堅いよー」
学校内でも、いつしかそうやって行動を共にすることが当たり前に。
瀬奈の部活見学に顔を出すのも、放課後の定番になった。
ただ、その中で気になるのは――。
「えっと、赤羽さんはまだ?」
「はい。今日もきてないんです」
「………………」
あの時、ディフェンスでマークを外してしまった選手。
赤羽杏子さんは、責任を感じてしまってか部活に顔を出せていないらしい。学校もしばらく休んでいたようなので、相当にメンタルにきているのだ。
自分のプレーが原因で、尊敬する瀬奈が大怪我をした。
その気持ちを慮れば、無理もないと思う。
「そっか。それじゃあ、今日も見学――」
そう考えながら、俺はいつものように見学をしようとした。
その時だ。部員がこちらの背後を見て、
「あ! 杏子!?」
「……え!?」
そう叫んだのは。
驚いて振り返るとそこには、エナメルバッグを落とした赤羽さんの姿。彼女の視線の先にいるのは、絵麻に肩を貸してもらって歩く瀬奈。
あからさまに狼狽えた赤羽さんは、自身の荷物をそのままに逃げ出した。
「お兄ちゃん、追いかけて!!」
「任せろ……!!」
俺は自分の荷物を投げ捨て、全速力で彼女を追いかける。
運動部ではないが、俺だって男だ。さすがに女子生徒の足に負けることはなく、ほどなくして赤羽さんの前を塞ぐことに成功した。すると彼女は俺の顔を見て、泣きだしそうになる。
その理由は分からないのだが、しかしここで引き下がるわけにはいかない。
呼吸を整えつつ、俺は赤羽さんに語りかけた。
「さあ、部活に行こう。……みんな、待ってる」
「………………」
すると彼女は拳を握りしめ、啜り泣きながらうつむいてしまう。
そうなると俺はどうしようもなく、困ってしまった。
だが、すぐに――。
「杏子? ちょっと、良いかな」
「…………キャプ、テン!」
向こう側から、絵麻と一緒に瀬奈が姿を見せた。
幼馴染みが声をかけると、赤羽さんはハッとした表情になり振り返る。そして、
「キャプテン……本当に、すみませんでしたっ!!」
深々と頭を下げて、そう謝罪した。
自分のせいで、大切な人に怪我をさせたことへのもの。少なくとも俺には、そのように感じられた。たぶん自分が同じ立場だったとしても、同じように謝罪するに違いない。
そして当然、相手もそれに怒りをみせる。
だけど、瀬奈は――。
「あー、うん。ひとまず、これだけは言わせてね?」
思わぬことを口にした。
「部活を無断でサボるなんて、なに考えてるの!? レギュラーが一人いなくなるだけで、どれだけチーム練習に影響が出るか分かってる!?」――と。
それは自身の怪我についてではなく。
まさか部活全体を思ってのこと、だった。驚いたのは俺だけではない。絵麻も少しだけ意外そうな表情を浮かべていたし、叱られた当人は言うまでもなかった。
赤羽さんは困惑したように面を上げ、声にならない声を発している。
そんな彼女に瀬奈は歩み寄り、
「まったく。ホントに心配したんだからね、杏子?」
そっと抱きしめ、その頭を撫でた。
赤羽さんは身動ぎ一つできないままに、ただ絞り出すように訊ねる。
「……キャプテン。でも、膝の怪我は……?」
「あー、これ? これはアタシが下手だから、怪我しただけだよ」
「そんな、キャプテンが……下手、なんて……!」
すると瀬奈は、心からの優しい声でそう答えた。
そしてもう涙を堪えられない後輩に対して、安堵の表情を浮かべて言うのだ。
「戻ってきてくれて、ありがとう。アタシがいない間は、任せるからね?」
「あ、ああぁ……ああ、あああぁぁぁ……!」
そこでもう、感情を抑えきれなくなったのだろう。
赤羽さんはその場に瀬奈と一緒にしゃがみ込み、小さな子供のように泣き続けた。
「ごめんなさい、ごめんな……さ、い……!」
「うん、うん。もう、大丈夫だよ」
謝罪を続ける後輩を赦し続けながら。
ふと俺の顔を見て、幼馴染みは本当に優しい笑みを浮かべて頷く。
――もう大丈夫と、そう言うように。
そんな彼女を見て俺は心の底から思った。
俺の幼馴染みは間違いなく、誰もに愛される選手になるだろう、と。
第5章という名の瀬奈編。
これにて、終了。
次回からは、第6章に入ります!何年越しだよ!?ww
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