99.生産地は精霊のいる里
ランチには、キースが揚げてくれた藤の花の天ぷらが食膳に上っていた。
ジェイクが藤棚から藤の花の蕾を収穫し、サブレを入れていた布袋に入れて持ち帰っていたのだ。
そう言われてみれば、変なタイミングで『収穫』のスキルを使っていたような…
それを見つけたキースが、
「天ぷらなら俺に任せろ。」
と当番ではないのに揚げてくれたのだそうだ。
せっかく油を使うのならと、かぼちゃ、ナス、菜の花、大葉、オクラ、にんじんと玉ねぎのかき揚げも作ってくれたので、食卓がいつもと違う賑わいだ。
そっか!天ぷらが食べたい時にはキースじいちゃんに頼めば良いんだね!
しばらく食べられないみたいだけど。
残念だけど仕方がない。大人には大人にしか出来ない仕事があるのだ。お任せしよう!
ラグラーがいないので、新人四人とボビーの五人で親睦を深めてもらう目的でリビングで食事をしてもらい、ダイニングではルークを含めた家族五人と商人二人、御者二人の九人で食事をとった。
リビングの五人は夕食から自分たちだけでの生活に突入するので、当番決め、その内容などを確認しているようだった。
ダイニングの九人は、その後の出発のために、道中食べる食事と水分の内容を相談していた。
ついでに、商人の二人は先程倉庫で、ジェイクたちがお願いしていた商品の荷下ろしを済ませ、逆に購入したいものを荷台に積み込んだので、精算の準備も。
「食事中にごめんなさいね。時間がないのよ。許してね。あ、これも美味しい!天ぷら、最高!」
と、大喜びしながらバーネットはものすごい勢いで計算をしていた。
ルークは、大人たちは食後忙しそうなので、大量に取ってきたイチヂクをドライフルーツにしようかな。と考えている。
「イチヂク!フローズンイチヂクにして食べたいわぁ。」
いつも通り右横で腹這いでリラックスしているユキちゃんが、少し頭を上げて涎を垂らさんばかりに言うので、いくらでも食べて良いよ。と心で伝えた。
「んー。こっちのテーブルのみんなに、加護の光をー与えまーす。『加護の光』」
突然どこからか入ってきて、テーブルの真上までやってきたタマちゃんが光りだした。
「え!そんな、突然!?」
タマちゃんの光が増していき、あるところでその光が弾け、光のシャワーがキラキラと降り注ぎ、みんなの表面に光が吸い込まれていく。
うわぁ。こんな目立つところで光っちゃったら、みんなの目がやばいでしょー!
ジェイクとルークの二人は強く目を瞑って目をカバーする。
ギリギリ間に合ったようで、先程のようなダメージは負わずに済んだ。
光が収束した頃うっすら目を開けると、周囲のみんなは普通に食事を楽しんでおり、何の変化もない。気がついていないようだ。
「タ、タマちゃん?どうなってるの?」
「タマちゃん、この姿になって、魔力操作がSになったでーす!成長したでーす!漏れないでーす!」
魔力操作がSになったのは聞いて知ってるよ。
そうじゃなくて、
「漏れてたの?漏れてみんなに見えちゃってたってこと?」
「ルークは漏れ漏れでーす。だから魔力を感じる者にはバレバレ。隠れられませーん。でもタマちゃんの加護の光で、いんぺー出来たでーす!タマちゃん最高!」
楽しそうに笑いながらユキちゃんの背中に腹這いになって寝てしまった。自由が過ぎる…。
「ど、どう言うこと?」
ユキちゃんはクツクツと笑いながらそのまま頭を下げて、目を瞑ってしまった。
ジェイクと目が合い、
「ルークの友達はみんな自由だな。」
と笑われた。
ジェイクのそばにいるレイギッシュも笑うだけで何も教えてくれない。
ということは、言われたまんまで理解しろってことか。
とりあえず、タマちゃんの光や精霊さんの光がみんなに見えることは無くなったと。これは喜ばしいことかもしれない。誰かに見られると、やはり少し厄介だから。
で、俺の魔力漏れ漏れが隠蔽できた。と?
隠蔽できる加護の光って…。
保護膜みたいな感じだろうか。
内蔵している魔力や漏れた魔力を感じる人なんてこの世界に居るの?いるから隠蔽してくれたのだろうけど。
いろんな体質の人、いろんなスキルを持った人がいるんだなぁ。
スキルと言えば、タマちゃんの加護の光のスキルのレベルはあるんだろうか。
「精霊のスキルは、サクッサクッ、人間のいうところの、サクッサクッ、MAXにゃ。」
あ、噛んだ。にゃって!
レイギッシュはジェイクからもらった藤の花の天ぷらを食べながら教えてくれた。
天ぷら食べるんだ。まぁ、クッキーだってサブレだって食べるんだし、食べるか。
食後のデザートは桃だった。
「桃!」
と頭を上げて喜ぶユキちゃんに、俺の分をそのまま渡した。いつもならテーブルの上で食べるのだけど、背中にタマちゃんを乗せているユキちゃんのために、皿ごと床に置く。
フローズンのスキルを使うと、桃の周りに雪の結晶が舞って少しだけ凍る。それをゆっくり嬉しそうにシャクシャク食べていた。
「ルークありがとう〜!美味しいわ!ここのフルーツはこんなに美味しいのね!」
と、めちゃくちゃ喜んでくれた。
後でイチヂクもあげるからね。楽しみにしててね。
食事を終えると、それぞれがそれぞれの仕事に取り掛かる。
御者の二人は、旅用の水を炭酸水にしたいと、裏庭に樽を抱えて汲みに行った。
炭酸抜けちゃうんじゃない?
と思っていたら、ジェイクじいちゃんが『加工・付与』をその樽に施したらしい。
タマちゃんが言い出したとき、ガラス『加工・付与』でボビーができるって言っていたやつ。
木でも出来るんだ。ジェイクじいちゃん、本当に万能になっちゃったじゃん!
なんでも出来そうだから、思ったことはなんでも伝えてみよう!
ルークはみんなの邪魔にならないように片付けられたリビングテーブルに、紙を敷いて、ガラスのカッティングボードとフルーツナイフを置いて、倉庫にイチヂクを取りに行く。
箱は重そうだから、倉庫のカゴを貸して持ってくれば良いか。
倉庫に着くと、ブライアンとバーネットが荷台を倉庫から出しているところだった。
今回うちから購入したものが多いと聞いていたが、あまり重そうではない。耐久性を上げたからかとも思ったが、そうでもなさそうだ。
「荷台、ライトかけてもらったんですか?」
ブライアンさんに尋ねてみると、
「ほんの軽いやつを試しに。一割ほど軽くなった感じでしょうか。これならバレませんし、馬の負担を少し減らしてやれそうです。」
ジェイクが耐久性を上げた時に、それくらいなら気が付かれないし、良いんじゃないかと言われたらしい。
多分だけど、ブライアンさんのがっかり具合がね。申し訳なくなる感じだったもんね。
それにボビーさんの有益なスキルを感じていたいってのもあるんだろうし。
「良かったですね!早く全力で軽量化してもらった荷馬車に乗れるようになると良いですね!」
「ルークさん、ありがとう!ボビーの事、よろしくお願いします。」
二人は揃ってぺこりを頭を下げてくれた。
いやいやいや、こんな五歳のマセガキに丁寧に頭を下げなくてもっ!
「とんでもないです!こちらこそお世話になります。また来てくださいね!」
とルークも頭を下げてイチヂクの入った箱を開ける。イチヂクの甘い香りがふわりと鼻と届く。
「良い香り〜。」
カゴはどれにしようかと迷っていたら、バーネットさんが真後ろに立っていた。
!!
「な、何か?」
「あ、ごめんなさいね。驚かせちゃったみたいで。それ、イチジクよね?何かするの?」
「あぁ。イチジクをドライフルーツにしようと思って。」
「あぁ、準備をするのね?なら手伝うわ。どこに持っていくの?」
「え?良いんですか?重いですよ?」
よっと、声を出しながら重そうなイチジク入りの箱を持ち上げる。
二人で押し問答する間、腕にその重さがのしかかるだろう。旅前にそれはさせられない。ルークは有り難く持ってもらう事にした。
「ありがとうございます!リビングまでお願いします!」
先回りをして扉を開けて玄関からリビングに運んでもらった。
バーネットはリビングテーブルの上に置くと、
「じゃあまたね!」
と手を降りながらジェイクの元へ精算しに行った。
ではでは、やりましょうかね。
箱の中からいくつかを取り出してリビングテーブルに置くと、ユキちゃんは嬉しそうにリビングテーブルの上に顎を乗せてクンクンと香りを嗅いでいる。
「そのまま食べる?皮を剥く?」
「そのままで。二つくらい貰えたら嬉しいわ。」
紙の上で申し訳ないけど、どうぞ。と目の前に大きそうなイチジクを二つ置くと、雪の結晶が舞ったので、スキルを使ったのだろう。半分凍らせて、シャクシャクと食べている。
可愛いなぁ。
ルークも作業を始める。
ここのイチジクは皮が薄いので、皮は剥かない。
ドライフルーツとしてそのまま使えるように八等分にしていく事にした。これがパウンドケーキに沢山入っていると想像するだけで嬉しい。
そう言えば、この世界に生まれて初めてナイフを持っているかもしれない。
ちらりとキッチンにいる大人たちに視線を送るけど、誰もこっちを見ていなかった。
信頼されてる?
なら、怪我をしないように気をつけて作業しよう!
サクサクとカットして紙の上にどんどん広げていく。
んー。ドライのまま食べたい人には、半分にカットしたものの方が喜ばれるのかな?
残りは全部半分にカットする。
全てをリビングテーブルの紙の上に広げ終わると、手を洗いに一番近いキッチンにそっと向かう。
「あ、ハンナばあちゃんのそれ、パウンドケーキにするの?」
「あら、この段階でよく解ったわね?」
「うん。型がそこにあるからね。」
ハンナの周りにパウンドケーキの型が所狭しと置かれていた。
「あはは!本当だわ。これは誰でも正解するわ。」
「今イチジクをドライフルーツにするけど、使う?」
「あら?どれくらいにカットしたの?八切りがあれば入れたいわ。」
「やっぱり八切りだよね!じゃあ、パパっとドライにしてもってくるよ!」
ルークはささっと手を洗ってリビングに戻る。
リビングの棚に置かれたドライヤーを取ると、スイッチをオンにしてイチジクに向ける。
シューという音と共に温風が出始めたので、全てにひと当てすると、イチジクから水分が抜けて、一気にドライイチジクが出来上がった。
「うんうん。やっぱりクオンさんのドライヤーはすごいなぁ。」
八切りにしたドライイチジクを下に敷いた紙ごとキッチンへ持っていく。
「これくらいで大丈夫かなぁ?」
ハンナに見せると
「よく出来てるわ!その倍貰おうかしら?イチジクのパウンドケーキを増やすわ!」
「本当ー?やったー!じゃあ持ってくるね!」
キッチンの作業台からリビングに体を向けると、リビングテーブルの前で固まるブライアンとバーネットがいた。
「ど、どうしました?」
ルークは慌てて聞く。もしかして、生で食べたかったとか?そしたら申し訳ない。全部ドライイチジクにしてしまった。
「ル、ルークさん。これは、さっき持ってきたイチジクですか?いや。そうですよね。持ってきた箱の中身がなくなってますし。この短時間で、どうやって?」
「あぁ、ドライヤーですよ。これです。」
とドライヤーを持ち上げ続ける。
「キースじいちゃんにお土産にドライヤーを買ってきて欲しいって伝えたドライヤーの試作品です。」
「こ、これが!この木の素晴らしい細工!これはどなたが?これが標準でしょうか!?」
「あー。それはジェイクじいちゃんが施した寄木細工というやつなので、多分製品化するものはもっと簡単な外装になるんじゃないかと思います。」
「それは残念です。これほど素晴らしい細工はどの国でも見られません。工房を立ち上げる予定は…なさそうですね。残念です。」
ブライアンはちらりとジェイクを見る。
楽しそうにキッチンで作業をしているジェイクがいて、あれほどなんでも出来るなら、工房にこだわる必要なはいのだ。好きな事ができるこの空間を大切にしているなら、無理にやらせるのはナンセンス。
「植物属性の木特化の人がいたら、作れるとは思います。」
「いやいや。これは技術として販売できるものですので、流出は避けるべきでしょう。それほどのものですよ。」
「そうですか…。」
まぁ、前世でも特別な職人さんの仕事だったもんね。俺たちはパクらせてもらって、こんなに褒めてもらえるなんて申し訳ない。寄木細工の職人さん!ごめんなさい!別の星のことなんで、許してください!
「それよりも!いや、ドライヤーも気になるのだけど!このドライイチジク、卸して貰えないかしら?」
バーネットの声にキースがやってきた。
「お。良い出来だな。ルーク。」
リビングテーブルの上に出来上がったドライイチジクを見て褒めてくれる。
「イチジクはまだ収穫できるから問題ない。綺麗に瓶詰めにでもするか。ちょっと待ってろ。」
キースは部屋から出て行くと、数分もせずに大きな箱を持って戻ってきた。
「何が入ってるの?」
「ガラスの材料だよ。ルーク魔力接続をお願いできるか?」
「良いよ!」
キースは持ってきた箱をリビングテーブルの上に置いて、テーブルの上に両手を付ける。
そんなキースの背中にルークが右手を置くと
「『ガラス作成・パッキング』」
ルークの右手から魔力がほんの少し抜けて、キースの胸を通って両手からテーブル上に広がる。
さらっと光ったと思ったら、テーブルの上には広口のガラス瓶の中にドライイチジクが詰まった状態で現れた。
うーん。どんどんチート化してるよね。
キースじいちゃんはジェイクじいちゃんより多岐に渡る作業が出来るんだよね。ならそのうちジェイクじいちゃんみたいに精霊さんと契約出来たりするんじゃないのかなぁ。
ジェイクじいちゃんがレイギッシュと契約した時、レイギッシュはなんて言ってたっけ?
「ジェイクとの繋がりが太くなったからだ。牡鹿の力は誰かを守りたいと思う力。それがジェイクの中で満ちたのだ。だ。」
レイギッシュが近くに来て教えてくれた。
そうだ!そうだった!ってことは、精霊の動物それぞれが“何かの力“を持っていて、基準に達した時に繋がりが太くなって契約できると。
「普通はそうね。」
床に寝そべっているユキちゃんも答えてくれる。
「な、な!こんなグレードのガラス瓶!それだけで高級品じゃないですか!」
あ、そっちなんだ!
ビンにイチジクが詰められてる状態で出てきたことじゃないんだ!
「お。俺も混ぜてくれ!蓋が必要だろ?」
「『生成』」
ジェイクがスキルで瓶の蓋をコルクで生成してくれた。
「コルクは気体や液体を通さず、腐敗に対する抵抗力も強いという性質があるから、ちょうど良いだろう?」
「おお!良いね良いね!ものすごい良いよ!」
ルークは手を叩いて喜んだ。
「あら。楽しそうなことやってるじゃない!ちょっと待ってて。」
ハンナもキース同様に部屋を出て、すぐに綿花の入ったカゴを持ってきた。
カゴをリビングテーブルに置くと
「『作成』」
スキルを唱える。すると、ガラス瓶のくびれたところに何か白い文字の書かれた赤いリボンが結ばれていた。
「まぁ、素敵ね!なんて書いてあるの?ハンナちゃん。」
デイジーも気になってやってきて、出来上がったイチジクのドライフルーツの瓶詰めを見ながら聞く。
「精霊のいる里って書いてみたの。前世の文字だから、読めないわよね。でもそれが良いかなって。」
「ハンナばあちゃん。このリボンの先の部分にVEって追加できない?」
「え?出来るけど。どうして?」
「文字は誰も読めないだろうけど、このVとEの頭文字はこの世界の文字と似てるでしょ?ロゴにしたらどうかと思って。」
「ありがとう!ルーク!ルークがここに来てくれてから、精霊がとても身近な存在になったのよ。その感動をね、文字にしたの。だから、嬉しいわ。みんなもそれで良いかしら?」
「「「賛成」」」
「素晴らしいです!素晴らしすぎて、値段がつけられませんっ!みなさんのスキルレベルが高すぎて、最高級品扱いとさせていただきます!こちらは、販売後、売上の七割を納めさせていただきます!」




