63.カピバラの愛情表現
家に戻るとリビングにはキースとデイジーがソファでのんびりしていた。
家事当番のハンナは、一人でダイニングテーブルに朝食を並べているところだった。
思った以上に時間がかかってしまったようだ。
ごめんなさい!
「みんなおはよう!」
「「「ルーク、おはよう。」」」
「お。みんな揃ってるのか。今日はヤギから七本ミルクを貰ったよ。」
「あら、今日は多いのね。子育てがひと段落した子がいるのかしら。」
それだと次回はもっと多くなるわね。とハンナはウキウキしているようだ。
じゃあ、ミルクを使った美味しいスイーツが作りたい放題なんじゃない?
「ハンナ、今日はこのミルクと収穫してきたブルーベリーで、えっと、なんだっけ?ルーク」
こっちもウキウキしているとジェイクに声をかけられた。
それはもちろん
「ブルーベリーのチーズケーキ!」
「そう、それだ!それを作って貰えないか?」
「「ブルーベリーのチーズケーキ?」」
キースとデイジーは知らない名前に興味津々。ハンナは、ふふふと笑っている。
「良いわよ!作れる!!材料も全部あるし、あとでスキルを使って作ってみたいから、ルーク、指導をお願い出来るかしら?」
「俺でよければ!」
やったー!今日はチーズケーキが食べられるぞ!!
喜びながらダイニングテーブルに付くと、準備された食事が五人分なのに気がついた。
「あれ?五人分?」
キースとデイジーがダイニングチェアに移動しながら、
「あぁ、昨夜ルークが寝た後、通知盤に緊急連絡が入ってな。久しぶりにピーピー鳴ったよ。」
「王様から直々に、ちょっと来てよって。書かれていたわぁ。」
「え?王様ってそんなフランクな感じなの?」
俺が知ってる王様の情報は少ない。
・国民のために公共事業を推進してくれること。
・スキルの事業支援に力を入れてくれていること。
・ユニサス号を無償で貸してくれたこと。
・精霊ちゃんと契約していること。(契約できるほど仲良しなんてちょっと羨ましい。)
これだけだが、
上下水道も、街灯と室内灯も、耳にしてすぐに最優先の公共事業として行うことを決定できるくらい、優れた人物だと認識している。
そんな王様に対してみんながちょっと嫌な顔をするってことは、それをしても大丈夫なくらいの仲で、距離が近い相手になっているのだろう。
「あいつはいつでも気軽に頼み事をするんだよ。」
「上下水道が公共事業になった時もこんな感じだったわね。」
はぁ。と四人でため息をつく。
「あれで突然忙しくなっちゃったのよね。」
ジェイクとハンナが説明してくれた。
みんながダイニングに集まったので、いただきますをして、食事を取りながら話しをすることにした。
「あいつは統治能力は抜群なんだけどな。鼻も利くし。もぐもぐ」
「あの気軽さが良い時と悪い時があるのよねぇ。」
王様っぽくない人なんだろうな。
「で、仮眠してからアーサーとアイリスはうちの馬車で王宮に向かったよ。あ、このドレッシングの味がいいな。ハンナ、後でレシピを教えてくれ。」
「良いわよ、キース。」
「商人さんたちは?」
「一緒に行ったわ。何故かサーシャたちも呼ばれたのよねぇ。」
おかわりのスープを注ぎながらハンナは教えてくれる。
「そうなんだ。クオンさんも急務って言ってたし、白キツネさんもそんな感じだったもんなぁ。探知盤の件かな?」
「「「「え?急務?」」」」
「うん。クオンさんの友達精霊の白キツネさんがね、探知盤と安心君、イヤーカフの説明を一緒に聞いてたんだよ。そしたら興奮し出して、「お知らせしなきゃ!」って消えちゃって。戻ってきたらクオンさん経由で急務だって父さんに知らせてた。」
「ルークちゃん、そんなことがあったのねぇ。」
「しかし、急務ってことは、室内灯、街灯の忙しさ再び。だな。きっと。」
「キース、不吉なこと言わないでよ。」
「いや、でもなぁ。いつものパターンじゃないか?」
「ジェイクまで。でも、確かにそうね。思い出すと冷や汗が出るわ。」
ハンナは顔色を少し悪くする。
「まぁ、そんなわけでアーサーとアイリスはしばらくは帰ってこない。ルークをくれぐれも頼むと言って出かけて行ったよ。」
サラダから目を離しルークを見つめながらジェイクが言う。目が安心しろと言ってる。
「え!じゃあ、まだしばらくここにいても良いの?」
「「「「もちろん!」」」」
「やったー!じゃあ、帰りの馬車の予約をキャンセルしなきゃ!」
「それはアーサーたちが手続きしてくるって言ってたよ。」
あのユニサス号(王様からの借りたデコ馬車)に乗れないのは残念だけど、こっちにまだ居られるなんて、めっちゃ嬉しい!
ハンナがピッチャーを持ってコップに飲み物を注ぎ、ミントを飾っている。
あれ?ミント?
「ハンナばあちゃん。もしかしてそれ…レモンスカッシュとか?」
「ルークはよく知ってるわね!炭酸水を汲みに行って昨日の残りのレモンを見たらピンッてきたのよ。」
「なんだい?レモンスカッシュ?」
「シュワシュワしてレモンとハチミツの爽やかな飲み物だよ。」
嬉しいー!と喜んでコップをもらって飲む。
シュワシュワして甘酸っぱくて、美味しすぎるっ!
この星で飲めるなんてっ!
「「「おおお。」」」
みんなも喜んで飲んでるようだ。
ハンナとキースは他のフルーツで作ったらどうかと話し合って、試作の相談をしているようだ。
「で、父さんたちは探知盤と安心君を持って行ったの?」
「あぁ、持って行ったぞ。持ってくるように指定された内の一つだからな。」
探知盤は一つ。安心君は十台あったよな。全部持ってっちゃったのかなぁ。
他には何を持って行ったんだろう。新作の試作かな?
食後のフルーツを出して貰って、ご馳走様。
朝食後のフルーツは紫色の小粒のブドウでした。
食後の今、俺はリビングのソファにキースとデイジーに挟まれ座っている。
ジェイクとハンナはキッチンで食後の後片付けだ。
ルークがソファにちょこんと座った後、その前のテーブルに、キースがコトンと安心君を置いた。
「あれ?父さんたち全部持っていかなかったの?」
この言葉を合図に祖父母たちは、自分の利き手とは逆の手首に付けた安心君を見せるように腕を伸ばす。キッチンの二人も腕を伸ばして見せてくれている。
「えええー!みんな付けてるの?」
「ルークにしては気が付かなかったな。朝からみんなつけていたよ?」
「昨夜キースがバンドを作ってくれてね?みんな朝起きたら寝るまでの間、付けていようって決めたのよ。」
「で、これがルークの分。」
ルークの目の前の安心君を指で叩く。
「良いの?俺が持っても。魔力残量の光、変わらないと思うけど…?」
「誰とでも連絡取れた方がいいでしょう?ルークちゃんは使い方も熟知しているだろうし。」
「ルークに色々聞いて教えてもらえるしな?」
「あ、ありがとう!」
「ほら、手首につけてごらん?」
キースに促され、ルークは安心君を手首に巻き付ける。キースの加工してくれた革は柔らかく、ハリネズミ執事専用のグローブと同じ肌触りに感じた。
やはりルークには本体部分が大きい。手首からはみ出るので、引っ掛けないようにしなきゃな。
ふふふ。嬉しくてどうしてもにやけてしまう。
初めてスマホを持った時と同じだ。
これもスマホのようなものだけど。
「これ、魔牛の皮で作ってくれたの?」
「お。よく分かったなぁ。」
「作ってもらったハリネズミ執事専用グローブと同じ感じがしたから。」
「お揃いだぞ?みんな同じ皮から切り出したんだ。」
「うん。嬉しい。ありがとう!作ってくれて!」
バンドを少し絞めると安心君の裏側に手首の一部が触れ、光が灯った。
「「「「え?」」」」
「え?なんで?」
その光は、アイリスが教えてくれた青でも緑でも黄色でもなく、白色光に輝いた。所謂透明という感じで。
それが何故かは、ここにいる者は誰一人として解らない。作成者が馬車の人だからだ。
「「……。」」
「はぁ。アイリスは相変わらずの説明不足だな。」
「すまん。俺の娘が。」
「いや、構わんよ。アイリスだって、安心君のこれは“まさかの反応“だろうしな。」
ルークは考える。
確か、色のない透明な「白色光」って、可視光線を含む全ての光の波長がまんべんなく含まれている状態だったんじゃなかろうか。
え?全てを凌駕してる、とか?
俺の魔力、無限大とか父さん言ってたし。
さらに思い出す。
あれれ?無限と無限大って違わなかったっけ?
無限は、量に限りが無い。
無限大は、限りなく増えていく状態。
そうじゃなかったっけ?あれ?
俺の魔力、増えていくの?無限なのに??
なんかやばくない?魔力チート?
ふへへへ。と変な笑い声が口から漏れてしまいそうだ。
「しかし、これはこれで問題だな。これでは見てすぐに違和感を感じてしまうだろう?何故この子のは色がないんだろう?透明な光なんだろう?って。」
「ルークちゃんが規格外だってばれちゃうってことね。」
ルークは二人の安心君をみる。青い光が灯っている。自分のとは明らかに違う。
青いフィルムでも貼ってみる?
無限大ならどうせ常に透明でしょ。
なら、青いフィルム貼っておいても色の変化は無いだろうしねっ!
「キースじいちゃん。青いフィルムとかない?」
「フィルム?」
「うん。透明な薄い膜。それを青く塗ったのを被せたら隠蔽、誤魔化せない?」
言い直したが、どちらも同じような意味だ。
冷静になれ、俺。
「ふむ。それならその安心君の光る部分に薄い青いガラスを加工して被せてみようか。ここ、なんの素材だ?あの二人はガラスの加工はできないから薄く伸ばした金属か?」
「出来そう?」
「安心君の方にはある程度厚みもあるし、多少の色の差異は出てしまうかもしれないが、並べでもしない限りわからないところまで調整してみようか。」
「無理のない範囲でお願いします。」
ぺこりと頭を下げお願いし、バンドを外してキースに渡すと、足元に何かが触れる気がして、テーブルの下をチラリ覗いてみた。
キースの足元にカピバラ精霊が来たのだ。
「任せろ。すぐに加工してやるから。デイジー、腕を伸ばして安心君の色を見せてくれるかい?」
「どうぞどうぞ。」
デイジーは見やすいよう、ルークの目の前を横切るように腕を伸ばす。外すと色が消えてしまうので、こうするしかない。
キース自身のを見ながら作業したら、魔力を使うので途中で色が変わってしまう。
見本にならないのだ。
「伸ばしっぱなしで少しきついかもしれないが、ちょっとだけ我慢してくれ。」
俺と場所を入れ替えた方がいいのでは?
デイジーばあちゃんの腕が疲れちゃうよね?
キースはルークの安心君をテーブルに置き、じっと青い光を見ながら『加工』のスキルを使う。
キースの胸からふわりと光が湧き出て、右腕を通って右手に集まり、安心君の一部が輝き出す。光っているのは、魔力残量を知らせる部分だろう。しばらく光っていたが、やがて収束した。
同時にキースの手首の光は青から黄色がかった緑にその色を変えた。
足元のカピバラ精霊もキースのスキル発動の際、少し光っていた。
ハリネズミ執事専用グローブを加工してくれた時と同じくらいの時間がかかったようだ。ガラスの加工はキースの属性内なのに。色の微調整に時間と魔力を要したのだろう。
ルークは自分のせいで申し訳ないなと思ったが、ごめんなさいは違うと思い直す。
せっかくならお礼を言われたい。俺なら。
“俺のせい“ではなく、“俺のため“と意識を変えていこう!
「ほら、もう一度つけてごらん?」
「うん。ありがとう!」
テーブルに手を伸ばし、安心君を取り手首に押し付けるようにして巻きつける。
安心君の一部が青い光を放ったので、デイジーの物に近づけてみた。並べても遜色ない色で光っている。
「よし!成功したな。」
「うん!最高だよ!並べても同じ色にしか見えないし、厚みも同じに見えるもん!じいちゃん、本当にありがとう!」
目を見てにっこり笑うルークを、キースはもう我慢ならんと、ガバリと抱きしめ頬擦りをした。
「あらあら。我慢の限界ね。」
デイジーは笑うが、ルークはびっくりしていた。キースはいつもクールであり、ルークとはなんとなく一歩距離を置いているようだったからだ。
「え、えっと。」
戸惑いつつ、やはり嬉しくて、大きな体に腕を回して力を込める。ルークの両手はキースの背中で出会うことはない。
「ふふふ。キースはね、ルークが生まれた時にそれはもう大喜びで、フニャフニャしているのに強く抱きしめようとしてアイリスに叱られたのよ。それからずっと我慢していたの。特にアイリスちゃんの前ではね?昔から小さいものとか可愛いものが大好きなのよ。」
確かに。教えてくれるデイジーも女性の中では小柄だし、童顔のように感じる。綺麗系ではなく明らかに可愛い系。キースはどこまでもぶれない。
「だからリス精霊なのかな…。」
大きな体のキースに小さいリス。想像した時笑っちゃってごめんなさい。
「リス。可愛くて大好きだ。ちょこちょこ走る姿も、パンパンに膨らむ頬袋でフォルムが変わる様も、後ろ足で立つ姿も、あの尻尾もたまらない!」
キースじいちゃんのリス愛が止まらない!
そうか。そんなに好きなら、友達精霊がリスなのも納得。
キースの足元でカピバラが
「がーんなのだ。」
と口を開け白目を剥いてがっかりしていた。
悲しみは深そうだ。
「キースじいちゃん!カピバラだって可愛いよね?」
「カピバラ!カピバラは可愛いよなぁ。あの表情がたまらない。鼻をピクピクさせたり、小さな口でもぐもぐ食べてる顔も可愛いし、温泉に入ってる姿はほのぼのして、平和だなって安心しちゃうよなぁ。」
「うふふ。嬉しいのだ。我らもキースが大好きなのだ。」
喜びはひとしおか?ニマニマしながら帰って行った。
この感じ、カピバラの生息地は温泉になりそうな気がする。
名物になって良さそうだ。




