61.新たな旅路に必要なもの不必要なもの
ルークは檜風呂を堪能し、リビングで休憩するために扉を開けた。
リビングテーブルの周りでアーサーとクオンが、ジェイクに安心君で魔力残量の確認をされていた。
安心君は黄色に光っていた。
黄色。
ってことは、大分、魔力を使ったんだな。
覗きに行くと、テーブルの上にはジェイクじいちゃんが素晴らしいデザイン画を描くノートと、ドライヤーの試作品と思われるものが置かれていた。
お。やっぱり作ったんだ。
試作は上手く行ったんだろうか?
ルークはソファに座ってタオルで髪を拭きながらその試作品を見ていると
「ルーク、丁度良いな。モニターしてくれるか?」
「あぁ、ドライヤーのだね?良いよ。お願い。」
ジェイクはドライヤー一号を片手に持ち、スイッチを押した。
ドライヤー一号は、長さが短い大小の円柱を二つ重ねたような形だ。
持ち手になる小さい円柱には魔力電池が入るようになっていて、スイッチも付いている。大きな円柱は吹き出し口なのか、一回り小さな円錐の形に内側が凹んでいる。
重さによるけど少し持ちにくそうな印象だ。
スイッチを押し、シューという音と共に温風が出始めたドライヤー。
ジェイクは、その温風をルークの髪に向けて乾かそうとすると、あっという間にさらりと乾いていく。
「え?もう?」
温風が当たった瞬間乾いていくので、ドライヤーを頭に向けて大きく円を描くように一周させただけで髪全体が乾いてしまった。
「か、乾くの早すぎない?」
「時間短縮、魔力電池節約で良いだろ?」
驚くほどの短時間での乾燥。でもパサパサになってない。これは一言、凄いに尽きる。
こんな短時間なら持ちにくさも気にならないかな?
「ちょっと貸して?」
ジェイクから渡してもらったドライヤーを持ってみる。
「うーん。小さい円柱の側面を少し削るか、円柱じゃなくて円錐にして面取りした方が持ちやすいんじゃないかな?」
「確かに、その方が持ちやすいな。」
「吹き出し口、木にしたらオシャレになるんじゃない?」
金の属性は少ないと聞いた気がする。草の属性は結構多そうだし、比重をそっちにシフトした方が、作業効率が上がるし仕事の斡旋にもなるだろう。
見た目もこれぞ金属です!
じゃ味気ない。
木の温もりを感じたい。
「ふむ。木目が綺麗に出るとオシャレ度が上がるか?」
「それなら寄木細工みたいにしてみたら?端材で組み合わせたら、世界に一つだけのオリジナルになるから、喜ばれるんじゃない?」
「寄木細工?」
「えっと確か、色んな種類の木材を組み合わせて、それぞれの色合いや木目の違いを利用して模様を描く技術?かな?」
「こんな感じか?」
ジェイクはノートに描いていく。前世から引っ張り出した記憶の一端かもしれない。
描かれたそれは、ルークの知っている寄木細工そのもので、ネットで見たことのある幾何学模様だった。
「これ!凄い!こういう感じ!この寄木細工で、小物とか、、あ!アクセサリー収納の箱とか作ったら女性には喜ばれるんじゃないかなぁ?」
「「「女性に喜ばれる?」」(ボソリ)」
男性三人が食いついたぞ?
相手の誕生日でも近いのだろうか…。
「よ、喜ばれると思う。みんなに聞いてみる?」
「いや、まだだ!まずはこのドライヤーの外装を変えてみようじゃないかっ!」
「「おー!」(ボソリ)」
変なテンションになったぞ。
これは収拾がつくのか?
バーン!ドンッ!バタン!ガツ!!
ルークが少し呆れていると、商人に貸す客間がある方の廊下に繋がる扉が開いた。ものすごい勢いで開けたため、扉が壁にぶつかり跳ね返って閉まった。
「「「「「「…。」」」」」」
最後のガツってもしかして…
ルークが確認のため、扉に向かっていると、音に慌てたデイジーもやってきたので、二人で扉を開けてみる。
デイジーの正面には誰もいない。
ルークの目の前には鼻の頭を押さえてしゃがんでいるサーシャがいた。
「あらあら!大丈夫?ほら見せてごらんなさい。」
デイジーがサーシャに気が付いてしゃがみ込み、押さえている場所を覗き込んで
「あら、これは良くないわね。ちょっとこっちにきて?」
と、サーシャを立ち上がらせ廊下を歩き、家事室の扉を開けた。ルークはリビングの扉を閉めて二人を追う。
この家の家事室では、洗濯物を畳んだり裁縫など細々したことをする部屋らしい。
手当て用具もカゴに入れて置いてあるので、この部屋にサーシャを連れてきたデイジー。
リビングにも置いてあるが、怪我をしたのが顔ならば、誰にも見せたくないだろうとのデイジーの気遣いだ。
「ほら、ここに座って?見せてちょうだい。」
サーシャは手を離すと鼻の頭が擦り切れ少し血が滲み、鼻血も垂れていた。
「うん。これなら大丈夫そうね。ほらこれで鼻を押さえてて?じっとしていたら鼻血は止まるから。」
「あぁ。ありがとう。」
「鼻の頭もよく見せてね?扉の材木のささくれが刺さったままだと危ないから。」
デイジーが素早い動きで手当をしていくその様を家事室の扉に寄りかかったままルークは見ていた。
サーシャへの手当は、瓶に入った液体を傷に付けて終了となった。
あれ?今ばあちゃんの手、光ってなかった?
サーシャの顔に触れた時、薄く右手が光った気がした。
しかし、デイジースキルは、知りたがり、加工、化粧品オタクに今朝のリメイクのはず。
今の状況には、どのスキルも適応外だ。
気のせいか?それとも?
ルークはデイジーの頭を確認してみる。カエル母さんがいる気配はない。
カエル母さんといえば、白カエルちゃんにデイジーの二つ目の属性を伸ばせと言われている。
デイジーにべったり張り付いていても、何もピンと来ないので、いつも通り生活させてもらっていた。
何かデイジーの前世と繋がるような事を探った方が良いのかな?
家事室を出て、二人とリビングに戻りながらデイジーを見つめてみるが、何も解らない。
探そうとして見つかるくらいなら、もう見つかってるか。
楽しく暮らそっと。ダメなら精霊さんたちから注意を受けるでしょ。多分。
リビングのソファに再び戻ると、復活したサーシャの喋りが始まった。
「この家の風呂事情はどうなってんだい!?」
サーシャはお風呂で何かに興奮して、急いで部屋に入ろうとして扉の襲撃にあったようだ。
可哀想に。
いや、扉が壊れなくて良かった?
後で確認してみようか…。
凹んでいたらびっくりを通り越して笑っちゃいそう。
「風呂事情〜?さっき作った現場を見ていただろう?」
何言ってんの?の表情のジェイクにサーシャは
「そっちじゃないよ!液体の方だよ!」
「「「あぁ、頭用あわあわ液か」」」
「な、なんだよその可愛いネーミングはっ!というか、え?頭用なの?全身用じゃなくて?顔に使っちゃダメだった?」
可愛いのかよっ!
このネーミングセンスは、この国共通かい?
それに、使っちゃったんだ。全身に。顔にも。
「液体の加工はデイジー!あの香りはハンナ!二人の合作だろう!?」
仕切り直してからの発言は、さすが商人って感じ。
「そうだけど?」
準備されたお茶をソファに座って飲み、いつの間にやら外装を寄木細工に変えた“ドライヤー一号改“にOKを出したハンナは、何を今更って顔をしている。
でも、知らない人が使ったらびっくりしちゃうからね?
「欲しい!!絶対に欲しい!!見てよこの髪!」
と、濡れておろされた長い髪をみんなに見せようとしたところで、“ドライヤー一号改“を持ったクオンがシュパッと現れ、スイッチを入れてサーシャの髪に向ける。
「うわっぷ!な、な、なにすっ!」
髪と顔に温風が直撃し、おしゃべりが続かないサーシャだったが、その温風はすぐに止まった。
「え?乾いて?」
サーシャの髪は頭用あわあわ液によりサラサラの艶やかで、短時間の乾燥でキューティクルが締まり、淡く光って波打っている。
「な、な、なんじゃこりゃー!!」
「落ち着いてください、サーシャ、いつも通りです。(ボソリ)」
「どこがいつも通りだい!!あぁぁ!両方欲しいーーー!!」
「まだダメよ!」「まだまだ改善の余地があるの。」
ハンナとデイジーが拒否する。
「え、で、でも、あれでも十分…」
「ダメよ!」「シャンプー、コンディショナー、ボディソープを仕上げるまでは!」
「な、なんだいそれは?」
「「秘密よ!」」
「ぐぅぅ…。完成されたら一番に連絡をくれっ!」
「「約束できないわ。」」
「なんでだよっ!アタイは早く使いたいっ!」
「諦めましょう、サーシャ。(ボソリ)」
「ぐぬぬぬっ!!」
サーシャを揶揄って遊ぶ大人たちと暴れるサーシャを見ていて、ルークは気がついてしまった。
サーシャの鼻の傷、消えてない?
あの時デイジーが塗った液体は多分薬だ。
こんな短時間で血が出るような傷を消えるほど治せるもの?
トーマスのヒールで切り傷が治せる程度と言っていたから、そういう塗り薬があるのかも。
そういえば、トーマスの二個目のスキル「草-創薬」は使えるようになっただろうか。
ルークの思考は進んでいく。
デイジーの右手が光ったことを置き去りにして。
サーシャが鼻をぶつけた扉とは反対の扉が開いてキースとアイリスが戻ってきた。
キースはルークのお風呂中に、安心君のバンドを試作し、アイリスは安心君を八つ、音声付与をする前の段階まで仕上げてきていた。
「サーシャ、これお願いね。」
「任せてくれ!『音声付与』」
サーシャが光り、安心君も光る。
デイジーはアイリスとキース、サーシャの顔色をじっと見つめ、にこりと微笑む。
ルークはその確認のためにも仕上がった安心君を一つ掴んで、三人の手首にそっと当て、魔力残量の確認をする。
光った色はオレンジ、オレンジ、オレンジ。
「今日のスキル使用は以上です!終了!」
と、声に出して、みんなに微笑ましがられるが、知ったことか。みんなが元気で居てくれたらそれで良いのだ。ふんふん!
ルークのその満足げな顔を見たサーシャは
「うわっ!やっぱりこの子の表情はめちゃくちゃ可愛いじゃないかっ!」
サーシャにまたしてもルークの満足げな顔が刺さったらしく、目が愛でる色に染まった。
クオンはそんなサーシャを見ているが、そんなサーシャも可愛いなと思うだけで、いつもの焦燥感は湧いてこない。
あの雨に打たれてから、何故か確実に気持ちが安定してきている。
これが祝福の雨、浄化の雨の恵みなのか。と感動すらする。
子供の頃から、
お前はダメだ。出来損ないだ。ダメなやつだ。そんな陰険根暗なお前を好きになってくれる相手なんて現れない!だから私をもっと大切にしなさい。
と繰り返し繰り返して言われ続けた。
こんな自分に執着していた母親を少しだけ思い出す。
スキルが生えた頃だった。父親から逃げこの王国に二人で流れ着いて数日、母親は突如失踪した。後にその話を聞いた周囲の人たちは、行方不明ではなく“精霊の鍛錬所送り“にあったのではないか。とのことだったが、既に行方不明として処理されたあとだったし、どちらにせよ、自分にはどうすることも出来なかった。
スキルが生えていたので、この王国の支援事業で食うにも住むにも困る事なく、生きる事ができた。
しかし、居なくなったはずの母親の言葉はいつまでも耳の奥にこびりつき、剥がしても剥がしても離さないとばかりに湧いてくる。
その言葉を発する母親はもういないのに、自分に対して否定的で常に自信が沸くことがない。年々悪化し、声を出す事も憚られるようになり、吐息のようにしか話すことが出来なくなっていく。
好きな人に告白すらまともに出来ないまま大人になり、できる事といえば、後ろに控えて見守るくらい。
そんな自分が、子供の頃に一目惚れした大好きなサーシャと結婚に至った後も、自信がないまま、声もまともに出せないまま。自分に対してだけ否定的で。
それがどうだろう。スキルが進化し、自分にも出来ることがあるとルーク少年に教えられ、あの雨に打たれた後から、徐々に、母親の呪縛が一枚一枚剥がれるように消えていくのが解るのだ。
不思議と気分も良い。夢見も良くなりそうな予感がする。
何故あれほど、サーシャと男が話すだけでそわそわして落ち着かず焦っていたのか、理由が思い出せないほどだ。
自分が好きな分、相手からも同じだけ好きで居て欲しかったのか。
それではあの母親と同じではないか。
「私は情けないですね…。」
もう、マイナスの自分は、全て剥がして捨ててしまおう。いや、誰かが拾うことのないように浄化していこう。
流通商人として新たに出発するため、昨日出発出来て良かった。今日ここに来ることが出来て本当に良かった。別の日だったら、雨は降らず浄化されることはなかっただろう。
導いてくれた精霊様。
どうもありがとうございます。
心で感謝を述べるクオンを、肩に乗った白キツネは見て笑っていた。




