60.願うモノ
急務になるの?なんで?
白キツネさん何かしたの?
白キツネさんは笑うだけで教えてくれない。
いつもの時間切れか?
精霊さんたちは、あるタイミングで消えるか黙る。
でも絶対やったよね?めちゃくちゃ焦ってたし、慌てて消えたし。
まぁ、その辺りは両親と商会がなんとかする話で、俺には関係ないはず。うん。
それよりさぁ。
俺としては、今日温泉に行けないことの方が重大事件なんだよね。
ここは温泉があるから忘れがちだけど、この星のお風呂事情は、水風呂。もしくは濡れタオルで体を拭くくらいなもんなのだ。
ここ数日温泉でさっぱりして、温かを満喫していた者として、”お帰りなさい水風呂”は非常に厳しい!
嫌だなぁ。温かいお風呂が欲しい。お湯をください!かと言って鍋でお湯を沸かしてそれを風呂場に持って行って…は、迷惑をかけすぎる。
自分でやったら絶対叱られるし…。さ
両親は、商人二人とジェイク、ハンナの六人で話し始めている。
耳を傾けると、ミキサーと急冷盤、洗濯魔道具、安心君+イヤーカフ、そしてドライヤーの量産化の話をしているようだ。
両親の商会が持つ工場のうち、現在も稼働している冷蔵盤と加熱盤のラインは大分落ち着いているので、そこで急冷盤と洗濯魔道具の量産は材料さえ準備出来れば、すぐにでも出来るそうだ。今いる職人の属性が適応しているからだ。
「いや、洗濯魔道具はその大きさゆえに、新たに工場を作った方がいいかもしれないぞ?」
「確かに出来上がった洗濯魔道具を置くスペースが確保できないわね。」
「なら急冷盤とミキサーをそこの工場で試作させよう。」
ジェイクが問題提起し、アイリスとアーサーが答えている。
保冷盤の話はしなくて良いのかな?
まだお知らせしてないのか。知ったら絶対欲しがるんじゃないかなぁ?
テーブル型は大きくて、作るのも運ぶのも、購入後も大変だから、コースター型にすると良さいかも。使い勝手がいいし。鍋敷きタイプも捨てがたいな。
新しい工場を建てて、洗濯魔道具の生産ラインを作る事で決まりそうだ。
稼働していない工場が一つあるので、そこでドライヤーと安心君の作業が出来る人を集めようと話しているようだ。
イヤーカフは貴金属を扱う商会と組んだ方がお安く提供できるらしい。
うーん。でもなぁ。急務なんでしょ?
急務ってことはさぁ、安心君は公共事業になるんじゃないかなぁ。となんとなく感じている。
だって、精霊さんが関わり始めてるから。
この星で精霊さんは敬う対象だし。
となると、安心君とドライヤーの工場は多分分かれちゃうんじゃない?クオンさん、サーシャさんラブっぽいから、離れて作業出来ないんじゃないかなぁ。大人だし出来るかなぁ?
というかさ、欲張りすぎじゃない?
ドライヤーなんてまだ試作もしてないし。
大人たちの難しい話がひと段落したようなので、ルークはアーサーの耳元でお願いしてみることにした。
「父さん。温かいお風呂作って。」
「え?」
突然なにそれ?って顔をしている。
あれ?話したことなかったっけ?
記憶を辿ると、王都でアイリスに、こっちにきた時ジェイクに話したことは思い出せる。が、そこにアーサーはいなかったような…気がする。
ごめん父さん。その場に居たのか居なかったかもあんまりよく覚えてなくて…
楽しく過ごし過ぎてごめんなさい。
「あぁ、俺からもまだ話してなかったわ。ルークがな?温かい風呂に入りたいって言うんで、アーサーの加熱盤を水道管の形に加工して、その中を通った水がお湯になるように出来るんじゃないかって話してたんだよ。」
「そうそれ!水道の蛇口をスイッチにしたらいけるんじゃない?内側をガラスコーティングしたら、腐食にも耐えられるし!ってジェイクじいちゃんに教えてもらった!」
アーサーの隣に座っていたジェイクはルークと共に説明した。
「多分出来る!なら、三人で早速やってみるか!」
「!!ド、ドライヤーが先では!?(ボソリ)」
「クオン?可愛い孫の可愛らしい願いを叶えるのは当然のことだろう?」
「私に孫はいませんので…(ボソリ)」
「やめときな、クオン。どうせ言い負かされるよ。終わってからドライヤーの試作をしたら良いじゃないか。」
「承知いたしました。(ボソリ)」
「じゃあ、サクッとやるか!キース!少し手を離せるか?」
キッチンで夕食の準備をしているキースに声をかける。
「おー。今なら少し手が空くが、何をするんだ?デイジー、沸騰したら止めておいてくれるかい?こっちはミキサーにかければ良いから。」
「ええ。ほら、ルークちゃんのところに行ってらっしゃい!」
「すぐに戻るよ。」
キースはデイジーに残りの料理をお願いし、頬寄せ合ってから、こちらにきてくれた。
二人は本当に仲良しだなぁ。
「デイジーばあちゃん、ありがとう!キースじいちゃんをしばらく借りるね!」
デイジーはふふふとにっこり笑って答えてくれた。
ルークは、ジェイクとキースとアーサーとアイリスと、何故か商人二人を引き連れて、廊下に出た。
ハンナはデイジーの話し相手として残るそうだ。
ルークが借りている部屋とは反対の廊下を歩く。商人二人が宿泊する客間を教えておくためだ。
ジェイクは中庭に面している奥二つの部屋を使うように伝えながら歩く。
廊下の突き当たりの真ん中がお手洗い、その左右がお風呂場である。
まずは西側から。
脱衣所の先に浴室がある。浴室と言うが、あるのは大きめの桶と蛇口一つだけだ。これがこの星の一般的な浴室である。
多分ほとんど使われることがなかったのだろう。
なら、好きにリメイクしちゃっても問題ないだろう。
排水もしっかりしてる。窓の位置も確認する。
「ジェイクじいちゃん、湯船を作っても良い?また絵を描いてくれる?」
「おう、どんどん言ってくれ!この間話した風呂場は想像して何枚か聞いたのがあるからそれを元に直していくか?」
「見せて見せて!」
後ろポケットから出したノートをペラペラとめくり、すでに描かれた絵を見せてくれる。
その中の一枚、浴槽のデザインがヨーロピアン風の猫足タイプのものを見たキースが、
「このデザイン、デイジーが好きそうだ。これをあちら側にもらってもいいか?」
「デイジーばあちゃんならこう言うのも好きそうじゃない?」
「それも良いな。悩むなぁ。」
「それなら水回りなんだが、このタイプが良いんじゃないか?」
「「いいねぇ!」」
「あ、でも蛇口はレバー式…上げてお湯が出て、下げて止めるタイプに変更してもらってもいい?」
「それはどんな仕組みだ?断面図は書けるか?」
「えっと、こんな感じだったはず。」
「おお。面白いな。」
「アーサーしっかり見ておけよ?ここ、脆いと水漏れするぞ。」
「あぁ、解ってる。」
ジェイクとアーサー、キースの三人は、唯一ある一つの蛇口を温水にしてしまうと、使い勝手が悪くなるから分離させる事にして、付け加える水道管(盤)の構造をあれこれ話し合い、決めていく。難しいのは水量と盤との設置面積、温度だそうだ。
「湯船に張られたお湯の温度には、人それぞれ好みはありますが、三十八から四十度くらいが良いんじゃないでしょうか!」
ルークは希望を述べる。
「蛇口から出て湯船に溜まるまでにその温度は変わるだろう?」
「おー?じゃあ、湯船に保温保冷盤を仕込むか。」
「…何?その名前。」
「温度をマイナス二度から二度って、保冷に特化したやつは保冷盤、アイリスが加工した両方出来るやつは保温保冷盤って名前にした。わかりやすくて良いだろう?」
「「なんですか!それはっ!」(ボソリ)」
あ、商人さんたち、食いつくよねぇ。
さっきの商談?相談会?で出てなかったもんね。
「えー。それなら保冷盤要らなくない?保温保冷盤一つで全部賄えちゃうじゃん。」
「うっ!確かに…。でも折角作ったんだし。」
「父さん!そのための試作でしょ!」
「アーサー、諦めろ。ルークの言う通りだ。いくつも同じような物を発売すると、混乱するし、儲けたいだけだろって刺激されるやつが出るかもしれない。」
「ぐっ…そうする。ルーク、ありがとう。」
「どういたしまして。」
浴室全体のデザインを二つ決め、話し合ってそれぞれの役割も決定した。
水周りの構築はアーサーを中心に三人で、浴槽についてはこちら側はジェイクで檜風呂、あちら側はキースとアーサーでガラスと金属でつるりとして丸みのあるヨーロピアンタイプの可愛い風呂(三人は入れるので大きさに頭がバグる)にすることになった。いわゆる猫脚といやつだ。この星にネコ科はいるが、猫は居ない。そのため豹脚というそうだ。
こちら側の作成では、
負担が大きいと思われる温かい風呂の要のアーサーとジェイクに魔力接続接続を、あちら側ではアーサーとキースにすることに決まった。
この程度の作成なら必要ないと言われたが、念のためだ。
ルークのわがままで家族が倒れでもしたら悔やんでも悔やみきれない。
「『盤生成』」「『外装生成』」「『生成補助』」
みんなでスキルをつかってお風呂場をリメイクしていく様を、
「規格外のスキルを見せてもらえるなんて、運がいいよ!」「良いものを見せてもらっています!(ボソリ)」
とワクワクが止まらない商人二人。
サーシャは、どちらの風呂に入ろうか悩んでいるようだ。
どうぞ、好きな方を楽しんでください!
両方の風呂場のリメイクが終わり、お試しにお湯を張って、温度が適温になっていることを確認して、完成とした。
俺は檜風呂が良いなぁ。スーパー温泉で入ってないし。檜の香り好きだし。
キースは、洗い場に頭用あわあわ液と泡立たない石鹸、相応しい桶と椅子を。ジェイクは脱衣所にカゴを持ってきていた。
折角だからと、壁と床までリメイクしていた祖父たち。お陰でめっちゃ素敵に出来上がりました!
リビングに戻ったら、なんだかんだでスキルを使いまくった大人たちの魔力の残量を、安心君で測定して安心することにしよう。
というか、みんなの分、早く作ってもらいたいなぁ。
風呂場から廊下に出たところでジェイクとキースにガッチリ捕まえられ、
「「で?浄化の雨とは?」」
とジェイクとキースの言葉がかぶりながら聞かれた。
仲良しがすぎるでしょ!
「ジェイクじいちゃんが言った通り。あの雨には祝福の効果があるんだって。イタチ君と白キツネさんが言うには、それ効果が浄化で、あの雨粒に打たれると執着とか、魂が浄化されるみたい。ただ、条件がありそうだった。俺が触っても、サーシャさんとクオンさんみたいに、黒のモヤが出てこなかったし、浄化もされなかったから。」
「「はぁ?」」
「ルーク。俺が言った祝福は、まぁ、うん。ちょっと違ってだな。」
「え?じゃあ、俺の解釈違いかも?」
ジェイクが何やら恥ずかしがっているので、キースが続ける。
「ルーク、お前が生まれた日はそうないくらいの長雨が降ったんだよ。あの日俺たちは最高に幸せでな。あの日から俺にとって雨は祝福の雨になったんだ。」
「あ。」
俺の生まれた日、ジェイクじいちゃんには良いエピソードを聞いた。キースじいちゃんにとっても、幸せを感じたエピソードがあったんだ。
「だからな、お前の名前をつけさせてもらった。ルーク、光って意味だ。俺の光。ルーク。」
「ジェイクじいちゃん…。ありがとう。」
自分が誕生したことをここまで喜んでもらえることに、幸せを感じる。許されてる気がする。
とてもありがたい。本当にありがとう。
「あいつら、良い話を聞かせやがって!うぅ。」
「魂の、浄化…(ボソリ)」
商人二人は三人の後を歩きながらひとりごちる。
クオンは自分の身に起きた不可思議なこの現象が、魂の浄化であることを知り、感動で胸が締め付けられるような気がしていた。
二人の祖父に頭を撫でられながらリビングに戻ると料理がリビングテーブルに配膳され終わっていた。
「お疲れ様。良いのができたのかしら?」
デイジーがみんなを労う。
そんなデイジーの元へささっと向かい労うキース。ぶれない。
「良いとか良くないとか、そんな言葉じゃ言い尽くせない!見たこともない素晴らしい出来だ!この家族が規格外だとは知っちゃぁいたが、まさかルークが加わることで想定外の進化をしてるなんて、誰も思わないだろう?」
興奮したサーシャは早口で捲し立てる。
そんなサーシャを置いて、みんなはそれぞれの椅子に座る。
「そうなのよ。ルークが来てからあれこれ変化して、とっても楽しいのよ。」
デイジーはローズヒップティーをコップに注ぎながら、嬉しそうに微笑む。
「保温保冷盤とは?(ボソリ)」
黒子のクオンはアーサーの背後にいた!
「うわっ!え?」
「保温保冷盤とは?あるのでしょう?どう言ったものです?きちんと紹介してください!(ボソリ)」
盤というのだから、アーサー作だと当たりをつけ、背後から説明を求められたアーサーが返事をする前に、
「父さん、保温保冷盤さ、コースターサイズにしたら良くない?」
「「「「「「おお!」」」」」」
「それなら個別で使えるし、扱いやすくていいかもしれないわね!」
ハンナが言うので、ジェイクがノートを取り出してデザインを始めた。
これは、すぐに作っちゃうな。
でもその前に。
「母さん、安心君持ってるでしょ?貸して?」
「ぐっ。なんで知ってるの?」
ポケットから安心君を取り出してルークに渡してくれた。自分専用にするつもりだったか?
「ありがとう。お風呂場でみんなスキルを沢山使ったから、一応ね。」
アイリスから受け取った安心君で、アーサー、ジェイク、キースの魔力残量を確認した。
緑、緑、緑。うん。安全圏内だ。
「コースター型の保温保冷盤、作ってよーし!」
アーサーに向かってルークが叫ぶと、みんなが笑った。
もちろんクオンだけは無表情だった。
「「「「「「「ごちそうさまでした!」」」」」」」
「キースじいちゃん、今日のビシソワーズ、めっちゃ美味しかった!早速ミキサーを使ったんだね!」
「ミキサーを見た時、色んなレシピが浮かんできたからな。」
「ミキサーを使ったレシピをまとめてもらえませんか?是非ミキサーと一緒に売り出しましょう!(ボソリ)」
「「うわぁ!」」
いつの間にかキースの後ろに立っているクオンに驚くキースとルーク。
前世は暗殺者かもしれない。それくらい気配が薄い。本当びっくりするから、気配を消すのをやめてほしい…。
「レシピかぁ。誰でも同じように作れるように、わかりやすくでも端的に説明文を考えなきゃならないからなぁ…。」
「そうなのよねぇ。自分で作る時の感覚を言葉に起こすのって苦労するのよ。」
「そこをなんとか!」
「「うーん。」」
キースとハンナは悩んでいるようだ。
「とりあえずミキサーをモニターしてみて、簡単なものだけレシピにしてみたら?難しい料理やスイーツは、結局誰も作らなかったりするし。おまけで付けるなら五つくらいレシピがあれば良いんじゃないかな?」
前世で調味料の蓋のところにレシピが付いてることがあったなぁ。と言うのをヒントにしてみた。
全部は試さないが、レシピが付いているのと付いていないのとでは、売れ行きは確かに異なるのだ。
「じゃあ、出来たレシピを見て、ルークが一人で作れたやつをレシピとして出すか。」
「あら、それなら良いわね!五歳で出来るものを出来ませんでした。とは言えないだろうし。」
あ、五歳を売り文句にしちゃう感じ?
一般的にな五歳とは違うと認識しておりますが。
そんなやりとりをしていると、横から直径十センチくらいの板が数枚突き出された。
「どう思う?」
アーサーとジェイクだ。
保冷保温コースターと名前を変えた作品を渡された。
デザインはジェイク。作成はアーサーだそうだ。
花形、丸型、六角形、八角形、レース模様が繊細に描かれているものもあった。
「どれも効果は同じなの?」
「軽くテストした限りではな。ルークはどのデザインが売れると思う?」
「うーん。レース模様のは、あまり見かけないし綺麗だから女性の目を引きそうね。花形のも素敵だけど、色をつけてみたらどう?三色セットにするとか。あとは、そうだなぁ。収納が簡単になるようにケースをつけるとかは?立てて収納できると便利だよね。あ、表面をガラスコーティングしたらどう?色のついた飲み物がこぼれると、色がついちゃうでしょ?」
あれこれ思いつくことを言ってみた。
「レースと三色セットというのは良いかもしれない。ガラスコーティングはした方が綺麗に長く使えるな。ものを大切にして長く使える物を作るということは、この国にとっては重要課題の一つだからな。」
「他の課題もあるの?」
「我々国民が長年渇望し、何より急務なのが全王国民の安全の担保だよ。」




