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SWORD  作者: ろんぱん
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海のアラクレ、陸のアラクレ

一〇.海のアラクレ、陸のアラクレ


 フレアと言う新たな仲間を得たオルア達は次なる目的地を目差してひたすら歩き続けていた。目指すはガンナイツより遥か東に位置する港町、アルポートだった。町を出て丁度一週間…

「ねえ、何で港町に向かうの?」

ミンクは行き先を決めたガルと、それに同意したフレアに問いかける。

「ん?それはだなあ…」

「私が聞き及んだ限り、これからの旅では自由に使える船が必要となります。その為にも…」

「ええっ!港にある船を奪う気?」

「いえ…そうではありません」

「一応港ではちゃんと金払って船に乗せて貰うさ。だが問題はその先だな」

「…どゆこと?」

「港では定期船に乗せて貰う。そしてここからずっとずっと北西にある港町で降りて、そこからもうちょっと歩いて更に北にある町を目差して…」

「そして、海賊共を打ちのめして我々に従わせます」

 事も無げに言うフレアに一瞬納得しかけたミンクだったが、次の瞬間

「えーーーっ?」

 すっとんきょうな声を上げる。その背後ではオルアもバーンもミンクと同じ様な顔をして互いに顔を見合わせていた。


 更に数日が過ぎ、オルア達は何事も無く定期船に乗っていた。甲板で気持ちのいい風を浴びている一同にを前に、ガルがこれからの事について説明を始める。

「まあ船が目的地に着くまでのひと月は楽な船旅、そう思ってて構わない。しかし、その先からはちょっと大変だ。何しろ俺達は海賊共の根城を目差し、そこで船を頂く。しかしマトモな頭の奴はそんな所まで近付く訳もねえ。だから俺達は船を降りてから更に二週間以上はとんでもない山道を歩き…まあ途中戦闘もあるだろうな。そして奴等の根城である海賊のたまり場、ヴァイキングパレスに辿り着く訳だ」

「ヴァイキング…パレス?まるでお城みたいな名前ね?」

「ああ、ある意味その辺の城よりタチが悪いぜ。門番は声をかけるより早く矢を放って来るって話だからな」

「俺は、そんな奴を知ってるぞ」

「ああ、スティングのはあくまでも威嚇だ。だが奴等は躊躇無く仕留めに来るらしい」

「…最悪じゃないか」

「まあ、そんなに気にするな」

「その上私が聞き及んだ限りでは、彼等を統率する海賊王シーブランは統率力、状況判断能力、操船術は言うに及ばず、その戦闘能力も他の海賊達の腕自慢共が束になっても敵わない、と恐れられているとの事です」

「よく知ってるわね」

「ええ、蛇の道は蛇、と言いますから」

「はっ!流石は馬賊の御頭!まあ俺も他人の事は言えねえがな!」

 そういってガルは大声で笑うが、正直何一つ明るい話題の無いこれからの事を考えるとオルアはとても笑う気にはなれなかった。ただ、そんな中でもただ一つ興味が沸いた事がある。それは…その海賊王とやらが一体どれ程強い男なのか、という事だった。


 のどかな船旅も一週間を過ぎた頃、いい加減に退屈してきたオルアは船内をうろつき回り…気が付けば読書中のフレアに声をかけていた。

「なあ、ちょっと勝負しようぜ」

「…喜んで」


 そんな訳で甲板は突如闘いの舞台となる。そこへすかさずガルが突っ込みを入れた。

「おい、なんでそんな楽しそうな事すんのに俺に声かけねえんだよ!」

「いや、ガルを相手にしたら間違い無く船が壊れるだろ」

「おお…それはそうかも!…あ、でもそれならイーロンだったらどうなんだよ?」

「ああ、イーロンはさっき見当たらなかったし、それよりも俺は剣の稽古がしたかったんだ。フレアだったら純粋に技を磨くには最高の相手だからな」

「ああ…それはそうかもな。あ、だったら」

 ガルは何かを思い付いた様にオルアに耳打ちした。それを聞いたオルアは、一瞬戸惑いを見せたもののすぐにその意を介して苦笑する。

「でも、そんなに上手くいくか?」

「ああ、お前が本気でやれば問題無い。でもその前に…」

 ガルはそう言ってフレアに声をかける。

「フレア!これはあくまでも果し合いじゃ無い、試合だ!だから純粋に剣技の比べ合いだと思ってくれ。なんであの危ない技はナシって事で頼む!」

「…その位は解っている。それよりも…準備はいいか?」

「ああ、俺はいつでもいいぜ!」

「そうか…ならば、いざ!」

 掛け声と共にフレアが突進する。まさか自ら接近戦に持ち込むとは思わなかったオルアだったが、驚きながらも冷静に対処する。フレアの鋭いが重さの足りない一撃を難なく受け止めると、それを弾き飛ばすと共に今度は自分が突進した。流石にフレアはその一撃を受け止める訳にはいかない。ギリギリでかわすと同時に容赦なくオルアの顔めがけて突きを放つ。

「危ねえ!」

 間一髪でかわしたオルアは、冷や汗を流しつつも笑みを浮かべてフレアを睨みつける。

「おい、まるで真剣勝負だな」

「知らなかったのか?稽古とは真剣にやらねば意味が無いのだぞ」

 フレアの言葉を聞いたオルアは、ガルに顔を向けてニヤリと笑みを浮べる。ガルも同様な笑みを浮べると、小さく頷いた。

「…乗ってきたな」

 そう呟いたオルア。いつしか回りを取り囲むギャラリーも増えており、それに気付いたオルアとガルは思わず露骨な笑みを浮べる。

「…何がおかしい?」

 オルアのおかしな様子にフレアは首を傾げるが、そこは馬賊の首領だけあって一瞬にしてその意味を理解した。

「成程な、盗賊の考えそうな事…まあ私も他人の事は言えんが」

 そう言ってフレアも苦笑を浮べると、構えていた剣を鞘に収めた。当然の様にギャラリーからはざわめきが起こるが、それ以上にオルアが狼狽する。

「お…おい、それは!」

 慌てて制止しようとするオルアだったが、その瞬間にフレアの剣が閃く。

「飛燕!」

 気合一閃、宙に煌くフレアの秘剣にギャラリーは驚きの声を上げる。オルアが思わず頭をかすめた光の矢を振り返ると、それは青空に吸い込まれる様に消えていった…が

「余所見とは、余裕だな」

 いつの間にか背後に迫っていたフレア。オルアが慌ててその剣を受け止めると、フレアは妖艶な笑みを浮べる。そして

「…キミは、若いくせに中々狡い手を考えつくな。それともあの大男の入れ知恵か?」

 そう口走った。オルアは一瞬驚くが、特にとぼける理由も無かったので正直に思った事を告げる。

「あれ、ばれちゃった?」

「ああ、バレバレだ。とは言え長旅に路銀はいくら有っても問題無い。せいぜい稼ぐとしよう。ただ…」

「…何?」

「今度からは、私にも言っておけ」

「…了解」

「よーし、聞き分けがいいな。では、船を壊さない程度に派手に行くぞ…ハアッ!」

 叫ぶと同時にフレアは容赦無くオルアを蹴り飛ばした。想像以上な威力にオルアは悶絶しながらも不敵な笑みを浮べて立ち上がる。「…今の、絶対本気だった」

 オルアがそんな事を呟きながら再び剣を構えると、周りから歓声が起こる。

「…カントの武闘大会を思い出すな」

 蹴りの恨みなどどこへやら、オルアは武闘大会で浴びた歓声を思い出して妙に心地良くなる。そして

「よーし、いっちょ盛り上げるとするか!」

 楽しそうに叫ぶ。フレアもそれに呼応して誰もがその力と技、速さと鋭さに目を離せなくなり…気付いた頃には既に日が高く昇っていた。流石に二人共顔に疲労の色が見え始めた時に、タイミング良く昼食の時間を告げる鐘が鳴る。

「ふう…ここまでにしようぜ」

「そうだな、いい運動になった。暇だったらいつでも相手をするぞ」

 互いに剣を納めて軽く頭を下げる。するとどこからともなく飛んで来たコインが二人の間に落ち、同時に誰かが手を叩いた。するとそれは瞬時に回りに広がり、喝采と歓声が二人の周りに巻き起こった。そして同時に無数の小銭や紙幣、指輪等が投げ込まれ…オルア達の計画は見事に成功した。


「あー、食った食った」

 食堂ですっかり空腹を満たしたオルア。

「うむ、運動した後の食事は格別だな」

 フレアも満足気に口元を拭いていた。その前ではガルがニヤニヤしながら金を数えている。大体数え終わると、ガルはその笑みを二人に向け

「うーむ、予想以上だな。二人ともお疲れさん。まあたんと食え」

 まるで自分の奢りとでも言わんばかりににこやかに告げる。

「あ、そう言えば…フレアには途中でばれてたみたいだぞ?」

「そうだったのか?流石に抜け目が無いな」

「…一応褒め言葉として受け取っておこう」

「ああ、勿論褒めているさ!」

「あ、それよりも最初にコイン投げてくれた人に感謝しないとな。あれで皆がその気になってくれたみたいだし」

「その必要は…無い」

「え…何でだ?」

「どうせお前だろう?」

 フレアはそう言って手にしたフォークをガルに向ける。すると

「あっはっは!本当に抜け目無いな。オルアも少しは見習え!」

 笑いながら訳の分らない事を口走る。それを見てオルアとフレアは顔を見合わせると、楽しそうに笑い声を上げた。


 その晩…

「ふーん、そんな事して遊んでたの?」

 話を聞いたミンクは楽しそうに笑いながら次々とグラスを空にする。バーンも時たま顔を上げて話に耳を傾けるが、殆どの時間は自分と同じ位大きな骨付き肉と格闘していた。そしてイーロンはと言えば…

「…修行、常に怠らない、大事。今度、俺、付き合う」

 黙々と食事を続けていたかと思うと、珍しく自分から口を出した。その様子を見たミンクはこっそりとオルアに耳打ちする。

「ねえ、もしかしてイーロンも混ぜて欲しかったんじゃない?今度は誘ってあげれば?」

「ん、そうか?なら今度金に困ったらそうしよう」

「金って…それはオマケじゃなかったの?」

「まあ、どっちも大事って事で」

「…ふう、まあいいけどね。でも凄腕の海賊王と戦う事になりそうなんでしょ?気を抜いちゃ駄目よ?」

「解ってるよ。だから今日だって真剣を使って勝負したんだ。まあ途中から目的がちょっと変わったけど…何より船の上じゃ俺達が全力で稽古する事が出来ない。正直…少し不安なんだ、こんな事でいいのかなって」

 珍しく心配そうな顔をするオルア。ミンクも不安そうにその顔を見つめるが

「問題無い。船の上、足場悪い、それ修行に使う。船降りる頃、今より強くなれる」

 イーロンが心配無いとでも言いたげにオルアに言う。更に

「肉体の修行、強くなる全てと違う。心、磨く。気、研ぎ澄ます。すれば体、それについて来る。その修行、俺、教える」

 真剣な眼差しでそう告げた。

「あ…ああ、頼む」

 いまいち意味を理解できないオルアだったが、翌日からその意味を嫌と言う程に理解する事になった。


 翌朝早く起こされたオルアは、イーロンの修行メニューにつき合わされていた。まずは座禅をして精神の鍛錬。そして呼吸法や人体の急所の勉強、反射を利用した相手を制する方法等々。最後の実戦稽古に至っては、わざわざ安定しない船べりに立っての稽古だったので、オルアは戦うどころか落ちない様にするので必死だった。

「足元気にしすぎる、良くない。見るのは相手。足元、足が見る。目で見る必要、無い」

「いや、そうは言っても…おおうっ!」

 僅か数分の稽古にもかかわらずオルアは数回転げ落ちた。しかもその内の二回はイーロンが捕まえなければ海へ転落する有様だった為、その日の稽古は早々に切り上げられた。しかし…

「よお、終わったんなら今度は俺に付き合えよ」

「どうも体がなまっていかんな。すまないが剣の稽古に付き合ってくれ」

 待ちかねていた様にガル、その次にはフレアが声をかけて来た。

 結局イーロンとの修行の後にガルと共に筋力を鍛え、更にその後はフレアと剣術を特訓したオルアは、ボロクズの様にベッドに倒れこんだ。

「どうしたの?疲労困憊って感じよ」

「んギャ、オルアはモテモテで疲れてるんだギャ。せめてミンクは癒してあげて欲しいんだギャ」

「そうなの?…頑張ってるんだ。でも無理はしないで。ゆっくりお休みなさい」

 そう言って歌い始めるミンク。オルアはいつしか全てを忘れる深い眠りについた。


 そんなハードな船旅もやがて終わりを迎えるが…それは予定していた寄港地よりもかなり手前で終わるとの事だった。

「おい、こりゃあどういった訳だ?」

 船長に詰め寄るガル。他の乗客も困惑した顔で周りを取り囲んでいた。船長は困った顔で理由を話し出す。

「いえ、お客様方がお怒りになるのももっともですが、何よりも皆様を危険にさらす訳には参りません。何卒お聞き届け願います」

 その言葉にガルの顔色が変る。

「危険?何が起こってるんだ?」

「実は今朝入ったばかりの情報なのですが、目的地で異常に長く嵐が続いているとの事です。その状況から見て自然現象とは考えられない…その為、今回は危険を避ける為に目的地を変更させて頂きました」

 船長はそこまで言うと一旦立ち去ったが、ガル達が只者では無いと感じていたのか船長室に一行を呼ぶと、先程よりも更に深刻な顔で告げる。

「先程お話した異常気象なのですが、どうやら魔物の仕業らしいのです」

「魔物?…海の魔物か?」

 すかさず反応するオルア。船長は黙って頷くと、更に続ける。

「ええ、お察しの通り海の魔物なのですが…正直私もその話が真実かどうか図りかねているのです」

「で、その魔物って何者なの?」

「…ヨルムンガンド…」

 船長の言葉に、ガル、ミンク、フレアの三人が硬直した。イーロンは眉をひそめ、バーンも考え込むが…オルアは平然としていた。とは言えそれは伝説の海蛇に脅威を感じなかったからではなく、その名を聞いた事すら無かったからなのは他の誰の目にも明らかだった。ただならぬ空気を感じたオルアは、頭を掻きながらミンクに視線を向ける。

「流石はオルア、全く動じない…って訳じゃ無さそうね。いいわ、私が説明してあげる」


 暫くして酒席が用意され、ミンクはとりあえず一口飲んでから説明を始めた。

「ヨルムンガンド…それは遥か昔、海底に捨てられた神の眷族よ。その体はとてつもなく大きな蛇で、大陸をも取り囲んだと言い伝えられているわ。神々の最終戦争でその命は果て、大陸を取り巻く脅威は消えた…はずだったの。でも、百年ほど前の事…あろうことかその大蛇が生み出した自らの分身が孵化してしまったのよ。私達も脅威を感じてはいたけど、海底の大蛇を退治する術は皆無。出来ることと言えば、成長したヨルムンガンドが暴れない様に祈る事だけだった。そして今まで何事も無かったから、正直忘れかけていたのだけど…甘かったみたいね」

 ミンクはそう言ってワインを一口飲むと

「そんな訳で、これから向かう先にはとんでもない奴が待ち受けているって事。どう、引き返すなら今のうちよ?まあそうしたら私達の破滅がちょっと先延ばしになるってだけなんだけど」

 あっけらかんとした顔で怖い事を口走る。しかしその瞳には決意めいた光が輝き、それに気付いたオルアは周りを見渡してそれぞれの表情を確認する。そして…

「一応聞いておくけど、どうやら俺達はとんでもない事に巻き込まれて行くみたいだ。それでも…構わないみたいだな」

 無言で頷く一同。オルアは船長に向き直ると

「どうせ誰かが倒さなきゃいけない相手なんだよな?だったら俺達が出来る所まで戦ってみるさ!」

 力強くそう言った。その言葉に船長は顔を明るくすると、更に心強い事を告げる。

「実は、既に海賊達が海賊王の指揮の下ヨルムンガンド征伐に動き出しているらしいのです。彼等とて海が使えなければ何も出来ないから必死なのでしょう。それに貴方がたが加わるとなれば、海賊達も歓迎するかもしれません。いえ、むしろ貴方がたが海賊と共闘する事で海の脅威が消えるのであれば、私としては願ったりかなったりです」


 それから更に三日後…オルア達は当初の目的地より手前の寄港地、ベラヒアで船を降りた。

「じゃあ、頑張って下さい!でもくれぐれも無理はしない様に。じゃあな!」

 そう言って手を振る船長に別れを告げ、オルア達は海賊達の都、ヴァイキングパレス目差して歩き出した。


「なーんか、妙な事になっちゃったね」

 再び歩き始めて三日後の晩…焚き火を囲みながらミンクが言うと、ガルは炙っていた何かの肉を噛みちぎり、もごもごとしたまま口を開いた。

「別に…んぐ、そうでもねえさ。まあ戦う相手が今までに戦ったどんな奴よりも…ぐ、んんっ!ちょっと待て」

 ガルはそう言って自分の胸を叩いて水を飲み込む。つかえの取れたガルが再び話始めるより先にフレアが口を開いた。

「そう、船長の話が真実ならば…我々はかつてない恐るべき相手を敵にまわそうとしている。海賊王も恐らくは只者では無いのだろうが、仮にその海賊王と共闘する事になったとしても勝ち目は薄い。しかし誰かが戦わねば世界は終わる…」

 深刻な顔で告げるフレアに一同は視線を集中させるが…

「まあそんな事言ってもなる様になるさ!もしも何ともならなきゃ…そん時は逃げりゃあいい。そんでもって誰かに任せよう!」

 ガルがそう言って大声で笑う。

「その通りだ!今までも何とかなったんだ、今度も何とかなる!いや、皆で何とかしてみせよう!」

 力強く叫ぶオルア。皆はその言葉に頷くものの、どこかしら不安な表情を浮べていた。


 それから更に三週間後…オルア達は当初の目的地だった港町バランに辿り着く。

「さーて、早速情報収集と行くか。俺は酒場に行くから、誰か宿を確保しといてくれ」

 町に着くなりガルはそう言ってさっさと歩き出す。

「うむ、確かに酒場は情報を集めるのに最適だ。私も同行しよう」

 フレアもそう言ってガルの後に続く。

「あー、私も行きたいけど…それは夜のお楽しみに取っておくわ。オルア、宿を探しましょう」

「ああ、そうするか。それにガルの事だ。きっと美味い物が食える所も見つけといてくれるだろ」

「んギャ、それを聞いては黙ってられないギャ!オイラも行って来るギャ!」

 言うが早いかバーンもガルの後を追う。更には

「…この町、様子おかしい。俺、違う所、見て来る」

イーロンもそう言い残し風の様に立ち去る。「あらら、皆行動が早いわね。私達も負けずに行動しましょうか」

「ああ…そうするしかなさそうだな」

 オルアはそう言って頭を掻くと、大通りを歩き出した。


 暫く歩いたオルアは、街中が妙に物々しい事に気付く。女子供もいるにはいるのだが、それ以上にやたらと男の数が多い。それも皆が皆腕に覚えがあると言わんばかりのゴツい男ばかりで、それぞれが異様な殺気を放っていた。

「なんなんだろうね?」

「俺が知るか。きっとガル達が情報集めて来るさ。俺達は宿を探そう」

「そうね。素敵な宿があるといいなぁ」

「呑気だな…まあ、その意見は俺も同感だけど」

 そんな事を言いながら歩き続けるオルア達は、程無くして感じの良い宿を見つける。幸い空き部屋もあり、即決したのはいいが…

「あ、そう言えば」

「なーに?」

「俺達が宿をここに決めたって、他に誰か知ってるのか?」

「え?…知らない…と思う」

 そう言って二人は顔を見合わせるが

「まあ、いいか」

「そうね、きっと何とかするでしょう」

互いに無責任な事を言い部屋へと向かった。


 その晩不思議と一行は宿へ集まり…と言う程の事でも無く、実はこの町には宿は三件しか無かったので探すのはそれ程難しくもなかったと言うのが真相だったのだが、そんな訳でオルア達は無事に集合する事が出来た。


「んじゃあ、俺達が苦心の末集めて来た情報をお聞かせ致しましょう!」

「ああ、皆心して聞く様に」

 何故か得意満面、ガルとフレアは陽気に口を開く。どうやらよほど為になる情報を仕入れて来たに違い無い、そう思ったオルア達は身を乗り出してその話に耳を傾ける。しかし

「ま、結論から言うと…海賊王シーブランの軍勢はほぼ壊滅状態らしい」

「うむ、流石に神の眷属。恐ろしい力を持っている様だ」

 二人は何気ない顔でとんでもない事を平然と言い放つ。

「お…おい!」

「壊滅状態って…何で貴方達そんな平気な顔で言ってるの?」

 慌てて立ち上がるオルアとミンク。しかしガルはそれを手で制すると言葉を続ける。

「まあ慌てるな。実はな、今まで犬猿の仲だった海賊と海軍がそのせいで手を組む事になったらしい。海軍も同様壊滅に近い状態で、最早世間体を気にしている余裕も無くなったんだろう。どっちも腕の立つ奴なら誰でも募集中って話だ!そこで…」

「お誂え向きに、どっちに入るにしろやり易くなったと言う訳だが…さて、どうする?」

 そう言ってフレアはグラス片手にオルアを見つめる。

「え?俺が決めるのか?」

 当惑するオルアに、一同の視線が突き刺さる。

「そりゃそうよね。一応貴方がこのパーティーのリーダーな訳だし。さて…先に進むのはいいとして、海賊と海軍のどちらに付くのかしら?」

「いや、そう言われても…」

 オルアは改めて一同を見渡し、思わず呟いた。

「海軍は…流石に無理じゃないか?」

 その言葉にまずガルが大笑いする。つられてフレアとバーンも笑い出し、イーロンは僅かに口の端を上げる。ミンクはその様子に思わず苦笑した。

「んじゃ、我等がリーダーの仰せだ。皆で海賊の仲間になりに行くとしよう!」

 やたら陽気にガルが叫び、結局その晩はとても深刻な状況に向かうとは思えない大騒ぎになってしまった。


 町での情報収集も済んだ一行はいよいよ海賊達の本拠地へと向う事になったのだが…

「何か、街中以上に物々しいわね」

 同道、と言う訳でも無いのだが、オルア達の他にも海賊志願の荒くれ者が無数に同じ所を目差していただけに、道中では数え切れない程の小競り合いが起きていた。しかし、オルア達にちょっかいを出す者は一人も無い。何しろガルと少しでも目が合った者は例外無くその場で固まってしまうのだった。

「おい、普通の人を怖がらせてどうする」

 見かねたオルアがそう言うと

「何言ってやがる、この程度でビビる様な奴等が海賊王と共に戦えると思うか?」

「…あ、それもそうか」

あっさりとガルの言葉に納得した。そしてオルアもガルに習って殺気を放ち始めると、一行に近付く者は殆どいなくなる。そんな中でも全く恐れる事無く追い抜いて行く者、声をかけて暫く一緒に歩く者、むき出しの敵意をあからさまに見せ付けていく者…そういった連中を見て、ガルは微かな笑みを浮べる。


 それから更に三日後…ガルが以前予告した通り、オルア達は険しい山道を険しい顔で進んでいた。

「なあ、これが暫く続くんだっけ?」

「おお、このペースなら大体二週間ちょいって所だな」

「うげー、まだあと十日以上も続くのか?」

「仕方ないだろう?船でもあれば海側から回れるかもしれんが、仮にそうだったとしても今は無理だ。海神とも言える奴が暴れてる状況で、俺達みたいな海の素人が出航した日にゃあ…あっと言う間に海の藻屑だ。だからまあ何だ、道は険しいけどその分景色は悪かねえだろ?せめてそれを心の慰みにでもしとこうぜ」

「まあ、確かに景色は悪く無いな」

 遥か左手に見える海原を眺めて、オルアがほっと一息入れる。すると

「そうね、北海は寒いけれど、その分見る価値はあるわよね」

 すかさず傍らでミンクが同意する。そして一同が遠目にその海原を眺めると、真っ白な泡を盛んに撒き散らせ、蒼海が勢いよく荒れ狂っていた。

「これは…壮観ですね」

 景色に感動したフレアが思わず声を上げると、海は更に荒々しさを増す。そして見る間に荒れ狂う海原を見てオルアは思わず呟く。

「なあ、寒い地方の海ってのはこんなに荒れるもんなのか?」

「いや、これはおかしいな。海が荒れるのは別に珍しい事じゃ無いが、ここまで急に荒れるのは変だ」

 ガルが眉をしかめつつそう言ったその時

「あれは…何かしら?」

 ミンクが遥か遠くを指差した。とは言えミンクの視力でやっと見える様な物が他の目で確認できる訳も無いが、その異常はあっと言う間に他の者にも見える程急速に拡がって来た。

「おいおい!これは何なんだ!」

 思わず叫ぶオルア。その眼前では次々と大きな渦が現れ…その中でも最も大きな渦の中から禍々しい気を放つ頭が現れた。それは一見巨大な蛇のそれに見えたが、遥か遠くからでも感じられる恐ろしい程に禍々しい邪気はオルア達を戦慄させた。のみならず近場でその光景を目にしていた数多くの強者達が、まるで何かの呪いにでもかかったかの様に身じろぎもせずにその場で固まっていた。


 そして暫くの後…それは再び海の底へと姿を消し、誰もが忘れていた呼吸を始める。


「…あんなの、勝てる訳ねえ」

 誰かが呟いた。同時に張り詰めていた何かが切れたのか、周りにいた連中はまるで蜘蛛の子を散らす様に逃げ去り…オルア達の他には誰もいなくなった。とは言え先に行った者がどうなったかまでは判らなかったが。

 オルアは大きく息をつくと、開き直った様に口を開く。

「さて、海賊王の所まではまだあるんだ!気合入れて歩こう!」

 その言葉にミンクとガルは思わず顔を見合わせて笑い、それにつられてフレアとバーンも笑った。イーロンは…無表情に見えたが口の端が微かに上がっていた。


 その後オルア達を追い抜いて行く者は誰もおらず、一行は海賊王の下に辿り着いた最後のパーティーとなった。

「こりゃあ凄い…」

まるで城砦の様な入り江に囲まれた海賊達の根城…それを眼下に見下ろしながらオルアが呟いた。

「まあ確かに大したもんだが…さっさと行くぞ。多分俺達が最後だろうからな」

 ガルに促される様に一行は急な階段を降りると、そのまま城へと続く一本道を進む。

決して綺麗とは言えないものの、その大きな…要塞とも言える程巨大な根城、ヴァイキングパレスを一同は驚愕して見上げる。しかし世間知らずのオルアと、大盗賊を自負するガルは臆する事無くその門を叩く。同時に噂通り門番が問答無用で矢を放つが、二人は難なくそれを打ち払う。鋭くはあったがまるで殺気のこもっていないその矢は恐らく試験の様な物だったのだろうか、それを合図に巨大な門が音を立てて開かれる。


「ようこそ、我が城へ」

 思っていたよりはそこそこ綺麗な城内で、海賊王シーブランが集まった一同に歓迎の意を述べる。その数ざっと見ておよそ五百。オルア達とは別のルートから来たのか、既に前からいたのかは定かではないものの初めて見る連中がその大半を占めていた。しかもそのどれもがいかつい顔と身体の持ち主で、神をも恐れないといった顔つきをしていた。壇上で一同を見渡したシーブランは、満足そうな笑みを浮べると急にかしこまった表情を豹変させ

「このとんでもねえ所によくも来やがったな馬鹿野郎共!まあせいぜい今日は飲んで食って騒いでくれや!」

そう叫びながら自身が真っ先に大きな酒瓶を一気に飲み干す。一瞬呆気に取られた一同だったが

「ぅおい!俺の酒が飲めねえってのか!どれにも毒なんか入ってねえからさっさと食いやがれ!どうせハラ減ってんだろうが!」

続いてのその言葉に、集まった荒くれ共は一斉に歓声を上げて山の様なご馳走と飲み尽くせない程の酒に立ち向かった。

「いやー、食った食った!」

 満足気に腹をさするオルア。その傍らで同じ様に満足気な顔をしているガル。するとそこへ一人の男がやって来て…

「ガル様はこちらにおいでか?」

 出し抜けに声を上げた。不意に呼ばれたガルは

「何だよ、折角くつろいでたのに」

不平を言いながらも立ち上がると

「おお、ガルは俺だぜ」

そう言ってからジョッキを空にした。すると男はガルのそばへ寄って耳打ちをする。

「おくつろぎの所大変申し訳ありませんが、我等の王が内密にお会いしたいとの事です。お連れの方々もご一緒で構いませんので是非ご同行願います」

「海賊王が俺に?」

「はい、是非にとの事です」

「そうか…」

 考え込むガルの姿に、オルアは怪訝な顔で問いかける。

「どうした?何かあったのか?」

「いや、海賊王に会って来る。お前も一緒に行くか?」

「おお、それなら俺も行く!なあ、皆も行こうぜ!」

「そうね、面白そうだし私も行くわ。ねっ、フレアも行こう?」

「え?あ、まあ…はい」

「皆行くのかギャ?じゃあイーロン、オイラ達も行くギャ!」

「…同行、異存無い」


 ガルを先頭にオルア達は連れ立って海賊王の居室へ招かれた。ガルが入って来るや否や海賊王から声をかけて来た。

「よお、待ってたぜ!さあそんな所立ってないでさっさと入れよ!」

 誘われるままにガルは海賊王と対面する位置に席を占める。オルア達も円卓を囲む形で腰を降ろし、ガルが口を開いた。

「お招きどうも…と言いたい所だが、一体俺に何の用だ?」

 その問いに一瞬怪訝な顔をした海賊王だったが、不意に何かに気付いた様にポンと手を叩いた。そして今まで目深に被っていた帽子を取り前髪をかき上げる。そこには額から頭頂部にかけて大きな傷跡があり、それを見たガルは思い出した様に叫ぶ。

「お前…ブラウンか!」

「その通り!」

 そう言って指を弾く海賊王。

「知り合いか?」

 オルアの問いにガルは頷くと、懐かしそうに笑みを浮べながら立ち上がって海賊王の隣に腰を下ろす。

「まあ、知り合いってか腐れ縁だな。コイツは俺が世界中を放浪してた時に出会った奴の中でも相当に変な奴だった」

「おいおい!久々に会ってそれかよ!」

「まあいいじゃねえか、褒め言葉だ!」

「そうか?」

「いや、褒めてないだろう」

 オルアの呟きをよそに二人は再会の言葉を交わす。

「もう十年以上前になるか?お前と会ったのは」

「そうだな。だが俺に言わせりゃあお前の方が変な奴だったぞ」

「うげ!お前に言われるとは!」

「そりゃあそうだ!そんな馬鹿デカイ奴なんかお前以外はいまだに見た事ねえ!おまけに知ってるか?コイツ自分より二回りはデカイヒグマを一撃でぶっ飛ばしたんだぜ!」

「それを言ったらお前!俺だって海の中、しかも素手で鮫をぶっ飛ばす奴なんかお前以外には見た事ねえ!それにお前ら、あの頭の傷が何だか解るか?あれは…」

「おい!その話は止めろって前にも言っただろ!第一それを言ったらお前…」

 互いに言い争いを続ける二人だったが、何故か相手を攻めつつもその顔は子供の様な笑顔を絶やさない。

「あの二人、本当に仲がいいのね。ちょっと羨ましい」

 微笑みながら呟くミンク。

「何言ってるんだ、ミンクの方がよっぽど長生きしてるんだろ?だったら仲のいい奴なんか幾らだっているだろうが」

 何の気無しに言うオルアだったが、ミンクは悲しげに言葉を放つ

「…でもね、皆私より先に逝ってしまうの」

 その言葉にオルアは一瞬言葉を失うが

「でも、今は俺達がいる」

 その言葉にミンクは顔を上げる。するとオルアはその瞳を見つめながら続けた。

「確かに、俺達にはミンクみたいに永遠とも言える命は与えられていない。だけど今俺達はここでこうやって一緒に過ごしている。それじゃあ…駄目か?」

「オルア…」

 ミンクはそう言ってオルアの目を見つめ返す。そして周りを見回してから…満面の笑みを浮べた。

「そうだよね!大事なのは今、だよね!」

「ああ、そうだ!」

「うん!」

 

 一通り再会の挨拶も済んだ所で海賊王ブラウン…今はシーブランと名を変えていたが、その表情が変った。

「まあ、お喋りはこの辺にして本題に入ろうか。なあガルよ、お前がここへ来たのが偶然なのかそうじゃないのかはどうでもいい。だが正直言って心強い。それにお前と一緒の面子もどれも只者じゃなさそうだしな。だが、何だかんだ言っても俺とお前は何度と無く殺し合いをした様な仲だ。そのお前が単に俺の手助けをしに来たとは思えん。お前の目的は何だ?」

「うむ…まあ海賊王の正体がお前だってんじゃ隠しても仕方ないな」

 ガルはそう言って一行に顔を向ける。

「あー、別に話してもいいんじゃないか。どうせ知り合いなんだろ?」

 視線に気付いたオルアがそう答えると、ガルは再び口を開く。

「まあ、俺達も目的も無く旅してる訳じゃ無いんだ。オルア…ってまあ一見只のガキだがこう見えて俺よりも、ってかこの中では一番の凄腕だ。そのオルアが父親探しの旅をしてるんで、微力ながら力添えをしてる…振りをしていつかは復讐しようと隙を窺って…」

「おいっ!」

「あ、いやいやそんな事は全く考えてないのだが」

「本当だろうな…」

「まあそんな訳で旅を続けてはいたものの、歩いて行ける所は既に探し尽くしたし、あとは自由に使える船を調達しなきゃならなくなった訳だ。そこで思いついたのが悪名高い北海の海賊!そいつらをぶちのめして下僕にすれば船も手に入る…と思って来てみれば実はそれどころじゃ無かった、と言う訳だ。まあそんな訳なんで、無事に怪物退治を済ませたら、お前も仲間になれ」

 思わぬ言葉に絶句するシーブラン。その目は信じがたいとでも言いたげに一行を見渡すが…突然大声で笑い出した。

「うっはっはっは!流石はガル!言うことが違うぜ!だがその言い様で解ったぞ。お前はどうやら俺達が苦戦している敵がどんな奴なのかを解っていない!恐らくは…」

「いや、解っているさ。何しろここへ来る途中でその怪物とやらを直に目にしたんだからな。恐ろしい程の邪気を放つ海蛇の親玉みたいな奴だろう?あっと言う間に数え切れない程の巨大な渦を作り出す怪物だ。だが、それでも俺達とお前達、更には海軍も一緒に戦うんだよな?だったら全く勝ち目が無い訳じゃ無い!第一本気で勝ち目が無いと考えてるのなら、仲間を募る前に逃げ出すだろうが!」

 そんなガルの言葉にシーブランは目を丸くするが、突然笑い出す。

「うっはっはっは!何とまあ心強い奴!お前ら聞いたか?」

 シーブランがそう言って部下達に声をかけると、それぞれが面目無さそうにうつむく。しかしそれを責める事無くシーブランは話を続けた。

「まあコイツ等が消極的なのは仕方ねえ。今まで散々酷い目に遭わされて来たからな。既に何百人もの仲間が海の藻屑だ。自分達が付いていた船長を亡くして俺の下に集った者も数知れない。だが今回の募集にはお前らをはじめかなりの強者が集まった。だから今は俺もこうして笑ってられる訳だが…逆に言うとこれが最後のチャンスだと思っている。これ程の面子が揃う事は今後二度と無いだろう。ついでに言うが、海軍の募集にも今回は想像以上の精鋭が集ったって話だ。この機会を逃せば俺達はこの世界から消えて無くなる。しかし!今の好機を生かせばこそ我々の未来に光が射す!駄目だった時の事などは考えない!だからお前達は俺に命を預けろ!俺もお前たちにこの命を捧げる!そして共に未来を勝ち取ろう!」

 興奮気味にシーブランは杯を空ける。その強烈な熱気に感化されたのかどうかはともかく、オルア達も一緒になって杯を空け…オルアだけがぶっ倒れた。


 オルアが見事にぶっ倒れてから三日後、一行は不穏な空気で満ち溢れた海上にいた。甲板で立っているのが困難な程に波が高くなって来た海上で、シーブランは大声を張り上げる。

「いいか、作戦に変更は無い!今までの状況から見てこの荒れ具合は奴の現れる前兆に間違いねえ!これから海軍の一斉集中砲撃…まあそれで奴が吹っ飛んでくれりゃそれに越した事ぁねえんだが、恐らくそうはいくまい。だがそれで奴は僅かとは言えダメージを受ける筈だ。そこに俺達が突っ込む。勝負は奴が海中に逃げるまでの僅かな時間、それを逃せば奴は海底で充分に体力を取り戻すだろう。しかも今以上の力を身につけて…そうなれば俺達に勝ち目は無い!だからお前ら!この戦いで死を恐れるな!死を恐れぬ者のみが勝利を勝ち取る!勝利を勝ち取った者のみが生き残れる!これは俺達が生き残る最後の戦いだと心に刻め!」

 シーブランが叫び声と共に剣を振り上げると、海の荒くれ共は一斉に雄叫びを上げた。しかし…

「なあ、結局俺達は特攻隊って事か?」

 腕組みしながらオルアが呟くが、ガルは楽観的な答えを返す。

「それはネガティブな考えだ。いいか、俺達が特攻するって事は、言い換えれば手柄は俺達が全部頂くって事になるんだよ!」

 そう言われたオルアは目を見開き…

「おお…そうか!」

 嬉しそうに声を上げる。同時にミンクが溜息をついた。

 それから一時間程過ぎた頃、波は更に激しさを増し…

「来やがったぞ!総員戦闘配置!一瞬たりとも気を抜くな!」

 シーブランが叫ぶ。同時に海上には無数の渦が現れ、それは次第にその数と大きさとを増大させていく。

「よーし、そのまま引き付けろよ…」

 シーブランがそう言いながら上唇をなめると…突如遠方で轟音が響いた。海軍の軍艦が砲撃を開始したのだ。

「馬鹿がっ!堪え切れなかったのか?」

 シーブランは慌てて望遠鏡を覗き込む。そして

「何てこった…」

 呆然とした表情でそれを降ろした。

「おい、何だってんだよ!」

 ガルは望遠鏡をひったくるとシーブランの見ていた方角にそれを向ける。すると…

 海軍の誇る精鋭達を乗せた軍艦が次々と渦に飲み込まれて行く。更には…

「…化け物が」

今正に海上に姿を現した恐るべき魔物が、砲撃を物ともせずに次々と軍艦を沈めていく姿が目に入った。

「砲撃も効いてねえのか?」

 ガルも驚いた様に声を上げる。それも無理も無い事。海蛇は数え切れない程の砲撃を受けながらも、首をもたげ、それを振り下ろす度に軍艦が真っ二つになって沈んでいくのだから。如何に海軍が精鋭を集めたとは言え、乗っている船ごと沈められてしまってはなす術も無い。見る間に艦隊の半分が海の藻屑と化す。

「おいおいおい!これじゃあどうにもならねえじゃねえか!」

 思わずガルが声を上げるが、シーブランは動じない。

「まあそう焦るな。どうせ奴等に期待なんかしちゃいないさ」

 シーブランは落ち着いた声でそう言うと、剣をかざして号令をかける。

「やはり予想通り砲撃は功を奏しない様だ。しかし目くらましには充分!野郎共、作戦通り突っ込むぞ!」

 その号令に合わせて真っ赤な旗が上がる。すると鬨の声と共に回りの船にも同様に赤い旗が上がり…

「おい、これは何の冗談だ?」

 思わず呟くオルア。そしてオルア達を乗せた船は全速力で大海蛇ヨルムンガンドへと特攻を始めた。


 海賊の船団も海軍同様次々と沈められていくが、シーブランの指揮する船は渦の力を利用してどこまでも加速して突き進む。その様子を見る限り確かに敵の懐に飛び込む事は出来そうだったが、そこからどうするのかはオルア達は全く知らされていない。

「おい、このまま船の上であんな奴と戦うのかよ?」

 オルアはそう言いながらも剣を抜くが

「いや、まさかそんな無謀な特攻に俺達を付き合わせたりはしないだろう。おいシーブラン!最接近して、それからどうする気だ!」

渦巻く波音をも圧する程に声を荒げてガルが叫ぶと、シーブランはとんでもないことを平然と言い放った。

「総員突撃ーっ!」

 その号令と同時に、一行はヨルムンガンドが開いた巨大な洞窟の入口、とでも言えそうな真っ赤な口の中へと船ごと飛び込んだ。そして全てが暗転する。


「ここは…奴の中なのか?」

 辺りを見回しながらオルアが呟く。

「まあ、さっきの状況から判断するとそれ以外には考えられないが…信じられんな」

「それにしてもあの船長さん、無茶するわよね」

「んギャ、オイラ達飲み込まれたギャ?」

「…否、自ら飛び込んだ」

「ああ、結果的にはそうなるな」

 オルアの言葉に思い思いの言葉を返してはみたものの、一行の表情には若干戸惑いが見られた。予測を超える現状を、状況を分析する事で冷静さを保とうとするのは種族を問わず有効な手段だった様で、皆一様にそう言いながら大きく息をついた。すると

「よお、お前らも無事だったか!」

 突然背後から声が響く。振り返った一同の目の前には笑顔のシーブランが立っている。

「おい、何だその予想通りって顔は」

 ガルは腕組みしながら、あからさまに不機嫌な響きで問いかける。しかしシーブランは極上の笑みを浮べつつ状況を説明し始めた。

「ああ、はっきり言ってヨルムンガンドに致命的な外傷を負わせることは不可能だ。俺は常々海軍のボンクラにそう言い聞かせてきたんだが…全く聞く耳持たなかった。何でも新式の大砲がなんたらかんたら言ってはいたが結果はご覧の通りだ。全く笑わせてくれるよなあ!」

 そう言ってひとしきり笑うと、シーブランは真顔になって続ける。

「んで、俺が考えた結果…中に飛び込んで体の内部からぶち壊すしかないんじゃないか、と思った訳だ。まあ全うな軍隊がそんな意見聞き入れる訳も無し。ちょうど命知らずな馬鹿共を募集してみたら…予想以上の馬鹿が集まったんで作戦を決行したって訳さ」

「そいつは、最上級の褒め言葉だな」

「…そうなのか?」

「まあそれはどうでもいいけど、私達ここから出られるのかしら?」

 ミンクの言葉にオルア達は改めて周りを見回す。周りは正に肉の壁。不気味な赤黒い壁が脈動を続け、常に生臭い臭気が鼻を突く。

「…長居無用。要脱出、緊急」

 イーロンが言うが早いか、足元に刺激臭を放つ粘液が染み出して来た。

「これは…消化液?」

 粘液に指を触れたフレアが声を上げる。同時に一同は飛び下がって壁に取り付くが…

「うわっ!ここもか!」

 壁に触れるなりオルアは叫んだ。そしてその手をぶんぶんと振って手に付いた粘液を振り払う。同様に皆も手を振ったり拭いたりしていたが、シーブランだけは落ち着いた顔で大きな瓶を取り出した。

「おいおい、こんな所で酒飲んで落ち着こうってのかよ」

 呆れた様にガルは言うが、シーブランは苦笑してその栓を抜く。

「まあそれもいいが、とりあえず皆コイツを手足に塗っておけ」

 シーブランはそう言いながら、瓶の中から自分の掌にその中身を垂らす。それは酒では無く、僅かに赤みがかった粘り気のある液体だった。

「こいつは、消化液を中和させる特殊な粘液だ。お前らも手足位には塗っておけ。あ、言っておくがガルは最後だ。お前が塗ると他の奴等の分が無くなる」

「おいっ!…まあ、仕方無いが。それよりお前、よくそんな物用意してたな」

「おお、いくら海賊ったって無鉄砲に敵に突っ込む時代じゃあねえさ。今まで数え切れない程の犠牲の上にやっとこれを作り上げたんだからな。まあそれはいいから、お前もさっさと塗れ」

 程無くしてガルも巨大な手足に中和剤を塗り終わると、一行は先へ進む。とは言え無数にあちこちへと続く道があり、進む先はシーブランの勘によってのみ決められていたのだが。


「しかし改めて思うが…広いな」

 延々と歩き続けていると、ガルが呆れた様にこぼした。声には出さないものの皆思いは同様らしく、何度か溜息をついている。するとシーブランは更に嫌になるような事を口走る。

「皆お疲れの所悪いが、ここらで二手に分かれて貰うぞ」

「えっ?」

 唐突な言葉にオルアは、否、一同が顔を上げるが、シーブランは事も無げに言う。

「先に言っておくが、俺達の作戦はここからが本番だ。正直な所コイツを仕留めるのに頭と心臓、どちらを潰すのが確実かは解っていない。それなんで、ここから先は二手に分かれて両方を一緒に潰しに行く。但し、この通路は消化液に守られていたんでそれ以外の脅威は無かったが、ここを突き破って他へ向かうとなると何が出てくるか俺にも全く想像が付かん。とりあえず俺はより遠くにある脳を破壊しに行く。俺の部下は同行させるが、二人そっちに付けよう。道案内にはなるだろうからな。しかし、心臓へ向かうのも決して楽じゃないだろうから、腕に自身のある奴だけが向かえ。後はどっちに付くも自由だ。お前達に任せる」

 その言葉に一同はオルアに視線を集中させるが…

「私はオルアと一緒だからね」

「んギャ、オイラはガルと一緒がいいギャ」

「私はひ…ミンクと一緒に行こう」

「…人数、少ない方、同行する」

「じゃあ、ガルがどっちへ行くかで決まりだけど…どうする?」

「そうか…じゃあ俺は旧交を暖めるとするかな。そんな訳だからシーブラン、嫌がっても同行させて貰うぞ」

「んギャ、じゃあオイラも海賊王と一緒だギャ!」

「じゃあ、イーロンは俺達と一緒だな」

 無言で頷くイーロン。オルア達はオルアにミンク、イーロンとフレア、そしてシーブランの手下ナポリとペスカの二人、計六人で心臓へ向かう。一方ガルとバーンはシーブランの他に四人の部下、カルボ、アラビッタ、ペペロン、ネーロの計七人で怪物の脳を目差す事になった。


 通路を更に遡るガル達を見送ると、オルア一行は心臓へ向かう為に分厚い肉の壁を突き破った。悪臭漂う緑色の液体にまみれながらも一行は鼓動の大きくなる方へと歩みを続けるが…

「あーっ!」

ミンクが突然大きな声を上げた。

「何だよ?」

「ちょっと気になったんだけど、私達が首尾よく心臓を止めたとして…どうやって脱出するの?」

 その言葉に一行の足は止まり、そしてナポリとペスカの二人に視線が集中した。

「…」

 二人は暫く顔を見合わせていたが

「お、どうやらこちらの様だ」

「間違い無い、鼓動がより大きく聞こえる。それに船長の言ってた方向と一致する」

 そう言って駆け出した。

「お、おい!」

 慌てて後を追うオルア。ミンクがその後を追い、フレアが随行する。イーロンは最後尾を進むが、突然表情を変えると猛然と走り出した。

 あっと言う間も無くイーロンがオルアを追い抜く。

「イーロン?」

 驚いたオルアが声を上げるとほぼ同時に、先行する二人の両脇の肉壁が盛り上がった。

「危ない!」

 オルアの声に振り返るナポリとペスカ。同時に肉壁から無数の触手が飛び出して二人に襲い掛かる。一瞬にして二人を絡め取った触手は口に入り込み、続いて目や鼻、耳にも侵入しようと蠢き出す。二人の表情が恐怖で歪んだその瞬間

「ハッ!」

 イーロンの手刀が不気味な触手を切り落とし、二人は解放された。

「…はあ、はあ、助かった…」

「…ああ、すまねえ」

 息も絶え絶えに礼を言う二人だったが、イーロンは相変らず険しい表情をしている。すると見る間に肉壁からは新たな触手が無数に飛び出して襲い掛かる。

「うわあああっ!」

 声を揃えて抱き合う二人。同時にオルアとフレアは剣を抜いてイーロンに加勢する。ミンクは背後を警戒して神経を集中させる。二人は震えて縮こまっていた。


「さて、あらかた片付いたな」

 散々斬りまくった後でオルアが剣を納めると、フレアも剣を納め、イーロンとミンクも緊張を解いた。一行が再び歩き出そうとした所で…縮こまっていた二人が急に元気になって先に立つ。

「さて、どうやら防衛ラインを突破した様ですね」

「心臓まではあと僅かのはず。さあ、急ぎましょう!」

 急に元気になった二人を見て、オルア達は思わず顔を見合わせた。


 次第に鼓動の響きは強くなり、オルア達は体じゅうに振動を感じ始めていた。

「これが鼓動の響きなのかしら?だとしたら物凄く大きな心臓よね。まあ身体のサイズからしたら当然なのかもしれないけど」

 一人納得した様にミンクが呟くが、いざ心臓を目の前にした瞬間、その驚きすら生易しい物だった事が解った。


「うおっ!」

 思わずオルアが叫び声を上げる。その目の前では、優にガルの三倍はある巨大などす黒い歪な球体が脈打っていた。その脈動と同時にすさまじい振動が伝わって来る。それは全身が痺れる程の振動だったが、オルアはゆっくりと近付いて剣を振り上げる。

「さてと、これでおしまいなら楽なんだけどな…」

 そう言った瞬間オルアは飛び下がった。

「やっぱりな、そんな事だと思ったよ」

同時にオルアのいた場所に猛烈な勢いで赤黒い液体が吹き付けられ、そこから悪臭と気味の悪い蒸気が立ち昇った。そして、いつの間にか蒸気の向こう側に不気味な影が立っている。


「何だコイツは?」

 蒸気が収まると同時に、目の前に立っているそれが醜悪な姿を表す。床から生えた巨大なイソギンチャク状の土台の上に、蛸の足、蟹の鋏、先が海蛇の腕が付いた胴体があり、更にその上には鎧の様な外殻に包まれた魚の顔があった。その両脇にはぬらぬらと光る軟体動物が張り付いている。そしてその軟体動物がゆっくりと頭をもたげると、そこから先程の液体が吹き付けられた。オルアは慌ててかわすと、間髪入れずに剣を振るう。同時にイーロンは海蛇に、フレアは蟹の手に襲い掛かった。

 三方向からの同時攻撃、しかも三人共凄腕の戦士だったにもかかわらず、その攻撃はあっさりと防がれた。オルアの剣は蛸の足に絡みつかれ、イーロンは海蛇の吐き出す毒液に近寄れない。フレアの剣は鋼の様な硬さの蟹の鋏にガッチリと受け止められた。咄嗟に飛び下がる三人、その瞬間ミンクの歌声が響き渡る。そして…

「真紅」

 その声と共に紅蓮の騎士が突進する。それは猛然と敵に突っ込むと、凄まじい爆音を立て、その後にはもうもうと湯気が立ち昇る。

「やったか?」

 オルアは目を凝らしながら言うが

「…敵の気、減っていない。再度、攻撃」

 イーロンが呟く。更には

「うむ、残念ながら水の膜に覆われている相手に炎は相性が悪い」

 フレアも今の攻撃が効き目の無い事を告げる。

「じゃあ…ちょっと危ないけどアレを使うしかなさそうね」

 意味ありげなミンクの言葉にフレアは頷くと、皆に告げる。

「いいか、これから奴に総攻撃をかけて時間を稼ぐ。そして私の合図と共に退避しろ。今ゴチャゴチャ言っても訳が解らないだろうからそれだけを頭に入れろ。後ろの二人も解ったな?」

「よく解らないけど…解った」

「…承知」

「えっと、つまりは?」

「俺達役立たずは後ろで見てろって事」

 再び突進するオルア達と、更に後ろへ下がる二人組。オルアは完璧とも言える防御をする相手に舌を巻くものの、ミンクに何か考えがあると悟って無理な攻撃はしない。他の二人も同様に、攻めながらも自身が攻撃を喰らわない事に気を配っていた。そして

「行くよっ!」

「おい、下がれっ!」

 ミンクの声にフレアが同調する。間髪入れずにオルア達は飛び下がり、同時に右手を高く差し上げたミンクの周りにパチパチと火花が飛び散る。そして

「天刃!」

 叫びと共にミンクが右手を振り下ろす。するとその指先から、稲妻の様に光り輝く電光が迸り、一瞬にして相手を包み込んだ。まともに喰らった相手は形容し難い叫び声を上げて悶絶する。そして耐え難い悪臭が辺りに漂った。

「…なんて臭いだ」

「ああ、だが確実に効いたみたいだ。流石はひ…ミンクだな」

 オルアとフレアは鼻をつまみながら言う。

「安心、早い。気、まだ強い」

 イーロンはそう言って相手の様子を窺う。すると、焼け爛れた表皮が崩れ落ち…ると同時に無数の触手が襲い掛かって来た。

「ハアッ!」

 既に警戒していたイーロンは両の手刀で軽々と触手を切り落とすが

「おい、何だよありゃあ」

 オルアがそう言って指差す先には、全くの無傷といった状態の敵が立っていた。

「嘘でしょ?天刃でも効かないの?」

 オルア以上に驚くミンクだったが、その反面冷静に相手の様子を窺う。

「いえ、確かに電撃は効き目が有った。要は単純に私の天刃が弱かっただけ。もっと強力な電撃を与えれば、それも直接体の内部へ…となると」

 ミンクは意を決した様に顔を上げるとオルアに駆け寄って耳打ちする。それを聞いたオルアは

「…本気か?」

 呆気に取られた顔をするが

「ええ、私を信じて」

 真剣な眼差しでみつめ返すミンクに、黙って頷いた。その時

「しまった!」

 触手に気を取られていたフレアが、不意に伸びて来た蟹鋏に首を掴まれる。

「フレア!」

 思わず狼狽するミンク。

「この野郎!」

 同時にオルアは蟹鋏めがけて剣を振り下ろ

そうとするが、無数に伸びる触手が行く手を遮る。それはイーロンも同様だった。

「くっ…離せ!」

 フレアは二度三度と剣を振るうが、それも硬い殻に弾かれ、更には触手に絡みつかれて動けなくなる。

「フレア!」

 今度はオルアが叫ぶ。次々と触手を切り落としてはいたが、その都度新たな触手が絡み付こうと伸びて来る。反対側ではイーロンもオルア同様近付こうにも近づけずにいた。何か大技を使おうにも、フレアが敵の近くに引き寄せられていてそれも出来ない。

「どうしよう…でもこれじゃ天刃は使えないし」

 うろたえるミンクの目に涙が溢れる。その時、後ろで怯えていた二人組みの心境に変化が起こった。今まで縮こまって震えていた二人は、急に立ち上がると顔を見合わせて頷きあう。そして

「うおおおおーっ!」

「オラオラーッ!この雑魚がっ!敵はこっちだぜーっ!」

 猛然と駆け出すと、そのまま闇雲に敵へ突進した。

「おい、そりゃあ無茶だ!」

 叫び声に振り返ったオルアが驚いて止めようとした瞬間、二人と目が合う。決死の特攻をかけているにもかかわらず、ナポリとペスカは笑みを浮べていた。

「アンタ達…」

 驚くオルアの前で二人はあっけなく触手に捕えられたが、その瞬間オルアは二人の意図を察した。

「そうか!」

 触手が二人に集中し、ほんの一瞬だったが防御が手薄になった。そこへ

「うりゃああああーーーーっ!」

 オルアの渾身の一撃が蟹鋏へ、それも付け根の関節へと振り下ろされた。流石に頑丈なのか一撃で切り落とす事は出来なかったが、オルアが亀裂の入った場所へ連続で剣を振り下ろすと、ようやく巨大な蟹鋏は切り落とされた。同時に力の抜けた鋏をフレアは振り払い、よろめきながら後ろへ下がった所をイーロンが支えた。

「がはっ!…げほっ…んぐっ…」

 咳き込むフレア。しかしすぐに呼吸を取り戻すとイーロンの手を振り解いて突撃する。

「このサカナ風情がっ!」

 明らかに美女の部類に入るフレア。しかしこの突撃の際の顔は、鬼人と言っても差し支えない…オルアは後に思い返す度、そう思う程の凄まじい形相だった。

「きええーっ!」

 フレアが剣を振るう。同時にナポリとペスカに絡み付いていた触手が断ち切られ、二人は解放された。二人は状況を理解すると同時にフレアに感謝の視線を投げかけるが…

「一応礼は言っておこう。だが今は復讐が先だ!」

 そう言いながら目を輝かせるフレア。ナポリとペスカは互いに抱き合って震え上がり、その様子を見ていたミンクは、イーロンに声をかける。

「イーロンお願い、フレアに加勢して!出来るだけ攻撃力を削って欲しいの!」

 イーロンは無言で頷くと、フレアと共に残った敵の腕を切り落としにかかった。海蛇の腕は簡単に片付けた二人だったが、無限に生え変わる不気味な触手と、軟体動物の吹き付ける酸にてこずっている。

「じゃあオルア、さっきの作戦通りいくからお願いね!」

「…ああ、覚悟決めたよ。準備が出来たら言ってくれ」

 オルアはそう言って剣を構えると、いつでも突撃出来る様に腰を落す。その目の前ではイーロンとフレアが果敢に攻撃を続ける。猛攻に次ぐ猛攻で相手の動きも若干鈍っては来たものの、明らかに二人の方が体力を消耗していた。

「おいミンク!まだなのかっ?」

「準備は出来たわ!フレア!イーロン!ほんの一瞬でいい!その邪魔な触手を全部やっつけちゃって!」

「了解!」

「…」

 最後の力を振り絞り二人が敵の腕を削ぐ。その瞬間、ミンクの声が響いた。

「オルア、待たせたわね!突撃よっ!」

「おお、任せとけっ!」

 両翼を開いた格好で触手が左右に展開していた。オルアはそこへ正面から突撃を仕掛ける。

「馬鹿が、隙だらけだぜっ!」

 そう言って飛び掛るオルアに、新たに発生した触手が襲い掛かる。しかし

「甘いんだよっ!」

 軽々とそれを切り落とすと、オルアはあんぐりと空けられた魚の口めがけて剣を突き刺し…同時に全ての触手が力無く垂れ下がる。

「ミンク!今だ!」

 やったと言わんばかりの顔で振り返るオルア。しかしその瞬間、新たに生えた触手がオルアに絡みつき、最後の力とでも言わんばかりの物凄い力で締め付け始めた。

「この野郎!まだこんな力が…」

 腰の短剣を抜き、それを振るおうとするオルア。しかしその腕にも触手が絡み付く。その瞬間、オルアの視線の先に心配そうな顔をしたミンクの姿が映ると、オルアは笑顔で叫ぶ。

「おい、俺なら大丈夫だ!さっきの作戦通りぶちかませ!」

「できないよ!」

「俺なら大丈夫だ!だからやっちまえ!」

「本当に?絶対に死んじゃやだよ?」

「ああ、俺は死なない!だから早くやっちまえ!」

「…うん!」

 ミンクは頷くと、頭上に上げていた両手をゆっくりと振り下ろす。

「天…刃!」

 凄まじい電撃が放たれ、それは突き刺さった剣を伝い、魚人の体内に致命的な電撃が流れ込む。生臭い臭いは焦げた臭いに変り、辺りにはその臭いが充満する。しかしミンクにはそんな事はどうでもよかった。

「オルアっ!」

 すかさず駆け寄るミンク。その目の前で大の字になっていたオルアは

「…あー、流石に効いたぜ」

 若干の焦げ臭さを纏わせつつそうは言う物の、その顔に浮かぶ笑みがミンクを安心させた。

「もう…無茶しないでよ」

「…そうしたい気持ちはあるけど、無茶しないと勝てない相手なんだから仕方無い」

「…そうね。でも心配させないで」

「ああ、努力する」

 そんな二人をよそに、フレアは眼前を見据えて言う。

「どうやら、彼奴はまだ死んでいない様だ。恐らくは…心臓を止めない限り復活する様だが、オルア殿に礼を失して我らで止めを刺しても宜しいか?」

 その言葉にミンクはオルアの顔を覗き込むが、既にオルアは熟睡モードに入っていた。ミンクは苦笑するとフレアに告げる。

「ええ、止めを刺す栄誉は二人に差し上げるって言ってるから、後はお願い!」

 ミンクの言葉に、フレアの剣とイーロンの拳が唸る。ついでに言うとナポリとペスカも若干加勢した。そのかいあって巨大な心臓は止まり、オルア達…とは言え肝心のオルアの知らない所で一向は目的を達成した。


 一方脳を目差していたガル達もいまや目的地に辿り着き、これからいよいよ脳を破壊しようとその周りを取り囲んでいた。

「よお、ここまで大した障害もなかったが、これで本当に終わりなんだろうな?」

 自慢の大刀を肩に担ぎながらガルは怪訝な顔でシーブランに問いかけた。シーブランはそれには答えず、無言でネーロに視線を向ける。ネーロは同じく無言だったが、何かを感じたのか他の三人に目配せをする。同時に三人は不気味な脳を取り囲み、それぞれの位置に剣を突き立てた。

「船長、準備完了です!」

 ネーロが合図をすると、シーブランは四人の部下を満足そうに眺める。そして

「よし、じゃあ始めるか」

 そう言って大きく息を吐くと、静かに両手を合わせた。

「おい、何が始まるんだよ?」

 訝しげに問いかけるガル。

「これから、ガーディアンを燻り出す」

「はあ?そんなモン燻り出してねえでさっさとアレをブチ壊しゃいいだろが!」

「んギャ、それは止めた方がいいギャ!」

 ガルの言葉にすかさずバーンが横槍を入れる。

「ああ?」

 振り返るガルに、バーンがふよふよと羽ばたいたままで言葉を続けた。

「どうやら、あの脳を直接攻撃すのは危険な気がするギャ!きっと周り中の壁から何か嫌な物が出てくる気がするんだギャ!だからここはシーブランの言う通り、敵を一体に集めて燻り出す方が良いと思うギャ!」

「はあ?」

 納得いかないとでも言いたげなガルに、シーブランが声をかける。

「そのチビっ子の言う通りだ。ここはヨルムンガンドの…言わば最終防衛ラインだ。無闇に攻撃すれば防衛機能が一斉に動き出すだろう。そうなっては流石に分が悪い。だから先にちょっかいを出してそこへ意識を集中させる、そうなりゃ後はそいつさえ倒せば後は楽なもの…言っておくがこれは思い付きでは無いぞ。これまでに集めた情報を…」

 更に何か言いかけるシーブラン。しかしガルはそれを制すると

「ややこしい話はどうでもいい。つまり、これから出てくる奴をぶっ飛ばしゃあいいって事だな?」

「ああ、その通りだ」

「なら最初っからそう言えよ!なあバーン、俺達の力を見せてやろうぜ!」

「んギャ!何だかよく解らないギャ、オイラも頑張るギャ!」


 周りを囲む一同が気勢を上げる中、不気味な脳の周りには更に不気味な瘴気が立ち込める。

「どうやらおいでなすった様だな」

「ああ、気を抜くなよ!」

「んギャ!凄く嫌な気を感じるギャ!」

「船長!出ます!」

 ネーロが叫ぶ。同時に中央に集まった瘴気の中から、ゆっくりと巨大な影が現れた。それは影そのものが形を成した人影で、細身だが身の丈はガル並み、更にその周りを包むおぞましい瘴気は一同を戦慄させた。

「…コイツは、予想以上だな」

 ガルは思わず唾を飲み込む。その目の前で影は徐々に濃さを増して行く。やがて完全な人型をとった影は両の腕を高々と掲げ、その先には不気味に光る剣が輝いていた。


「来るぞ!」

 シーブランの声と共に影が剣を振るう。その剣を受け止めたガルは、恐るべき怪力に驚くが

「何だよ…受け止められるじゃねえか」

そう呟きながら安堵していた。

一瞬、以前影と戦った時の事がガルの頭によぎっていた。しかしその時とは違い、今度は攻撃を受け止める事が出来ると解ったガルは

「って事は、こっちの攻撃も当たるって事だよなあ!」

 そう叫びながら力任せに大刀を振るう。

「オラオラオラーーーッ!」

 唯一の不安要素を払拭したガルは吹っ切れた様に大刀を振り回し、影の持つ剣を軽々と弾き飛ばした。

「あっけねえな!これで終わりだ!」

 ガルは一気に止めを刺そうと大刀を振り上げ突進するが…

「!」

 突然表情を変えて立ち止まった。その目の前で影は姿を変えていく。痩身の肢体は瞬く間に鎧を身に着けた逞しい騎士の姿と化し、手にしていた剣は巨大な槍へと姿を変えた。

「…そんな…馬鹿な事が…」

 シーブランは目を見開いて後ずさりした。同調したかの様にガルも叫ぶ。

「おい!何なんだアイツは?さっきよりも相当ヤバそうだぞ!」

 シーブランはその問いには答えず、否、答える事が出来なかった。見開かれた瞳は影を凝視したまま動かない。更には周りを取り囲む手下達も微動だにしなかった。

「ガルの言う通りだギャ。アレはさっきの奴よりずっとっずっと強いんだギャ!何より手にした槍がとてつもなく危険な感じがするんだギャ!」

「ああ、同感だな。んで、結局アイツは何なんだ?」

 ガルの言葉にシーブランは我に返る。

「アイツは…いや、あの影は我々が信仰する神々の長…オーディン!」

 その言葉にシーブランの部下は一斉に硬直した。

「おい…なんだそのオーデンってのは?」

「…オーディンだ」

「だから何なんだ、そいつは?」

「神々の長だ」

 深刻な顔でシーブランが告げる。その後を今まで無言だったカルボが続けた。

「オーディンは我々海賊が信仰する神々の長であります。その武力、知恵、知識、更には未来をも見通す目も持ち合わせており、どれを取っても他に並ぶ者無しと言い伝えられる程の神の中の神…であります」

 直立不動で告げるカルボ。その瞬間、目の前の影が構えた槍を突き出した。咄嗟にガルは打ち払おうとするが

「駄目だ!かわせーっ!」

 シーブランの声が響き、ガルは咄嗟に大刀を引っ込めて間一髪で身をかわす。

「いきなり大声出すなよ!ビックリするだろうが!」

 振り返ったガルが怒鳴ると、シーブランはガルの大刀を指差した。

「あん?俺の刀がどうか…ぅおわっ!」

 驚きの余り思わずのけ反るガル。何と、僅かに槍に触れた大刀の一部が綺麗に丸く削り取られていたのだった。

「これで解ったろう?あのチビッ子が言った通りあの槍は危険なんだよ。アレがオーディンの手にしていた神槍グングニルを模した物だって事は最早疑い様も無い。あらゆる物を貫くあの槍を防御する事は不可能!だからお前ら!一瞬たりとも気を抜くな!」

 シーブランの檄に部下は一斉に気勢を上げた。

「海賊王!オイラは何をするのがいいと思うかギャ?」

 バーンも気合を入れて加勢しようとするが

「そうだな…何か得意技はあるのか?」

 明らかに力不足に見えるバーンに、シーブランは眉をひそめる。すると

「おい、いつかやったアレ、思いっきりブチかませ!」

 ガルが横から口を出す。

「んギャ!その言葉を待っていたギャ!」

 言うが早いかバーンは大きく息を吸う。

「おい、お前ら下がれ!」

 呆気に取られる一同に、ガルが怒鳴り声で退避を促す。皆が驚きつつも下がったのを見て、ガルが叫ぶ。

「いいぞ、やっちまえーっ!」

「んギャーーーーっ!」

 その小さな身体のどこに、と思う程の光の奔流が流れ出し、それは一瞬にして影を包み込んだ。


 シーブランとその部下が目を瞠る中、影は光の中で立ち尽くす。凄まじい勢いに押されよろめきながらも影は倒れる様子が見られない。数十秒その状態が続いたが、流石にバーンの息が続かなくなった。

「ぷギャ!…これ以上…続かないギャ。ちょっとタイムだギャ」

「おう、ちょっと休んでろ」

 ガルはバーンを肩に乗せると、シーブランと共に影を凝視する。

「おいシーブラン、ちょっとは応えた感じするか?」

「解らんが…動かなくなった所を見ると少しは…アラビッタ!」

「へい!」

 アラビッタは答えると同時に両手で同時に八本のナイフを投げつける。意外にもそれは弾かれもかわされもせず、その全てが、仮に人であるのならば急所と言える位置へ突き刺さった。


 一同が身構えながら様子を見る。その目の前で影は崩れ始め…否、崩れているのは表面だけで、更に別の姿へと形を変え始めた。

「おいおい、これ以上ヤバい相手はゴメンだぜ」

 ガルが呆気に取られた様に声を上げるが、シーブランは新たな姿に愕然とした表情を浮べる。その目の前に現れたのは先程の影と同じ者だったが、今度は巨大な馬…足が八本有っても馬と呼ぶのならばだが、そんな不気味な獣に跨って辺りを睥睨している。そして相変らずその手には危険な槍が握られていた。そして影は槍を高々と掲げ…振り下ろす。


 一瞬の閃光…目が眩んだ一同が再び目を開いた時、辺り一面は見渡す限りの荒野…と言うよりはまるで戦場後とでも言うべき荒廃した地平が広がっていた。

「こりゃあ一体…」

 流石のガルも驚いて辺りを見回す。

「オイラ達、いつの間に外に出たのかギャ?それにここはどこだギャ?」

 そんな二人をよそに、シーブランは悲壮な声で呟く。

「…こんな事…さっき全力で仕留めるべきだったんだ…」

 力無く呟くシーブラン。ガルはその両肩を掴むと、強く揺さぶった。

「おい!何を呆けていやがる!ここはどこなんだよ!俺達はどうなった!」

「ここは恐らく…ラグナロク後の大地…全てが滅びた…終末の地。先程の影は神々の長が最後の戦いに出向いた時の姿。愛馬スレイプニールに跨ったその姿は…誰の目にも止まる事は無い…つまり…俺達に勝ち目は…無い」

「…何だそりゃ?」

 眉をしかめるガル。しかし考える間は無かった。

「うひゃあああーーっ!」

 すぐ近くで悲鳴が聞こえた。それを聞いてシーブランは我に返る。

「シーブラン!行くぞ!」

「あ…ああ」

「急ぐギャ!影が見えないギャ!きっと声のした方にいるギャ!四人が心配だギャ!」


 急いで声のした方へ駆けつけると…

「…せ…ん…ちょう…」

 虫の息で呻くネーロが倒れていた。更にすぐ近くにはカルボとペスカが同じ様に倒れていて、只一人姿の見えないアラビッタは…

「ひっ!ひいいいーっ!」

 その悲鳴にガル達は一斉に注目する。そこには今まさに必殺の一撃を喰らうアラビッタの姿があった。

「やめろーっ!」

 シーブランの絶叫も空しく、影は構えた槍を突き出す。しかし

「話が通じる相手か…よっ!」

 ガルはその言葉と共に大刀を投げつけた。唸りを上げて襲い掛かる大刀に、影も咄嗟に飛び下がる。その隙にガルは風の様に駆け寄ってアラビッタを助け出した。

「…ああ、助かった…のか?」

「おお!他の奴らもまだ息はあるみたいだ。とっととあの影をぶちのめしてここを出るとしようぜ!」

「しかし…どうやって」

「んなもん知るか!とにかく様子見は無駄だって判ったんだから、あとは攻めて攻めて攻めまくるしかないだろうが!」

 投げ出した大刀を手に取って一気にまくし立てるガル。その無知から来る無謀さに呆れながらも、シーブランは決意の眼差しでその傍らに立った。

「お、やる気になったか?」

「ああ、お前の馬鹿さ加減に、悩むのが馬鹿馬鹿しくなって来たんでな」

 シーブランはそう言って周りを見回すと

「テメエら!いつまでも寝てんじゃねえ!海賊王の手下ならどんな奴が相手でもビシッと戦って見せやがれ!」

 不意に語調を変えて叱咤する。すると今まで虫の息だった部下達が次々と立ち上がり始めた。

「おお、お前意外と信頼されてるんだな」

 感心した様なガルの言葉に

「いえ、命令に背くと後が怖いんス」

 そう答えたカルボは笑って舌を出した。他の三人も同様に苦しげではあったが笑顔を見せる。シーブランは思わず苦笑するが

「それだけの口が聞けりゃあ上等だ!いいかお前等!作戦はねえ!と言うよりこの状況では作戦の立て様がねえ!だから各自自身を捨てろ!互いの為に動け!命懸けで奴の隙を作れ!好機と見たら遠慮無く突っ込め!」

作戦とは程遠い心構えの様な言葉を叫ぶと

「とりあえず、挨拶代わりにこれでも喰らえや!」

 巨大なクロスボウを構え、槍と見まがう程に大きな矢を放った。


 今まで様子を窺っていた影。それは突然の攻撃を軽々とかわすが

「これでも喰らっとけ!」

 いつの間にか背後に回っていたガルが斬りかかる。確実に捕らえたと思ったその瞬間

「何だと?」

 一瞬の内に影はガルの目の前から消えた。

「あっちだギャ!」

 バーンが叫ぶ。その視線の先には、いつの間に移動したのか悠々と構える影の姿があった。

「アレがオーディンの愛馬スレイプニール…を模した影だ。風よりも早く走り、その足は海の上でも空をも走る事が出来る。まあここは恐らく幻術で作られた世界で海も空も無いが…厄介な存在なのは確かだ」

「確かにな。ところで…馬でも上の奴でもいいんだが、斬れるとは思うか?」

「それはやってみなけりゃ解らんさ。ただこちらの攻撃をかわす所を見る限りでは、物理的な攻撃が効くんじゃないかと思うぞ」

「二人とも、喋ってる場合じゃ無いギャ!」

 バーンの声に振り返った二人の前に、瞬時に影が迫る。ガルはシーブランを突き飛ばすと、振り下ろされる槍を大刀で受け止めた。その刹那、先程の光景が頭をよぎったが…

「お、突き以外は平気じゃんか!」

 しっかりと受け止めたガルは両腕を震わせながらも不敵な笑みを浮かべ

「今度はこっちの番だ!」

力強く叫びながら槍を振り払う。そして一気に攻勢に移った。


 唸りを上げて大刀が影に襲い掛かる。間断無く繰り返される猛攻を影は槍で防ぐ。それでも尚ガルは攻め続け、やっとの事で出来た僅かな隙に必殺の一撃を叩き込…もうとすると、影の馬は一瞬で駆け去る。

「ちっきしょう、頭に来るぜ!」

 いまいましそうにガルは怒鳴るが、既に肩で息を始めていた。はたから見ても分が悪いのは明らかだが、加勢しようにも馬の足を何とかしない事には打つ手が無い。暫く様子を見ていたシーブランがバーンに声をかける。

「おい、チビッ子」

「オイラの事かギャ?」

「ああ、あの馬を何とかする手を考えた。まあ上手くいく保証はねえが、このままじゃ流石にガルが危険だ。いいか…」

「…ふむふむ、解ったギャ!」

 そう言って飛び去るバーンを見送ると、シーブランは部下に向けて檄を飛ばす。

「お前ら!全員でガルに加勢しろ!但しサポートに徹してガルの邪魔はするな!馬が駆け出したら手を出すな!解ったか!」

 その言葉に四人はガルの左右に展開した。

「お前ら、マトモに動けるのかよ…」

 ガルは不安げに呟くが、今は贅沢を言ってられる状況では無かった。

「まあ仕方ねえ、俺が突っ込むから適当に援護してくれや!」

 しかし、ガルが突進するまでも無く影の方から突っ込んで来た。そこへアラビッタのナイフが飛び、次いでカルボの手斧が襲い掛かった。しかし影は全てを弾いて更に突っ込んで来る。

「真っ向勝負か!面白え!」

 ガルは大刀を振りかざして迎え撃つ姿勢を取る…が

「うおっ、それはマズい!」

 影が突きの構えを取ったのを見てその表情が変る。たまらずガルが身をかわして突進を避けると、そこへシーブランの声が響いた。

「馬鹿野郎!そこでお前がビビってどうすんだ!」

「…うるせえな、ちょっと嫌な記憶が蘇ったんだよ」

 きまり悪そうにそう言うと、気を取り直して影に向き直った。

「クソが…恥かかせやがって」

 そう言って構えを取るガルの心中は、既に恐れよりも腹立たしさが満ち溢れていた。

「しかし…どうしたもんかな」

 鬼の形相で睨みつけるガルだったが、流石に相手が影ではその睨みも功を奏した様には見えない。

「まあいい!とっととかかって来いや!」

 開き直った、と言うよりは考えるのが面倒になったのか、ガルは突然大声で叫ぶ。同時に影の馬が歩き出し…疾走を始めた。

「来るぞっ!」

 ガルが言うまでも無く影は再び姿を消す。しかし、既にガルはその姿を追いはしなかった。その目は地面にのみ注がれている。そして…

「うおおおーっ!」

 豪快な叫びと共に大刀を薙ぎ払う。突如現れた影の馬は、脚を払われながらも体勢を立て直して転倒を免れた。しかし、そこへシーブランの放った矢が襲い掛かる。かろうじてそれを払うと、同時に四人の部下の同時攻撃が影を襲った。影はその同時攻撃も打ち払うが、その瞬間に致命的な隙をガルの前にさらけ出す。

「喰らえやーっ!」

 辺りに響き渡る叫びと共に、ガルの大刀が影の馬を両断した。影本体はかろうじてかわしたものの、そこへすかさずシーブランの矢が突き刺さる。更に

「バーン!止めだ!」

 ガルの声が響き、すかさずバーンが呼応する。

「待っていたギャ!今度は遠慮無く全力でぶちかますギャ!」

 バーンが大きく息を吸い込む間にも、ガルは影を袈裟懸けに斬り裂き、シーブランの矢は陰の手から槍を弾き飛ばした。ガルは背後に恐ろしい殺気を感じて横っ飛びにかわす。するとそこへ

「ふんギャーッ!」

 気合と共に放たれた目も眩むような光が影を包み込む。

「くうっ」

 ガルは思わず顔を覆う。先程の光とは明らかにその威力が違うのがはっきりと解った。そしてその光の中、影は掻き消すように消滅した。皆が目を見開く中、再び閃光が辺りを包む。


「…ここは…戻ったのか?」

 ガルが辺りを見渡すと、そこは既に荒野ではなく不気味な脳の前だった。

「ああ、恐らくさっきの場所はコイツが俺達に見せた幻影か何かだろう。俺達海賊が畏怖する唯一の存在を作り出したのを考えてもそれで間違い無い」

 同様に辺りを見渡しながらシーブランが答える。そして

「さて、邪魔者も排除した!さっさとコイツを仕留めちまおう!」

 シーブランの号令に四人の部下が歓声を上げ、ガルは待ってましたとばかりに大刀を振り上げた。バーンは…力を使い果たしたのかガルの肩で寝息をたてている。そして…

「派手に行くぜ!」

 シーブランの号令…程無くしてヨルムンガンドの脳は活動を停止した。


「おい、どっちだ?」

 入り組んだ迷路の中でいまいましそうにガルが言うが、誰も答えられない。

「シーブラン!」

 思わず怒鳴るガルだったが、当のシーブランも頭を抱えていた。それもそのはず、何しろ脳を破壊してすぐに周り中の肉壁が不気味な蠕動を始め、来た道がまるで当てにならなくなっていたのだった。

「クソっ、これじゃ埒があかねえ…」

「道に迷ったのかギャ?」

 騒ぎに気付いたのかバーンが目を覚ます。

「どうやらそうらしい、参ったな」

「んギャ、じゃあオイラに任せるギャ!皆耳を塞ぐんだギャ!」

 バーンはそう言って飛び上がると

「早く耳を塞ぐギャ!」

 皆を促し、一同が耳を塞いだのを確認すると大きく息を吸い込んだ。そして…

「…?」

 てっきり先程の光の様な豪快な景色を想像していた一同は、眩しくも何とも無い状況に呆気に取られた。怪訝そうな顔をしたカルボが一瞬耳を押さえた手を緩めると

「うひいっ!」

 突然悲鳴を上げて倒れた。一言も喋らないが、必死の形相で耳を押さえ直す様子を見ては、誰も何が起きてるのか試す気にはならない。ガルは耳を押さえながら思わず目を瞠った。壁という壁が一定の波長で僅かに振動し始めていたのだった。

「…共振している?バーンの放つ波動…音波か?」

 ガルの読んだ通り、バーンは周囲の壁に超音波を放っていた。それは壁に当たり反射、共鳴を起こし、バーンはその反応に耳を澄ませる。

「んギャ!こっちに道があるギャ!」

 そう言うと同時にバーンが飛び去り、一同は慌てて後を追った。


 一方その頃…

「さて、妙な怪物も倒して目的は達成した訳だが…どうやって脱出するのだ?」

 腕組みしながらフレアが口を開く。ガル達が脳を破壊すると同時に心臓近くの壁も脈動を始め、一同は立ち往生していた。とは言えオルアだけは、ナポリとペスカに支えられた状態でいまだに熟睡していたのだが。

「いくらフレアの剣でも…いえ、オルアが目を覚ましてからイーロンと三人がかりで取り組んでもこの壁の全てを壊すのは無理よね。やっぱりどうにかして出口を探さないと…あら、何かしら?」

 不意にミンクは壁の一部に視線を落す。そこは何故か小刻みに震えていたが、改めてよく見てみると周りの壁も脈動とは違う感覚で振動を始めていた。

「これって…」

 ミンクは慎重に壁際に手をかざす。そして

「イーロン、ちょっと来て」

「…?」

 ミンクが自分の感じたことをイーロンに伝えると、イーロンは目を閉じて精神を集中させ始め…

「聖竜、見つけた」

 そう言って一同を振り返る。そして

「出口、こっち。時間無い、急げ」

 そう言うと同時に駆け出し、一同はその後を慌しく追いかけた。


 程無くして心臓と脳、それぞれに向かったパーティーは合流した。更に予想外の一同、海軍の小隊までがその場に集まった。

「よお、遅かったな。もう用事は済ませたから俺達は帰る所だが…何の用だ?」

 勝ち誇った様な笑顔のシーブランに、小隊の指揮官マーガスは思わず剣の柄に手をかけるが

「…まあ良い。こんな所で野垂れ死にする気はないからな。それよりもさっきからおかしな事になっているせいで、すっかり道が判らなくなってしまった。お前達は脱出の手筈は整えてあるのか?」

「へっ!そんなモンあるわきゃねえだろが!俺達は常に臨機応変!状況に合わせて行動するんだよ!」

「…物は言い様だな」

「何を!だったらお前等は勝手に出口を探しやがれ!俺達は俺達で脱出するからよ」

「ああ、勝手に…後をつける事にする」

「…相変らず狡い奴だ」

「そう言うな、正直俺も命は惜しい。何しろお前達には聖竜に白竜の拳士、更にエルフまでもが仲間にいる。どうせお前が脱出出来ると確信しているのもそういった仲間のお陰だろうが」

「…ちっ、その洞察力だけは尊敬するぜ」

「褒め言葉と受け取っておこう」

「ああ、とにかくこの気味悪い所から脱出しよう!」


「うーん、こっちでいいと思うんだギャ!」

「…そうね、そっちなら空気の流れが澄んでいるみたい」

「…同意」

 先導するバーンの意見にミンクとイーロンも賛同し、一同は相変らずぐねぐねと形を変える肉壁を縫う様に駆け抜けていった。所々行き止まりもあったものの、そこはそれぞれが腕を振るって突破していく。そして

「んギャ、光が見えたギャ!」

「よかったー、正直もう嫌になりかけてたのよ!」

「そうですね、私も正直生臭さに閉口していました」

「俺も同意見だ。まあ海賊共は気にもしないだろうがな!」

「けっ、安全と思ったら口数が増えやがったな」

「…ふむ、本当に出口に着いたか。なかなかやるものだ」

 それぞれが思い思いの言葉を口走りながらも一斉に出口を目差して疾走する。そして

「ワリいな、先頭は俺様だぜ!」

「それは俺だ!」

 猛然と駆け出すガルと、それを猛追するシーブラン。一気に出口に辿り着いた二人は勢い良く飛び出したが…

「お?」

「あ?」

 一瞬宙に浮いた二人は顔を見合わせると…

「うわああああーーーっ?」

 眼下に見える大海原へと吸い込まれていった。

「…やれやれね」

「まあ、大仕事を成した後の戯れ。大目に見ましょう」

 ミンクとフレアは顔を見合わせて苦笑するが、シーブランの部下達はそれで緊張がほぐれたのか、不意に笑い声を上げた。マーガスも呆れた様な顔をしつつもその口の端は上がっていた。


 その晩…海賊達は海軍と共に盛大な宴を開いた。何しろこのまま傍観していたならばいずれは皆が滅ぼされていたであろう脅威が消滅したのだから。とは言え、それも今夜限りの事。程無くして再び敵対する事は互いに解ってはいたのだが、その晩はとにかく楽しく緩やかに時は流れ、オルア達も皆に感謝の言葉と共に素晴らしいもてなしを受ける事となった。オルアは目を覚ますと同時に猛烈な空腹に襲われ、物凄い勢いでその空腹を満たすと、思い出した様にミンクに尋ねる。

「なあ、俺は一体どうなったんだ?」

「うん?あのね、オルアはあのおサカナと一緒に私の天刃を受けてぶっ倒れたの。その時点でおサカナは戦闘不能になったんだけど、放っておくとまた復活しそうだったんで、イーロンとフレアが後始末をしてくれたわ。それと、ガル達は…神が何とか…よく解らないわね。興味があるなら後で聞いてみて」

「そうか…まあいいや。とりあえずまだまだ食い足りねえ!どんどん食うぞ!ミンクも好きなだけ飲め!」

「うん!」

 そんな二人と共に、周りの皆もまるで今夜が最後とでも言わんばかりに盛り上がった。


 そんな宴からはや一週間が過ぎ、オルア達はシーブランと共に海上にいた。

「しかしまあ、何と都合の良い事か」

 船縁に身をもたれながらフレアが独り言を言う。それもその筈、激戦から後の数日は正に望んでいた以上に事が進んだのだった。

「まあ、俺達に好都合ならば問題無し」

 酒瓶片手にガルが応じると、同様に酒瓶を手にシーブランが寄って来た。

「よお、航海は快適か?」

 そう言いながら酒瓶を口にしたシーブランは、一気にその半分程を飲み干す。その表情は明らかに不満気なのだが、その中に何故か楽しそうな笑みを浮べている様にも見える。

「ま…結局はこうなる運命だったって事か」

 そう言ってシーブランは大きく息をつき、

そのまま瓶の残りを飲み干し、そのまま立ち去った。

「…やはり、ショックだった様だな」

「まあ仕方ねえさ、時代の流れって奴だな」

 ガルはそう言いながらシーブランの背中を見送り、酒瓶を口にする。

「ん?もう空か。一口分しか残ってねえけど…飲むか?」

「ああ、頂こう」

 フレアはその瓶を空にすると、改めて今までの事を思い出していた。


 宴から僅か三日後、互いに壊滅的状況だった海賊と海軍に決定的な差が生じ始めた。神話の時代からの生き残りを滅ぼした今、世界には混沌よりも秩序を求める者が増え始めたのは理解できなくも無いが…それにしても海軍志願者と海賊になろうという物好きの差は圧倒的だった。と、言うよりも…シーブランの元へ海賊になりたいと言って来た者は…


「まあ三百人の志願兵に対して、新たに部下になりたいって奴が皆無じゃあ…海賊王ならずとも気落ちするのも無理からぬ事」

 フレアは大きく息をつくと、ガルに酒瓶を返す。そして

「海賊王には同情するが…それはそれ、折角手に入れた船だ。ゆっくりと揺られながら目的地を目差すのも悪くは無い」

「まあな、それに関しては異存はねえさ」

 ガルはそう言って笑うと、次の酒瓶を傾けつつ干し肉をかじり始めた。

「お、この肉美味いな。食うか?」

「…ああ、頂こう」

 のんびり揺られながら穏やかな一時を楽しむ一行…と思いきや、実の所ガルの心中は若干複雑だった。なにしろ今目差しているのはガルの産まれ故郷、剣神の住まう神の国

「ガイルーシャ…か」

 果てしない海原をみつめながら、ガルは呟いた。


かつて死闘を演じた旧友と再会したガル。それが海賊の長だったのも驚きだったが、更に驚くべき敵と戦う事に。そんな規格外の敵を退けた先に待つ物は…更に予想の斜め上を行く相手なのかもしれない…

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