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88.御者たるもの

カッカッカッカッ


と、遠くからオオワシの地鳴きが聞こえてくる。

おはようの時間かな…。


ベッドから起き上がると、タマちゃんが部屋の天井の角からフワフワと降りてきた。


「ルーク、おはようさーんでーす!」


「おはよう!タマちゃん!」


そう言えば、昨日カピバラの頭の上で休んでるのを見たのが最後だったかな?


「寝る時間はベッドで寝まーすでーす!」


あ。そうだ。

忘れていたけど、タマちゃんの活動時間は夜明けから日暮まで。

温泉に入っていた時間は夕方遅かったか。


ベッドから降りて着替えを済ませ、洗面台で顔を洗う。顔を拭きながら鏡で寝癖や顔周りのチェックを終える。


今日は忘れずにイヤーカフをきちんと着けていると、タマちゃんが話し出した。


「ルークゥ!報告ありまーすでーす!」


「ん?報告?楽しい報告?」


「でーすでーす!」


タマちゃんは顔の横の勾玉をクルクルと回しながら、フヨフヨとルークの周りをゆっくり旋回する。


「はい!では、聞かせてくださいっ!」


安心君を左手首に巻いて、タマちゃんと向き合う。


「朝起きたらー、タマちゃん、スキルが増えたーでーす!」


「へぇー。って、はぁぁ??」


「昨日ールークと接続したでーす!それのおかげでーす!でーす!」


タマちゃんは嬉しいらしく、目が三日月型、口は菱形に変化した。


「俺の魔力接続って…精霊にまで効果があるとか…本当、どうなってんの?」


「タマちゃんレベルアップ、やーですかー?」


タマちゃんの声のトーンががっかりしたように変化した。表情も変化してしまった。目がハの字の棒状、口は三角形だ。ガッカリ感が伝わってくる。


わわ!己の謎チートに驚いていたら、がっかりしたと思わせてしまった!


「ううん!それはない!嬉しいよ!教えてくれてありがとう!!」


「良かったでーす、でーす!」


「どんなスキルが増えたの?」


「加護の光といいまーす!昨日貰ったー浄化、祝福に続く三個目のスキルでーす!」


ぶふっ!!

え?ちょっとちょっと!なんなのそれ!


「タマちゃん、昨日貰ったスキルって?」


「浄化と祝福でーす!ルークと繋がったのでー、その時ルークからー貰ったでーす!」


あぁ。朝から知らん情報がわんさかと。。


「しらーんくなーいでーす!白ヘビと同じスキル、でもー白ヘビより範囲せまーい。」


「うんうん。」


精霊との会話がこんなに長く続く事はない事に気がついたルークは、“聞く“に比重を置くとこにした。


「みーんなには、いいなーと、羨ましがられましたー。でもー、タマちゃんはルークに選ばれたのでーすからー。当然の権利なのでーす。」


「ん?選ばれた?って?」


「タマちゃんはー、ルークに名前をー付けてもらったでーす!」


名付け?

タマちゃん以外の精霊さんたちには、その姿を名前のように呼ばせてもらってて、タマちゃんもその一環だと思ってたけど、あれ?


「みーんなはー、名前をーもらってないのでーす!」


あー。そうか。そう言えば呼び名が新しい名前みたいになっちゃってるか。いつもだったら、光の精霊さんとかって呼んだかも。


「でーす!契約してもらったでーす!一番乗りでーす!どんどん力が湧いてきまーす!でーす!」


ん??


「ルーク、なにか疑もーんありますかー?」


えっと、契約って?


「はーい!精霊に名前は、契約でーす。一生側にいられまーす!」


!!!


ルークは知らぬ間に、初めて会ったばかりの光の精霊と契約していたようだ。


え!えっと、契約すると側にいられる他には?


「側にいられるから、ルークから溢れてる力をずっと強く分けてもらえるでーす!どんどん強くなれまーす!」


もしかして、黒豹の精霊が紹介しろって襲撃してきたのは…


「あの子はー、強くなりたかったのでしょー?ルークと友達になって、近くにいれば、それだーけ、つよーくなれまーす。」


そ、そうなの?


「でーす!不公平にならないよーに、ハリネズミ執事が時間の管理をーしてまーす。」


…はぁ。そういうことだったのかぁ。

そう言えばタマちゃんが来てから、他の友達精霊さんたちは顔を見せてくれていない気がするけど?


「契約してまーせん!契約者のタマちゃんがー、一段階成長したーら、また会えるかーもでーす。」


かもなのー!?しばらく会えないどころか、二度と会えないこともあるってことー!?


「タマちゃんじゃ、だめですか?」


ダメじゃないダメじゃない!

それより一段階成長って、どうなるの?変化するの?


「でーす!タマちゃんは光の精霊なのでー、姿がー変化しまーす!」


へぇ!どんなふうに変化するとか、決まりはあるの?


「どーでしょー。決まりはなーいと思いまーす。でも、光の精霊は少なーい。だから、比較なーい。」


光の精霊さんは比較できるほど人数がいないの?でも、うちの廊下に沢山いたのは?


「おー。あの子達はー、タマちゃんの配下でーす!廊下を守ってくれてまーす!」


廊下は暗い暗ーいねーと言いながら天井まで上がっていくタマちゃん。


俺のそばにいるだけでパワーアップできるのか。それを知ったら黒豹さんみたいに、誰だってそばに来たがるよな。

結構長めに一緒にいてくれたハリネズミ執事、ほぼ寝ていただけだけど。彼の成長が著しいのはそのためか!


「なーんだー。好かれてる訳じゃなかったって事かぁ!ちょっとガッカリしちゃうー。」


力が抜けそうだったので、ベッドに仰向けに寝転がる。

すると、自分を鑑定してしまった時のステータスを不意に思い出した。


「あの精霊力∞って表示がそれか!」


人間には魔力∞で接続して爆上げ。

精霊には精霊力∞で接続して爆上げ。

じゃあ神力∞は?

この星に神様がいるなんて聞いたことがないと思うけど…。


ま、考えたって、なるようにしかならないか!

心の片隅に置いておくとしよう!


ベッドから起き上がり窓を開ける。二枚目を開けると、部屋の中に少し風が入ってきた。


「よし!準備完了!タマちゃん行くよー?」


「でーす!でもー、後から行くでーす。」


ん?了解!じゃあまた後でね?


扉を開けてドアストッパーを差していると、見知らぬ少年がお手洗いから出てこちらに歩いてきた。


「おはようございます。この家のルークと言います。えっとー?」


見たとこはないが、とりあえず笑顔で朝の挨拶をする。


「おはようございます。ご挨拶ありがとうございます。僕は宮廷御者を始めました。ラグラーと申します。今後ともよろしくお願いします。」


とてもしっかりした挨拶をしてもらった。

宮廷御者というし、教育が行き届いてるんだろう。


「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。」


お互いぺこりと頭を下げ、玄関方向へ。


「ラグラーさんは、昨日こちらへ?」


「はい。昨日の夜到着しました。こちら所有の馬車の御者をさせてもらいました。」


あぁ、父さんと母さんが乗って行った馬車か。

しばらくこっちには帰れないというし?あれ?


「馬車は一台で?みなさんと荷物を乗せると窮屈で大変だったのでは?」


「いいえ。今回は二台で来ました。僕は今回初めての遠行なので、ベテランの二人が先導してくれたんです。」


「おお。それなら安心ですね!」


「そうなんですけどね?ベテランの二人の馬車がめっちゃ面白…いえ、格好良く、でもなく、なんというか、はちゃめちゃな感じで!」


はちゃめちゃな馬車って一体?


ラグラーはルークが怪訝そうな顔をしたので、説明を追加する。


「なんと言いますか、色々な飾りが付いているので、離れて着いてくるように言われていたんです。」


話しながら歩いていたら、リビングを通り過ぎて玄関まで来てしまった。

ラグラーの話は終わらず、さらには玄関を開けてしまう。


これは付き合うかなー。

自分から話しかけたんだし。


「そしたら途中で、バコンって壊れてその飾りが落ちたんすよ!くくく。物凄い音がして、自分は巻き込まれることなく止まれたんすけどね?」


真剣に話しているうちにラグラーは言葉遣いがちゃらくなっていく。しかもルークが困っていることに気が付かず、話し続けている。


もう玄関出ちゃったし、まあいいか。少し早い時間だから、畑でも見ようかな。


「馬車の飾りが取れたことでバランスが悪くなって走りにくいからとか?ベテランの二人が、こう、くく。バキッとですね?反対側の飾りの根本を殴りつけて同じように壊したんすよ!」


壊した時の御者の真似をして面白かったのか、がははと笑い、思い出しては興奮して話を続ける。


壊したんですよ!のところでルークは立ち止まる。


玄関前の馬車回しの向こうにある大型馬車専用道路、王都に向かう方向へ馬がゆっくり歩いている姿が見えたのだ。


一頭二頭三頭…え?六頭!?


六頭の馬がかなり大型の馬車を引いてくる。

そう。六頭立ての馬車と言えば、ルークがここにくる時に乗ってきたデコ馬車ユニサス号に他ならない。


「おお!ユニサス!…号?」


しかし、ルークの知ってるユニサス号とは少し違っていた。


ゆっくりとユニサス号だった馬車はルークの前の道で停車した。


「ああ、今話していた馬車っす!もう最高でしょう?こんなになっても動くんすよ!くくく。というより?前の姿でも動いているのを見た時にはもう!!なんなんすかね、あれ!ひーひー。いや、どうなってるか驚愕しましたけどねっ。がはは!」


ルークはユニサス号に近寄り確認していく。

そんなルークにラグラーは着いて回る。

話し足りないからか、年下のルークを守るための行動なのか、どっちにしてもルークとしてはいらぬお世話だ。


車体の横後方、上向きの大きな翼を模したであろう何か。左右同じように付けられていた翼を模した何かが、根本からポッキリなくなっていた。


「このぼこぼこした部分、こちらにですね?くく。白くて大きな飾りがついていたんすよ!あぁ、近くで見るとすごいですね!バッキバキに折れちゃって、この割れ目なんか、金属のようなものが見えますよ!!」


こちらのも奥にも、その白くて大きな飾りはチラリとも見えないので、折れたのだろう。

ラグラーさんの話によると、どちらかは解らないが、バランスが良くないからともう片方は殴り折られたようだ。


「うん。やっぱりない…。」


上を見ていたルークは、後ろから確認しようと、車体の後方に回っていると、取り付けてあったかなり大きめのヒッチキャリアの上に、翼の残骸が二つ置かれ、落ちないように紐で括り付けられていた。


何用かと思っていたら、これ用だったのか。


「そうそう!重そうなこれを、ベテランの御者の二人がさっと持ち上げてここに!くくく。もちあげるよりも括るほうが大変そうで!もう、おかしくておかしくて!がはは!」


アーサーの手荒な使い方で無惨にも羽がなくなり、ワタが剥き出しになり、そしてついに落ちた。しかも尻尾も…


「尻尾!?」


「え?尻尾?」


「あの、あそこにも飾りがありませんでしたか?」


ルークは、馬車の後方についていた、絡みきった白いポニーテールがあったと思われる場所を指差してラグラーに尋ねる。


「んー。あー?昨日見た時にはそんな物はついてませんでしたけど。尻尾がついていたんすか?」


ラグラーさんが知らないとなると、すでに落ちていたのか。


ねー、ついてたんすか?尻尾が?と、ラグラーさんの声が聞こえるが、返事をする元気はない。


付け根部分をじっと見ると、研磨された跡が見えた。

壊れた根本を平らにしたのだ。


ラグラーさんは大いに笑うけれど、

なんだか物悲しい気持ちになってしまっていた。


一度乗っただけの馬車だが、変な姿でおかしな動きをする椅子、印象深すぎ愛着が湧いていたのかもしれない。


「はぁ。あ、ラグラーさん。ご説明ありがとうございます。では。」


ラグラーさんには悪いけど、なんだか同じテンションで楽しめそうになかったので、馬車回しに引き返すことにした。


「あ、はい!ではまた!」


馬車の後ろから横を通ったときに、御者席から見知った老年のボディビルダーが降りてきた。


「お久しぶりですね?お元気にされていますか?」


お。セバスチャンさんの方だ!


「おはようございます!お陰様で元気にしてます!」


「それはそれは。ん?どうしましたか?」


その言葉に、チラリと車体の上の方を見る。


「あぁ、飾りですね。道中折れてしまいましてね。降りて確認しましたところ、腐食が進んでいたようで、経年劣化と判断致しました。」


「それで…。」


「はい。もう片方も確認しましたところ、同じ場所に亀裂を発見しましたので、バラバラにならないように、その場所から折らせていただきました。最初に折れた方も外側に向かって折れてくれましたので、負傷者はおりませんで。不幸中の幸いとなりました。」


そうか。

あんな巨大なものが折れて、車体にぶつかったら危ないもんね!


「それは良かったです!今回もすぐに帰られるのですか?」


「今回はこちらでお食事をいただいてから帰ることになっております。同じ席につかせていただくことになりますが、どうぞご容赦ください。」


「いえいえ!とんでもない!では楽しみにしてますね!」


ぺこりと頭を下げて家に走る。


そうだよ!宮廷御者というからには、ここまで丁寧じゃなくとも近しい感じじゃなきゃ!

要人担当とかさせてもらえないんじゃないの?

ベテランの二人、もう一人もあのボディビルダーさんだろうか?楽しみー!

よし!まだ時間があるし、手伝いに行こうっと!


ルークは玄関に消えて行った。



一部始終を家の陰からキースは見ていた。


「はぁ。あの御者はダメだな。」


ため息混じりにつぶやき、ゆっくりとルークと話していた御者に近寄っていく。


キースに気がついた御者はもう一人の御者に指示を出した。ラグラーの教育に向かってもらうためだ。


「ラグラーは教育を終えたはず。何故領主の一人息子にあのような態度を取るのか。再教育…必要ないか。」


セバスはため息をひとつつき、キースに向かう。



キースはラグラーたちから見えないよう、御者の近くの門扉に隠れるように立つ。

それを見た御者は、同じように移動して話しだした。


「流石の身のこなし、でございますな。」


「やめろ、セバス。ルークにバレたらますます嫌われる。」


「ははは。孫は可愛いものですからな。」


「そりゃそうだ。可愛くない道義がない。」


セバスは仕事では見ることのないキースの笑顔に釣られて笑顔になる。


「確かにルークさんは可愛らしい上に魔力が異常なほど高い。前回会った時に、驚きました。訓練はしないので?」


セバスはちらりと視線だけ動かし、ラグラーと息子のビルを確認する。


「魔力操作がGだ。やらせたところでまだ無理だ。やはりバレていると思うか?」


「ルークさんがお生まれになってから、国の亀裂が極端に少なくなりましたからな。ここ五年前後で生まれた子供の確認を他国はとっくに始めています。」


「はぁ…。やはりあのふた国か?」


「はい。トーマスが宮廷で騒いでくれたことで、宮廷に潜り込んでおりましたスパイは捕まえることが出来ましたが、情報は流れたと考えたほうがよろしいかと。」


セバスは眉を寄せ告げる。


「そうか。仕方がないな。そのスパイは?」


「アバランチェ王国からのスパイでした。服の裏側に紋章の縫い付けがありましたので、間違いないかと。」


「あの氷の国か…。」


「捕まえましたが、我が王国の精霊王の逆鱗に触れたのか、聞き込みの最中にヤツが激高したからか、鍛錬所送りに。」


精霊王は人間たちの立場や考え方を考慮しない。精霊の理で生きている。

そのため、こう言ったことは王座の前ではよくある事だ。


「情報は、ほぼないと?」


「はい。」


次の策を考えねばと話し合おうとしたところ、


えー!ちゃんとしてたっすよ!俺、まずったってことですかー?何がダメだったんすか!


突然馬車の向こう側からラグラーの声が聞こえてきた。ビルの声は聞こえてこない。一人で興奮し、くってかかっているのだろう。



「あの理論的なビルの説明で納得しないということは、他の国からの流れか?」


「お察しの通り。御者の腕だけは良かったため、こちらで引き取るようにと回されてきましたが、宰相も困っておいででした。」


「はぁ。奴がダメだと思ったら、絶対うまくいかないだろ?どこかのバカが手を回したか。」


「支援所からでしたので、手を回したとなると支援所の者かと。」


「困ったものだな。」


「本当に…。」


ルークはセバスの横を通りすがりに肩をポンポンと叩き


「帰りの御者、チェンジできない?」


「ははは!では、ワタクシでは?」


「良いねぇ。久々に語らおう。」


「喜んでお供させていただきます。」


セバスはエレガントな立ち居振る舞いで、美しい礼をとった。


キースが家に戻っていくのを眺めた後、息子が手こずってるラグラーの元へ歩き出す。


ビルがダメなら自分が何を言ってもラグラーには通じない。このまま玉座に連れていけば、間違いなく精霊の鍛錬所送りになるだろう。


結婚したばかりといっていたが、どんな相手なのか。


「これも他国からの間者でないとも限らないか。ビルに、スキルを使わせるべきか…。」


セバスが悩みながら歩いていると厩のそばから昨日ここに連れてきた四人と見知らぬ青年が現れた。


この青年の歩く姿、立ち姿、立ち位置、とても良く、ほぅ。と心の中で称賛する。


「おはようございます!」「「「「おはようございます!」」」」


こちらに気がついたのは一番年上と思われる女性だ。御者に扮している我々にも、丁寧な対応をしてくれる。ビルの嫁にどうかと思って会話に耳を傾けていたが、経理という硬い仕事に自信を持って打ち込んでいるようだった。

それに引き換えこちらは諜報員。今後交わる事はないだろう。


「おはようございます。疲れは取れましたかな?」


「どうにか。お気遣いありがとうございます!」


「そろそろ朝ごはんの時間だと思いまぁす。ご一緒にいかれませんかぁ?」


間延びした話し方をする女性と頷くだけの男性。この二人は夫婦だという。見るからに似たもの夫婦なので、この素晴らしい隠居の地で添い遂げる事だろう。


「そうですか。では、他の御者を連れて参ります。こちらをお気になさらず、お先にどうぞ。」


背筋を伸ばして浅く頭を下げ、ラグラーと息子の元へ歩く。王直属のスマートな御者に見えるように。

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