任せろなんて簡単に言うものではない21
「あいよー、いつもの!」
ドンと俺たちの目の前に置かれていく料理の数々。
女将はごゆっくりと言葉を残し、別の客の元へっ向かっていった。
もう夕食時だからな、時が経つのは早いものだ。
「さ、食うぞ」
「いつも来ている所ですねぇ」
「普通が良かったんだろ」
トオルの要望を聞いてここにしたんだ。
料理は美味いし、店の雰囲気も慣れている。
女将も良い人だ、身体も休まるだろう。
だが、トオルは少し不満そうだった。
「いえ、私が想像していたものとやはり違ったものでして。うーん……いや、やっぱりここで良いですよぅ」
自己解決した結果、目の前の料理にかぶりついていく。
おお、やはりここを選んで良かった。
トオルの様子を見てほっとした、俺も遠慮なく食べることにしよう。
「はぐはぐ……今日は全くもって期待を裏切られた一日でしたねぇ。常に予想の斜め上を行かれました。ダットさん、まじで? って何度も思いましたよぅ」
「すまんな。女性と二人きりで歩いたことなんてなくて。……どんな場所に行けば良いのか、自分のすべき行動は、最善の選択肢は何なのか……わからなかった。気分転換させてやりたかったんだが、逆に疲れさせたか」
「もぐもぐ、そんなことはありませんよぅ。私も遺跡の勉強ばっかりで男性とこんな風に歩いたことなんてありません。ただ、何が正解なのか、最善の選択肢は何なのかなんて難しいこと考えながら、女の子を連れて歩くもんじゃないですねぇ」
「そんなものなのか」
「私もあまり良くわからないですが、それは違う気がするのですよぅ」
うーむ、どうすれば良かったのか。
食事を一旦止め、腕を組んで考える。
もっと事前調査をするべきだったか、やはり食い気のことを優先すべきだったのか。
いや、トオルのことを考えると遺跡に関する資料館でも良かったな。
しかし、そこはトオルのことだ、既に行ったことがあると言われていた可能性もある。
「もがもが……ほら、ふぉれです、ふぉれ。……私を無視して一人考え込んでいるそれですよぅ」
ご飯を頬張りながら、トオルが指差してくる。
「なんでそうなっちゃうですかねぇ。難しそうな顔をして無口になられたら、私と一緒にいてもつまらないのかって思いますよぅ」
「そんなものなのか」
「そんなものですよぅ」
安易な発言や行動は相手を不快にさせる。
だからこそ、言動には細心の注意を考えていたのだが、裏目に出ていたとは。
「トオルはどうなんだ」
「私はダットさんのことをよく知ってますからねぇ。ダットさん、考えてるなー、考えてるなー……くらいしか思いません」
「それは、あれか。諦めていると」
「いえいえ、私のために考えてくれてるんだなって思えば。嬉しくはなりますねぇ。まあ、出掛ける前に考えとけという話になりますが」
「やはり、そうか」
無計画というものはダメらしい。
俺には難易度が高かった、経験がない俺には無理だったと。
勢い任せで上手くいく……なんてこともないしな。
俺としてはトオルの気分転換になればと思っての行動だったんだが、迷惑になってしまったのだろうか。
さらに悩んでいると、トオルがいきなり吹き出した。
「ぷっ、だから悩むなって言ってるのになんで悩んでるんですか。訳がわかりませんねぇ。適当に考えれば良いじゃないですか」
「そういうのは良くない。良くないんだが、俺は何も決めずに気分転換になれば良い。それだけを考えてトオルを宿から連れ出した。考えると時間はたくさんあったはずなんだ。トオルが部屋にこもってる間にな」
「いやいや、今日は完全に突発的な行動だと思いますよぅ。計画的犯行には見えませんでしたねぇ。ま、その辺は置いといてですねぇ」
間を空けるためか、トオルは残っていた飲み物を飲み干す。
おいおい、一気のみは身体に悪いぞ。
空になったジョッキがテーブルに置かれ、大きな音を立てる。
「今日は楽しかったですよぅ。色々、考えすぎと言いましたが……私のために考えてくれてたんだなって思うと、悪い気はしませんからねぇ。……心配をかけましたよぅ」
そう言ってトオルは今日一番の笑顔を見せた。
疲れきってイライラしている顔じゃない、笑顔だ。
「その笑顔を見せてくれただけで満足だ」
「はい?」
「考えるのも悪くない」
「な、何を言ってるんですかねぇ。ダットさんはもう」
「今度は事前に予定を立ててから誘うことにする。そうすれば……」
今日みたいな笑顔が見られるかもしれないからな。
気分を良くした俺もトオル同様、ジョッキの中を飲み干した。
今日の酒は美味い、まだいけそうだ。
「すまない、おかわりだ」
「そうすれば……なんですか。ちょっと、大事なところで言葉を切るの止めて下さい。気になりますよぅ」
「教えてしまったら、つまらなくなるから、言わん」
トオルの性格上、言ったら絶対にもう笑顔を見せないと言ってくる。
それじゃあ駄目だ、だから教えない。
「んなっ、それはないのですよぅ。気になる、気になるのですよぅ。教えるのです。教えなかったら……わかりますよねぇ」
色っぽい仕種に妖艶な笑み……か。
背伸びをしたい年頃なんて言ったら、また怒り出す。
どう返せば良いか迷うところだ。
「おやぁ、考えてます、考えてますねぇ。ダットさんも普段見せない私の姿を見せればいちころですよぅ」
「いや、どう返せばトオルを刺激せずに事なきを得れるかを考えていてな」
「その発言をした時点でもう考える必要はありませんよぅ。もう、事なきを得ることは出来ませんからね!」
ふしゃーっ、と猫のように威嚇を始めた。
本当に……退屈しないな。
色々と無くしたものは多いが、今の暮らしは悪くない。
「ありがとう、な」
感謝を込めてトオルの頭を撫でる。
「何のお礼ですか、私はまだ許していませんよぅ。頭を撫でただけで、心を許すほど私は安い女ではないのです。……と言いたいところですが、私も今日はちょっぴり楽しかったです。その……私の方こそありがとうございました。出来ればまた、誘ってほしいかなーという気持ちがあったり、なかったり……」
目を泳がせながらの発言だった。
……ちょっぴり、か。
俺がしっかりしていれば、もっと楽しませてやれたんじゃないだろうか。
すごく、楽しかったと言ってもらえたんじゃないか。
トオルはまた誘っても良いと言う。
次に期待する、それまでに勉強をしておけと……そう、トオルは伝えたいのだろう。
ガヤガヤと騒がしい酒場で俺は決意する。
今度は絶対にトオルを楽しませてみせるんだ。
俺は頭を撫でるのを止め、がっしりとトオルの肩を掴む。
「ひあっ、何ですか、急に」
「次は期待してほしい」
「次なんてあるんですかねぇ。ダットさんは忘れていそうです。私と出掛ける暇があったら、槍を振ってそうですよぅ。そうに違いありません」
「確かに鍛練も必要だ。でも、出掛ける時間くらいは作れる。約束だ」
「そういう風に言うのってずるいですよぅ。ここが酒場でなかったら、もっと雰囲気が出ていたと思いますがねぇ。周りの視線や声にダットさんは気づいていないのでしょうか」
トオルに言われ周りを見渡すと、客たちが俺たちを見て様々な反応をしている。
ひゅーひゅー、お熱い……か。
「新手の挑発か」
「本当に重症ですねぇ」
「身体は丈夫な方だぞ」
「成る程、思ったよりもやばいです。その鈍感を治さないと先には進めなさそうですねぇ」
「そうか、よろしく頼む」
「普通によろしく頼まれてしまいましたよぅ」
周りからはさらに笑い声が響く。
そんなにも鈍感なことはいけないことなのか。
だが、自力では治せそうにないし、トオルに頼むしかない。
こればっかりはトオルに頼ろう。
「お互いにできないことは補うものだ。トオルも俺を頼ってほしい。頼って頼られての関係で……任せっきりにしないようしような」
笑い声が止み、男を見せた、兄ちゃんかっこいいねぇという声が聞こえる。
「う、う、う……それを狙ってないで言うからダメなんですよぅ!」
「だから、俺の良くない部分はトオルが指摘していってくれと」
「あ……くっ、なんですか、この羞恥タイムは!? 周りの視線がどうでる、どうでるって丸分かりですよぅ。見世物じゃないのです」
うがーっ、とトオルが周りの人たちを威嚇。
わっはっはと笑い声が酒場に響き渡り、もっとやれ嬢ちゃんと酔っぱらいのテンション全開の声もある。
トオルも真面目に対抗するから、良いぞーと声が上がった。
……楽しそうだ。
「トオル」
「おらーっ、いい加減笑うのを……何ですか、ダットさん。私は今、あの親父たちをどう黙らせてやろうかと模索中なのですが」
「絶対にまた誘うからな」
「私は誘っても良いと言いましたよぅ。是非、私の期待を裏切らないでほしいです」
「善処しよう」
その後、トオルと親父たちによる騒ぎは続き、それが酒場全体を巻き込むのに時間はかからなかった。
結果、トオルは酔いつぶれてしまい、宿まで俺がおぶって帰った。
……次回は飲ませ過ぎないようにしないとな。
あと、忘れていたことが一つ。
「二人とも、遅いよ……」
宿に帰るとお腹を空かせたスラウが恨みのこもった目で見てきた。
本当に申し訳ない。




