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SWORD  作者: ろんぱん
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決戦

二〇.決戦


「よう、久しぶりだな」

 固まる一同をよそに、キルギスが一歩前に踏み出す。そして

「ザークレイ、お前には聞きたい事が山ほどある。おとなしく言う通りにすれば手荒な真似はしない」

 説得するような言葉を口にしつつ、背に負った巨大な戦斧を構えた。しかしザークレイは微動だにせず、冷ややかな笑みを浮かべている。すると

「ふんっ!」

 気合と共にキルギスが戦斧を投げた。それは一瞬でザークレイの体を両断し、そのままキルギスの手に戻る。一瞬の出来事にオルア達は呆気に取られて動けない。その間に、両断されたザークレイの体は煙の様に消え去った。

「そんな事だろうと思ってたぜ、小賢しい真似を!」

 鼻息荒くキルギスが叫ぶ。そしてそのままズカズカと先へ進もうとするが…

「ちょっと待って!」

 その声と共にミンクがキルギスの前に回り込み、両手を広げて立ちはだかる。キルギスは無言でその顔を睨み付けるが、静かに首を振るミンクを見ると、ふうっと大きく息を吐き、そして

「すまんな、少々頭に血が上っていた様だ」

そう言いながら再び戦斧を背に負う。その様子にミンクはほっとした様に笑みを浮かべ、キルギスも笑みを返す。そして一同へ向き直った。

「いやはや、真っ先に興奮しておいて言うのも何だが、見ての通りザークレイは相当な幻術の使い手だ。皆も気を付けてくれ」

 そう言いながらキルギスは照れ臭そうに頭を掻いた。そして

「恐らくここから先には数々の罠があるだろう。更に今の様な幻術も我々を困惑させて来る事が容易に想像できる。しかし恐ろしいのはそんな事ではない。真に恐ろしいのは、幻術に紛れて本物が襲い掛かって来る事だ。もしもザークレイの剣をまともに食らえば…どうなるかは俺にも分からん。せめて腐れ落ちる事が無い事を願っている」

 キルギスはさも当たり前の様に恐ろしい事を言う。オルアは自分の腕が腐れ落ちる所を想像して身震いしたが、その耳にミンクが囁く。

「大丈夫だよ。今の貴方と私なら、幻術なんかに騙されたりしない。それに私達には頼りになる仲間がたくさんいるんだから」

その言葉にオルアはミンクを振り返り、ミンクは

「ねっ?」

そう言って優しく笑った。

「そうだな、俺達には頼れる仲間がいる」

 同意するように己を鼓舞するオルア。そして

「それに何より、俺の傍にはミンクがいてくれるからな」

小声でミンクに囁いた。ミンクは小さく頷くと、そっとオルアの手を握る。オルアはその手を握り返し、力強く一歩を踏み出した…と同時に、一瞬にして視界が闇に包まれる。

「気を付けろ!」

 キルギスの声が響いたが、その声も段々と遠ざかっていき…何も聞こえなくなった。


「あー、何が起きたんだ…」

 いつの間にか倒れていたオルアは、起き上がりながら辺りを見回す。幸い薄明りに包まれていて視界は確保できた。しかし…見回した周辺には誰もいない。急に不安を覚えたオルアは慌てて立ち上がった。そして慌てて自らの装備を確認する。とりあえず何かが無くなった様子はない。それを確認したオルアは両手で頬を叩き、自らに気合を入れる。

「待ってろよミンク!すぐに見つけてやるからな!そしたら他の仲間探しだ!」

 そう言って一歩踏み出したその時

「オルアみーっけ!」

 唐突に背後から声が響いた。心臓が止まるかと思う程に驚いたオルアだったが、その声の主が誰か分かってしまったオルアは努めて平静を装う。そして振り返るとそこには、オルアをビシィと指さすミンクの姿があった。間違いなく先ほどの言葉を聞いていたのだろう。その顔には満面の笑みが浮かんでいる。

「よ、よおミンク。無事でよかった」

 努めて平静を装ったオルアだったが、そのぎこちなさにミンクは思わず噴き出した。

「何よオルア、私達はもうお互い思いあってるのよ?今更私の名前を最初に言ったからって照れる事ないじゃない」

 そう言いながらミンクはオルアの頭をなでなでする。完全に心を読まれたオルアは、顔を真っ赤にしてなすがまま。そんな状況で、更に賑やかな声が聞こえてきた。

「ンギャ!オルアとミンクの気配がするんだギャ!きっとこの先に二人がいる気がするんだギャ!」

 その声に二人は顔を見合わせてプッと噴き出す。そして、声を揃えてバーンの名を呼んだ。


「ンギャ、二人とも無事でよかったギャ!」

開口一番バーンが叫ぶ。迎えた二人もバーンに駆け寄ると、嬉しそうにその顔を撫でまわした。

「バーンも無事だったか!」

「この調子なら意外と早く皆と合流できるんじゃない?」

「ンギャ!それはとてもいいんだギャ!でもいい加減撫でまわすのはやめて欲しいんだギャ!」

 その言葉にオルアとミンクは互いに顔を見合わせ、声を上げて笑った。するとその声に反応するかの様に、キューンと澄んだ声が響く。

「んギャ、白竜もこっちに来てるみたいだギャ!」

そう言うが早いかバーンは声の聞こえた方へ飛び、程なくして白竜と共に戻って来た。そしてその背後には半蔵の姿もある。

「白竜に、半蔵も一緒か!こりゃあミンクの言った通り早く合流できるんじゃないか?」

 嬉しそうな声を上げるオルアだったが、それは半蔵にあっさりと否定された。

「残念ながらそう上手くは運ばないようでござる。オルア殿達に合流する前に先の道を探ってみたのでござるが、幾つかの罠はあった物の、敵味方含めて何者かの気配は一切感じられなかったのでござるよ」

「うげ、そうなのか?」

「うむ、間違いござらん。とは言え、この先に大きな扉があり、それが拙者一人ではどうにも出来ぬので他の道を探していた所バーン殿と出くわしたのでござる。見た所ここは行き止まりの様でござるし、とりあえずはその扉まで戻ってみたいのでござるが、同道頂けまいか?」

 オルア達にとっては断る理由もない。二つ返事で了解すると、半蔵を先頭にその扉を目指して歩き始めた。


 少し道を進んだ所で、不意にミンクが疑問を口にする。

「ところで、この辺に飛ばされたのって私達だけみたいなのよね?」

「少なくとも拙者が調べた限り、件の扉よりこちらには誰の気配もござらん」

「うーん…偶然なのかな」

「何がだ?」

「あのね、何故かここにいるのは皆の中でも小さめな人ばかりなんだよね。それが偶然なのか狙われてそうなったのか、それがちょっと気になっちゃって」

「小さめって…まぁ確かにそうだな」

 そう言いながらオルアは半蔵と並び、ミンクもその隣に立たせる。するとものの見事にどんぐりの背比べ状態だった。

「んギャ?背比べかギャ?」

 並ぶ三人を見たバーンがオルアの前に立ってピーンと背筋を伸ばす。するとその体は意外に大きく、その頭はオルアの顎の辺りまで届いていた。

「バーン凄いね!初めて会った時の倍以上に大きくなってるんじゃない?」

「ミンクもそう思うかギャ?このままいけばすぐにオルアより大きくなるかもしれないんだギャ!」

「バーンが俺よりも…いや、どうせならガルよりもデカくなって、俺達全員乗せられる位大きくなってくんないか?」

「ガルよりもかギャ?それはもうちょっと待っててほしいんだギャ」

「拙者は何年でも待てるでござるよ」

「そうね、私も何年でも待てるわ」

「バカなこと言うのはオルアだけでいいんだギャ。二人とも乗らないで欲しいんだギャ」

 思わずバーンはため息を漏らし、周りで笑い声が上がる。同時に白竜が楽しそうに鳴き声を上げた。


 半蔵の先導で進む一行。道中数々の罠が仕掛けられていたのかもしれないが、その全ては既に半蔵によって解除されていた。無造作に転がる恐ろし気な凶器の数々が鈍い光を放ち、これら全てが襲い掛かってきたらと想像するだけで身の毛もよだつ。そんな事を考えつつ、オルアはふと思った事を口にした。

「そう言えば、こっちに小さいのばっか集められたんだとしたら、ろんたとかワズガルドとかがいないのは何でだ?」

「あ、そう言えばそうね。じゃあたまたまなのかな?どうなんだろ?」

「それは拙者にも分かりかねる。それを確かめる為にも先へ進まねばならん様でござる」

 半蔵の言葉に、オルアとミンクも頷く。


 半蔵は事もなくこの先と言っていたが、一体そこまではどの程度の距離なのか?歩き始めて一時間はとうに過ぎたであろう頃、オルアはそんな事を考え始めた。すると不意に、目の前に大きな壁が現れる。一瞬道を間違えたかと思ったオルアだったが、よく目を凝らしてみるとそれはただの壁ではなく、微細な文様が刻まれた扉の様に見える。

「これがその扉なのか?」

 そう言いながらオルアが扉に手をかけようとすると

「お待ち下され!」

半蔵の言葉が鋭く響いた。

「無暗に触れるのは危険でござる。いかなる罠がしかけられているやもしれぬ。拙者一人では判断がつかぬ故、どなたか知恵者がおらぬかと探していた所、幸いミンク殿とお会いできた訳でござる」

「あ、なるほど…ってまぁ確かに俺は知恵者じゃないけど」

 そう言いながらすねるオルアを尻目に、ミンクは扉の前へと進み出ると、そこに刻まれた文字と文様に目を凝らす。

「うーん…なんだか古いエルフ文字みたい。ちょっと解読には時間がかかりそうね。でも扉そのものには危険な感じはしないわ。半蔵さんはどう思う?」

 問われて半蔵も扉に近付くと、その隅々へと目を凝らす。そして

「確かに、見る限り罠の類は無さそうでござるな。とは言えどうすればこの扉が開くのかは皆目見当がつかないので…」

 そう半蔵が言いかけた時

「危険が無いんなら、とりあえず叩いてみればいいじゃんか」

 いつの間にか扉の前に進み出ていたオルアが、手にした短剣の柄で叩き始める。突然の事にミンクも半蔵も目を丸くするが…予想した通り特に危険な仕掛けが働く事は無い。安心すると同時にミンクはため息をつき

「オルア、お願いだから何かするなら先に言ってからにして」

 たしなめるように言葉をかけた。


 オルアと共に半蔵も短刀の柄で扉のあちこちをコツコツと叩く。暫くの間二人で扉を叩き、少し下がった所でミンクがそれを見守っていた。しかし何も変化は起きない。そのまま時間だけが過ぎ…気づいた時にはバーンと白竜は仲良く寝息を立てていた。

「何なんだこの扉は?いっその事ぶっ叩いてやろうか」

 少しイラつき気味に、オルアは扉を激しく叩いた。同時にその手から短剣が滑り落ち、甲高い金属音が響く。その瞬間

「!」

 一瞬、ほんの一瞬だけ扉の一部が光った。とは言えそれに気づけたのはミンクだけだったが。

 その後も暫く二人は扉を叩き続けるが、一行に変化は無い。その間はずっとコツコツと単調な音だけが響く。それを見ていたミンクは、不意に高い声を響かせる。突然の事に二人は驚いて振り返るが、何かを言うより先にミンクが扉を指さして口を開く。

「見て!」

 その言葉で二人が扉に向き直ると、今まで何の変化も無かった扉の文様に、水の様に光が流れていた。それは数秒間流れ続け、次第に掠れるように消えていった。

「今のは…」

「何でござろうか」

 オルアと半蔵は顔を見合わせて呟くと、同時にミンクに向き直る。そしてミンクはと言うと

「何となく分かったかも」

 そう言って大きく息を吸うと、今度は低い声を響かせ始めた。二人もその様子を見守るが、今度は何も起きなかった。するとミンクは音階を上げ、再び反応を見る。そして反応が無ければ更に音階を上げる。それを繰り返す内に、結局は最初に試した高音が扉を反応させる事が分かった。

「となると、後は音量?それともリズムか何か?」

 自問自答を始めるミンク。それを見たオルアは再び扉に目を向けると、ふと気になっていた事を聞く。

「そう言えば、結局ここには何て書いてあるんだ?」

 そう言われたミンクは

「あ…それをすっかり忘れてた。恐らく意味があるはずよね」

 そう言いながら頭をコツンと叩く。そして扉に刻まれた文字に目を凝らす。しかし…

「うーん…ただでさえ分かりにくいのに、あちこち掠れてて読みにくいわね」

 ミンクは目を細めながら扉と格闘する。すると、オルアがさも不思議そうに言う。

「さっきみたいに、歌いながらは読めないのか?あの時は文字もはっきり光ってたぞ」

 その言葉にミンクはハッとした様に顔を上げ、オルアを振り返った。

「オルアってたまに凄いよね」

 そう言って笑うミンクには、オルアは「たまには余計だ」と言う声は聞こえなかったのかどうかはともかくとして、再び扉に向かって神経を集中させる。


 暫く無言で文字を指でなぞっていたミンクは、次第にフンフンと鼻歌を歌い始める。そして軽く頷くと、扉の一番左側へ進む。そして、聞きなれない言葉を乗せて歌い始めた。


 扉はミンクの歌声に呼応するかの様にその文様を輝かせ、そこに刻まれていた文字もはっきりと浮かび上がる。ゆっくりと歩きながらミンクは歌う。扉の文字はその歌詞なのだろうか。ミンクの歌声に合わせて光を放ち、ミンクが扉の右端まで歩くうちにその文字の全てが光を放ち始めた。そしてゆっくりと歌い終わると共に、その光は次第に弱まり…また元の状態へと戻っていく。

「おい、元に戻っちまうぞ!」

 慌てて叫ぶオルアだったが、ミンクは事も無げに告げる。

「もう開くよ。多分」

「は?」

 呆気に取られるオルア。そして

「オルア殿!」

 半蔵が叫ぶ。その目の前では今までビクともしなかった扉が、音も無く両側へと開いていった。


 突然の出来事にオルアと半蔵は目を見開いて硬直してしまう。ミンクはクスッと笑い、聞かれるより先に答える。

「最初は私も何が書いてあるかよく分からなかったの。でもね、古い言葉だけど幾つかは読める単語が出てきたの。大昔の大きな大きな戦いの英雄…ハーンの名前とか」

「ハーン…それって確か」

「そう。オルアの遠いご先祖様。そして共に戦った戦士達やエルフの女王の名前も。そこまで分かれば後はまぁ何とかね。私達に代々伝わる歌物語。それを扉が共鳴する音階で歌えば良かったの。とは言え、ここに書かれているのはかなり簡略化されたものだったから何とかなったんだけどね」

「そうなのか?じゃあもしも全部歌う事になってたらどの位かかるんだ?」

「うーん…三日くらいかな?」

「そうか…よかった」

 オルアがほっとした様な声を上げた時、扉は完全に開かれていた。

「さてと、じゃあ行きますか」

 そう言ってオルアは一歩踏み出そうとしてその足を止める。そして

「いや、ここを開けたのはミンクの手柄だ。はじめの一歩を踏み出す栄誉はミンク様にお譲りしよう」

 そう言いながらミンクへと道を譲る。半蔵も異存無しとでも言いたげに笑みを浮かべていた。

「じゃあ、お言葉に甘えて…」

 そう言いながら前へ踏み出そうとしたミンクは、ふと思い出したように振り返ると

「バーン、そろそろ起きて!白竜ちゃんも!早くしないと置いてっちゃうよ!」

 澄んだ声で呼びかけた。


 扉を抜けて暫く進むと、かなり大きな円形の部屋へと出た。かなり広いその部屋には、反対側に大きな扉があり、左右にはオルア達が出てきたのと同じような通路が見える。

「また扉か。それに他にも道が…どうするかな」

 オルアがそんな事を呟くと同時に、右側の通路の奥から話し声が聞こえてきた。すかさず身構えるオルアだったが

「大丈夫だよ。聞き覚えのある声でしょ?」

 ミンクに言われて耳を澄ますと、確かにその声の主には聞き覚えがあった。

「あー、ガル達も無事だったみたいだな」

 そんな言葉とほぼ同時に、通路からガルが顔を出した。その後ろにはシーブランとアルビレオ、その肩に乗ったワズガルド。そしてキルギスとその肩にはろんた。そして隣にはイリスの姿があった。そしてガルはいち早くオルアの姿を認めると

「おー、お前達も無事だったか!」

 部屋中に響き渡る大声を上げながら歩み寄ると、その大きな手でオルアの肩をバシバシと叩く。最初は笑顔で受け止めていたオルアだったが、次第に悪くなる顔色を見て

「ガル、その辺で止めてもらえる?それ以上叩くとオルアが縮んじゃうわ」

ミンクの声に手を止めるガル。そして

「おお悪かったな!ちょいとばかり大変な目に遭ってきたもんでよ、嬉しくって力が入り過ぎちまった」

 ガハハと笑うガル。いてぇなとぼやきながらもオルアは

「んで、大変な目ってのはどんなだったんだんだよ?」

 見上げながらそう問いかけた。

「因みに俺たちはだな…」

 そう言って話を始めようとしたオルアだったが

「うん、やっぱミンクに話してもらった方が分かりやすそうだ。そんな訳でよろしく」

 あっさりとミンクに後始末を任せる。ミンクは苦笑しながらガル達の前に出ると、とても簡潔に、それでいて分かりやすく要点をまとめて説明をした。ガルもキルギスもシーブランも興味深そうに聞いていたが、部屋の奥ではろんたとワズガルドがイリスと一緒に遊び、アルビレオはただ一人、部屋の隅でボロクズの様に丸まって寝息を立てていた。


「なるほどな。そっちはそっちで大変だったみだいだが、俺達もなかなかに大変だったんだぜ」

 ミンクの話を聞き終わったガルは、今度は俺の番だとでも言いたげに話し始める。


 気づいた時、ガルは薄暗くて狭い部屋の中にいた。傍には自分以外の気配は無く、静まり返っている。ぐるりと見回したが部屋の出口は一つしかなく、壁や床にもこれと言った仕掛けは見当たらない。それならばと部屋から足を踏み出そうとすると…ふと遠くで物音が聞こえた気がしたので、ガルは足音を立てない様にそちらへと近づいていった。慎重に歩を進めて行ったガルだが、気取られたのかその足音が止んでいる。ガルは深呼吸をすると、今度は速足で足音のした方へと進む。同時にそちらからも微かに速足の音が聞こえてくる。そしてぼんやりとした影を認めた瞬間ガルは抜刀し、同時に何かがキラッと光る。

「うおっ!」

 ガルはのけぞりながら飛んで来た矢をつかみ取り、その矢羽に目を向けた。

「これは…」

 そう言いかけたガルに、矢の主が声をかける。

「よお、お前も無事だったか!」

 その声と共に暗がりからシーブランが姿を現す。昔馴染みに矢を放っておきながら、その顔からは微塵も悪かったなどと言う思いは感じられない。それを見て、ガルも大いに笑った。手にした矢を投げ返して大刀を鞘に納める。

「他の奴らは?」

「いや、ガルが最初だ」

「そうか…とりあえずここで話し込んでも仕方ない。進むとするか」

「そうだな」


 一方その頃、ろんたは薄暗い廊下をぽてぽてと歩いていた。そして手を繋ぎながら傍らを歩くイリス。そんな状況にも関わらず、二人は楽し気に鼻歌を歌いながら先へ進む。

「誰かの気配がするのだぁ」

 まるっきり緊張感の無い声でろんたが告げた。するとその声に呼応する様に、目の前に大きな人影が現れる。

「キルギスみっけなのだぁ」

 その言葉通り、目の前にキルギスの巨体があった。

「よお、無事だったかお二人さん」

 そう声をかけるキルギスにろんたは素早くよじ登ると、あっという間に肩車をしてもらう格好になった。そして

「なんとなく、あっちに行くのが良さそうな気がするのだぁ」

 そう言いながらキルギスの顔を左へと向けた。

「そうなのか?じゃあとりあえずそっちへ行ってみるとしよう」

 なんの反論も無く、ろんたの言うがままにキルギスは歩を進める。すると程なくして前方から声が聞こえてきた。


「ワズ!だから無暗にいじるのは危険だと言ったではありませんか!」

「うるせえな!じゃあ他に何か手があったのかよ!」

「だからそれを考えていたんじゃありませんか!なのに…あ?」


 賑やかな声と共に、前方からアルビレオとワズガルドが駆けてくる。キルギス達に気づいたのか表情を明るくしたが、その顔とは裏腹に悲痛な声を上げる。

「皆さん逃げて下さい!ちょっと危険な者を起こしてしまいました!」

 その言葉通り、アルビレオ達の背後からは名状しがたい凍り付くような気配が、じわりじわりと迫って来た。しかしキルギスは平然とアルビレオを捕まえると、笑顔で問いかける。

「危険な者ってのは解ってる訳だな?一体何を起こしたんだ?」

 早く逃げなければ命が危ない。そんなアルビレオの思いを知ってか知らずか、キルギスは万力の様な力でアルビレオの肩を掴み、強引に自分に向けた。

「さあ早く言え、さもないと逃げられんぞ」

 そう言うキルギスの目は何故だか笑っている。アルビレオはごくりと唾を飲み、半渇きの口を開いた。

「恐らくですが…バルログではないかと」

 その言葉に、キルギスは驚きと同時に目を輝かせた。そしてアルビレオを離すと

「俺は少し遊んで来る。お前達は逃げた方がいいぞ」

 そう言い残してズカズカと先へ進んだ。


「あああ、私はいったいどうすれば」

 うめき声を上げるアルビレオ。しかしワズガルドは

「ほっとけよ、死にたい奴は勝手に死なせときゃいいんだ」

 そっけなくそんな事を言ってその場を立ち去ろうとしたが…

「みんなついてくるのだぁ!」

 キルギスの肩でろんたが叫ぶ。同時に笑顔のイリスが目の前に立ちふさがり…

「仕方ない、我々も行きましょう」

「…マジかよ」

 結局全員でキルギスの後を追った。


 一歩、そしてまた一歩。進む度に強まる闇の気配。同時に凄まじい熱気が一同を包み込む。その気配を身近に感じたキルギスはろんたに声をかける。

「そろそろ危ないな。ろんたは降りてお手伝いしてくれないか?」

「りょうかいなのだぁ!」

 しゅたっと飛び降りろんた。イリスがその手を取り、先頭を進むキルギスに続く。


「コイツら正気なのか?」

 最後尾で呟くワズガルド。アルビレオは最早口出し無用と悟ったのか何も言わない。そしてこの先の角を曲がれば恐らくは気配の主が見えてしまうのではないか?そんな思いを抱くのとほぼ同時に

「今だ、やっちまえ!」

 そんな声が角の向こうから響いて来た。


 驚いて駆け出したキルギスが角を曲がると

「これでも喰らえや!」

 雄たけびと共に吶喊するガルの姿が。そしてその前には炎を纏った闇の化身、バルログの巨体が聳え立つ。どう考えても無謀な特攻にしか思えなかったが、キルギスは思わずその戦いに目を丸くした。


 ガルも相当な巨体ではあるが、バルログは優にその5倍はある超巨体だった。しかもその全身は燃え盛る炎で覆われ、普通ならば近づく事さえままならない。そこでガルはあえて隙を作り先に攻撃をさせる。そしてわずかに体制を崩させると同時にシーブランが顔をめがけて無数の矢を放つ。すると反射的に全身を纏う炎が顔に集中し、ガルはその瞬間を狙って全力の一撃を叩きこんでいた。その都度バルログは態勢を崩しガルの連撃を許すのだが、その巨体は揺らぐことなく、炎の鞭で恐ろしい一撃を返してくる。それ程の素早さは無いものの、炎を纏う鞭は凄まじい熱気を放つ為に大きくかわさなければならない。戦いが長引くにつれ、激しく動き続けるガルの呼吸が激しくなる。流石に分が悪い、そう考えたキルギスが手出しするより先に

「おりゃあなのだぁ!」

 かわいい掛け声と共に、巨大な岩がえげつない勢いでバルログを襲う。一瞬頭部が吹き飛ばされたかに見えたバルログは鈍い音を立てながら倒れるが…すぐに何事も無かったかのように立ち上がった。

「おお、流石に手強いな!」

 何故か嬉しそうな声を上げながらキルギスは戦斧を構える。それを見たシーブランは

「この状況で楽しむとか、アンタもガルも相当に頭おかしいぜ!」

 そんな事を言いながら自身も笑顔で次の矢をつがえていた。

「ちょいとお疲れなんじゃないか?暫く休むがいい」

 言いながらキルギスがガルの前に出るが

「何言ってやがる、こういうのは早いもん勝ちだろう?」

 まだまだだと言わんばかりにガルが再びキルギスの前に…出ようとしてイリスに捕まった。

「無理をしてはいけませんよ?これは最後の戦いではないのです。シーブランさんもこちらへ」

 穏やかでありつつ有無を言わせない物言いは、大の男二人を一瞬で従わせた。


 イリスに癒しの術を施されながら、大の男二人はキルギスとろんたの戦いに驚嘆する。   


バルログの振るう炎の鞭は三つ又に別れ、獲物を狙う蛇の様に襲い掛かる。しかしキルギスは微動だにせず戦斧の一撃でそれを薙ぎ払い、ろんたはと言うと…

「いいもんみっけなのだぁ!」

 戦いには目もくれずに歩き回り、自分の頭ほどもありそうな岩石やガレキを山の様に集めていた。そして

「どんどんいくのだぁ!」

 かわいい掛け声が響き、同時にろんたの恐るべき連射が始まる。轟音と共に放たれる巨岩はバルログの頭を吹き飛ばし、続いて左右の腕を、そしてついにはその腹に大きな風穴を空け、巨体は崩れ落ちた。


「やったのか?」

 イリスの手が頭に乗ったままガルが叫ぶ。

「どうだろうな?」

 同じくイリスの手を頭に乗せたシーブランが怪訝そうに答える。するとイリスの手がそっと離れた。そして

「そろそろお二人も出番の様です。くれぐれもご油断召されませんように」

 笑顔で二人を促す。何の事かと思った二人の目の前で、バルログの体がぐにゃりと溶け落ちた。そしてそれはぐにゃぐにゃと蠢き、気味の悪いぬらぬらとした塊となって動き始める。それを見てキルギスが怒号を飛ばす。

「お前ら、一瞬たりとも気を抜くな!」

 その言葉と同時に、気味の悪いぬらぬらの一部が鞭の様に飛び掛かる。一斉に飛びのいたが、床に叩きつけられたぬらぬらは周り中に飛び散った。キルギスは左手にろんたを抱きかかえ、右手で戦斧を振るって猛烈な風でそれを吹き飛ばす。シーブランは素早く身をかわし、ガルも同様にかわそうとした瞬間、棒立ちのイリスの姿が目に入る。

「危ねえっ!」

 咄嗟にガルはイリスを抱きかかえる様にかばった。そしてマントに無数のしぶきを浴びる。

「ふぅ、無事か?」

「はい、ありがとうございます」

 驚きに目を丸くしながら答えたイリス。しかし突然その眼が険しくなり

「ガルさん!マントを!」

 今まで誰も聞いた事が無い叫び声。そして誰も見た事が無い素早さと力強さで一気にガルのマントを引っぺがして投げ捨てる。その勢いはガルの巨体を一回転させて一同を驚かせたが、ガルのマントはそれ以上の驚き、と言うよりは気味の悪さを見せつけた。

「うげ…」

 思わずうめき声を漏らすガル。その目の前でガルのマントは飛び散ったぬらぬらの様に姿を変えると気味悪く蠢き、そしてガルの方へと這いずり始める。

「こいつは…斬って大丈夫なのか?」

 ゴクリと唾を飲みこみながらガルは呟く。そして以前の戦いに思いを馳せた。

 かつて幻の世界で戦ったオーディン。その手に持つ神槍グングニルは受け止める事すら不可能だった。今その時ほどの脅威を感じるのか?否。

 剣神ガイルーシャの下で修業した時は文字通り手も足も出なかった。果たして今その時ほどの力の差を感じるか?否。

 アグラと殺し合いをしなければならなかった時、正直仲間の助けがなければ絶望してい

ただろう。その時ほど絶望を感じるか?否!

 ならば今、怖気づいて手を出さずにいるのは一戦士の取るべき道か?否、断じて否!

 ガルはかっと目を見開いて黒光りするぬらぬらを睨み付けると

「うおおおおおおおおっ!」

 気合と共に大刀を上段に振りかぶる。するとその周辺には渦を巻くように闘気が集中しはじめ、それは見る間に赤い竜巻の様に渦を巻く。それを見たキルギスは満足げに笑みを浮かべる。

「燃え尽きやがれ!」

 雄たけびと共に大刀が振り下ろされ、そこから真っ赤な奔流がほとばしる。それはぬらぬらを飲み込むと渦巻く炎となって全てを焼き尽くす。一瞬の内に周り中の空気が燃える様に熱くなり、その中心でで激しくもだえるぬらぬらは不意に動きを止め…全身を振るわせて周り中に飛び散った。慌てて一同は身をかわすが、それらは既に消し炭の様な塊と化し、何の脅威ともならなくなっていた。

 

 焼けつくような空気の中で沈黙が続く。消し炭と化したぬらぬらは、今では燃え尽きた木のように立ち尽くしていたが、程なくしてその場へ崩れ落ちた。


「流石にもう終わりだろ」

 そう言いながらシーブランがガルの肩を叩く。ガルもふうっと大きく一息ついたが

「しかしまだ本体が残ってるぜ」

 視線の先で蠢く巨大なぬらぬらの塊。それはじわりじわりと無数の触手を伸ばしながら近づいて来る。ガルは再び大刀を構え、闘気を集中させようとしたその瞬間、今までのろのろと蠢いていた触手が一気に襲いかかって来た。

「おわっ!」

 思わず叫び声を上げて身をかわす。しかし触手は次々と襲い掛かり集中する隙を与えてはくれない。

「おいシーブラン!何とかしろ!」

「流石に数が多すぎる!」

 そう言いながらもシーブランは次々に触手を撃ち続けるが、何しろ数が多い。流石にまずいかもしれないと思ったその時

「これでもくらえなのだぁ!」

 そんな掛け声とともに、無数の石つぶてが触手を吹き飛ばした。更に

「俺も少しは仕事しねえとな」

 そう言いながらキルギスが巨大な戦斧を振るい、本体に強烈な一撃を食らわせる。しかし止めを刺そうとはせず

「ガル、今日の主役はお前さんだ。遠慮しねえでやっちまいな!」

 そう言いながらガルを振り返った。わずかな時間とはいえ集中する時を与えられたガルは、振りかぶった大刀に溢れんばかりの闘気を纏わせている。

「ありがとよ!遠慮なく主役の座頂くぜ!」

 雄叫びを上げながらガルが跳躍する。そして全てを焼き尽くす一撃がぬらぬらの本体に振り下ろされた。真っ二つに切り裂かれたぬらぬらは、業火に焼き尽くされる。


 辺り一面に焦げ臭さと生臭い悪臭の入り混じった煙が充満する。その空気の中で一同は何とも言えない顔をしていたが

「流石にこの臭いは趣味じゃない」

 そう言いながらキルギスが戦斧を豪快に振るう。一陣の風と共に煙は一瞬にして消え去り、その後に残ったのは…

「これが古代の悪鬼のなれの果てだ」

 キルギスの指し示す床一面には、不気味な黒ずみが広がっていた。


「さて、とりあえずの脅威は無くなった。先へ進むとしよう」

 そう言いながら黒ずみの上を堂々と歩くキルギスの姿を見て、ガル達もその後へと続いた。そしてその背後では

「ワズ、もしかして私達は何の役にも立ってないのではありませんか?」

「仕方ねえさ、今回ばかりは俺達じゃあクソの役にも立たねえよ」

「いやはや、情けない事に私はまだ脚が震えていますよ」

「安心しろ、お前がヘタレなのは皆知ってるよ」

 そんなぼやき声が聞こえてきた。


「まぁ、そんな事があった訳だ」

 一通り話し終えて、ガルはイリスの用意したお茶を美味しそうに飲み干す。

「おかわり如何ですか?」

「ありがたく頂こう」

 束の間のお茶会で楽し気に話をする一同だったが、そう言えばまだ合流していないメンバーはどうなったのだろうか?誰ともなくそんな事を考え始めたその時…

「ん?何だかいい香りがしないか?」

 そんな声が聞こえてきた。その声に顔を上げると、ガル達と反対側の入り口から入って来るフレアと目が合う。その後ろにはイーロンの姿も見えた。

「フレア!」

 真っ先に駆け寄るミンク。その手を取ると嬉しそうにはしゃいだ。しかしその全身を見渡すと…

「傷だらけじゃない!それにイーロンも!一体何があったの?」

 満身創痍のフレアとイーロン。二人は一瞬目を合わせたが、何とも言えない表情で目を逸らす。

「まぁ、言えない事なら言わなくていいわ。それより一休みしましょう。ほら、イーロンも来て」

 ミンクがフレアとイーロンの手を取って一同の輪に戻ると、既に二人分のお茶が用意されていた。

「お二人ともお疲れでしょう。まずは一息ついて下さい」

 その言葉には二人とも異議は無い。促されるままに腰を下ろすと、揃って一口飲み、ふーっと大きく息をついた。しかしどことなくぎこちない二人を見てミンクはオルアに耳打ちする。

「ねえねえ、なんだかあの二人ヘンじゃない?」

「ん?イーロンとフレアか?」

「そう」

「実は俺も気になってたんだ」

「あら珍しい」

「どういう意味だよ?…ってまぁそれはどうでもいい。俺が気になったのは二人の傷の具合だ」

「傷?」

「ああ、よく見てみろ。イーロンの傷はまるで何度も切り付けられたような刀傷だろ?それにフレアは、あちこち強い力で殴られた様な痣になっている。まさかとは思うけど…」

「えっ?ケンカしたって事?」

 思わず声を上げるミンク。同時に二人と目が合い

「えっと…もしかして図星?」

 若干気まずそうに問いかけた。


 暫く目を合わせていた二人。そしてイーロンが口を開こうとしたが、フレアがそれを手で制し

「いや、私が説明した方が分かりやすい」

誰もが納得する言葉を放つと、一つ咳払いをして話を始めた。


 気づいた時、フレアは袋小路の様な場所で倒れていた。ゆっくり立ち上がり周りを確認したが、どうやら前に進む以外には何もできそうにない。そう考えて一歩踏み出す。すると思っていた以上に足音が響き、その音で思わず身構えてしまった。足を止めて耳を澄ますが、他には何一つ音はしない。思わず苦笑したフレアは、足音を立てない様に慎重に歩を進めた。


 若干の蒸し暑さと空気の重さを感じながら暫く歩き続けると…やがて前方に何者かの気配を感じた。しかもそれは間違いなくただ者では無い、強く鋭い気配。フレアが身構えると同時に相手もそれを感じたのか、その鋭さが増した。

「やり過ごすのは…無理か」

 自分と相手の間に横道は無い。先へ進んで相手と向き合うか、元来た道へ引き返すか。当然引き返しても意味は無い。覚悟を決め、フレアは抜刀した。瞬間、遠くに感じていた気配の主が肉薄し、首を跳ね飛ばさんばかりの一撃を放つ。

「くっ!」

 突然の攻撃を紙一重でかわしたフレアは、返す刀で横なぎに払い、更に上段から振り下ろす。並の相手ならば確実に致命的な一撃、そう確信できる攻撃ではあったが、やはり目の前の相手は並ではない。紙一重でかわすとすかさず息もつかせぬ反撃に移る。側面から猛烈な連続の突き。すかさず刃で受け止めるが、一撃受け止めただけで両腕が痺れ、このまま受け続ければ剣が叩き折られる。そう感じたフレアはかろうじて突きをかわしながら自身も突き返す。うなりを上げて襲い掛かる剛腕。流石に完全にはかわしきれず、何度となくフレアの体をかすめる。フレアの剣も何度となく相手に襲い掛かり、その体に無数の傷を刻み込む。そんな攻防を繰り返す内に、フレアの中に沸々とある感情が沸き上がる。

「…昂るっ!昂るぞっ!」

 今まで何度となく死線を潜り抜けてきたと言う自負はある。しかし一騎打ちでここまで実力が伯仲した相手との戦いはいつ以来だろうか?いつの間にかフレアは自分がこの状況に不釣り合いな笑みを浮かべている事に気付き、我ながらどうしようもない奴だと大きな笑い声を上げた。そして笑いながら剣に闘気を集中させる。すると相手は警戒したのか瞬時に間を取った。

「ふふふっ…お互い出し惜しみは無しといこうじゃないか」

 嬉しそうな声と共に、フレアの剣が怪しい輝きを放つ。そして同時に、立ちはだかる相手の両腕も真っ赤な輝きを放ち始めた。

「いざ尋常に…勝負!」


 同時に突き出される剣と拳。そこから放たれた光芒がぶつかり合い、激しい光と共に爆音が響き渡る。


 もうもうと立ち込める煙の向こうに、変わらず強い気配を感じ、フレアは目を凝らして相手を睨み付ける。そして、煙が消えていくと同時に、今まで相手を包んでいた怪しげな靄の様な物も消えていく。そして、相手の姿を認めたフレアは驚きのあまり目を見開く。

「…お前は!」

 

 目の前には他でもないイーロンの姿が。そして心なしか、その顔には驚きが浮かんでいる…様に見えなくもない。その表情にフレアは苦笑すると同時に、イーロン本人である事を確信した。


「お互い無事で何よりだ」

 そう言いながら歩みよるフレアだったが、何故かイーロンは浮かない顔をしている。

「どうした?私だ、フレアだ。偽物なんかじゃないぞ?」

「それ…分かる」

「何故そんな顔をする?無事再会できて嬉しくないのか?」

「そう…ではない」

「じゃあどうした?」

「仲間…気づけなかった…不覚」

 その言葉にフレアはひとしきり笑い

「それはお互い様だ、気にするな」

 そう言ってイーロンの手を取ると

「さあ、行こう!」

 掛け声とともに先へ進む。


「まぁ、そんな事があり、お互い存分に腕を振るったという訳だ」

 一通り話し終わったフレアはそう言いながらイーロンに目を向け、イーロンもその通りだと言わんばかりに肯いた。しかしその表情は対照的で、久々の好勝負に笑みを浮かべるフレアと何故か悔しそうに見えるイーロン。それを見たミンクは一人くすくすと笑った。


「結局、俺達は何をさせられていたんだ?」

 皆の話が終わった所で、オルアが疑問を口にする。暫くの間互いに顔を見合わせていたが誰にも答えは解らない。そしていつの間にか一同の視線はキルギスに集中していた。それに気付いたキルギスは

「んー…まぁ確信を持ってる訳では無いが」

 そう言いながら一同を見回し、更に言葉を続ける。

「半分は嫌がらせだろうな」

 呆気に取られる一同。それを見たキルギスは苦笑しつつも話を続けた。

「まぁ勿論それだけが目的じゃない。あくまでも俺の想像だが、つまらない奴を相手にしたくないのでふるいにかけた。そんなところだろう考えてみろ、俺達やお前達が乗り越えてきた試練を。伝承に通じ、武勇に優れ、仲間を信じられる。そうでなければ乗り越えられなかった試練だったとは思わないか?つまり…そんな相手でなければ戦うに値しない。そんなつまらない奴を振るい落とす為の試練だったんじゃないかと、俺は思っている。ロクデナシの分際でえり好みなんぞしやがるふてぇ野郎だ」

 キルギスの言葉を裏付けるかの様に、その後は何一つ障害も無く一同は回廊を進む。そして回廊を進んで行く一同の前に…不気味な悪魔の顔を模した扉が現れた。その眼は固く閉ざされていたが

「この扉も何か仕掛けが?」

 そう言いながらオルアが手をかけようとした瞬間、両の眼がかっと見開かれ、扉は重苦しい音と共に内側に割れていく。

「これは…素直に入ってっていいのか?」

 流石にオルアですら警戒する状況。するとキルギスが先頭に立ち

「死にたくなけりゃ、ここから先は一瞬たりとも気を抜くな」

 そう言いながら巨大な戦斧を構え、臨戦態勢のまま一歩踏み出した。


 一体何が待ち構えているのか…そう思いながらオルア達はキルギスの後に続くが、拍子抜けするほど何も起きなかった。そして

「ようこそ」

 出し受けに声が響く。声の主を確認するま

でもない、ザークレイがそこにいる。そう思い全員が顔を上げた瞬間、両の壁にかがり火がともる。それは次々に前方へと進み、最後に階段上の二つの大きなかがり火がともる。そしてその中央に、一同を見下ろすザークレイの姿があった。

「すまなかったね」

 誰もが予想していなかった言葉と共に、ザークレイは階段を降りてくる。警戒するオルア達とは対照的に、うっすらと笑みまで浮かべていた。

「つまらない輩を相手にするほど無駄な時間も無いからね。ちょっとだけ試させてもらったよ」

 その言葉にはどこか満足げな響きがあり、うっすらとした笑みは完全な笑顔へと変わった。そして笑顔のままでゆっくりと一同を見渡す。

「君たち、とてもいいよ。少なくとも莫迦ではないし、腕も立つ。仲間同士の信頼関係もあるみたいだ」

 そのまま進み出るザークレイだったが、その前にキルギスが立ち塞がる。

「それ以上近づくな。お前が我々をどう思おうと、こちらは誰一人お前を信用しちゃいない。それ以上近づくなら、それを宣戦布告とみなす」

 そう言いながらキルギスは両手で戦斧を構えるが

「ああ、構わないよ」

 ザークレイはさも当然の様に歩を進めた。

「舐めるなっ!」

 一瞬にしてキルギスの戦斧がザークレイを両断…したかに見えたが

「全く、相変わらず短気だなぁ」

 飄々とした声が響く。そして次の瞬間、ザークレイはオルア達の目の前に立っていた。

 オルアは無言でザークレイを見上げる。既に抜刀してはいたが、今まで体験した事のない不気味な圧力に声も無く立ち尽くす事しかできない。

「まぁそう緊張しないでくれ。私としても君たちが無能では無いと分かった以上、話し合いの余地はあると思って出てきたのだから」

 ザークレイはそう言って、自身に向けられた切っ先を無造作につまみ、オルアの手から軽々と剣を取り上げた。

「ふむ…悪くない剣だが、かなりくたびれているな。これじゃあ私と戦う事になっても役には立たない」

 そしてふうっと剣に息を吹きかける。すると…見る間にそれは腐り始め、あっけなく崩れ落ちた。

「ほら」

 そう言いながら残った柄だけをオルアの前に放った。

「…は?」

 あまりの出来事にオルアは呆然とする。

「俺の…剣?」

 呆けた顔で足元の柄を拾い上げたオルア。そこへ怒号が響く。

「オルア!」

 オルアは首根っこを掴まれて、後ろへぶん投げられた。

「いてててて…何しやがんだ!」

 腰をさすりながら立ち上がったオルアはガルを怒鳴りつけるが

「馬鹿野郎!ボケっとしてんじゃねえ!」

 反対に怒鳴りつけられた。そして

「あれを見ろ!」

 そう言ってガルの指さす先、直前までオルアが立っていた床は…臭気を放つ腐った沼の様になっていた。

「俺がぶん投げなきゃ、お前もああなってたんだぞ!」

 ブクブクと泡立つ小さな沼。それを見てオルアはキルギスの言葉を思い出した「腐れ落ちる事が無い事を祈っている」実際にそれを目の当たりにしたオルアは、今になって身震いする。

「気を付けろ、奴の剣で切り付けられるとあああなるぞ」

 キルギスの低い声が響く。剣?そう思ったオルアが再びザークレイに目をやると、その両の手に、歪な形をした漆黒の剣が握られていた。

「丸腰だったはずだよな…いつの間に?」

 誰に言うでもなく呟くオルア。そしてふとザークレイの顔を見て驚嘆する。

「角が無い…まさかアレが」

 言いかけた所でキルギスがオルアの言葉を遮る。

「そうだ。奴の角は自在に形を変える武器になる。噂にだけは聞いていたが、どうやら間違いない。それにあの一撃…絶対に喰らうなよ!」

 それなら先に言って欲しかった。オルアはそう思ったものの、そんな言葉を放つ余裕は無かった。

「さあ、一緒に踊ろうじゃないか!」

 叫び声と共にザークレイが襲い掛かる。

「お前は下がってろ!」

 ガルの怒号と共に、オルアは再びふん掴まれて後ろへぶん投げられる。しかし今度は空中で態勢を整え、ザークレイの動きをしかと目で追った。


 ザークレイはまるで準備運動とでも言いたげに数回剣を振るい、ガルとキルギスは慎重にそれをかわす。そして一瞬動きを止めるとガルに視線を向け、滑るような足さばきで接近して剣を振るう。その一撃はガルが自慢の大刀で打ち払いかけたが、視界の端に腐った沼を捉えると慌てて身をかわす。しかしザークレイは二刀、かわした所を横なぎに次の剣が襲い掛かる。

「クソがっ!」

 ガルはその巨体で華麗に宙を舞い一撃をかわす。するとその隙にキルギスが猛烈な反撃に出た。

「喰らえや!」

 周りの空気をも巻き込む暴風の様な一撃がザークレイの体を両断…したかに見えたが、それは前に見た幻術。真っ二つになった体は煙の様に消えてゆき、その実態はキルギスの背後で双剣を構える。

「あぶねえ!」

 思わず叫ぶオルアだったが、その言葉よりも早くキルギスは背後へ戦斧を払う。すると

ザークレイは双剣を十字に構え、その一撃を軽々と受け止めた。

「ふっ…流石にこんな簡単にはいかないか」

ザークレイは周りを取り囲まれてなお軽口を叩く。しかしそれが強がりでは無い事を、その場の誰もが感じ取っていた。


周りを取り囲まれ、誰一人加勢が来る様子も無い。それでいて尚、ザークレイの顔には余裕すらうかがえる。

「随分余裕があるじゃねえか。だが俺の斧はそう簡単に腐りゃしねえぜ」

 戦斧と双剣。それががっちりと噛み合った状況が続くが、キルギスの言葉通り戦斧の刃は鈍い輝きを放ったままだった。それを見たザークレイは一瞬目を丸くすると、嬉しそうに笑みを浮かべた。

「流石は一族の戦士長だねぇ、もう見破られてしまったみたいだ」

 そう言いながらザークレイは双剣の十字を崩し、しなやかに刃をいなす。そして次の瞬間には再び階段上に立っていた。


「アイツ、普通に剣術だけでも相当強いんじゃないか?」

 いつの間にかキルギスの隣に立っていたオルアがぼそっと呟く。暫く戦いを観察して冷静になったのか、その顔には先ほどの動揺は一切見られない。キルギスは笑みを浮かべながら、オルアに問いかけた。

「流石は剣士だな。因みにどうしてそう思った?」

「うーん…俺は二刀流じゃないから単にそう思っただけなんだけど、二刀の太刀筋を完全に一致させるのって凄く難しいと思うんだよな。でもアイツはそれを当たり前の様にやってるんだよ。しかもまだ全然本気で戦ってる感じがしない。あの腐らせる剣は怖いけど、それ無しでも相当手こずると思う」

 オルアの言葉にキルギスは感心した様に小さく息を吐く。

「まさにその通りだ。ところで、何故わざわざその難しい事をやっていると思う?」

「それは…わからない」

「はっはっは!オルアは素直だな。しかし気を付けろ、今戦っている相手は一癖も二癖もあるぞ。しかも決して意味のない事はしないだろうよ」

「イヤ…分かってるなら教えてくれよ」

「見ればわかるだろう?奴の二刀が完全に一致した場合、その後には何が残っている?」

 そう言われたオルアはハッと目を見開く。そう言えば、ザークレイの剣が触れたすべての場所が腐っている訳では無い。それはつまり…

「切り付け方に秘密があったのか」

 得心した様に呟いた。

「一の太刀はどんな物も切り裂く剛剣。そして二の太刀がそこへ全てを腐らせる呪い…か何かを流し込むって所か?」

「流石はハーンの末裔、何度か見ただけで理解したか」

「やっぱりそうなのか!しかし困った。それが分かった所で俺にはこれしか武器が無い」

 そう言いながらオルアが抜いたのは、刀身僅か二十センチ程度の何とも心もとない短剣だった。そしてそんな話をしている間にも、ザークレイは一対多数の戦いを苦戦するどころか楽しんでいる様にさえ見える。


「おおおおおおおっ!」

 雄叫びと共にガルの大刀がザークレイを襲うが、それは軽くいなされる。そこへフレアと半蔵が立て続けに切りかかるが左右の剣で弾かれた。背後から迫るシーブランの矢も跳んでかわされ、着地の瞬間を狙ったイーロンの拳は剣の柄で受け止められる。しかしイーロンは表情一つ変えず、柄を握るとそのまま引き込んでザークレイの重心を崩した。

「バーン、遠慮いらない」

イーロンの言葉が終わらない内に

「ふんギャーーーーーーーッ!」

 雄叫びと共に光の洪水が放たれ、イーロンもろともザークレイを飲み込んだ。


 バーンのブレスは邪悪な者にのみダメージを与える。とは言えその物凄い勢いにオルア達は思わず息を飲んだ。そしてその光が収まると…柄を握ったまま油断なく構えるイーロンと、その前に立ち尽くす真っ黒な人型の塊があった。

「やった…のか?」

 オルアが呟く。

「分からない…けど、圧倒的な気配は消えたみたい」

 ミンクはそう言いながら気配を探る。すると真っ黒な塊の中で急速に邪悪な気配が膨れ上がった。

「イーロン!」

 ミンクが叫ぶと同時に、イーロンも跳び下がったが

「…不覚」

 イーロンは胸を押さえて膝をつく。同時に床に血だまりができた。

「イーロン!」

 ミンクは抱きかかえて傷口を確認すると

「ガル、お願い!」

 すかさずガルを呼んでイーロンを担がせ、共に後方へ下がった。

「俺は治療の役には立たねえ。済まねえが後は頼んだぜ」

 ガルは慎重にイーロンを横たわらせると、大刀を抱えて戦いへ戻った。


 ひとまず前線を皆に任せ、ミンクはイーロンへと意識を集中させる。

「イーロン…自覚してるかと思うけど、かなりの重傷よ。でも絶対に治してみせるから頑張って!」

 ミンクはイーロンの手を握り、深くえぐられた腹部へと手をかざす。

「ちょっと痛いかもしれないけど、イーロンなら我慢できるよ。オルアじゃ泣き叫ぶかもしれないけど」

 そう言って笑いかけるミンクに、イーロンも苦し気に笑みを返した。そしてミンクは歌い始める。


「イーロンはミンクに任せよう。俺たちはアレを何とかしないと」

 再び前線に立ったガルにオルアが言う。その視線の先では…さっきまで黒焦げの消し炭だったものが不気味に動き始めていた。

「すごく嫌な気配を感じるんだけど…俺だけか?」

 誰に言うでもなく呟くオルア。誰もそれに言葉でこそ答えないものの、何かに備えるべく身構えていた。その目の前では、消し炭だったものがひび割れ、その割れ目から不気味な光と煙があふれ始めた。

「どうすりゃいい?出てくるのを待つのか?一斉にかかるのか?」

 そう言いながらオルアは我慢しきれずに斬りかかろうとするが

「おい、その玩具でどうにかする気か?」

 キルギスに右手を掴まれた。その手には何とも心許ない短剣だけが輝いている。キルギスはそのままオルアを後ろに下げると

「お前たちは下がっていろ。ここからは俺が相手をする」

 そう言いながら一人、前へ進み出た。

 一歩一歩、キルギスは歩を進める。その間にもあふれ出る光は強さを増していく。そしてその光が一層強さを増したその瞬間

「はあっ!」

 キルギスが左手で掌打を放つと、轟音と共に光と煙が吹き飛ぶ。同時に右手で戦斧を放つと、それは目にも止まらぬぬ速さで空を切り裂き、一瞬にして黒焦げを両断した。


 またもや幻影、もしくは残像だろうか?皆が一瞬そんな考えを抱いたが

「やれやれ、少しは待っててもらえないものかな」

 低く落ち着いた声が響く。


 オルアは唾を飲み様子を伺う。そして激しく立ち昇った粉塵が収まると、そこには信じがたい光景があった。


 先ほどの黒焦げは目の前で両断され、抜け殻の様に床に横たわっていた。そしてその先の壁際では、軽く笑みを浮かべつつ、片手で戦斧を掲げているザークレイの姿があった。

その体は壁に半分めり込むような形ではあったが、全くダメージを受けた様子は見られない。どころか先ほどまでとは比べ物にならない程に禍々しい気があふれ出ている。


「さて、お遊びはこの辺にしておこうか」

 ザークレイは軽々と戦斧を投げて寄越す。すると

「そいつはナメ過ぎじゃねえか?」

 キルギスが猛然と飛び出して空中で戦斧を手に取り、そのままザークレイに打ちかかった。

「喰らえやっ!」

 キルギスが上空から強烈な一撃を叩き込むと、ザークレイは軽々と吹っ飛ばされた。

「まだまだっ!」

 一切の躊躇なくキルギスの猛攻が続く。

 圧倒的に攻め続けるキルギス。戦斧の一撃は、触れただけで周りの石壁をバターの様に切り裂く。しかしザークレイの身のこなしはまるで水の如くそれを受け流し、次第にキルギスの攻撃も大降りになっていく。

「クッソが!ちょこまかと!」

 イラついたような叫びと共にキルギスは戦斧を床に叩き付けた。すると

「おやおや、もうお終いなのかい?」

 ザークレイは笑みを浮かべながらキルギスを見下ろす。そしてその表情は豹変した。

「だったら今度はこっちから行くぞ!」

 先ほどまでの流れる様な動きから一変、ザークレイはキルギスの一撃に勝るとも劣らぬ強烈な一撃を放つ。

「オラオラオラアーーッ!」

 叫びと共に叩き付ける様な攻撃を続けるザークレイ。その剣は避けられる事など意に介さず。そう言わんばかりに何度も床を切り裂いていく。あまりの荒々しい攻撃に面食ったキルギスだったが、勢いだけの攻撃はかわすのは容易だった。しかしカウンターの一撃を喰らわそうとすると、的確にその攻撃をはじき返す。そんな戦いが暫く続き、気づくと床には無数の切り傷が作られていた。

 オルア達はその戦いを驚嘆の眼差しで見ていたが、半蔵は怪訝そうに眉をしかめる。

「どうかしたの?」

 その顔を見上げながらミンクが尋ねると、不意にイーロンがゆっくりと起き上がる。

「ちょっと、無理しちゃ駄目よ!」

慌てて寝かそうとするミンクだったが、イーロンは無言で戦いの場を指さす。すると半蔵が補足するように口を開いた。

「ザークレイの攻撃、一見勢い任せで床を傷つけている様に見えるのでござるが…」

「ござるが…なーに?」

「まるで何かの文様を描いているのではないか。イーロン殿もそう感じたのではござらんか?」

 その問いにイーロンは無言で頷いた。

「文様?」

 ミンクは自分の言葉にハッとした様に顔を上げ、バーンに呼び掛けた。

「バーン、上から見て欲しいの。ザークレイの付けた床の傷、何かの模様に見えない?」

「ンギャ、ちょっと見てみるんだギャ!」

 そう言って飛び上がろうとしたバーンだったが

「オイラが見てもわからないんだギャ。ミンクも一緒に見て欲しいんだギャ」

 一瞬躊躇したミンクだったが、イーロンは微かに笑みを浮かべて頷く。ミンクはその手を一度しっかり握りしめると。もう一度イーロンの傷口に手をかざし、二言三言呟く。するとイーロンはすうっと眠りについた。

「半蔵、少しの間イーロンをお願い」

「任されよ」

 ミンクはゆっくりとイーロンを寝かせ、バーンに呼び掛ける。

「バーン、乗っけてくれる?」

「当然だギャ!」

 バーンは笑顔でミンクを背に負うと、ふわりと飛び上がった。

 戦いの場を上空から見下ろしたミンクは、ザークレイの傷つけた床に目を凝らす。

「…これは」

 無造作につけられた傷。そう見えていたそれは、上から見下ろすと様々な文様が刻まれた円陣だった。戦慄を覚えたミンクはたまらず叫び声を上げる。

「逃げてーーーっ!」

 悲痛なミンクの叫び。対照的にザークレイの冷たい声が響く。

「もう遅い」

 そう言いながら双剣を床に突き立てた。同時にキルギスを囲んだ円陣が怪しく輝く。その光は円陣の淵から立ち上ると、一瞬の内にドーム状の光となってキルギスを包み込む。

 僅か数秒の出来事。そしてその光が消え去った時そこには…

「…嘘」

 絶望的な顔で呟くミンク。その視線の先には、石の像となったキルギスの姿があった。


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