世界の果て
一五.世界の果て
凱竜の後に付いて歩いてたオルア達は、次第に周りの様子が変わって来た事に気付く。さっきまで鬱蒼と茂っていた森の中にいた筈なのに、次第に木々は減り、道の両側にはゴツゴツした岩肌がその姿を現す。そしてそれから更にどれ程歩いたのか…気付くとゴツゴツした岩肌は跡形も無く消え失せ、いつの間にか滑らかな、漆黒の壁に挟まれていた。その壁面には不可思議な文様が明滅を続け、オルア達をいざなうかの様にその文様を変化させ続ける。
「あれ?いつの間にこんな所に来たんだ?」
不意に声を上げるオルア。すると、ミンクもガルもいま初めて気付いたかの様に周りを見回す。
「うーむ…俺も今気付いた」
「えっ?何でこんな所に…あれ、凱竜は?」
ミンクの言葉にオルアとガルも慌てて周りを見渡すが、どれだけ先に視線を凝らしてもその姿は見えない。
「まさか、あんな図体で隠れられる訳も無いよなあ?」
オルアは引きつった様な顔で同意を求めるが、二人とも同じ様な顔を見合わせるだけだった。そこへガイルーシャの声が響く。
「すまんが、凱竜の役目はそこで終わりだ」
「えっ?」
突然の声に真っ先にミンクが反応した。
「役目は終わりって…どう言う事?」
「ふむ、つまりはだな…凱竜は我が神殿の門番であり、更には…古の道へと繋がる門そのものって事だ」
「…つまり、何かしら?」
「俺に聞くなよ」
「それもそうね」
「おい!」
いつものやり取りをする二人を尻目に、ガルは神妙な顔つきで考え込む。そして、突然口を開く。
「要するに、今俺達がいるのは凱竜の中…って事か」
「うむ!まあ大体そんな所だ。そのまま奥へ進むがよい。さすれば、いずれ光り輝く鳥居がお前達を迎えよう。恐れずにそこをくぐれば…そこはもう、世界の果てだ」
「成程な…流石は剣神だ、数々のご教示、有難く頂戴しておくぜ!」
「ふん…あまり有難がっているとも思えんがな。まあいい、無事に務めを果たしたならばいつでも我が下へ参れ。我が直々に稽古をつけて進ぜよう!」
「そいつは心底有難い!だがその時こそ、油断めされぬ様に!これは俺からの諫言だ!」
「ぬ…くっくっく…そうだ、その意気だ!さあ行くがよい!何が起こるのか想像もつかぬ世界の果てへ!」
オルアとミンクがすっかり置いていかれた会話が続く中でも、ガルはさっさと先へ進んで行く。そして、剣神の言葉通り…幾重にも連なる真っ赤な鳥居が忽然と姿を現した。
「これが…トリイって言うのか?」
「多分…ねえ、ガルは知ってるの?」
「ああ、これが鳥居だ。さあ、一気に駆け抜けるぞ、心の準備はいいか?」
ガルの言葉に、オルアとミンクは一瞬顔を見合わせるが
「当然!」
「当然よ!」
笑顔で声を揃えた。
「よっしゃ!じゃあ行くぜっ!」
「おおっ!」
「またね、剣神!」
ガルを先頭に、三人は一気に鳥居を駆け抜け…その恐れを知らぬ姿にガイルーシャも思わず苦笑する。
「くっくっく…真に面白い奴等よ。だが、世界の果てに何が待つのか…まあ見守るのも一興か」
神殿で一人、ガイルーシャは杯を片手に笑みを浮かべ、ゆっくりとそれを飲み干す。
オルア達一行はいつの間にか眩い光に包まれ…そのまま光のトンネルへと入り込んで行った。
「…ん?ここは…抜けたのか?」
突然オルア達の目の前に荒野が広がる。ミンクとガルも慌てて周りを見回すが、自分達が来た出口らしき物はどこにも見当たらなかった。ただ当ても無く広がるだだっぴろい荒れ地。冷たい風が吹きすさぶ中、異様に赤い太陽だけが彼らを照らしている。
「ここが…世界の果てなのか?」
不安気なオルアの問いには、ミンクもガルも答えを持ってはいない。重苦しい沈黙の中、それを打ち破る様な甲高い声が響く。
「何をしておる?あの日の方角へ進め」
「うわああっ!」
突然耳元から響いた声にオルアは驚いてひっくり返った。すると
「何じゃ情けない。それではいつになっても我を超える事は出来んのう」
そんな事を言いながら何かがオルアの肩から飛び降りた。それは…
「剣神?」
思わずミンクが叫ぶ。オルアとガルも同時に目を丸くしてそれを見つめた。確かに掌に乗る様な大きさではあるが、よく見るとそれはガイルーシャにそっくりな小人だった。とは言え明らかに頭身は寸詰まりで、まあ三頭身と言った所ではあったが。
「全く、心配して付いて来てみれば早くも路頭に迷いそうな雰囲気では無いか。これでは先が思いやられるのう」
サイズこそ小さいものの、その轟然たる口の利き方はガイルーシャそのもの。オルアは怪訝そうな顔をしつつもその小人に問いかける。
「えーっと…剣神がなんでここに?」
「何でだと?心配だからと今言ったばかりではないか」
「いや、それは分かったけど、神殿はどうなってるんだ?それにその大きさは…」
「うむ?ああその事ならお前達が心配する事では無い。今ここにいるのは我の一部…まあお前達で言うなら、せいぜい爪の垢と言った所か。それをお前の肩に貼り付けておいただけの話よ。なので今の我には戦闘能力は皆無だからな、間違ってもあてにはするな。それに、今は日差しが異様に赤かろう?だがこのまま進めばあの光もやがて見慣れた陽光へと変わる。我が付いて行けるのはそこまでだからな」
それだけ言うと、小人は再びオルアの肩へ飛び乗った。そして
「さあ、解ったならさっさとあの日へ向かって進め。この地では時間の進み方が他とは違うからな。うかうかしてると先に世界の中心で雄叫びを上げられるぞ。聞きたいことがあるなら歩きながら聞くがいい。もっとも、下らん質問は却下するがな」
一気にまくしたてる小人に押されるかの様に、オルア達は慌てて歩を進めた。そしてその道中で解った事は…ここが世界の果ててであり、更には他の地域とは隔絶された場所である事。異様に赤い陽光は通常の日の光では無く、この地が創造された時に何者かによって創られた、導きの目印の様な物である事。そしてこの先には、誰にも知られる事の無い修道院がある事…それで全てだった。そしてそんな事を話している間にも赤い光は徐々に薄らいで行き、やがて見慣れた陽光が辺りを照らし出した。そして不意にチビ剣神がオルアの肩から飛び降りる。
「さて、我が付き合えるのはここまでだ。とは言え、後は真っ直ぐ進めばよい。まあ…進めればだが…な」
そう言ってガイルーシャは姿を消した。同時に、言い様の無い嫌悪感がオルア達を戦慄させる。
「オルアっ!」
「解ってる…あいつだ」
「ああ、間違える筈がねえ!最初に出くわしたあの野郎だ!」
身構える三人の目の前で、邪悪な気配が急速に強まり、それはやがて漆黒の人型を成した。それは最早忘れようにも忘れられない、かつてオルア達が手も足も出なかった、漆黒の鎧に身を包んだ騎士の姿だった。
「ふむ…我が主の命に従って来てみれば、いつぞやの少年達か。だが…感心な事にあれから相当な修行に耐えた様だ。どれ、その上達振りを見てみようか」
そう言って漆黒の騎士が合図をすると共に無数の影がオルア達に襲い掛かる。しかし…
「ほう…そうでなくてはいかん」
漆黒の騎士が嬉しそうに声を上げる。その目の前で、最後の影がオルアの剣に切り裂かれて消え去った。
「素晴らしい、私の予想以上だ!聖竜の力無しに我が影を蹴散らすとは恐れ入った!」
漆黒の騎士は全身を喜びに打ち震わせ、やがてその語調を変えた。
「ひゃーーーーはっはっは!それでいい!それでいいっ!私は主に仕えてこの数十年、本気で剣を振るう機会に恵まれなかった!だがお前はいい!とてもいいぞ!さあどうだ?この私と正々堂々、一対一の勝負と洒落込まないか?」
あまりの豹変振りにオルアは呆気に取られるが
「オルア、挑発に乗っちゃダメ!」
「ああ、罠かもしれねえからな」
そう言いながら前に出ようとする二人を制止すると、オルアは漆黒の騎士の前へ進み出る。そして剣を構えると、堂々と名乗りを上げた。
「我が名はジークの孫オルア、旅の剣士だ!訳あってこの道を進む者だが、それを阻むとあれば何人たりとも斬り捨てる!さあ、覚悟ができたのならいざ名乗られよ!さすれば一騎打ちに応じよう!」
堂々たる名乗りに、態度を豹変させた漆黒の騎士の様子が変わる。不意に落ち着きを取り戻すと、小さく笑みを漏らして抜刀し、胸の前にそれを構えた。そして
「ふむ…それでこそ見逃したかいがあると言う物。見事に成長したものよ。ならば私も全力で君を打ち倒すとしよう!聞け!我が名はガルーダ!偉大なるお方の下僕にして剣技を極めんとする者!互いに譲れぬ覚悟が有ると信じ、私は君に…否、私は剣士オルアに一騎打ちを申し込む!さあ、我が剣を受けるがいい!」
名乗り返すと同時に、漆黒の騎士ことガルーダは、目にも止まらぬ速さでオルアに突進した。
「速いっ!」
思わずうなり声を上げるガル。しかしその瞬間、オルアが姿を消した。
「えっ?」
今度はミンクが驚きの声を上げる。すると
「くらえっ!」
瞬時に背後を取ったオルアが、ガルーダの背後から斬りかかった。しかしガルーダは振り向きもせずにそれを受け止め、そのままオルアを弾き飛ばす。
「さっすが!」
オルアは着地と同時にそう言って笑みを漏らすが、それと同時にまたもや姿を消す。そして目にも止まらぬ速さでガルーダの周りを動き回る。
「相変わらず…いや、前よりも確実に素早くなってるな。レベルアップしたのは剣術だけじゃないってか」
そう言いながらもガルは自らの腕をムズムズさせていた。その様子にミンクも思わず苦笑するが、形勢は相変わらずどちらが有利なのかすら判断が付かない。ガルーダはオルアの攻撃を完璧に捌いている様にも見えるし、逆にオルアが相手を翻弄している様にも見える。
「ねえ、今どっちが押してるの?」
「…わからん」
「あら…そうなの?」
「ああ、正直目で追うだけで精一杯だ」
そんな二人の呟きの間にも戦いは進み…不意にガルーダは間合いを外した。
「何か…あるな?」
無鉄砲なオルアも今までの修行の成果か、不用意に突っ込みはしなかった。しかし傍観していられる程余裕のある相手では無い。不意に何かを閃いたオルアは、何故か剣を納める。
「うむ?」
今度はガルーダが首を傾げる。しかしそれには構わずに自分の剣を片手で上段に構えると、その剣が怪しく輝き始めた。
「…凄い妖気!」
思わずミンクが声を上げる。その目の前では禍々しい気…妖気が大気中に充満し、ガルーダの剣に集中していく。
「オルア!まともに受けちゃ駄目よっ!」
異常な程に高まった妖気を前に、ミンクは悲痛な叫びを上げた。だが、オルアは眉一つ動かさずに柄を握り締めている。そして
「ほう、我が全妖力を前に動じないとは…素晴らしい。だが、これでも動じないでいられるか…いざ、尋常に」
「勝負!」
その声と同時にガルーダは剣を振るい、オルアは目にも止まらぬ速さで抜刀する。ガルーダの剣からは漆黒の奔流が解き放たれてオルアに襲い掛かる。しかし、オルアの剣から放たれた光はそれを切り裂き、ガルーダの額に命中した。
「ぐううっ!」
叫び声を上げるガルーダ。しかしその両足はしっかと踏ん張り、倒れる事は無かった。
「流石に一撃じゃ無理か。でも手応えあったぞ!」
意気盛んに剣を構えるオルア。対照的にガルーダは直立したまま動かない。しかも、その額からは黒い煙の様な…得体の知れない何かが立ち上っていた。
「…何だ?」
「オルア…気を付けて」
「ああ…やっぱりコイツ、何か変だ」
三人共に身構えたその時、不意に空から声が響く。
「あららららー、ガルーダさんまでやられちゃいましたかぁ?」
その声のする方を見上げ、オルア達は思わず身構える。そこにいたのは、紛れも無く先日突然現れた道化の姿と同じ者だった。同時にガルーダが口を開く。
「…フルハウスか、何しに来た?私は何とも無いぞ」
「そんな事は無いデスよ。現に額に一撃をくらい、その上中身が流れ出ているのデスよ?ご主人様は、もしもガルーダさんが少しでも手傷を負う様ならば、一刻も早くご主人様の元へ戻る様にと仰せデス。まさか、逆らったりは致しますまいね?」
その言葉にガルーダは暫く沈黙していたが
「オルア…と言ったな。不本意ではあるがこの勝負は一時お預けだ。だが、いずれまた雌雄を決する時が来るだろう。今は、その時を楽しみに待つとしよう。では、またいずれ相まみえようぞ」
そう言ってガルーダは丁寧に頭を下げ、道化と共に消え去った。
「今のは、この間の奴…だよな?」
「ああ、見間違える筈もねえ!あの時のクソ忌々しい奴だ!」
目の前にその姿を認めておきながら取り逃がしたのが余程口惜しいのか、ガルはそう叫びつつ地面を踏み鳴らした。
「まあ、ここは前向きに考えましょうよ。とにかく今は私達の邪魔をする者はいない、だったら先に進みましょう?」
その言葉にオルアとガルは顔を見合わせ
「まあ、そうするしか…」
「ねえな、今は」
そんな事を言いながら剣を納めたその刹那、再び剣神の声が響く。
「ほう、完全では無かったとは言え、あれを退散させたか!これは重畳」
突然の声に驚いて振り返ったオルア達の前には、またもや小さなガイルーシャが立っていた。
「まさか我が去ると同時に彼奴が現れるとは思ってもみなかったが、おかげでいい物を見せて貰った。オルアよ、お前は強くなった。それにミンク、ガル、お前達もよく手を出さずに耐えたな。褒めてやるぞ」
その言葉に三人は顔をほころばせるが、瞬時にガイルーシャは語調を変えた。
「だが!まだまだ力不足なのは言うまでも無い!ここから先も、決して油断はするなよ?では、今度こそ本当にさらばだ!」
ガイルーシャはそう言い残して姿を消す。同時にオルアは
「言いたい事だけ言って消えやがった」
不満げにそんな言葉を呟くが、口元には微妙な笑みを浮かべていた。
その後、ガイルーシャの言葉通りに進んだオルア達の前に、やがて古びた石造りの…ガイルーシャの言葉を聞いていなければ、とても修道院とは判らない建物が姿を現した。
「えーっと…コレがそうなのか?」
オルアはあからさまに納得いかないと言いたげな顔で振り返った。
「多分、そうなんじゃねえのか?」
同じ様な顔でガルが答えるが、ミンクは無言で近づくと、目を閉じて中の様子を探るかの様に手をかざす。そして
「うん、ここで間違いないと思う。見た目は寂れているけど、この中から凄く神聖な気を感じるわ。入りましょう!」
そういうと同時に中へ入っていった。すると
「きゃあ!」
ミンクの叫び声が響く。オルアとガルは顔を見合わせると同時に中へ飛び込んだ。
「ミンクっ!」
「どうしたっ!」
飛び込みざまに抜刀した二人…の目に入ったのは
「きゃー!かわいいっ!」
なんだかよく解らない小さな生き物を抱きしめて、嬉しそうにはしゃぐミンクの姿だった。
「…ミンク?」
「何してるんだ?」
呆気に取られる二人。そんな事にはお構いなくはしゃぐミンク。そんな中、不意に奥から声が響いた。
「ようこそ、地の果ての修道院へ」
その声に振り返ると、そこには一人の若い修道女が立っていた。その微笑みは、いつか白竜の里で見た巫女を思い出させた。とは言え、面差しは全く違うのだが。
「貴女は…どなた?」
神々しい気に気押されている二人を尻目にミンクが問いかけた。しかし修道女が答えるより早く、ミンクの腕を振り払って小さな生き物がとび降りる。
「あ、ちょっと!」
再度捕まえようとするミンクの手を華麗にかいくぐり、その小さな…まるで熊のぬいぐるみの様な生き物は、素早く修道女の足元に駆け寄った。
「あらあら、ろんたさん。久しぶりのお客様ではしゃいでいるのですか?」
修道女は、ろんたと呼ぶその熊…らしきものの頭を撫でながら微笑むと、ミンクの問いに答えるためにそっと視線を向け、ゆっくりと口を開いた。
「私は、イリスと申します。ようこそ、地の果ての修道院へ」
そう言ってイリスは深々と頭を下げ、オルア達もそれに習うように頭を下げた。するとぬいぐるみらしき物も口を開いた。
「ぼくはろんただよ!みんなよろしくね!」
ろんたと名乗るそれは、見る者全てがほんわかとなるような笑みで両手を振る。その光景にまたもやミンクが暴走した。
「いやーん、かわいいーっ!」
音速をも超えるその速さに、今度はろんたもあっさりと捕まった。
「あらあら、すっかり気に入られてしまった様ですね」
そう言いながら笑みを漏らすイリスは、暫く様子を見守っていたが
「立ち話もなんですし、こちらへどうぞ」
そう言って一同を促すと、奥の部屋へと歩を進めた。ろんたもミンクの胸から飛び降りると、その後へ続く。そして振り返って手を振った。
「おいしいおかしとおちゃがあるよ。みんなもこっちへおいで!」
「はーい、行くわよん♪」
真っ先にミンクが後を追う。オルアとガルは
「なんか、調子狂うな…」
「ああ、俺も世界中を周ったが…こんなのは初めてだぜ」
そう言って顔を見合わせ頷くと、苦笑しながら後を追った。
「あー…こんな美味しいお茶は、一体いつ以来かしら」
イリスの用意した香り高いお茶に、ミンクは今までの旅の疲れを癒す。それはオルアもガルも同様で、一様に恍惚とした表情で安らいでいた。すると、そこへろんたが身の丈以上もありそうなバスケットに、山盛りのお菓子を詰めて持って来た。すかさずミンクがそれを助け、これまた香ばしいお菓子が皆に配られると、しばし楽しいお茶会となった。
すっかりくつろぎの気分も収まった頃、オルアが当然の問いを口にする。
「俺達は、この世界の果てから天空へ昇れると聞いて来たんだ。そこは、どうやって行くんだ?」
イリスはその問いにも表情一つ変えず、一口お茶を口にすると、ゆっくりと答える。
「そうでしたね…では、皆様に天空へと至る道を、お教え致します」
その言葉に一同は思わず息を飲む。イリスはにこやかに言葉を続けた。
「この先に、小さな祠があります。そこは天空へと至る塔の入り口。とは言え、招かれざる者はそこへ立ち入る事が出来ません」
「えっ?招かれざる者って、じゃあ俺達は」
思わず腰を浮かせたオルアだったが、イリスは手を上げて微笑む。
「まあ、そう焦らずに。とりあえず最後までお聞き下さい」
「あ…ああ」
オルアが腰を下ろすと、イリスは更に続けた。
「まずは、こうして巡り会えた事を、神に感謝致しましょう」
イリスはそう言うと、天使の様な微笑を一同に投げかけ、更に言葉を続ける。
「ご安心下さい。私達…いえ、ろんたさんの姿が見えていると言う事は、それだけで皆様が招かれざる者では無いと言う証です」
「そなのだ!」
両手を腰に当てながらろんたがポーズを決めると、更に言葉を続ける。
「ぼくはむかーしむかし、この地をつくったえらいひと…あれ、かみさまだっけ?まあいいか、とにかくえらいひとが、ぼくをつくってくれたんだ!わるいやつらには、ぼくはみえないし、こえもきこえないんだよ!すごいでしょう?えっへん!」
「あーん、やっぱりそうなのね?道理でかわいい訳よねぇ」
ミンクが訳の分からない事を言いながら訳が分かったと口走るが、当然オルアにもガルにも訳が分からない。しかしイリスは驚いた様に目を輝かせる。
「まあ、既にお分かりだったのですか?流石は高貴なエルフの方ですね」
「えっ?」
今度はミンクが驚いて顔を上げるが、イリスは知ってか知らずかそれ以上は言わず、ろんたと、そして自分の身の上について語り始めた。
「ろんたさんは、私がこの地へ流れ着いた時には、既にここに存在していました」
「存在?それってどう言う意味なの?」
「言葉通りの意味です。形有る物としてこの修道院の扉の前にあったのです。正に、ぬいぐるみそのものとして。しかし、不思議な事に私が抱き上げたその瞬間に、まるで命が吹き込まれたかの様に喋り出したのです」
「そうだったっけ?よくおぼえてないよう」
「うふふ、それはそうでしょう。誰しも寝ている間の記憶はありませんから」
「そうなの?じゃあしょうがないね!」
「はい、そうですよ。そしてろんたさん…この名前は確か…」
「ぼくがいったの!」
「そう…でしたね。何も知らない筈のろんたさんが、何故か名前だけはご自分で名乗られたのです。その上、不思議な事に私は何故かその名前を知っていたのです。いえ、知っていたと言うよりは、私はその名を探す為に、流浪の旅を続けていた様な気がするのです」
「そうなんだ…って、流浪の旅?イリスさんが?」
ミンクは思わず驚きの声を上げる。すると今までの話に付いていけなかった二人も同様に顔を上げ、イリスの顔を注視した。しかしイリスは微笑んだままで話を続ける。
「いいえ、そんな大層な話ではございませんよ。単に、子供の頃に夢で見たお告げに従って、歩き続けていただけですから」
「歩き続けて…それってどの位なの?」
「さあ?…とは言え、歩き始めたのはまだ子供の頃でしたし、十数年ほどでしょうか?あぁ、そう言えば私は…一体今何歳なのでしょうねぇ?」
真顔でそんな事を言うイリス。ろんたはにこにこしていたが、オルアとガル、それにミンクまでもが呆気に取られた顔になる。
「まあそれはどうでもよい事です。それよりも聞いて頂きたい事は、私とろんたさんが出会った様に、私達と皆様の出会いもまた、約束されていたものだったと言う事です」
その言葉に何か言うよりも早く、ろんたが口を開く。
「そうなんだよ!だからぼくたちはみんなしってるの!きれいなおねえちゃんはみんく。おおきなおにいさんはがる。ちいさなおにいさんはおるあ、だよねっ?」
一同は驚きの表情を浮かべるが、最後の言葉にミンクは笑いを堪え、ガルは大声で笑い出した。
「おいっ!別に俺が小さい訳じゃねえ!ガルが必要以上にデカいだけで…」
「まあまあ、そこはいいじゃない?それよりも…ろんたさん?どうしてあなたは私達の事を知っているのかしら?」
思わずいきり立つオルアを押しとどめてミンクが聞くと、ろんたは首を傾げた。
「うーん…よくわかんない」
「それはそうですよ。理由は無くとも分かってしまうのですから。それは私も同様です。この地で皆様にお会いする事は既に分っておりました。そして、これから先の道を共にする事も」
「えっ?」
予想外な言葉に一同はイリスに視線を集中させる。その顔は先程までの穏やかな笑顔とはうって変わって、真剣な眼差しで一同の目を射抜いていた。
「あ…あのね、私達は凄く危険な旅の途中なの。それこそいつ命を落としても不思議じゃない位の。ねっ?」
「まあ…言い過ぎって事は無いよな」
「ああ、現にここに来る直前も厄介な奴にからまれたばっかだ」
オルアもガルもミンクの言葉を肯定したのだが、イリスは全く動じずに
「ですから、私どもが同道するのです」
そう答えると、またもや元の笑顔に戻った。
「こう見えても私、癒しの術には少々自信がございます。それに…」
そう言ってイリスがろんたに視線を移すと
「ぼくもつよいんだよ!みててー!」
そう言うなりろんたは外へ駆け出した。そして見えなくなる位遠くまで行くと
「えーいっ!」
雄たけびと共に大地にそのふわふわした手の先を叩きつける。すると…
「地震かっ?」
「ちょっと、なんでこんな時に!」
「待て!地震じゃねえ。アイツがやったみてえだ」
激震がオルア達を襲うが、その震源地はどうやらガルの言葉通り、ろんたの立っている場所の様だった。驚き呆れる一同にイリスは微笑みかけ、言葉をかける。
「どうですか?これで少しは、信用頂けたでしょうか?」
その言葉には、オルア達もあえて反対する理由が見つからなかった。
そんな訳でオルア一行には新たに二人の道連れが出来たのだが、件の祠に着いた時点でそれ以外の選択肢は無かった事を思い知らされる事になる。
「何だよ、岩しかねえじゃんか」
目の前を見ながらオルアが呟く。それもそのはず、何しろイリスに案内された場所には着いたものの、そこには大小さまざまな岩石がまさに山の様にうず高く積み上げられ、祠などどこにも見当たらなかったのだった。しかし
「でも、この中から何か…強い、それも悪しき者では無い、そんな気を…感じる」
岩山の中を指差してミンクは言う。オルアとガルはその言葉に岩山を注視するが、不安げに言葉を漏らす。
「この中って…まさか」
「これを全部どかせってか?」
「うん…多分」
ミンクの言葉にオルアとガルが顔を見合わせて溜息をつくが
「まあ、ミンクが言うなら仕方ないか」
「そうだな、まあ力仕事なら得意分野だ。ちょっくらやってみるか」
二人は開き直った様に岩石、と言うか正に岩の山に向かうと、装備品を外して袖をまくる。そして最初の岩に手をかけた。
大小さまざまな岩石を投げ捨てて既に半日余りも過ぎたが、いまだに祠らしきものは見えない。流石に痺れを切らした様にオルアはミンクを振り返った。
「なあ、せめてあとどの位やればいいのか解らないか?」
「えっ?」
イリスと共にろんたと遊んでいたミンクだったが、不意の声に立ち上がると
「ちょっと…何よアレ?」
驚いてオルアの背後を指差す。同時にガルが呻き声を上げた。
「おいおい…冗談だろ」
その目の前には、今までの岩石群とは明らかに様子の違う、巨大な岩盤が姿を現した。それはまるで巨大な城門を思わせる程に大きく滑らかな岩盤で、しかもその根元はしっかりと根を張っていた。それでもガルは岩盤に取り付いて踏ん張ってはみたが…流石に相手が悪い。オルアも手伝ってはみたもののまるでお話にならない。ならばと殴りつけてみたが手が痛くなるだけで効果は無い。思わず剣を抜いたオルアをガルが止める。
「気持ちは解るが、こんなのに斬り付けたら剣が駄目になるぞ」
すっかりへたりこむ二人を見て、イリスがろんたを呼んだ。
「ろんたさん、あの岩、どかーん!ってしていいですよ」
「うん、わかったー!」
そういってろんたは岩盤へ近付く。同時にイリスは二人に非難を促した。
「早くこちらへ!ろんたさんがどかーん!ってしますから!」
いま一つ緊迫感に欠ける避難勧告ではあったが、先程の地震を起こしたろんたの力は侮り難く、オルアもガルも素直に従った。
「いっくよー!」
ろんたは言いながら岩盤の前で両腕をぐるぐる回し始めると、数歩後ずさりした。そして
「ぐるぐるぱーんち!」
全く勇ましくない雄叫びと共に突貫した。その瞬間に轟音と、物凄い土煙が巻き上がる。
「ど…どうなった?」
もうもうと立ち込める土煙の中、オルアは目を凝らす。そして
「…は…?」
思わずすっとんきょうな声を上げる。その目の前では、この世の終わりまでそこにあるかと思われた巨大な岩盤が、跡形も無く消え失せていたのだった。
「まさか…あれをぶっとばしたのか?」
「信じられねえが、そうらしいな」
オルアとガルはそう言って顔を見合わせると、呆れた様にろんたの後姿を見つめ、更に岩盤の砕けたその先に目を凝らした。すると突然ミンクが声を上げる。
「気を付けてっ!何か来るっ!」
その声と同時に、土煙の遥か奥で怪しい光が輝き、それは瞬時に迫って来た。
「ろんたさん!戻って下さい!」
「はーい!」
イリスの声と同時に、ろんたは一跳びでイリスの元へ戻る。そこへ怪しい光が迫ると
「オルア!」
すかさずミンクはオルアに剣を投げた。
「よっしゃ!」
オルアは受け取りざまに抜刀すると、牽制の一撃を振るう。一瞬後退した光を見て、ミンクは更にガルの長刀を手に…持とうとしたが流石に持ち上げられない。ガルは自ら愛刀を手に取ると、すかさず抜刀してオルアと共に身構えた。その目の前に現れたのは…
「おい、これって…」
「ああ、間違いねえ」
剣を構え、戦闘体制を取る二人。それに代わってミンクが叫ぶ。
「これは…飛竜!」
その目の前では、翼長二十メートルはゆうに超える緑色の巨体が羽ばたいていた。その目は爛々と輝き、隙を窺う様にその巨体を左右に振っている。
「オルア、とりあえず直撃だけは死んでも喰らうなよ。俺でもあんな奴にまともな一撃貰ったらたまらねえ。ましてお前のちっこい体じゃ、本当にオダブツだぜ」
「オダブツ?」
「死んじまうって事だよ!ってそんな事言ってる場合じゃねえ、来るぞっ!」
ガルは叫ぶと同時に自慢の大刀を全力で振り上げる。
「うおおおおーーーっ!」
雄叫びと同時に放たれた一撃だったが、飛竜はその巨体からは想像も出来ない程の身のこなしでそれをかわす。思わず目を丸くするガルだったが、そんな事にはお構いなく、飛竜は上空で大きく息を吸い込んだ。そして
「下がって!」
ミンクの声が響き、オルアとガルは反射的に跳躍した。すると今まで居たその場所に、猛烈な炎が吹き付けられる。炎は巨大な舌の様に地面を舐め尽くし、その表面はドロドロに融解していた。
「こりゃあ、喰らったらこんがりどころじゃねえな」
「そう言うこった!死んでも喰らうな!」
余りの威力に舌を巻く二人だったが、実際恐ろしいのは炎以上にその巨体からは考えられない程の身のこなしだった。器用に旋回するかと思うと、不意に急降下して鋭い鍵爪で襲い掛かる。それに気を取られると鞭の様にしなる尻尾が唸りを上げて飛び掛り、少しでもバランスを崩そうものなら、恐ろしい牙が迫って来るのだった。
「チッ!全然隙がねえ!」
イラついた様にオルアは舌打ちした。しかしガルもなかなか攻勢には移れない。そんな状況の中、のんきに様子を眺めているろんたの姿が目に入った。
「おい、さっきの馬鹿力であいつをぶっ飛ばせないのか?」
飛竜の攻撃をかわしつつ叫ぶオルア。しかし
「それはむりなのだぁ!」
予想外の答えが返って来た。何か言おうとするオルアより先に、イリスが口を開く。
「ろんたさんは…大地に両足が着いていないと、力が出ないのです」
「なのだぁ!」
「…はぁ?」
意外な答えに呆気に取られるオルアだが、飛竜の攻撃はそれすら許さない。一瞬気をそらせたオルアに恐ろしい鍵爪が襲い掛かる。
「馬鹿野郎!ボケッとすんな!」
ガルに突き飛ばされたオルアは、我に返った様に飛竜に攻撃を仕掛ける。とは言えそれはガルと二人がかりでも功を奏せず、既に岩石の除去で疲れきっていた二人は次第に防戦一方となる。
「ガル!本気でやってるのか?さっきから守ってばかりじゃねえか!」
「うるせえ!だったらまずはお前が一撃喰らわせてみやがれ!」
次第に余裕が無くなり、二人は剣よりも口がよく動き出す。と、その時
「あ、そうだ!」
オルアは何か閃いたのか、突如戦線離脱してろんたの元へ駆け寄った。
「おい、オルア!」
思わず怒鳴り声を上げるガルだったが、オルアはそれに構わず思いついた事をろんたに告げる。
「なあ、足が地面に着いてりゃいいんだな?だったら、両足踏ん張ったままであの岩をぶん投げるってのは出来るんだよな?」
オルアの問いにろんたとイリスは顔を見合わせ
「そうですね、その手がありました!」
イリスはそう言って両手を合わせ
「さすがたたかいをかちぬいてきただけのことはあるのだ!」
ろんたはそう言うなり岩石の山へ駆け寄る。そして
「いっくよー!」
軽々と自分の五倍はありそうな巨岩を担ぐと
「えーいっ!」
決して勇ましいとは言えない掛け声と共に、巨岩が矢の様にすっ飛んで行った。それは目にも止まらぬ速さで飛竜を直撃し…墜落させた。
「す…凄え」
「ああ、呆れる程にな」
思わず目を丸くするオルアとガル。しかし感心している場合では無い。飛竜に止めを刺そうと墜落地点に駆け寄ると、勢い良く剣を振りかざした。すると
「ちょ、ちょーーーっと待ったーーーっ!」
突然物陰から走り出した影が、二人の前に立ちはだかった。二人が訝るよりも早く、その影…見るからに冴えない風体のやけにひょろ長い男は口を開いた。
「いやいやいや、本当に驚かせて済まない!この通り詫びるから、どうかその剣を納めてくれないか」
目の前でいきなり頭を下げる男に急激に戦意を削がれたのか、二人は剣を納め、更にはその目の前で、飛竜の巨体は急激に縮んだ。
「おお?おおおお?」
「何だこりゃあ?」
驚く二人の前で、その細い男は頭を上げて口を開く。
「いやいやいや、本当に済まない。まずは名乗らせてくれ。私はドラゴンテイマーのアルビレオ。そしてこちらは…」
「あいたたた…ひでぇ目に遭ったぜ。よう、俺は見ての通りの飛竜、ワズガルドだ」
そう名乗った小さな飛竜はアルビレオの頭に乗ると、ふてぶてしい顔でオルア達を睨み付ける。そして
「うーむ、どう見ても強そうには見えねえんだけどな。全くオレとした事が不覚だぜ」
そう言いながら飛び降りると、ろんたの周りをふわふわと飛び回る。そして暫く飛び回ると、不意に声を上げる。
「何だ、おめぇ大地の精霊かよ?いや…ちょっと違うな?…でも、それっぽい雰囲気なんだよなぁ、何者だよ?」
「…?ろんたはろんたなのだ。なにものといわれても、こまるのだぁ」
「はぁ?」
「それに関しては、私がお話致しましょう」
いまいち要領を得ないろんたに代わり、イリスが前に進み出た。
「と、その前に…私は旅の尼僧、イリスと申します。以後、お見知りおきを」
「ああ、はい、こちらこそ…ってワズ!ご挨拶なさい!」
「うっせーな!さっき名乗っただろうが?」
「ワズガルド君?私はご挨拶をなさいと言った筈ですが?」
態度を豹変させたアルビレオ。ワズガルドは怯えた様に縮こまると、素直に挨拶を返した。
「これはご丁寧なご挨拶、痛み入ります」
イリスが丁寧に頭を下げ、何故かつられる様に周りの一同も頭を下げた。
「では、ろんたさんについてなのですが…とは言えこれは私個人の推測に過ぎない事を予めお断りして置きますね」
イリスはそう前置きして口を開く。
「まずは…そうですね、私の見た夢のお告げからお話致しましょう。それは、今考えても不思議な夢でした。何しろその夢を見たその日以来、私の身の回りに起こる事全て、夢の通りなのですから」
イリスはそこで一旦言葉を切ると、まるで物語を語るかの様に話を続ける。
「お告げから数日後、私は修道院を出て、あてもない旅に出ました。とは言え、それはあてが無いだけで、希望は常にあったのです。何故かと言えば、どれだけ歩いても決して倒れる事も無く、行く先々で数え切れない程の多くの人々に助けられ、いつしかその旅が私の人生そのものと言える様になったのですから。ですが、おかしなものです。私の旅路の全ては、自分の意思で決めてきたとどれだけ思ってみても、今思い返すと何か大きな力で導かれていた様な気がするのです。それと言うのも…えーと…何と言いましょうか、全てが夢で見た通りに進んで行ったのですよ。それは、今のこの時も」
そこでイリスは一旦言葉を切り、周りの全てを見渡した。既に話に聞き入っていた一同は身じろぎもせずに言葉を待つ。
「そんなある日、私は約束の場所…皆様の仰る地の果て修道院でろんたさんと出会いました。それも夢で見た通りに。つまりは、私とろんたさんはここで出会うのが既に決められていた運命。そうとしか言い様が無いのですが…もしかするとそれは私が望んだ事なのかもしれません。何しろ希望があるとは言え、それはいつ果てるのか知れない延々と続く道でしたから。その旅路の果てに、誰ひとり話をする相手もなく、いつまでも一人で何かを待ち続けるのは流石に気が滅入ります。そんな私の前にもしかしたら…神様の様な存在がろんたさんを遣わしてくれた。私はそう信じております。そして私はろんたさんと二人、いつしか現われる筈の皆様を待ち続けておりました」
イリスはそう言うと、微笑みながらろんたの頭を撫で、一同を見渡した。そして不意にその顔に影が差す。
「ですが、私が見た夢のお告げはここまでなのです。ここから先の事は…幾つにも枝分かれしていて、私では見通す事が出来ない…のですが、その中でも幾つか、僅かにですが、希望の持てる道がありました。それを今からお話しますが、選ぶのは皆さんなのです」
「今ここにこうして集った理由。この地を目指して旅をして来たオルアさん、ガルさん、ミンクさん。そしてその目的を果たす為に姿を現したアルビレオさんとワズガルドさん。更には、その二組を結びつける事になったろんたさんと、私」
「それらが一つに交わった。ここまでは私も夢で見た通りなのです。ですが…この先は、どうするべきなのか判らないので、私の見たままをお話致します。その上で、どうか行く先をご決断下さい」
「私は…何日も何日も、数え切れない程同じ様な夢を見ました。ですが、その行く末はその都度違っていたのです。とは言えそれら全てをお話していては何ヶ月もかかってしまうので、私の独断で僅かでも希望のある選択だけを…はい?」
そこまで話を続けていたイリスの前に、突然ミンクが立ち上がる。そしてミンクはいきなりイリスを抱き寄せると
「もう、苦しまなくていいのですよ。選択肢は一つしかありません。どうか、それをおっしゃって下さい」
そう言って強くイリスを抱き締めた。
それからどの位の時間が過ぎたのか…誰もが分からなくなりかけたその時、イリスはゆるやかにミンクから体を離し
「はい…私も、覚悟を決めました」
そう言って微笑んだ。
凱竜の力により世界の果てへ導かれたオルア一行。再び会いまみえた漆黒の騎士は退けたものの、更なる試練に導かれる事に。果たしてその旅の行く末や如何に?




