45.魔力切れの危険性
「では皆さんご一緒に!」
「「「「「「いただきます!」」」」」」
幼稚園のランチタイムの様なこの光景も、ルークがいただきますとごちそうさまを教えてから、食事のたびに繰り広げられる。
出された豆料理とヒメマスの料理を自分の小皿に取り分けながらルークはみんなの顔を確認していた。
カワウソ精霊は研究室を出ると共に姿を消した。
アイリスは顔色を悪くしていたのが嘘の様に肌はツヤツヤしっとりの元気いっぱいである。
お昼ご飯を作ってくれたハンナとデイジーは、何故か微妙な顔をしながらピッチャーからミント水を注ぎ、みんなの席に配っている。
謎のおじさんと一緒に温泉を満喫してきたはずのジェイクとキースは、のぼせたのか、お付き合いに疲れたのか、ぐったりしている。
アーサーは、寝てしまって食べられなかったヒメマスの料理を美味しい美味しいと喜んで口に運んでいる。
いつも通りなのはアーサーだけだ。
「さっきの謎の人は、帰ったの?」
ルークの疑問に祖父母はビクリと肩をすくめる。
「一緒に食べると思って秘蔵のヒメマスまで出したのに。」
やはりヒメマスは贅沢品らしい。
女性たちが秘蔵しておきたいくらいに。
カエルさんたち、どうもありがとう。
ここで感謝しても届かないけれど。
「忙しいのに、温泉に入るためだけに来たんだそうだ。」
ハンナとジェイクはがっかり顔だ。その表情にさせた意味は異なるが。
「「「はぁぁ。」」」
「まぁ、もうお帰りになったんだし、切り替えましょう?それよりもアイリスちゃん。随分キラキラしてるけど、何をしていたの?新しい化粧品かしら?」
「え?そう?」
デイジーに言われるまで気がついていなかったようだ。鏡を見る習慣がないので当然かもしれない。が、明らかに変わっている。
肌が内側から輝いているのだ。
「あ、でも、ルークに魔力接続してもらってから、肩凝りとか、腰痛とか、なんか、うん。スッキリしてるかも!」
「「「「え?そんな効果が?」」」」
「あれ?そういえば私も、魔力接続の後から調子が良いかも。」
「ハンナさんも?ねぇ、アーサー。魔力接続の前後でスパコンかけたいわね。」
「俺もそう思ってたところだ。」
父さん良い顔して母さんを見つめているけど、口の横にヒメマスのカスが付いてるよ。
しかし、一体なんだ?スパコンかけるって…
はっ!
もしや!もしやっ!!
“スパコンかける“ってあの配線の束かっ!
人間から配線が生えているかの様な、人間が配線そのものの様なっ!首も動かせなくなる。正に、“まな板の鯉“状態!
可哀想に…次の生贄は一体誰か…
「魔力接続後に鑑定はしたのかい?」
「うそ。私としたことが、すっかり忘れてた!」
キースに尋ねられ、その事に気が付いていなかったアイリスは自分に驚いている。
「なら、今鑑定してみようか。」
キースは立ち上がり、リビングの棚から鑑定盤を持ち出してアイリスに向ける。
「どう?変化ある?」
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アイリス・フェニックス 26歳 特別宮廷研究員
スキル:研究者
盤加工・付与
鑑定
魔力量A→A +
魔法操作A→ A+
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「変化ありだな。見た事ない表示だが。」
「「「「「は?」」」」」
みんなキースの言葉で鑑定盤に集まり確認する。
「「「「「なんだこりゃ!」」」」」
「あぁ、ちゃんと表示されたの初めて見たわ。」
「表示自体はなる様にしてあったの?」
「ええ。レベルが上がるごとに、レベルとレベルの間がめちゃくちゃ開いていることが解っていたから。次のレベルに近づきましたよ。って。変化が解る様にしてあるの。」
つまり、母さんの魔力量と魔力操作が、AからA以上S未満になったと言う事か。
うん。なんで?
俺の魔力接続よ、なんでですかー!!
隣の予備椅子で寝ているハリネズミ執事がピクピク動くがやっぱり寝ている。雪豹さんとか白カエルちゃんなら答えてくれそうなのにっ!
ハリネズミ執事、寝っぱなしだもんなぁぁぁー!
大人たちは“スパコンかける“について説明を受けた上で、自分たちにもスパコンかけて欲しいとアーサーに詰め寄っている。
生贄志願者がこんなに沢山…。
魔力接続で魔力量や魔力操作のレベルが上がることより、ちょっとした不調を良くしたいだけな気がするけど…
元気そうに見えるし、見た目はめちゃくちゃ若いけど、改善したい不調はそれなりにある様だ。
自分の魔力接続で不調が改善するならやってあげたい。
「それで、アイリスちゃんはどうして魔力接続することになったの?」
”スパコンかける”話の決着はついた様だ。
第一生贄は俺、第二生贄は誰に決まったのか。
知りたい様な、知りたくない様な…。
アイリスは“パカパカ“の複製で魔力をゴッソリ持って行かれたのか、次の作業が出来なくなったこと。
ルークに魔力接続して作業を続けてみようと言われて試したこと。
を伝える。
「魔力が足りなくて発動出来なかったですって!?アイリスちゃんが無事でよかったわ!!」
デイジーが驚いて立ち上がりアイリスの体の心配をする。
え?どう言うこと?
聞けば、普通
“魔力が足りなくて発動出来ない“
と言うことはまず起きないそうだ。
魔力が足りなくてもゼロになるまで使い切り、作業も魔力が足りたところまでで停止し、倒れる。時には意識を飛ばして倒れるからだ。
なので、自分の体調を見ながら無理をせず、出来る分だけ作業する。が徹底されている。
魔力量がAの者がぶっ倒れることはほぼないので、アイリスは今まで気にせずにきたし、意識したことすらなかったのだ。
「複製なんて無茶したのか…。そりゃ魔力もなくなるよ。ごめんねアイリス、俺が一つしか作らなかったから…」
アーサーにしては珍しく反省している様だ。
そりゃそうだ。魔力がゼロになる。つまり、死んでいたかもしれないのだ。
「そうだ。魔石も想像以上に使ってしまったの。ごめんなさい。研究室にあるものはほぼ全て使い切ってしまったの。」
「アイリスがあの量を使い切った?どう言うことだ?今までそんな事はあったのか?」
「いいえ。だからちょっと驚いて。」
「その上で発動しなかった??」
大人たちが騒いでる中ルークは小さな違和感を探っていた。
「あれ?スキルが発動しなかった時、何かあった気がする。なんだったっけ?」
「へ?ルーク?」
「なんだっけ?なんだっけ?スキルが発動しなかった、変なこと、見たことない事…。」
大人たちは黙ってルークを見守っている。何か知っている、捻り出そうとしている時、外野の声は邪魔になることがあるのを知っているのだ。
「あ!カワウソ精霊だ!」
あの時、アイリスの背中に張り付いていたカワウソ精霊が頭を激しく左右に振っていた。
今にして思えば「やめてやめて!」とスキル発動を阻止させたかったのだ。
なら、スキル発動を抑制したのはカワウソ精霊だったと言う事になる。
その後、魔力が足りないからルークの魔力接続を促したのもカワウソ精霊だ。
もしかしたら、スキル抑制の前、アイリスの魔力は既に枯渇に近かったのかもしれない。
それで慌てて魔力接続して、アイリスに魔力を渡してくれ!と懇願した。
あのすがる様な目はそう言う事だったのか。
ここまでみんなに話したルークは気づく。
あの時、
カワウソ精霊がいなければ、
ルークは目の前で、
アイリスを失っていたかもしれない。
いや、失っていたのだろう。
ぶるりと体が震える。
芯から震えが湧き上がる。
怖い。怖い。怖い!!怖い!!!
顔色を真っ青に変えたルークに気がつき、アイリスがぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫。カワウソ精霊さんとルークのおかげで、私は生きてるよ。ありがとう。ルーク。」
何度も何度も背中を摩って繰り返す。
大丈夫。大丈夫と。
ジェイクもキースも、ルークの背中に手を添える。
「よくやった。うん。えらかった。えらかったな。」
「お前の力がアイリスを救った。ありがとう。」
大丈夫。大丈夫。
ありがとう。ありがとうと。
ルークは泣き疲れて寝てしまった。
また泣かせてしまった。
ソファに寝かせて大きめのタオルをお腹にかける。
頭の横に、ハリネズミ執事を魔牛の革に包んで移動させた。
誰が移動させるかで揉めた。
勿論権利の奪い合いだ。
その姿は全く見えないが魔牛の革は不自然に浮き、動いている。呼吸と共に魔牛の革を押し上げるのだ。
こんな機会は滅多にない。
是非とも触れてみたい!
と話し合いでは決着が付かず、結局くじ引きとなった。
結局デイジーが当たりを引き、幕引きとなる。
その時の感触をデイジーは後にこう語る。
「ハリネズミとは思えない大きさと重さだった。でも幸せ。」
くじ引きの残骸が残るリビングテーブルを中心に、大人気ない大人たちは会議を始めた。
先程のルークの様子を見て、皆思うところがあるのだ。
スキルを使い、それを糧に生きていくこの世界。魔力切れとは隣り合わせなのである。
だからこそ鑑定では、魔力量と魔力操作が表示される。
自分の限界を知っておくこと、スキルを使うとどう言う状態になるのかを覚えるためにも支援事業で、魔力の使い方と減り方、回復のさせ方を覚えるのだ。
それでも、先程のアイリスのようになることがある。
何かをやり遂げようとして無理をした時だ。
アイリスにとって、いつもはやらない“複製“は出来る範囲を超えてしまったということになる。
しかし、その前の加工でも想像出来ないほどの魔石を使い切っている。
無理をしてでもやりたい。
と我を出すと、精霊との繋がりが切れ事がある。
精霊の言葉が聞こえない。自分の魔力残量が認識出来ない。それは天啓を受けることが出来ない状態のことだ。
「ちょっと無理をしてでもパカパカを完成させてしまいたいと思ったの。まさか魔力切れギリギリまで魔力を使っていたなんて思いもしなかったわ。ごめんなさい。心配かけてしまった。」
「精霊はもうやめろと止めていたんだろうなぁ。繋がってないから聞こえず、無理を押してスキルの発動を止めたんだろう。」
「アイリスちゃん、カワウソさんに感謝しなきゃね。後でカワウソさんのためにおやつを作りましょう。」
「うん。母さんありがとう。カワウソさんはサブレが好きだとルークが言っていたから、サブレが良いかな。ハンナさん、レシピを教えてくれる?」
「もちろんよ。」
自分たちが如何に精霊から恩恵を受けているのか。
精霊から二つ目以降のスキルをもらえるとは聞いてきたけれど、実際に見ることが出来ない精霊に、本当の意味で感謝してきたのか。
それを目の当たりにした大人たち。
「もっと感謝して生きて行かねばな。」
その言葉に尽きる。
「教えてくれるルークにも感謝だな。」
「そうだな。なら、もう二度と魔力切れで心配かけることのないように、するしかないな。」
アイリスがルークと魔力接続をしてほぼ完成させていたパカパカ二つを前に、大人たちは誓う。
そして、艶ピカ肌で完全復活中のアイリスがパカパカに機能を付け足す。
「腕にはめている人の魔力残量を常時表示させるわ。」




