任せろなんて簡単に言うものではない20
「ダットさん、ここはどこでしょうか」
隣にいるトオルが尋ねてくる。
「武器屋だ。あらゆる武器が揃ってる。隣にある防具屋との仲が良く、セット割引というものもやっていて、商売仲間とも上手くやれていて、町では評判の店だ」
騎士見習いの頃は良くここで剣の手入れをしてもらったものだ。
「ええ、ええ、そうですよねぇ。看板に剣や槍が書かれてますから、店の名前が冒険者の傷跡、いかにもって名前ですねぇ」
「……そこまでわかってるなら、何故聞いたんだ?」
わざわざ俺に確認する必要はないだろうに。
聡明なトオルなら、ここが武器屋だとすぐにわかったはず。
「いえ、本当に武器屋に連れてきたんだなぁって確認したかっただけですよぅ」
確認……必要あったのか。
分かっていて聞いた、いつものトオルのおちょくりが出ただけだろう。
今日はトオルのために一日を使ってやりたいからな、多少のことは目をつぶってやろう。
「そうか。さ、行くぞ。トオルは隠し武器は体の至る所に仕込んでいるようだが、普通の武器も必要だろう。俺が見繕ってやる」
「そ、そうですか……」
「任せてくれ!」
今回は胸を張って任せろと言える。
トオルの命を守る大事な武器だ、慎重に選ばねばなるまい。
武器屋のおやじに相談しながら、トオルにぴったりな武器を探す。
「遺跡探索だと足場の悪い場所を通る時もあるだろう。この鎖鎌があれば、緊急時に引っ掻けて身体を固定できるぞ」
少し練習が必要かもしれないがトオルならなんとかなる。
俺も一緒に覚えたい……のだが、トオルはあまり良い顔をしていない。
「そ、そうですねぇ……」
「気にくわなかったか。なら、俺が丈夫な縄を調達しておこう。これならどうだ。折り畳み式の棍。これならトオルでも使えるんじゃないか」
扱いも難しくないし、これなら遺跡探索時の邪魔にもならないだろう。
「折り畳み式だと結局、隠し武器と変わらないと思いますよぅ」
「それも、そうだな。だったら、これだ。少し大型の爪。この禍々しさ、装着しているだけで威圧することができるぞ」
「あの、ダットさん。私を和ませようとふざけたりしてないですよね?」
紫色の爪を持つ俺を見るトオルの目が死んでいる。
嘘ですよね、という懇願も含まれた瞳だ。
これは……俺に失望しかけている目だ。
なるほど、俺だけが盛り上がっていたということか、トオルは武器を必要としていないらしい。
「わかったぞ、トオル。……とりあえず、手頃なナイフだけでも買っていくか。トオル、手を出して開いてくれ」
「こうですか……えっ」
差し出されたを触って確かめる。
手の大きさはこんなものか、なるほどな。
「あ、あの、ダットさん。そんなに手をふにふに触られるとくすぐったいですよぅ。まだ、終わらないんですか」
「ん、ああ、すまん、すまん。トオルならそうだな……このくらいのやつがちょうど良いんじゃないか。握ってみろ」
柄はこれくらいが良いとは思うんだが。
「あっ、はい。ちょうど良いですよぅ」
「振った感じはどうだ」
「大丈夫ですよぅ」
「なら、買いだな」
俺は武器屋のおやじに会計を頼む。
値段も手頃で助かった。
「ダットさん、お金は……」
「トオルが部屋に閉じ籠ってる間、俺もただ、部屋でぼーっとしていたわけではない」
日雇いの仕事をして少しでも金を稼いでいたのだ。
「そ、そうだったんですか。あ、ありが……」
「ああ、そういえば、さっきトオルの手を触って思ったんだが」
「え、な、なんでしょうか。恥ずかしいことじゃないですよねぇ。そういう感想は宿で」
「意外と鍛えているんだな。偉いぞ、さすがだ。部屋で閉じ籠って調べものばかりしているから、心配していた。隠し武器なんて物も使っているしな……うん、良かった」
「良くねーですよぅ! 私の期待を返すですよぅ、この武器馬鹿用心棒!」
うおっ、トオルが急にキレた。
さっきまで普通に会話していたのに、今では俺の胸に連続パンチをしてきている。
俺は誉めたつもりだったんだが……もっと、早く気づいてやるべきだったか。
「すまん、すまん。トオルのことを侮っていた。トオルは逞しい女性だ!」
「こるぁ、そんなこと大きな声で言うんじゃねぇですよぅ。私が普通の美少女です。筋肉ムキムキヒロインではありません!」
「わかった、わかった。トオルはぷにぷ……」
「一回、その口を閉じるですよぅ!」
これは駄目だ、完全に怒らせてしまった。
俺の対応が不味かった。
トオルの気分転換にと連れ出したのに、これではあまりにもお粗末だ。
「あーもう、ダットさんに期待した私が……特別な日になるかなってちょっと、ほんのこれくらい思った私を殴ってやりたいです」
人差し指と親指の間隔がほとんどない。
そんなかすかな期待しか抱かれてなかったのか。
特別か、トオルは特別なことがしたいんだな。
「行くぞ」
「ちょっ、もう宿に戻りま……」
「まだだ!」
「えーっ!?」
トオル担いで全力疾走。
街の人たちは何事だといった反応をしているが、俺たちだと知ると皆、普段の生活に戻っていく。
……すっかり有名になってしまったらしいな、俺たちも。
「どこに連れていくつもりですか。この、人拐い用心棒!」
「俺にとって特別な場所に連れていってやる」
それだけ言い、俺は走り続けた。
「見ろ、トオル。こいつが毒沼にしか生息していないという、グラモルドだ。こっちは空気の薄い場所でしか生きられないという、クラウドフライ」
俺は建物の中でトオルに展示されているものについて説明をする。
グラモルドは硬い甲殻を持った蜥蜴の魔物、クラウドフライは虫型の魔物で空を飛ぶ。
どちらも直接退治したことはなく、いつか戦ってみたいと思っている魔物だ。
「ダットさん、私を担いで全力疾走までして連れてきた場所がここですか」
トオルは不満そうだ。
来たときは建物を見ただけで入ることを拒否していたから、無理もない。
ここは魔物資料館分かりやすいよう、入口前に世界で最も醜悪と呼ばれている、ベリピンクワームの模型が飾られているからな。
知らない人間は気持ち悪い悪趣味な置物と思っているらしいが。
それを見て逃げだそうとしたが、中に入れば景色が変わるといって、連れてきたんだ。
「ああ、ここはな。珍しい魔物の生態系が書かれた書類が絵付きで展示されている資料館だ。中々、知られておらず、俺も偶然この場所を知ってな。トオルのため、特別にここに連れてきた」
「そんな特別はいらねーですよぅ。どこの世界に気味が悪い魔物資料館に連れてこられて、テンションが上がる女がいるんですか」
「……少しはいるんじゃないか」
「私はその少しに含まれませんよぅ!」
トオルの言い分を聞くと駄目らしい。
特別にこの場所を教えたんだがな、お気に召さなかったようだ。
「もう、私は普通で良いですよぅ。普通の扱いが良いです。これ以上、ダットさんに空回りされたらどんな所に連れていかれるか、わかったものじゃないです!」
「……そうか、なら、あそこだな」
ぷりぷり怒ってるトオルとは対照的に冷静な俺。
休ませるどころか、疲れさせている。
普通か……気が休まる場所ということだな。
「ほら、行くぞ」
「担がないですねぇ」
トオルは意外そうに俺を見てくる。
「なんか、嫌そうだったからな。歩くのも疲れると思って運んでいたんだが」
「年寄り扱いですか。私はまだまだピチピチの美少女ですよぅ。歩き回るくらい、屁でもないです」
ほら、見てくださいと腕を見せてくる。
肌を見せられても反応に困るんだが。
……よし、見なかったことにしよう。
「そうか。なら、逃げ……はぐれないように手を繋ぐぞ」
「今、逃げないようにって言いかけましたよねぇ。私の耳はごまかされないのですよぅ」
良かった、別の所に注目したようだ。
手を繋ぐ際、さりげなく捲っていた服を元に戻す。
「さ、休める場所に行こうか。はぐれないようにしっかり握ってろよ」
「私は迷子の子どもではないのです。……ダットさんの手はごつごつしていて、硬いですねぇ。頼りになりそうな手ですよぅ」
「俺は鍛えているからな」
「……ちょっと、安心しますよぅ」
トオルはそう言って、ぎゅっと手を握ってきた。
……安心すると言われて悪い気にはならないな。




