九話
城を脱出したヴェロニカに、ダイアナは言った。
「ヴェロニカ様。お伝えせねばならぬことがございます」と。
「これはミケが、ヴェロニカ様が必ず捕まらないところへ逃げ延びたあと、お伝えするようにとダイアナに言ったことで、わたくしも同意したお話でございます」
ヴェロニカの胸に不吉な予感がよぎった。言葉を遮り、耳を塞ぎたい気持ちを抑え、ヴェロニカは言葉の続きを待った。
「皇帝陛下は、昨晩ご逝去されました。そのさいミケに命じ、わたくしを連れてヴェロニカ様を守れとお命じになられました。そしてヴェロニカ様には、城下にいるであろうモニカ様と合流し保護せよと」
「お義姉さまは城下に? 」
モニカ・アーレは、兄グウィンの婚約者であり次期皇太子妃である。「もちろんです」とヴェロニカは頷いた。父の死は予感があったからこそ、悲しみは胸にしまうことができた。
「そしてヴェロニカ様。アルヴィン殿下は、王位継承権を失うことになります。ミケは言いました。決してヴェロニカ様を失ってはいけないと。ミケは『舌の誓約』を破り、その存在は消える運命にございます。あれは自ら、語り部としての枠を越えてアルヴィン殿下の運命を変えたのです。語り部はけっして、誰かの運命を変えてはならない。誓約の縛りによりすぐにでも消滅するところを、皇帝陛下の命により、すこし長らえているだけ。アルヴィン殿下はそれをご存じで、城に残られました。アルヴィン殿下は、」
そのとき、鐘が鳴った。三度の鐘。その音が鼓膜を覆おうとも、魔人の声は、主人の頭に届く。
「アルヴィン殿下は命を賭して、最後にやるべきことを成すとおっしゃられました。どうか姉上お元気で、と」
「弟は役目を果たしたのでしょう。あの鐘の音が、そのあかし」
ヴェロニカはゆっくりと伏せていた目を上げた。
目じりの垂れた優し気な面立ちは、張り詰めて乾いている。仮面のような無表情の奥に、煮え立つ怒りを秘め、その強い意思が瞳から漏れ出していた。
「ダイアナ。まだ兄と弟たちは生きておりますね」
「はい」
「こういうことです。わたくしは、義姉と合流し、兄と残る弟たちを奪還したいのです。いえ、せねばなりません。なにも伴をせよとは申しません。今のわたくしには、差し伸べられる手はすべてがありがたいのですから」
「いいえ」
サリヴァンは大きく首を振った。
「殿下、それはいけません」
「……何がいけないというのです」
「私は、殿下のお話で、自分がなぜこの国へと送り込まれたのかを理解いたしました。どうか、この私にお任せいただきたくお願いいたします」
サリヴァンは眼鏡ごしに、じっと皇女の瞳を見つめた。
「皇女は生きなければならない。お分かりのはずです」
「……戦うすべはございます。無茶を申し上げているのは、百も承知のこと」
皇女はおもむろに立ち上がった。
「いましがた、笛の音が聞こえました。丁度よいでしょう」
「何も聞こえませんでしたが」
「いいや、サリー、聞こえたよ」
ジジが肩に手を置いた。「フェルヴィン人は耳がいいね。長いだけある」
「ええ、この長い耳は、よく聞こえるのです。だからお義姉さまには、笛を渡してありました。外国人のお義姉さまには聞こえない笛を鳴らしてちょうだい、そうしたら、わたくしたち兄弟はすぐにお義姉さまをお迎えに参りますわ、と」
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