54.青、緑、黄色、オレンジ、赤
安心君…。
毎回毎回、まさかのネーミングセンス。
「ルークの名前は俺がつけた。」
ジェイクに小声で言われてホッとしつつ納得するルーク。
アイリスに名付けられていたらと思うと、全身から変なツユが出て来そうだ。
「じいちゃん、ありがとう。」
心の底からのありがとうだ。
感謝を向けられたジェイクはウィンクして返事をくれた。
ジェイクは思う。
アイリスは少し天然であるが良い子であるし、研究者としても嫁としても一才の非がない。
ただ二つだけ言えるなら、
一、ネーミングセンスが無さすぎる。
一、手紙も書類か報告書かと言うレベル。
地頭が良すぎるのかもしれない。
ネーミングセンスもだが、空気読まないのは、夫婦揃っての諸行。
空気は吸うもので、読むものではないのだ!
くぅぅ。。
母さん!俺の感動の時間を返してっ!
みんなの反応もさぁ
「わかりやすくて良い。」
「理解が早まる名前で素敵。」
「自分では思いつかなかった。」
「さすがだな。アイリスは。」
と、概ね好評。
まぁ、スマホって名前にしたら、なんだそれは?と関心さえ向かないだろうって話だった。
それも納得。だって安心君で喜ばれているのだ。
そのセンスで良いのだ。
名付けに今一つ納得出来ていないのはルークとジェイクだけ。好みの問題か?
リビングの扉が開いてアーサーが戻って来た。
みんなの表情をみて、うまくいったんだな。というドヤ顔をみせる。
父さん、それがなければ格好いいんだけど…。
「あと一つ、機能をつけたのよ。」
アイリスが説明を続ける。
安心君のスマホ自体の機能かな?さっき父さんに連絡取ってたヤツ?
アイリスは安心君を指でトントンと触りつつ、ルークにSOSを出すように指示を出す。
「?、助けて!」
イヤーカフに触りながらSOSを告げると
探知盤と安心君から同時にピーピーと言う音が鳴り始めた。
「ルークのイヤーカフとこっちの安心君を連結させてあるの。で、こっちの安心君から連結済のイヤーカフのある方向も知りたい時に確認できるようになってるわ。」
安心君の表面に“緊急連絡“の文字
「これをタップすると」
探知盤に光る赤い点から一回り大きく波紋が広がる。
さらに探知盤のそれをタップすると、安心君が振動し始めた。アイリスは振動を始めた安心君を探知盤から一番遠くにいるキースに渡す。
「??」
大人しく安心君を持たされるキース。
アイリスは探知盤に顔を近付け
「「緊急ですね。どなたが助けを求めていますか?」」
と言葉を発すると、キースに持たされた安心君からほぼ同時にアイリスの声が流れた。
皆、衝撃を受ける。
「「あ、ま、孫が居なくなってしまって。」」
機転を効かせ、言葉を選んで安心君に告げると、探知盤からもキースの言葉が同時に流れる。
アイリスはキースから安心君を受け取り、表面の“緊急連絡“の文字をタップして終了した。
ルークが“キャンセル“すると探知盤の赤い光は紫に、音も消えた。
次に安心君をパカリと広げて中の表示をみんなに見せる。
“連絡“と“地図表示“があり、“地図表示“をタップすると、地図が表示される。
地図の中心は安心君で、近くに紫色の光が一つ光っている。ルークのイヤーカフの位置だ。
そのままの状態の安心君をデイジーに渡す。
渡されたデイジーはそれを見ながら部屋を歩いてみる。地図の表示が動きに合わせて変わる。
その場で回れば地図も回るので、地図を見ながらルークにまで到達することができそうだ。
「こ、これ…。すごいわ!すごいわよ、アイリスちゃん!」
安心君をハンナに試してみろと渡すデイジー。
ハンナも表示を見ながらキッチンまで歩いてみる。ジェイクもそれについていき、表示を眺めている。
「宝探しも出来そうね!」
感心し過ぎて笑ってしまっている。
「一つ試しても?」
キースはアイリスに尋ねてからルークのイヤーカフに触れ、
「助けて!」
と声を出す。
すると、探知盤にはルークを表示していた紫の光だけが赤に染まり、ハンナの持つ安心君からも同時にピーピーと鳴り始める。
「うん。理解した。触れて“助けて“と“キャンセル“がきっかけの言葉になるんだな。」
キースの“キャンセル“の言葉は、触れていないのでキャンセルされず、音は鳴りっぱなしだ。
ルークはイヤーカフに触れて“キャンセル“した。
探知盤と安心君の音が消えた。
「誰の声でも触れてさえいれば反応するのか。」
「助けて。も、キャンセル。も、日常生活であまり使わない言葉だし、触れていないと発動しないなら、誤作動もなかなか無さそうで良いわね。」
ハンナも強く納得しているようだ。
「どうかしら?」
「「「素晴らしい」」」
「良いと思うわ。」
「今のところ抜けを感じない。」
概ねみんなの賛同を得られた。
「今までの安心君たる所以のところは緊急事態が起きた時の使い方ね。王様に相談して公共事業にしてもらえたら、王宮に対策室を設置してもらってこれを置いてもらう。のが良いと思ってる。」
みんなで首肯する。
自分たちで緊急対策室は作れない。助けに行く事も容易ではない。特化したスキル持ちが居る王宮でやってもらうのが良いに決まっている。
「で、この安心君の日常使いの方なのだけどね。」
アイリスはハンナから安心君を返してもらい、安心君の裏側を腕に当てる。
安心君の側面が緑色に淡く光った。
「なんだ?色が変わったぞ?」
ジェイクが驚いて顔を近づける。
「この色は、今私の残りの魔力が潤沢だと言う表示なの。アーサー、見せてあげて。」
アーサーはリビングテーブルまでやって来て、みんなに見えるように持っていた安心君を腕に乗せた。
「オレンジ色になったぞ?」
「今日俺は二度洗濯機を作りましたから、魔力が減っているんです。」
「ジェイクさんとキースさんもスキルを使ったんですよね?安心君を腕に乗せてもらえますか?」
ジェイクはアイリスから、キースはアーサーから安心君を受け取り腕に当てる。
二人ともオレンジ色に淡く光った。
「青、緑、黄色、オレンジ、赤で表示が変わるはず。青が魔力消費がない状態、赤が魔力切れが近い状態。全色試していないので、確認は取れていませんが。」
「これは常時光っているのか?」
「はい。目が痛くなく、でも一目でわかるように一部だけ光るようにしてあります。」
「すごいな。本当に。」
ジェイクは納得したようだ。
キースは安心君をひっくり返して
「中央部分で感知してるのか?全面か?」
「全面。一部でも触れていれば大丈夫にしたけど、それも未確認。」
「そうか。しかしそれなら、両端からバンドを繋げられるようにすれば、機能を損ねないな。」
革バンドの試作のため確認したようだ。
「で、安心君を開いてもらえますか?」
ジェイクとキースは周囲の人にも見えるように持ち直してパカリと広げると、“連絡“と“地図表示“が見える。
「連絡をタップしてもらえますか?そうすると、“定型“と、“自由作成“と表示を変えます。定型にはいくつか私が考えたものが入っていますが、自作の文を定型に登録する事もできます。とりあえず今は自由作成を押してもらえますか?」
二人は自由作成を選択してタップすると、キーボードが現れた。太い指でもギリギリ触れるくらいの文字表示だが、よく出来ている。これならメールも打てるだろう。
「そこに文字を選んでいって文を作ります。作り終えたら、送信先を選んで送信をタップして送る側は終了です。」
キースとジェイクはそれぞれ“テスト“と打ち込み、送信先をタップして、登録されているお互いのものと思われる表示を選んで送信した。
送信をタップしてすぐに、二つの安心君がピロンと鳴り、手紙がきたことを告げる。
「安心君を閉じた状態でも開けた状態でも、右下に手紙のマークが出るので、それをタップしてみてください。」
二人は手紙マーク、封筒のような形をしたところを触る。すると表示が変わって内容が表示された。
「「「「テスト」」」」
「同じ内容を打ち込んでるなんて!」
「二人は本当に仲良しねぇ。」
妻に揶揄われ、みんなに笑われるジェイクとキース。
「「これ以外ないだろう?」」
反論まで重なる仲良し二人組。良いじゃないか。
仲良きことは美しきかな。だよ!
「この、手紙のやり取りは便利だけど、緊急時の時みたいに声のやり取りはできないの?」
ハンナが気になっていた事をアイリスに尋ねる。
「そこなんですけど、多分、属性の違いがあって。私では、安心君一つに一箇所の音声通信を付けるのに、魔石を大量に、この探知盤の上に束で乗りきれないほど使って、一日に二つが限度でした。」
「「「それは…」」」
「あ、アーサーと父さん母さんについて貰って作ったから、大丈夫よ。魔力切れにも注意したし。」
アイリスはルークを安心させるように告げた。
ルークをこれ以上心配させたくないのだ。
ルークは微妙な顔をしたが、デイジーがニコニコしているのを見て、大丈夫だったんだと解り安心した。この中では、デイジーが誰よりも一番、人の体調に敏感なのだ。少しの変化も見逃さないという気合も入っている。穏やかな内科の先生という感じすらあるのだ。
「属性か。」
みんなで悩んでいるようなので、ルークは告げた。前世で一つだけハマった魔法系ゲームがあったのだ。お金も時間も無駄にしたくないルークがハマるくらいだったので、通勤電車でだけ遊ぶ、無料アプリゲームだったのだが。
「属性は風、『加工』スキル持ちなら付与できるんじゃないかな?知り合いにいない?」
「風!?そんな属性あるのかしら…。みんな自分の属性は解らないから。ただ、加工スキル持ちでも、作業に時間がかかる子たちが、もしかしたら風って事もあるわね。」
「確かに、同じ加工スキルでも、ガラスの加工も木の加工も時間がかかる者がいるな。」
「サーシャがそれかもしれないな。」
「「「……。」」」
「風属性なんて考えた事がなかったが。音は風に乗るって考え方なのか?」
「そう言う方向でいいと思う。」
「「集めてやらせてみるのも良いかもしれない。」」
ジェイクとキースは伝手を使ってやらせてみようと喜んでいる。
ちょっと背中から黒いオーラが見える気がするけど、穏便に、みんなと仲良くお願いします!
自分の属性で出来ることは本来限られている。
属性外の物質に対してのスキル使用は、魔力消費が大きいので、属性内の人との差は雲泥の差となる。
そのため、使う側の気持ちもゴリゴリ削ぐ結果に。
それでもスキルは使えるので、仕事として請け負うのだが。正直、その人に合う仕事ではないのだ。
それを、適切な仕事に変えることが出来るなら、そっちをやりたいに決まっている。
その可能性を知ったからには試してみて、良い環境の仕事に移動させてあげたいのだろう。
ジェイクとキースは王宮勤めの時、そういった管理職もやっていたのかもしれない。
前世も建築士に料理長だもんね。人を導くことも仕事のうちだったよね。うん。
そう言うことにしておこう。
「あ、でも風の属性で音の加工が出来るか解らないから、そこも確認してよね!」
「「わかってるよ。」」
「あともう一つ!」
ルークの声にみんなが集中する。
「今度来る予定の商人さんにイヤーカフか安心君を渡して、探知の距離の調査をお願いしたらどうかな?商人さんなら国外にも行くでしょう?」
「商人…あれー?あれあれあれー?なんか忘れてる気がする…?」
商人さんにお願いして検証する方向で決まり、イヤーカフを一人に一つずつ、安心君を一つ渡すことになったタイミングで、会議に不参加だったアーサーがボソボソ言い出した。
「あぁ!思い出した!帰還者夫婦が新しく旅の商人になるから、今度来るってレオンが言ってたんだ!」
「「「「「は?」」」」」
「新しい商人さんが来るの?なら、その人たちにも調査をお願いしようよ!母さん!イヤーカフなら簡単に作れるでしょう?スマホ…じゃなかった、安心君もあと一つあるし。ん?あれ?」
ルーク以外が顔を突き合わせて話し合う。
「誰だ?知ってるやつなのか?」
「夫婦って言ってたし知り合いかも?」
「旅の商人になったばかりでここに来るなんて…」
「やっぱりそうよね?」
「あの人なの?あの人たちなのね?」
「まぁ、もしあいつらだとして…対応は素早いし、悪くはないかもよ?」
「「いや、でもなぁ。。」」
お知り合いの可能性が?
そしてそれに問題が?
俺としてはちゃんと検証してくれる人なら誰でも良い。
「音声通信出来なくて良いから、安心君を二台作ってそれを商人さんたちに一台ずつ持ってもらうのが良いと思うんだよなぁ。まだ王宮に対策室ができたわけじゃないから、あっても使えないし。」
「ルーク、それ採用!」
ルークの方にポンッと手を置いて、反対側の手をサムズアップするアーサー。その隣にアイリス。作成に魔力を沢山使うアイリスも笑顔だ。
でも、この二人、絶対この後作るでしょ。
ジェイクが持ちっぱなしの安心君を渡して貰って、アイリスの手首に押し付ける。
「うん。緑色。」
続けてアーサーの手首に押し付ける。
「うん。黄色まで回復してる。」
ポカン顔でルークを見る二人に
「作ってよし!」
許可を出した。
「ただし!ちょくちょく魔力残量を確認すること!」
そんなルークの様子を見て、みんなはホッとしていた。




