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【完結】星よきいてくれ  作者: 陸一じゅん
前編 シリウスの魔術師

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七話

 ●


 群衆から離れたところでそれを見ていたサリヴァンは、路地を行くふたりの女が目についた。

 殺気迫るようすなのは、背中ごしにもわかった。ちらりと見えた目は吊り上がり、らんらんとしている。サリヴァンの視線にヒースも気が付き、小走りに歩き出した。遅れて、サリヴァンもついていく。

 女性のひとりはサリヴァンらと同じくらいの体格だった。黒髪に黒い服を着た女。もうひとりは、何かから顔を隠すようにマントを被っている白いドレスのフェルヴィン人だ。

 駆け出したふたりとすれ違うように、ヒースは角から何気なく飛び出した。


「わっ」

 ヒースがよろける。サリヴァンは、ヒースが本気で体勢を崩して転んだことに驚いた。ぶつけられた側であるドレスの女性は、片足を出したところだったというのにびくともしていない。


「まあっ、もうしわけございません」

 女性は素早く腰を落とし、倒れ込んだヒースに手を伸ばす。


「こちらこそ、前を見ていなかったから。……あの、大丈夫ですか? 」

「いいえ、こちらは何ともございません。あの、すみません。先を急いでいるもので。いきましょう、ダイアナ」

「はい。こちらです」


 黒い服の女がちらりとこちらを見る。ヒースの後ろにいたサリヴァンと視線が合い、次にその背後に立つジジのほうを見た。なんの興味もなさそうにそらされた視線だったが、サリヴァンには背後のジジが舌舐めずりするようすが、ありありと分かった。


 サリヴァンは歩き出した白いドレスの女の腕を掴む。

「あなたは、ヴェロニカ殿下ですね。フェルヴィンの皇女、ヴェロニカ・アトラス殿下」


 振り向いた女の……皇女の顔が、警戒もあらわに剣呑な冷たさを帯びる。

 掴んだ腕の筋肉が緊張し、とっさにサリヴァンは自ら手をほどいた。皇女の脚の引き方、体にほとばしった闘気が、彼女が皇女であることと、このままでは猛烈な反撃にあうということの二つを伝えてきたのだ。


 振り向いた皇女は、しかし逃げることをやめた。じっとこちらを見ている。その視線の先にいるのはジジだ。


「ミケ……? いいえ、違う。あの子はそんなふうに笑わない」

「ミケ? それは誰のことだい。ボクはあなたと会ったことなんてないはずだけれど」

 ジジの恍惚ともした声が、サリヴァンの隣を過ぎる。


 ジジは皇女の隣に立つ、黒い服の女をじろじろと見た。

「これが語り部」

 女も、観察するような眼をジジに向ける。


 同じ輝きの金の瞳が、お互いを見つめていた。

 サリヴァンがジジと出会ったのは二年と少し前だった。ジジはそのとき、自分はずっと世界中を旅しているのだと言った。

「何のために? 」その質問に、ジジは「故郷を探しているんだよ」と吐き捨てるように言った。

「自分がどこで、なんのために作られたのかを知りたいんだ。……もう、ずっと長くね」


 語り部ダイアナの姿は、ジジとよく似ていた。

 初老の女の姿をしている。老眼鏡だろうか。金の鎖のついた眼鏡をかけていて、髪は白髪交じりの黒髪をきっちりと結い上げていた。フェルヴィン人らしい見上げるような体格の女主人に比べて、その三分の二ほどの体格である。


 年齢も性別も違う。しかし眠たげな眼と輝く金の瞳、血の気の無い白い肌、鼻筋、小さな唇の造形。そのどれもに、ジジと共通点がある。


(師匠の目的はこれだ)

 天啓のようにサリヴァンは思った。この皇女と魔人との出会いが、今回の鍵であると。


「あなたは何」

 皇女の警戒はあらわだった。彼女と話をしなければならない。

 サリヴァンはなんと言おうか迷い、じっとその淡い水色の瞳をみつめた。

 群衆は誰も聞いていない。

 ……まさか、こんな路地裏で名乗りを上げることになるとは。


「お待ちください。皇女殿下」

 ジジを下がらせ、ヒースが何をするのかを察して頷く。

 石畳に膝をつく。じっさいに人前でしたことはない、最高の礼儀を示す動き。武器が無いことを示して右手を前に出し、左腕は背中にまわす。誠に皇女であるならば知ってしかるべき作法。


「お会いするつもりはなかった。されどお会いしたからには、ここで名乗らねばなりません。私の名はサリヴァン。捨てた名を、サリヴァン・コネリウス・ライト」

「コネリウス……まさか、あなたは」

「曾祖父の名をいただきました。皇女殿下。あなたさまをお助けするには、この名は不足でありましょうか? 」


 サリヴァンは、じっと首を垂れた。

「……顔をお上げになって。目立ちますわ」


 皇女の瞳からは、やや険が取れていた。話を聞いてくれる姿勢だ。

「そのように礼儀をつくされては、ここで背を向けるわけにはまいりません。あなたが真実、コネリウス・ライトという名であるならば、いっそうのこと、あとで後悔するでしょう。けれど、わたくしは本当に急いでいるのです」

「御助力いたします」

「……わかりました。願っても無いことです。どこか、話ができる場所は」

「西の船着き場に逗留しております。よろしければそこに」

「いいでしょう。連れて行ってくださいませ」


 サリヴァンは胸を撫でおろし、頷いた。

 サリヴァンが緊張を解いたのとは逆に、ヴェロニカ皇女はマントの前を掻き合わせて言う。

「すべてをお話しいたします。それでお互いに決めればよいこと」


 ヒースが先だって歩き出した。皇女の隣をサリヴァン、最後をジジが歩いている。皇女の語り部は主人の影の中に戻っていた。

 ケトー号の脇腹に沿うようにして、全員が椅子がわりの木片に座っても、皇女の水色の眼は警戒を消してはいない。

 戦いを前にしたように、ふう、と息を継いで、皇女は口を開いた。

「ことの起こりは、数日前のことでした」

読了ありがとうございます。

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