67.自由な発想が必要です。
「ハリネズミ、ハリネズミか。
俺のイメージでは、ハリネズミは土属性なんだよなぁ。モグラの仲間だし。草、うん。やっぱり草のイメージが湧かないよなぁ。それにあの子は動物だし。でも、動物と仲良くなってから精霊さんと仲良くなるってこともありそうだよなぁ。」
お手洗いに向かって歩きながらブツブツ呟いていた。
「ルークのハリネズミ執事も土属性なのかい?」
後ろから尋ねられ、驚いて振り向くとキースが壁に背を預けていた。
「あれ?じいちゃんもお手洗い?俺、また口に出してた?」
「出してけ出してけ。俺は皮の在庫確認だ。」
物置き部屋の扉を親指で指し示す。
「う、うん。慣れていくようにする。」
うっかり出てしまう言葉と、自分で言おうとして話す内容は、少し差異があるからか、心の中を曝け出しているように思うからか、少し恥ずかしい。
でも、俺の考察をシェアすることで、何かが解明され、俺自身の疑問も解消するなら、キースじゃないけど、出してけ出してけ。だな!
何度も何度も言ってもらって、少しずつしか進めていない。この凝り固まった考えはなんなのだろう。
前向きに生きたい。でも配慮なく自分勝手に話してしまうのは嫌なんだ。その辺りのバランスが難しいな。
「で?ハリネズミは土なのか?」
キースは物置き部屋の前で立ち止まってルークに尋ねる。
「うん。ハリネズミ執事はいつも寝てるし、属性は知らないし、ハリネズミはモグラの仲間で土に穴掘るし、耕作地や草原、森林に住んでたはずだから、土かなって。でもなぁ。枯葉の中に住んでるイメージもあるし。精霊と動物の属性が一致してないこともあるし。うーん。ちょっとわかんなくなった。」
「そうか。前世ではポピュラーな動物ではなかったんだな?」
「うん。可愛いから人気はあったけどね。」
「精霊の属性が俺たちの属性と一致している事だけは確かなようだな。」
「うん。断言できるのはそれくらいだよね。」
「お。すまん。お手洗いだったな。」
「うん。行ってくる!」
ルークを見送るキースはデイジーの新しいスキルについて思いを馳せる。
創魔法薬とドクター。
深く自分の前世に入り込もうと神経を集中する。
医者、病気の診察・治療をする人。
それなら薬は必須か。しかし、薬と言うなら薬剤師、いや、製薬開発者だろう。デイジーは獣医であって開発者ではない。
それに、何故ヒール系のスキルではないのか。
ヒールはヒーラーが使えるのか?トーマスはヒーラーなのか?
ではヒーラーとはなんだ?
生命エネルギーを使いながら人を癒す職業。この世界では生命エネルギーが魔力という事になるのか?
スキルも創薬ではなく創魔法薬。魔法薬とは?魔力回復薬が作れるならそれはこの国民にとっては喉から手が出るほど欲しい薬だ。
そんなものを作れると知られたら、デイジーはどうなるのか。
この王国の王や貴族は何もしてこないだろうが、友好国ではない国は違うだろう。
ルークの事もデイジーの事も出来る限り隠さないとならないかもしれない。
「どっちにしろ、ルークの意見も聞きたいところだな。」
ふぅ。と息をついて物置き部屋の扉を開け皮の確認をしてながら、ノートに必要数を書き込む。
魔石もアイリスが使い切ってしまったので、大量に購入しておかねばならない。
温泉で欲しい座布団やスリッパ、絨毯などもあった。ワタも忘れてはならない。
商人が来た時に伝えるために、購入リストを作っていく。
在庫の確認を続けていると、入り口にルークが立っているのに気がついた。
「お。なんだ。声をかけてくれたら良かったのに。」
「うん。でも邪魔しちゃ悪いと思って。」
「お前を邪魔になんて思うはずがないだろう?」
「うん。ありがとうじいちゃん。」
この可愛らしい自慢の孫を守るために、俺は何ができるだろうか。
軽く片付けをして、ルークを伴いリビングに向かった。
リビングに入ると三人はキッチンにいた。
「もうスイーツを作ってるの?」
ルークが尋ねると、デイジーは少しがっかりしたように言う。
「枇杷がね?無いのよ。この間収穫しちゃったから。」
次の収穫まで時間がかかるのか。
それは仕方がないね。
枇杷が、枇杷が…と呪文のように呟いているデイジーをキースが支えている。
うーん。
枇杷、枇杷以外かぁ。白カエルちゃんが食べてたのって、他に何があったかな?枇杷を食べてからは、枇杷一筋になっていたけど、それ以前も喜んで食べていたフルーツがあったはずだ。白カエルちゃんの小さな体でも持つ事ができず、抱きしめたまま食べて転がったことがあった。あの小粒のフルーツはなんだったか。
「あ、ブルーベリーだ。ブルーベリー好きだった。」
「え!!じゃあ、湖畔にブルーベリーの木を植えなきゃっ!!」
あ、これ、枇杷の再来じゃ。。
「ブルーベリーの木を!湖畔にぐるっと植えなきゃっ!」
わわわ!
「デ、デイジーばあちゃん!それは白カエルちゃんたちに聞いてからにしようね!今朝ジェイクじいちゃんと収穫してきたから、ブルーベリーは沢山あるよ!」
「あ、あぁ、そうね。ええ。そうしましょ。そうしましょ。ハンナちゃん、私はブルーベリーでクッキーをつくるわ!」
ヤバいところだった。何時間もブルーベリーの木を選びに行っちゃうところだったぞ。
「ええ、じゃあそっちで作業してくれる?私はルーク先生と一緒にブルーベリーチーズケーキを作るわ。スキルでね?」
その手で作る気かい?というみんなの視線を受け、手は使わないとの宣言だ。
デイジーが『ギリギリだ』と言ったのだ。骨や筋は無事だったろうが、傷は残るくらいの怪我だったのかもしれない。そりゃみんな心配するよね。
今後、食洗機もあると良いなぁ。水を使わずに洗えるし。父さんがいないから、またの機会だね。
「じゃあ、俺はブルーベリーのゼリーを作るか。」
ジェイクはハンナをルークに任せることにしたようだ。
「了解!任せて!」
「じゃあ俺はブルーベリーを練り込んだ大福を作るか。」
「「「大福!!」」」
「それも初なの?」
「そうだな。和菓子?が浮かんだんだ。」
「「「キース、楽しみにしてる(わ)。」」」
みんなスイーツ大好きだよね。
甘いの苦手な大人がいなくて良かったよー!
それぞれのやる事が決まり、場所と材料の確保が終わった。
ルークは手を怪我しているハンナに変わって、ミキサーと材料の準備をして、エプロンの紐も結んでやる。
「これで大丈夫?」
上手にできた蝶々結びを見て、ハンナは喜んでくれた。
「ありがとう。バッチリよ!じゃあ、私の思うブルーベリーのチーズケーキとルークのを擦り合わせましょう。」
「うん!」
二人は甘さや舌触り、見た目や出来上がりの形など話し合って一つの形を想像していく。材料に対して仕上がる数も計算して、器の選定もする。
持ってきた小さめのガラスの器を全て広げて下準備完了だ。
ハンナの前に全ての材料とミキサー、器をルークが並べ終えた。
「ルーク、準備は良いかしら?」
「もちろん!左手痛いよね?背中で接続するね?」
「ええ。よろしく。」
ハンナは少し緊張しているようだ。ババロアの時は一人でスキルを使ってしまったので、夜ジェイクに叱られた。
初めて使うスキルで、初めて作る菓子。一人で、しかも魔石なしで作るなんて、危ないよ。と。
今回は心強い味方、ルークもいるし、一度使ったスキル。初めてのチーズケーキ。大丈夫なのだが、ババロアでとても心配をかけてしまったので、なんとなくドキドキしてしまうのだ。
「じゃあ、いつでも良いよ。」
ルークはハンナにタイミングを任せてくれるようだ。ハンナは目を閉じて精神統一をする。ゆっくり呼吸をして、よし!と気合いをいれた。
「『作成』」
「おー。作成なんだ!材料揃えたから生成じゃないんだねー!」
ルークの言葉と同時に、ルークから魔力がちょっぴりハンナの背中に流れ、胸が光り、材料にかざした右手から魔力が流れ、準備した全てを光が包み込み、少しして光が収束していく。
ルークはもう慣れたものだ。
目の前には、ハンナとルークが話し合って決めたブルーベリーのチーズケーキが並んでいた。準備した全ての器が使われ、仕上がりも飾りとしてブルーベリーとミントがのっていて良い出来に見える。
使いきれなかったブルーベリーはしっかりボールに残っていてるが、他の材料はぴったりだったのか、全て無くなっていた。
「おー。材料を準備するとこんな感じなんだ。」
ルークは感動しつつ、ハンナの安心君が青のままなのを確認する。
「材料を揃えて、『作成』のスキルなら、魔力はほとんど減らないんだね。」
「え?あら本当だわ。青いままね。」
ハンナも安心君を確認して驚いている。
これなら、安心君の作成もできるんじゃ無いかな?あ、でも、揃えきれないか。そもそも盤って何でできてるの?謎だよね。盤って。
「「「おおお!!」」」
気になってこっそり見ていた三人も、驚きの声をあげている。
「一つお味見してみましょうか?」
ハンナに言われたので、ルークはスプーンを人数分準備してから、出来上がったばかりのブルーベリーチーズケーキが入った器を一つ取った。
スプーンで掬い上げて、ハンナの口に寄せる。
「あら、食べさせてくれるの?」
「うん。どうぞ。」
「ありがとう。はむ。ん、んー。んんー!」
「「「「どう?」」」」
「美味しいわ。自分で作っておいてなんだけど。」
「じゃあ、みんなにも一口ずつお味見どーぞ。」
ルークはスプーンで掬ってみんなの口にスプーンを突っ込んで回る。最後器に残った分を自分で口に含ませてみる。
こ、これはちゃんとチーズケーキになってるぅぅ!!口の中でとろけて、めちゃくちゃ美味しい!
「ハンナばあちゃん、天才!」「「「美味しい!!」」」
全員から褒められて、少し恥ずかしそうなハンナ。作業台を空けるために、ブルーベリーチーズケーキを右手を使ってカゴに詰めた。
ルークは使ったボールやミキサーを流しに片付けていく。
残ったブルーベリーを見て、ルークは思いついた。
「ねぇ、父さんとクオンさんが作ったドライヤーって王様のところに持っていっちゃった?」
「いや、あれは置いてあるぞ?リビングの棚のカゴに入ってないか?」
ジェイクが教えてくれたので、カゴを確認に行く。
言われたカゴの中にドライヤーは入っていた。ルークは魔力電池が残っているか蓋を開けて確認する。うん。まだ余裕で使えるな。
ドライヤーを片手に作業台に戻る。
大人たちは、ルークが何をするのか見守ってくれている。
「試すだけ。想像通り出来るかわからないから、ブルーベリーをダメにしちゃったらごめんなさい。」
と、みんなに告げ、ブルーベリーを作業台に広げてドライヤーのスイッチを入れてブルーベリーに温風をさらっとかけ、スイッチを切る。
ブルーベリーは見る間にしぼみ、一瞬でドライフルーツに変わった。
「「「「えええ!!」」」」
「うまくいったかもー!」
一粒つまんで口に入れる。
ジューシーさが残る美味しいドライフルーツになっていたので、みんなの口にも入れていく。
「「「「!」」」」
みんなの目が美味しいって言ってる!
なら、
「デイジーばあちゃん!クッキーにこのブルーベリーのドライフルーツをゴロゴロ入れてみない?水分が出ないから、また違った味わいになると思うんだけど。」
「使いたいわ!是非使わせて!」
「うん!是非使ってみて!」
ドライフルーツになったブルーベリーをデイジーの前に持っていく。
「あれ?でも足りないよね?こっちのもドライフルーツにしちゃう?」
「お願いできるかしら?」
「お安いご用です!」
デイジーの準備したブルーベリーもドライヤーで一瞬。ドライフルーツに。
これ便利ー!!
「「それ便利〜!」」
見ていたジェイクとキースも感動している。手はしっかり動かしてるところがすごい!
「ドライヤーってこんな使い方ができるものなのね!髪を乾かすだけかと思ってたわ。」
「ううん。こんな使い方出来るのは、クオンさんのスキルが凄かったからだよ。俺の知ってるドライヤーは、こんなに簡単に乾燥が出来るものじゃないんだ。髪の毛を乾かすのももっと時間がかかってた。こんな一瞬なんてとんでもない事だよ。」
「そうなのね。じゃあ、作ってくれたクオンにありがとうの気持ちを送っておくわ。」
ハンナが言うと、みんなも「そうだな、そうしよう」と笑っている。送る予定はなさそうだ。
「後で使ってみてね。多分どんなフルーツでもドライフルーツになると思うから。りんごとか大きいフルーツは切ってからやった方がその後の加工が楽かも。」
というと、みんなが首を縦に振ってくれた。
手持ち無沙汰になったルークは、同じく暇になったハンナに持ちかける。
「ハンナばあちゃん。残ってるブルーベリーを、ブルーベリーソースとブルーベリージャムにしちゃわない?」
「しちゃう!!」
「みんなも良いかな?傷む前に使っちゃっても大丈夫?他に使いたい人はいる?」
「「「大丈夫!」」」
よし!
ハンナの魔力もたっぷり残っているので、先程と同じように材料を全て準備して、ソースとジャムを入れる蓋付きの瓶を準備する。ハンナはジャムを多めにしたいらしく、瓶の変更を申し出た。
「ダメかしら?」
「良いと思います!じゃあ、こっちにする?」
「お願いします。」
瓶の選定も終わったので、先程と同じくハンナの背中に手を当てる。「『作成』」とハンナがスキルを詠唱すると、先程と同じくらいの魔力がルークから抜けてハンナに向かう。
材料全てが光に包まれ、仕上がったソースとジャムが現れた。
改めて考えると、俺の魔力はどう言う作用を与えるんだろう?
「スキルを使うのに、接続してる俺だけの魔力だけが使われるわけじゃ無い。必ず詠唱する人の魔力も使われる。割合なのか、一定量なのか。
でも、母さんの時はほぼ魔力切れだったのに、魔力接続したら、全回復どころか不調まで無くなって。なんだろう?魔力以外にも流れてるってことなのかな?」
ルークは口から漏れていることにまたしても気がついていないようだ。
「鑑定出来ちゃった時、神力とか精霊力とか表示されてた。鑑定盤には表示されなかったってことは、知られていないか、感知出来ないか。そもそも装置に組み込まれてないのか?そりゃそうか。知らないものも、感知できないものも表示できない。感知できるようになったら、それも表示が出来るようになるのか。母さんなら出来そうだけど、その必要があるかもわからないな。」
大人たちは口を出さない。
本人は気がついていないが、それで良い。
思っている事を口に出せる環境がルークには必要だというのが共通認識だ。
うんうん。出てる出てる。
と、喜ばしい気持ちでニヤニヤしている。
しかし、これが癖になると大人になった時に困ることになるとは考えつかない。
平和な大人たちは、ルークを最後まで守る気なのだ。
長生きできてしまうからこそ、隠居が必要になる身であるから、自由でいる事が必要なのだ。
自分を押さえ込んだまま何百年生きねばならないのは、地獄だと知っているのだ。




