72.スキルとアイデア
「…暗い。」
夜中に目が覚めてしまった。
明確には今が夜中かどうかは分からない。体感としての“夜中“だ。
この星には月がないので夜の明かりといえば、アーサーとアイリスが作った街灯と室内灯のみ。
ルークに貸し与えられた部屋の窓は東に面しているので光が見えるとすれば朝焼けくらいなのだが、その光も見えはしない。
「ちょっとお腹が減ったかも。」
それもそのはず、昨日馬車の中で寝てしまってそのままベッドに運ばれたためだ。
ベッドから降りようとして、掛け布団がこんもりしていることに気がついた。
「ハリネズミ執事?」
室内灯を付けてその光を弱めてからそっと掛け布団を持ち上げ中を覗こうとしたが、ぐぅぅとお腹が自己主張を始めたので、先に何か食べるものを探すことにした。
「ごめんね。ちょっと先に何かつまんでくる。」
盛り上がった布団に声をかけて部屋を出た。
他の人を起こしては申し訳ないので、ゆっくり扉を閉める。
廊下に出ると真っ暗なはずが、足元を照らす小さな光がところどころに見えた。
「あれ?こんな室内灯?いやフットライトか。あったんだ。可愛いし便利だなぁ。」
光のおかげで廊下を安全に歩くことができ、滅多に開くことがないキッチンに繋がる扉をそっと開けて中に入る。
「お?起きたのか?」
「うわぁ!」
誰も起きていないと思っていたので、声を掛けられて盛大に驚いた。
声のする方を見ると、リビングの室内灯だけが付いており、その下では通知盤を横に置き書類仕事をしているキースだけがいた。
「キースじいちゃんか。びっくりしたー。」
「すまんすまん。驚かせたな。」
「ううん。大丈夫。こんな時間にまだ起きてるんだね?」
何やってるの?とキースが座っているリビングに歩き出すと、少しばかり仕事をな。とキースもソファから立ち上がりダイニングとキッチンの室内灯を点け、リビングの室内灯を消してからキッチンに向かう。
「腹が減ったんだろ?何か準備するよ。」
「うん。ありがとう。お腹が空いたからか目が覚めちゃって。」
「だろうな。今日は昼飯も少なかったし。」
「え?今日?まだ日を跨いでないの?」
「ん?まだ跨いでないと思うぞ?俺の腹時計がそう告げている。」
「なにそれ!あははは!」
ニヤリとニヒルな笑いを浮かべながらキッチンでスープを温めてくれているようだ。この香りはかぼちゃかな?
「こんな時間まで仕事してたの?」
「んー。今日のことを宮廷に知らせておこうと思ってな。色々考えながらメモしてた。」
「そっか。カエル母さんの事も書く?精霊王になったって。」
「それは王様にだけ知らせるよ。後は王様の判断だな。」
「そっか。なんか重大な出来事だったみたいだし、それが良いよね。」
「そうだな。…精霊は死なないと言われてきたんだがなぁ。どういう事なのか。どこの精霊なのか。友好国の精霊ではないことだけは確かだが、俺たちでは判断ができないから。」
「そっか。」
鍋からカップにスープを注ぎ、ルークの前にコトリと置く。
「とりあえずそれを飲んでろ。」
「うん。ありがとう。」
早速いただきます!
ズズズ。やはりかぼちゃのポタージュだった。優しい甘みがあって美味しい。
手際よくフライパンで焼き始めたキースにルークは尋ねる。
「デイジーばあちゃんは、どう?」
「心配してくれてたのか。そうだよなぁ。あの後だし。デイジーは大丈夫そうな顔をしているよ。俺たちに気を使わせたくないのか、なんなのか。」
「そっか。精霊と友達になる、繋がるってどんな感じか俺にはまだ分からない。だから、その友達精霊が離れていってしまう痛みも、本当のところはわからないからさ。どうして良いのか。わからない事だらけなんだ。」
ルークには沢山の精霊の友達がいるが、まだ五歳だからなのか繋がりを感じたことはなかった。
それは鑑定盤が示すように、スキル欄に記載されていないことからも明らかだ。
「うん。それで良いと思うぞ?人の痛みは、その人にしか解らないから。」
「カエル母さんも、最後とても悲しげだったんだ。人間みたいな姿になってから、ばあちゃんの顔にぎゅって抱きついて、「愛してるわ。デイジー。」って言って飛び去ったんだ。本当は離れたくないんだろうなって思った。」
カップからかぼちゃのポタージュを啜って飲む。
とろりとしているが温度が適温なので、スルスルと喉に吸い込まれていくようだ。うまい!
「そうか。そんな事があったのか。」
「うん。言う機会がなくて。キースじいちゃんから話してあげてくれる?」
「そうだな。落ち着いた頃に話してみようか。いや、早い方が良いか。ははっ!解らん。」
力なく笑うキースはフライパンから皿に盛り付け、ルークの前にフォークと共に置いてくれた。
「あ!芋餅?バターの良い匂いがするー!」
「お。ルークも好きか?時々夜食で食べるんだ。今回の味付けは塩バターだ。」
「好き好き!おやつにも良いよね。」
「芋をおやつで?フルーツじゃなくて?」
「あぁ、そうだった。この王国ではおやつや食後にはフルーツを食べるもんね。前世では芋餅なんかもおやつの時間に食べる事があったんだよ。」
「ほお。そうなのか。結構自由な感じでそれも良いな。」
「俺はフルーツ大好きだから、このままで問題ないけどね!」
「フルーツ大国だからな。このホーネスト王国は。」
「良い国に生まれた!いただきまーす!」
芋餅をフォークで刺して口にする。うまい!
もぐもぐと食べるルークの横に座ったキースは鑑定盤をテーブルの上に置く。
「ルークが寝た後、デイジーの鑑定をしたんだ。」
「どうだった?パク。モグモグ。」
「あぁ。それを見せようと思ってな。」
鑑定盤を起動して、メモリー内を探して表示する。
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デイジー・フェニックス 48歳 特別宮廷研究員
スキル:知りたがり
全創薬
化粧品オタク
ドクター
魔力量A+
魔力操作A+++
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ぐっ!!ぐうぅ。ゴホッ!
芋餅が喉に詰まるかと思った…。
なにこれ。加工が創魔法薬になって使用した後に全創薬?
芋餅を食べていた手が止まる。
「全創薬ってなんだ?世の全ての薬を作れちゃうってこと?それとも属性にちなんだ薬なら全て作れちゃうってこと?
うん。後者だろうな。そうであれ!
世界の薬全てを作れるようになったら、デイジーばあちゃんの身に危険が迫ってしまうだろうし。水と草の創薬に違いない。
にしても、全創薬か、すごいスキルだね。」
「スキルもすごいんだがな?魔力量と魔力操作が上がってる。魔力操作に至ってはそろそろSになりそうなほどだ。」
「うわぁ。本当だ。何これ怖い!」
「ってことは、ルークが意図した訳じゃないのか。」
ルークはふっと息を吐いて続ける。
「てっきりルークが何か“考えて魔力接続を行った“のかと思ったよ。」
「俺って言うより、カエル母さんからのプレゼントじゃないかなぁ。」
呟きながら皿の芋餅をフォークで刺して口に運び始める。
「え?どう言う事だ?」
「だって俺は何にもしてない。モグモグ。魔力接続の時、何度かやってて気がついたんだけど、強い願いは結果についてくるけど、接続してる相手はあくまで通過してるだけみたいなんだよ。ゴクン。それに、量の調整も俺にはできない。必要な分だけ吸い込まれていく感じ。モグモグ。あくまでも俺は電池なんじゃないかと思う。」
「ルークと繋がった人間は通過点ってことか。」
「うん。あと。これも俺の考えなんだけどね?カエル母さんって“精霊の叡智“って呼ばれてたんだって。モグモグ、ゴクン。」
「精霊の叡智か。すごいな。」
最後の芋餅にフォークを刺す。これが最後か。もっと食べたいけど、夜中だし我慢しよう。
「しかも、今回精霊王に選ばれて進化した。パクッ。そんな凄い精霊とデイジーばあちゃんは友達だったんだよ?カエル母さんはとても心配してた。モグモグ。デイジーばあちゃんを守るために選んだ花豹君は、言ったんだよ。『やっと側で守る事ができる』って。」
「守る。か。」
「うん。守るって。ゴクン。何から守るのかは解らないけど、カエル母さんのことだもん。内からも外からも守りは完璧にしそうじゃない?モグモグ。」
「外は花豹、内は自分自身か。」
「そのための能力の強化。ゴクン。」
「それがプレゼントか。」
「ああ、美味しかった。ご馳走様でした。確かにかなり大量の魔力がばあちゃんを通過していったから、魔力の流れるパイプ?みたいなものは強化されたか綺麗になったか。とは思うけど。この上がり方はそれだけでは説明付かないと思うんだ。」
「そうか。そう言うことにしておくか!」
「えー!なんでぇ?信じてくれないのー?」
「だってルークは規格外だし、証拠ないし!」
「わぉ。酷い!ってあれ?」
「ん?どうした?」
「なんか、あれ?違和感が。」
「違和感?」
「デイジーばあちゃんの属性ってダブル。水と草だと思ってたよね?」
「思ってた?いや、実際そうだろう?」
「友達精霊のカエル母さんの属性は“生命“だよ。なら、デイジーばあちゃんの属性は、生命と植物?」
「そういえば、そうだな…。」
「つまり、生命-創薬、植物-創薬ってことにならない?」
「そ、そうなると。どうなるんだ?」
キースはルークの言いたいことに気がついたようだ。顔色があっという間に悪くなる。
「命を作り出すためのなんらかの薬とか、命を守るための薬、そんなのが作れるとか?そこまで凄くなくても、普通に作られる薬の何倍も効果が高いものが作れるって可能性もあるよね。」
「それは…。」
「うん。だからこそ、身を守るためのプレゼントなのかもしれない。」
「でも、白カエルちゃんはデイジーに危険はないって言ってたんだよな?」
「うん。言ってた。でも人間全てを制御できないって感じのことも言ってたよ。」
「そ、そうか。だからこそのプレゼント。」
「魔力操作の表示って、Gが魔力詰まりなら上がっていくほど魔力の通り道が綺麗で通りやすい。血管で言うと柔軟性に長けてるって事か。なら、魔力を流す量も自由自在ってことになるのかな?」
「あぁ。」
「俺の前世の記憶では、魔力操作が長けていると、身を守る『プロテクション』みたいなのが使える事もあったみたいなんだよね。」
ゲームの話だけど。
「プロテクション?防御魔法って事か?」
「うん。でもさ、家族と商人の二人とトーマスさんの鑑定結果しか見た事がないから、はっきりとは解らない、確証がないんだけど、この王国で攻撃スキルってあったりするの?鑑定盤では鑑定できないだけ?」
「攻撃スキル?それは誰かを傷つけるスキルって事が?そんなものはないはずだが?」
「そうか。ならプロテクションは必要ないか。あれ?いや、無くはないよね?黒豹さんは馬車を攻撃していたし。」
「それは魔力暴走なんじゃないか?自分の感情がコントロールできなくなると、時々暴走してしまう子がいるんだ。」
「え!?じゃあ、巻き込まれて怪我をした子たちがいるって事?」
「あ、あぁ。それで寝たきりになってしまう事も。だからスキル支援での訓練時は回復魔法を使えるものがそばにいることになってる。」
「この国で使える回復魔法って、一般的にどんな感じ?トーマスさんのヒールじゃかすり傷しか治せないって聞いたけど。」
「ヒールにもレベルがあるようで、使い続けていると骨折、打撲くらいまでならヒールで治せる。」
「ヒールの上は?」
ハイヒールとかはないのかな?
「俺は聞いたことはないな。」
「じいちゃんが聞いたことないなら、存在自体なさそうだよね。属性という考え方を失ったくらいだから、それも失った可能性もありそうだけど。どちらにせよ、デイジーばあちゃんの完全回復はやばそうだね。」
「だな。はぁ。」
とはいえ。
ルークに接続していない時の完全回復とどの様に違うのか、確認する必要があるのだが。ルークは気がついているのか。
「ねぇ。じいちゃん。デイジーばあちゃんのプロテクションを魔石に付与できたらすごいことになるね。」
プロテクション自体できるか未知だけど、できたら格好いい!
「え?」
「その魔石をペンダントとかイヤーカフにつけるとかしたら、一度だけ攻撃は防げる。とかなら、欲しくない?安全のためにもさ。」
「それは…。」
キースはあまり乗り気ではなさそうだが、魔力暴走で怪我をするのも、巻き込まれるのもめっちゃ怖いのだ。黒豹精霊の襲撃事件の時、アイリスが持っていたらと考えてしまう。
俺は欲しい!家族に持たせい!
「スキル支援での子供に一つだけ御守り的に無償で渡してさ、その後気に入れば都度購入してもらう。とかにしたら良いと思わない?そしたら、そんなに数は必要にならないからデイジーばあちゃんの負担もそれほど大きくないんじゃない?」
「ううん….。」
「じいちゃんのスキルが岩石特化なら、多分魔石の加工もできるでしょ?」
「あ、あぁ。出来るが…。」
「まん丸に加工して真ん中に穴を空けて天然石ビーズみたいにしてさ、それを金属のワイヤーで加工したら男でも女でも使えるでしょ?俺が加工しても良いし。スキルは使えないからもちろん手作業だけど。」
前世の商品開発で、一日中ビーズをつなげていたことが思い出される。あの商品はなんだったか、思い出せないけど。
キースの渋る気持ちもわからなくはない。
でも、キースらしくはない。なぜここまで渋るのか。他国関係で何かがあるのだろうか。
「販売は宮廷窓口でお願いしたら身バレはしないんじゃない?とはいえ、確証はない、俺の思いつきなんだけどね。」
「確かに。だがそれは…。」
「それができたら最高ね!試す価値があるわ!」
キッチンの扉が開き、デイジーが入ってきた。
横にはデイジーに張り付くように側にいる花豹君もいた。




