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51.初めての冒険

起きたら朝でした。

当たり前ですね。はい。

夕食を食べ始めたところまでは、覚えている…かな?微かに?多分?


リヤカー押したところは完璧に覚えてるけど?


すみません。ごめんなさい。白状します!

そこから今にジャンプしてしまいました。

記憶喪失という睡眠をしていたようです。


昨日は昼寝もしたのに、すっかり長く寝ちゃってさ。五歳児の脳には良い刺激がいっぱいで、寝落ちしたのだ。そういうことにしてください!


どうでも良いけど、めちゃくちゃお腹が空いている。やっぱり夕食を食べずに寝てしまったらしい。

夕食後のフルーツ、なんだったんだろう。


目を擦りながらベッドから降りて洗面台に行こうとして、いつもと違うことに気がついた。


「あれ?うす暗い…」


もしやまだ夜中?感覚としては朝だけど…

窓へ方向転換して外を確認してみることにした。


音が鳴らないように窓を開ける。


「うわぁ。夜明け前なのかー」


窓から見える景色が感動的だった。

ルークが使わせてもらっているこの部屋は牡鹿精霊の住む林が見える東に面している。朝焼け前の空は、深い赤紫に林の木々を黒く染めあげていた。


すごい配色だなぁ。自然が作るこのコントラストに感動する。


その林をリスたちが忙しそうに走り去っていくのが見えて、心がソワソワし出した。


ちょっとこの感じを全身で感じてみたい。

冒険に行ける気がした。

この冒険の時間は誰にも見つかってはいけない。

そう決めて拳を握る。


窓は開けたままにして、身支度を急いで整え廊下に出る。勿論ドアストッパーは挿した。


昨日の朝とは違う廊下の光と色に、ソワソワした気持ちが抑えられそうになくなった。


ふと耳を触る。アイリスに作ってもらった位置情報発信付きのイヤーカフは付けたままだ。


廊下をそっと歩いていき、玄関扉を開けまたうす暗い外に出た。

やった!誰にも見つかってないぞ!


目を瞑って深呼吸をする。

あぁ、朝の清浄の香りがする。


初めて一人で外に出た気がした。

王都の家でも一人で庭に出た事はある。ここも敷地内ではあるが規模が全く違うのだ。


なんという解放感!

なんという自由!


ちょっとの罪悪感は感じるが、それを推しやって玄関ポーチから飛びだす。


このうす暗い中のガゼボの辺りの景色見てみたい気もするが、林の中はまだ一人で歩く自信がない。中に入ったら真っ暗に感じるだろう。

なので、東回りに家を一周してみることにした。


玄関を左手に歩き出す。この辺りはキースの部屋だろうか。足音をなるべく立てないように土を踏んでいく。

少し湿っぽい土はルークの足跡を残していく。

林が見えてきたところで、林の奥に牡鹿精霊の立派な角が淡く光っているのが見えた。


「精霊って実はうっすら光ってるものなのかな?」


昼間は明るいから気が付かないだけとか?

どちらにしてもファンタジーだなぁ。


ルークの部屋の窓だろうか、一枚だけ空いているのが見えてきた。


その下に立って、さっき見た方に向かって立ってみる。

高さが少し低いだけなのに、見える景色が違った。

全てが薄暗く空気はひんやりとして、薄気味悪い気がした。


ぶるり。


俺、何やってんだろう…。

いや、大丈夫だ。怖くないぞ、俺はっ!

自発的に口角を上げ、散策を再開した。

家の角から角まで歩き、家の風呂場の角を西に曲がるとそこは家の裏と呼んでいる場所だ。


そう言えば、裏に炭酸水が沸いているところがあるとジェイクが言ってたな。

ちょっとだけ探してみようかと林に目を向ける。

でもまだ暗くて奥に行くほど何も見えない。

気持ち良いはずの風が吹き抜け林がザザザっと鳴ると、少しだけ鳥肌が立ち、不安が自分の奥底から湧き上がった気がして、中に入るのをやめた。


本当、俺、何やってんだ。

裏手を歩き、結局何もできずに家の西側に出てしまった。西側は研究棟や厩、畑などがあり、人工的で開けているのだ。


冒険が終わった気がした。


自由が欲しいとか、一人の時間が欲しいとか、偉そうなことを沢山考えていたけれど、結局は勇気が出ずにこのザマだ。


危険があるとかないとかではなく、己の気持ちの問題が大きいと知った。

もうすぐ朝日が登って明るくなるし、己の場所を示すイヤーカフまで装着しておいて、勇気が出ずに怖くて冒険できませんでした。なんて、俺はなんで格好悪いんだろう。

凹む。めっちゃ凹む…。


これは五歳だからという逃げ道は通用しないな。通用させちゃダメだな。と思った。

地球感覚で考えたら、五歳なんて無謀でやんちゃな時期だ。

しかも今の俺、精神年齢五歳じゃないもん!多分。


見えてきた研究棟の裏をそのまま進んでいく。

ここを北に向かうと昨日のスーパー温泉に行ける。


研究棟が途切れると、ハーブ園が広がっていた。


「おお!めっちゃ良い香りがするー!」


ハーブ園の入り口まで走り、中に入るかどうか悩む。

ここはハンナばあちゃんのお気に入りの場所。勝手に入って良いものか。


ハーブ園の中を走り回っている動物が見えた。

ハニーポッサムだ。


ハンナの頭の上に乗っていた白い子を筆頭に、動物のハニーポッサムも走り回りながら何か作業をしているようだ。


「みんなで何をしているの?」


声をかけると動物のハニーポッサムたちは、ビクリと一瞬だけ動きを止め、そのままばらけて逃げていった。


「あちゃー。やっちゃった。。」


怖がらせちゃったかー。

ごめんなさい。ハニーポッサムさんたち。


心の中で謝る。

夜行性なので、最後の一踏ん張りの作業だったのかも。


ちょっとだけハーブ園に足を踏み入れて、確認してみる。


「あれ?雑草?」


ハニーポッサムたちが集合していた場所には雑草の小山が出来ていた。ハーブ園に新しく生えてきた雑草を処理してくれていたのかも。


「そうね。ハーブ園はハンナの癒しの場だもの。」


ローズマリーの株元からハンナの精霊、ハニーポッサムさんが顔を出した。


「ハーブ園の管理人なんだね。」


「そうね。ハンナが喜ぶもの。」


「養蜂場にも居たよね?」


「そうね。あそこもハンナが良く来るもの。」


そうか。ハニーポッサムさんたちは、ハンナばあちゃんが大好きなんだね。


ダダ漏れ、サトラレなので、心の声が聞こえたハニーポッサムさんはポッと頬を染め、ささっと消えていった。

なにそれ。めっちゃ可愛いんですけど!


ハーブ園の入り口に戻り、ハーブ園を見渡した。奥の方のハーブが不自然に揺れているので、ハニーポッサムたちが何か作業をしているのだろう。


「よろしくお願いしまーす!」


小さな声でお願いして、ハーブ園を背にする。

そして、家庭菜園という名の畑を見渡した。


太陽からの光が暗闇に染まっていた空に入り、濃紺に赤とオレンジが混じり始めている。


夜明けが近いのかもしれない。


不思議な色合いだけど、綺麗だなと思っていたら、右半身に身に覚えがあるふわふわとした感触がやって来た。


「雪豹さん!おはよう!」


そっと抱きしめさせてもらう。もふもふふわふわ。太陽の匂いがしてめちゃくちゃ癒されるっ!雪豹さん、大好きー!


「おはよう、ルーク。(テレ)ちょっとだけ様子を見に来たの。色んな子と挨拶できてるんですって?」


「そうなんだよ。初めて会う子が多くて。楽しく過ごさせてもらってるんだ。」


作物を踏まないよう、王都から来た時の大型馬車用道路を目指して歩く。後ろからそっと雪豹さんが付いてきている。


「良かったわね。うん。ルークは大丈夫そうね。」


「え?」


「カワウソがアイリスが死ぬところだったって言うもんだから。一度様子を見にきたのよ。」


家の方を見て鼻先を空に向けて、フンフンと香りを嗅ぐような仕草をする。

魔力察知とか出来るのかな?


「ええ。」


「あぁ、魔力察知出来ると便利そうだね。…無事で良かったよ。」


「ええ。カワウソがルークのおかげだって喜んでいたわ。」


「あのカワウソさん、お話できるの?」


「あの子はまだね。アイリスのカワウソは三人いるのよ。」


「三人!そうなんだ。ならもう一人は会えてないのかな?」


ジャガイモの枯れた葉がまとまっている場所が見える。そろそろ収穫時だな。と思って見ていると、研究棟と洗い場の間から、洗濯物と大きな桶を持ったキースとデイジーが現れた。


「あら!ルークちゃんじゃない!おはようー!」


「ばあちゃん!じいちゃん!おはよう!」


「おはよう!ルーク!早起きだな!」


少し離れているのでお互い大きな声で話している。

少しだけ懸念していた、「一人で外に出た事」に対して叱られる事も、注意される事もないことにホッとしたルークは、畝を飛び越え洗濯物干し場へ向かう。雪豹もルークについていく。


「洗濯物干すの?」


「これから洗うのよ。昨日の湯浴み着がある分、洗濯物の量が多いからこっちで洗おうかと思って。」


キースは重ねていた大きな桶をバラバラに置いて、デイジーが持っていた洗濯物の束を受け取り、汚れを確認しつつ濃い色と薄い色に分け入れていく。


「洗濯機があれば便利なのにね。」


「それはなーに?」


「えっとね、衣類などを洗浄する装置?で、前世では電気で動いてた。」


「電気。アーサーとアイリスのトリガーになった言葉だな。」


「うん。その電気。こっちだと魔力が近いと思う。魔力で動く魔道具があるでしょ?だから洗濯魔道具っていったらイメージ出来るんじゃないかな?洗濯機では、洗い・すすぎ・脱水が出来るんだよ。ボタンひとつで。」


「ボタンひとつ。。便利そうね?」


「そうだな。仕組みはどうなってるかわかるか?」


「うん。これくらいの箱の中に円柱型の洗濯槽が入ってて、その底にプロペラのような羽根を左右に回転させて洗濯物をこすりあわせて洗うんだ。手揉み洗いと同じ感じで綺麗になるんだよ。洗剤が必要なんだけど…」


「ルークちゃん、ちょっと待って。洗剤?」


「うん。洗剤」


どこかで聞いた覚えが…と呟いている。

うん。母さんの『水-鑑定』で頭用あわあわ液を鑑定してもらった時に結果として出ていたよね。


「それ、私とハンナちゃんで作れるわよね?」


「そうね。」「そうだね。」


雪豹さんと答えがかぶる。


「すすぎと脱水もその魔道具ひとつできちゃうのかしら?」


「うん。そうだね。」


「基本はプロペラの回転。なんだな?」


「脱水は円柱型の洗濯槽の回転、遠心力を使うんだ。」


「プロペラと洗濯槽がそれぞれ回転して、脱水出来たら良いんだな?」


「そうだね。給水と排水が出来ないと便利じゃなくなるよね。絞るの大変でしょ?」


「そうか。うん。よし、呼んでくるか。」

「そうね。呼んできてもらえる?」


キースは小走りで家の方に戻っていく。あっという間に見えなくなった。


「え?誰を呼びにいくの?」


「アーサーくんに決まってるじゃないの〜。盤生成でできちゃいそうでしょ?キースもいるし。キースの属性が土なら金の属性とも相性が良いし、力になれると思うの。」


「父さんか。確かに出来そうだけど。」


「宮廷で働いている時にね?回転装置の依頼があったことがあるの。結構色々な属性の人が作れるのよ。キースもガラスや石、岩なんかの素材で作れるけど、それだと強度が足りなかったり、洗濯物には向かないでしょう?属性が金なら金属で作れるし、ガラスでコーティングしたら錆も防げるんじゃない?」


「へぇ!それなら出来そうだね!」


それなら魔力が足りなくなる事もなさそうだ。


「魔力電池で使えるようにしたらどうかな?それなら子供でもお手伝いできるし。」


「まぁ!それは頼もしい戦力になるわね!」


デイジーの話しで、洗濯機製作が見えてきたルークは桶の中の洗濯物の量を確認する。


「ばあちゃん、洗濯物っていつもこれくらいの量?」


「え?そうね。シーツが出ない時はこれくらいの量が一番多いくらいかしらね。」


それなら十キロくらいか。

でも、いつまでも俺たちがいるわけじゃないし…

容量をどうしようかと考えていると、キースがアーサーを右肩に担ぎ、左手に大きめのカゴを持って帰ってきたのが見えた。

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