95.藤棚のある道
リヤカーに乗って、本当にすぐに空き地に到着した。
この空き地は左右に広い。すぐ先に養蜂場が見える。
ジェイクは箱の中のタネを確認すると、
「両側に撒くか。これだけあれば、半分だけ収穫して、半分花の状態にしても足りるだろう。」
「じいちゃん、半分しか収穫しないの?」
「あぁ。綿花のハチミツが取れたら嬉しいなってな?」
「そういうことか!ミツバチが気に入ってくれたら良いね!」
ジェイクは箱を開けて、タネを半分蓋に分け入れた。
箱の方をハンナに持たせ、蓋とタネをもって、今きた道の右側に向かう。
ルークはジェイクに着いて行き
「ねぇ、全ての植物スキルが使えるって言われてたけど、こっち側はどうするの?」
「とりあえずこっち側は開花までにしておく。」
右手を見せると首を振られたので、一歩下がる。
周囲に牡鹿の精霊は来ていない。
ジェイクは土の上にタネの入った蓋を置いて、両手を地面につけ、小さな声で詠唱する。
「『種蒔・発芽・成長・開花』」
おお。種蒔も自動でできるんだ!
ジェイクの胸から光が溢れて両手に流れていく。両手をついた場所から前方へ長く長く先へ魔力が行き、左右に広がっていく。ジェイクが必要だと思った範囲全てが魔力で包まれると、光が消えた。
蓋に入っていたタネは無くなっていた。
しばらく待つと、ポンっと発芽が始まった。
「「「「おおお!」」」」
光が包んだ場所に次々と可愛らしい双葉が現れる。今いる場所から見ていると、黄緑色の絨毯のように見えなくもない。撒かれたタネとタネの間がそれなりにあるので、ギリギリ絨毯とまではいかなかった。
それらがどんどん成長を始めた。
双葉の間から芽が伸び、多くの枝が分かれていく。草丈は一メートル程度になった。
葉は三つほどの切れ込みがあり、長さは八センチ。
葉腋から枝が出てその各節に蕾が膨らみ始めた。
いくつか咲き始めると、その成長を止めた。
花弁は五弁で薄い黄色の花だ。
「「「おおお」」」
「ハンナ!そっちのタネを持ってきてくれるか?」
「はーい!」
空の蓋を渡して、タネの入った箱を受け取ると、反対側の空き地にむかって、同じことをする。
違うのは詠唱だけだった。
「『種蒔・発芽・成長・開花・収穫・圧縮・採取』」
「ながー。じいちゃん長いよ。スキルが長い。短くならないもんかな?」
「俺も思ってるんだが、想像できる言葉じゃないと、スキルが発動しなそうなんだよ。」
「そっか。”想像できる全て”だもんね。」
空き地に咲いた綿花の花が次第に実になって、ポンッポンッと弾けていく。
「おー!弾けた!中から出てきたー!ってあれ?消えた?」
弾けた身の中からワタが現れたかな?のタイミングでワタが消えていく。一つのタネから成長した草木の花が全てワタになり、消えると、葉が落ち枯れて消えていく。
「じいちゃん、いろいろ消えたけど、どうなったの?」
ジェイクは、持っていた綿花のタネが入っていた箱を揺らしてみせる。
カサカサカサッ
と音がする。中に結構な量のタネが入っているようだ。
「これが『採取』で、今回は種取だな。で、あっちのリヤカーの箱に綿花が圧縮されて入ってるはずだ。」
「え!そんなこと一気に出来ちゃうの?」
「さっきのブライアンを見ていて、スキル詠唱の時に、明確に想像したらできるんじゃないかと思ってやってみた。成功したかな?色んなスキルがあるが、仕上がりの想像や構造を知っているのといないのとでは、出来が異なるし、魔力量も異なってくるんだよ。」
聞いていたハンナは綿花が入っているかどうかを確認に行く。
「あ!それ、思った!トーマスさんと繋がった時に、馬の怪我が元に戻りますように!また走れるようになりますように。って想像したんだよね。そしたら、巻き戻したみたいに完全回復したんだよ。」
「はぁ!?それはトーマスは、知ってるのか?キースは?」
「えぇー。どうだろう?話してない?」
「俺には覚えがないが…。」
うーん。と二人で悩んでいると、箱の中を確認しながらハンナが話しかけてきた。
「ジェイク!今のあと二回やってくれない?二回目は花が咲くところまでで良いから!」
「綿花の量、足りなかったか?」
「必要分は確保できてると思う。でも、ちょっと作りたいものがあるのよ。その分。」
「了解!」
ジェイクは再度採取まで行い、綿花が充分に揃ったとハンナがオッケーを出したところで、花を咲かせて終了となった。
「ねぇ、じいちゃん。枯れた綿花の茎とか根っことかはどうなったの?」
「あそこ、見えるか?」
ジェイクの指差した方に枯れ草が積まれている。
「え?あそこに移動させたの?」
「枯れてても植物だからだろうな。万能スキルで採集だ。」
万能スキル。ジェイクじいちゃんが、MAXでチートじゃん。
「ああしておくと、動物が巣作りに使ったり、土に返っていったりする。無駄はないな。」
へぇ。そうなんだ。
「じゃあ、フルーツの皮とか、毎日出る生ごみはどうしてるの?」
「食べられない部分は土に混ぜておくと、タネが入ってなければゆっくり堆肥になっていく。タネが混じっていると発芽してしまうな。」
「へー。ボビーさんのスキルで、直に堆肥が作れたら良いのにね。でもやりたくはないか。綺麗な仕事ってわけじゃないし。」
でも、良い堆肥が作れたら、農家さんは欲しがると思うんだよなぁ。
そんなことを思いながら、サクッと作業は終了していた。
移動時間に対して、スキルが万能すぎて作業時間が短かすぎたけれど、その方が他のことに使える時間が増えるのだから、良いことのはず。
でも多分、その分の時間は休憩に当てられちゃうけどね。
ハンナは大きなカゴから敷物を出してくれたので、みんなで広げて、軽いおやつとお茶を頂くことになった。
ハンナのお得意のサブレだ。時間がなかったのか、一種類だった。
座った膝の上に新生タマちゃんが降りてきてすわって、サブレを凝視している。
ジェイクがシートに座ると、フッと牡鹿の精霊が現れ、ジェイクの背後に寄り添うように香箱座りをした。上手いこと首を曲げて角がジェイクに刺さらないようにしていた。
ルークはサブレを二枚とって、一枚は新生タマちゃんに。もう一枚は雄鹿の精霊に渡した。
タマちゃんはルークの膝の上で、その短い両手を使ってサブレを挟んで食べている。そのままゴロリと寝転がり後ろ足でもサブレを固定し始めた。尻尾の勾玉がゆらゆらと揺れている。可愛い。
ちらりと牡鹿の精霊を確認すると、サブレを口に挟んだまま固まっていた。場所がジェイクに近いので、頭を動かして食べると角がジェイクに刺さる。しかしジェイクから離れたくない。そんなジレンマで動けないでいるようだ。可愛い。そして優しい。
教えての精霊の口からサブレをそっと取り、パキッと折って一口大にしてからもう一度差し出した。
「ありがとう。」
レイギッシュは口に入れて美味しそうに食べ始めた。モギュモギュと咀嚼音が聞こえる。
可愛いなぁ。
こんなに立派な精霊さんに可愛いなんて言って良いかわからないけど。
柔らかな風が吹いて、みんなの髪と精霊さんの毛を揺らす。
風の乗って甘く爽やかな香りが花に届いた。
これって…
「藤の花?」
「お。藤の花の開花が始まったのか!」
「ほぅ。藤の花があるのですか?」
ブライアンさんが気になったようだ。
「そうなのよ。私が好きなもんだから、ここからそう遠くないところに、藤棚を作ってもらったの。休憩始めたばかりだけど、そっちに移動してみない?良い香りがしてきたから、少しは開いていると思うわ。」
「良いわね!行きましょう!予定していた時間より早く作業が終わったから時間もたっぷり余っているし!」「ほんとほんと!」
大人たちはさっさとその場を回収してリヤカーに荷物を入れハンナとバーネットはその後ろに座り、ルークはハンナの膝の上に座らせられた。
それを見届けたジェイクは出発し、ブライアンと会話を楽しみ始めた。牡鹿精霊と羊の精霊がリヤカーの荷物の上に立ち、頭を突き合わせているのは、話し合ってるからか。
「また膝の上…。ねぇ、ハンナばあちゃん、足痛くならないの?」
「ルーク、あなた軽いくらいだわ!せっかくこっちに来させたんだもの!沢山体を動かして筋肉をもう少しつけてもらいたいと思ってるわ!」
「え!そうなの?俺小さい方?」
「そうね。標準よりも、もやしっ子ね。王都の子はみんな小さいけど、ルークはさらに小さいわね。」
ハンナは少し寂しげに言う。
がーん。知らなかった。標準以下だったなんて!
「でもここ数年で王都の亀裂がかなり収まってきてるって話もあるわよね?今後少しずつ外に出られるようになるんじゃないかしら?」
バーネットが横でそんな話をしてくれた。
「そうなの?田舎にいるとそう言う話は入ってこなくて。知らなかった。」
「でも、この王国だけって話も聞くから、“吉兆を運ぶ子“が生まれたんじゃないかって噂もあるくらいなのよ。」
「吉兆を運ぶ子?」
バーネットから気になる単語が出て、思わずおうむ返しで尋ねてしまう。
「ええ。伝説として語り継がれているの。絵本で読んだことないかしら?」
また絵本か。ジェイクじいちゃんにも言われたな。
「ないです。絵本自体を見たことが。」
「「え?」」
「家にあるのは研究に関する本ばかりだったので。」
「あぁ。アーサーもアイリスも、研究バカなのよね。ごめんなさいね、ルーク。子供用の絵本すら与えてなかったなんて…。」
苦笑いを浮かべるハンナだが、自分だって絵本の読み聞かせをしてあげた事もなければ、与えたこともない事に気が付かない。
ほんとに研究バカ一族なのだ。
この下りはデジャブだな。
と苦笑するルーク。
しかし、こんな話をしたところで絵本は出てこないのだ。
「ちなみにその伝説って?」
なら聞いて終えば良いのだ。どうか教えておくんなまし!!
「えーっと確か、神獣に好かれた唯一の子がいたと言う伝説で、その子の帰りをみんなが待ってますよって内容だったかしら?」
「え?そうだった?神獣が手放してしまったことを嘆き悲しんでお隠れになったって話じゃなかった?」
「え?何それ、そんな絵本はないわよ?」
「あら、そうだったかしら?」
わちゃわちゃしてるな。吉兆を呼ぶ子って話が消えてるし。
「絵本は沢山出てるから、わかんなくなっちゃったけど、この星が何千年も待ち続けている“吉兆を呼ぶ子“が生まれると精霊の加護が強まって、安全に暮らせるようになるよ。みたいな話よ。」
「ええ。そんな感じね。」
「ざっくりー。」
ざっくりしてるよ。ばあちゃんたち。
「勘弁してー!もう何十年も前に読んだ絵本なのよ。流石に詳細は忘れちゃうわ!」
まぁ、二十代にしか見えないけど、五十歳と六十八歳だもんね。
「今度来る時、伝説的なやつで何回も重版されてる絵本を持ってきてください。俺にじいちゃんが買いますから!」
おねだりをしておこう。一応この星について学んだ方が良さそうだしね。
「あら!じゃあ見繕って納品しておくわ!ジェイク、毎度あり〜!」
バーネットがふざけて笑うが、ちゃんとポケットからノートを出して記入している。
冗談でなく、本気で買ってきてくださいね?
待ってますから。
「おう!買う買う!いくらでも買ってやるから良い本を選んできてくれ!」
朗らかに笑うジェイクは前方を指差して、
「見えてきたぞー。藤棚だ。」
「「「おおお!」」」
後ろ向きに座っていたから、全く気が付かなかったが、もうすぐそこに藤棚があった。
そこはルークの知っている、公園にあるような小さな藤棚ではなかった。
藤棚の藤は咲き始めたばかりだが、何本も今通っている道の両脇に植えられている。
太い枝が道中央まで伸び、アーチ状となっており、そこから縦に長く伸びた藤の花が、垂れ下がっているのだが、下から見上げると葉が見えないほど花が覆い尽くしていたのだ。
それが十メートルほど先まで続いていた。
「やっぱり未完成よねぇ。倍くらいあったらどうかしら?やりすぎ?」
「ちょっとハンナ!これ以上やったら観光地よ!?観光…地?あれ?観光地にするの?ここ。」
「最初はそんなつもりなかったんだけど、なんか、そんな感じで話が進んでるわ。」
「…そうね。あのスーパー温泉だけでも充分楽しめるけど、あそこからここまでの馬車とか出してここを潜れたら、最高の思い出になるのは間違いないわ。」
バーネットはまた上を見上げる。
藤の花の間から木漏れ日が差し込む場所があり、目に入らないように薄目で見ている。
「ため息しか出ませんねぇ。こんな素晴らしい藤棚は見たことがありませんよ。」
「お。ブライアンが言うなら自信が持てるな。だが、ハンナは倍の長さが欲しいんだろ?いっちょやるか!」
「え?何を?え?広げてくれるの?さっきのスキルで?」
ハンナは喜びながらもジェイクの安心君の色を確認する。青く光っている。問題はなさそうだ。
「でもタネがないじゃない?」
さっきの採取のスキルは、気がつけば箱の中に集まっていたので、周囲を見ていても解らない。
「花からタネをもらうんだね?」
ルークが言葉にだすと、その通り。とジェイクは笑い、リヤカーを固定して手を離して、カゴの中からサブレを入れてきた袋を取り出してポケットに突っ込んだ。
ルークもハンナから下ろしてもらってジェイクに走り寄る。
ジェイクの後ろに牡鹿精霊がぴったり着いていき、
「あの木からタネをもらうと良い。」
と教えてくれる。
「この木だな?よし。『採取・種蒔』」
「え?採取と一緒に種蒔できちゃうの?」
選ばれた気に右手を置いてスキルを発動する。
その木から伸びた全ての枝の先、藤の花が大きなサヤエンドウのように成長変化し、色が薄茶色に変わると、パンッと弾けて消えていく。
「「「はぁ!?」」」
ブライアンさんとバーネットさんは驚いても良いけど、ハンナばあちゃんはもう慣れようね。さっきと同じ原理だよ。…多分。
手をついたままジェイクは続けて詠唱する。
「『成長・開花』『収穫』」
タネになって花が無くなった場所に再度芽が伸び蕾がつき始め、咲いていき、すっかり元通りになった。
ジェイクがさっきポケットに突っ込んだ袋が膨らんだことに誰も気が付いていない。
大人三人はポカン顔だ。
いつも通りで安心すらするよ。テンプレだな。テンプレ。
ジェイクの安心君は青い光を保ったままだ。
そのままハンナが新しい藤棚を希望した場所に向かって歩き、藤棚の終了した道の真ん中にしゃがみ込む。両手を土の上に置いて、
「『発芽・成長・開花』」
「おお。一気に三倍近く広がるんじゃない?」
淡い光が走った道脇を見て、ルークが尋ねる。
「タネが思ったよりも取れたもんで。」
「全部撒いたんだね。」
「観光スポットって感じだろう?」
二人で笑っていると、牡鹿の精霊が
「保存しておけば、このままの状態を保てるぞ?」
「え?寿命で枯れないってこと?」「寿命で枯れないのか?」
思わず二人の声がかぶる。
レイギッシュは続けて教えてくれる。
「観光スポットにするのなら、半年保存して、半年土地を休ませたら良い。調節できると言うことだ。」
「植物スキル、半端ないね。」
「そうだな。」
三人が話している間に藤棚が広がっていく。
結果、藤棚が三倍近くになったのを見て、呆けていた三人が後で興奮している。
興奮する気持ちもよくわかる。こんなに素晴らしい藤棚のアーチの道、前世でも見たことはない。ここをゆっくり馬車で通るなんてしたら、感動して泣いちゃう人も出てくるはずだよ。
そんなルークの目からも少しだけ涙が滲んでいた。




