44.モフれないカワウソ
さぁさぁさぁ!
と、一番近くにいたアーサーの腕を引っ張り扉から出ていく謎の男。
大人たちはみんな、仕方ないって顔をしている。
「私たちはお昼ご飯を作っておくわね。ジェイクとキースはルークちゃんを連れて温泉へ行ってらっしゃい。」
「そうだな…。じゃあタオルを持ってくる。」
「俺はカゴを持っていくよ。」
「えっと…俺はハリネズミ執事もいるし、温泉はちょっと。」
ハリネズミ執事が起きているのだ。
知らんおっさんと温泉よりは、ハリネズミ執事を観察した方が絶対に楽しい!話もしてみたい!
ハリネズミ執事を確認すると、既に丸まって寝ていた。
えぇ?もう?いつの間に!?
ハリネズミ執事ー!!
なんで一瞬?
本当は起きてなくて、条件反射的な?
起き上がってみただけとか?
あぁぁ。がっかりだよ。
がっかりしたところで、起こしたって起きないのだ。もうどうしようもない。温泉が好きかどうかわからないから、どのみち寝ているなら温泉には連れて行けない。
勝手に温泉に浸けてみる?いや、ダメでしょ。
そっと自分の耳のイヤーカフを触る。
起きているハリネズミ執事を観察したくて温泉を固辞したとは知らないアイリス。
「母さん、ハンナさん、私はルークと一緒に研究室で実験でもしているわ。申し訳ないけど、お昼ご飯はお願いできる?」
「「大丈夫よ。」」
「ルークといてあげなさい。」
とハンナに言われルークを連れて研究室へ向かう事になった。
ほらね。
やっぱり一人にはなれない、させないでしょ?
祖父母の敷地内は安全が担保されているのにも関わらず、五歳とはいえ、やはり子供一人で遊ばせる勇気が持てていない。大人側の意識改革が必要だ。
別に一人になりたいわけではない。
独りぼっちで遊びたいわけでもない。
ただ、そう、少し窮屈なのだ。多分お互いに。
一緒にいることが当然となり、麻痺しているだけで。
安全な場所ならば、安心してもらって、遊ばせてもらいたい。親に息抜きだって必要なんだよ。
魔牛の革に包まれたハリネズミ執事を抱きしめ、そっと顔を埋めた。魔牛の革で保護されたハリネズミ執事の針はルークの顔に刺さることなく、ルークの頬を支えた。
研究棟の貸してもらっている一室に入るとアイリスはアーサーから渡された“パカパカ“をパカパカ開閉しながら確認している。
アイリスの手元で“パカパカ“がパカパカと音を鳴らし続ける。
耐久テストでも始めたのだろうか。耐久力を付与出来るとしても、“パカパカ“自体が強いに越したことはないもんね。
ルークは邪魔にならないテーブルの端にハリネズミ執事を下ろした。
「ねぇルーク。これ、腕にするなら大きすぎない?」
ルークの腕を取り、パカパカを手首に当てる。
「やっぱり子供には大きすぎるわね。」
今度は重さを確認しつつルークの胸元に持ってきた。
「うん。子供用には、首から下げられる様にするか、サイズを変えるか…サイズは…これ以上小さくすると機能を全て入れるのは無理ね。どう思う?」
「イヤーカフって何歳くらいから付けさせるもの?」
ルークは自分の耳につけているイヤーカフを撫でる。
突然の話の転換に疑問はあるものの、ルークのことだ、何か新しいことを考えたのかもしれない。
「イヤーカフ?ルーク、一体何を考えてるの?」
優しい顔をしてルークを見つめてくるアイリス。
「うん。この国ってさ、誕生日プレゼントといえばイヤーカフでしょ?小さな宝石がついてるのが一般的?ならさ、位置情報を知らせる何かをイヤーカフに付与できたら?その“パカパカ“を持たせられない小さな子供用に。」
ストーカー犯罪とかがほぼゼロのこの王国なら、位置情報がダダ漏れでも問題は無さそうだけど、何があるかわからないから、
・国民みんながそれをつけて、王宮だけが位置情報を閲覧できる。
・家族は登録したイヤーカフと“パカパカ“だけを確認できる。
にしたらどうかな。ゆくゆくは。
最初は“パカパカ“と連動した子供用のイヤーカフをプレゼント。でもいいかもしれない。
「小さすぎる子供に“パカパカ“は持たせられないものね。イヤーカフは外さない限り落ちることもない。良いかも!イヤーカフならつける宝石を魔石にしたら『加工』スキルで番号だけ付けられるかもー!」
ルーク天才!と抱きしめられた。
強い!強いよ母さん!
そんな俺は、しっかり母さんを抱きしめる。
天邪鬼だな。俺は。
「じゃ、魔石が欲しいわね。加工して“パカパカ“と連動させてみたいわ。あとは、王国の地図がこの辺りに…あった!」
棚を漁って必要なものを取り出していく。
テーブル上に色々出され始めたので、ハリネズミ執事を椅子に下ろして使えるテーブルの範囲を広げた。
あれこれ探してはテーブルに置いていくアイリスの後ろの窓から、白いカワウソがひょこりと顔を出しているのが見えた。
そんな遠くにいないで入っておいでよ。
と心の中で呼びかけるとカワウソは消えてしまった。
ありゃ、余計なことだったかな。
と思ったら、ハリネズミ執事が寝ている椅子の足元に立っているのが目に入った。
カワウソ精霊はハリネズミ執事に、なにやらささやいている様に見える。
内緒話?でもハリネズミ執事寝ちゃってるけど。
ふとカワウソ精霊が顔を上げたので目が合う。
可愛い顔をしている。モフりたい。カワウソは触ったことがないので、是非触らせて欲しい。
ダダ漏れ、サトラレ状態なので、モフらせて欲しい気持ちも伝わっているはずだ。
カワウソ精霊は両手を顔の前で横に振って、アイリスの傍らに走っていく。
それがまるで「勘弁してください」と言っている様だった。
うぅ。ちょっと残念だけど、俺の友達精霊ではないので諦めよう。
無理強いは良くない。
非常に残念だけどっ!
テーブルの上には多分使うと思われる物が出揃っていた。
“パタパタ“、大きな盤、普通サイズの盤、小さめのノートサイズの盤、通知盤、通知ボール、地図、かなり小粒の紫色の魔石が十粒ほどか、新品のノートとペン、カレンダー、
それと山のように積まれた…紫水晶と水晶!?
「あれ?これ水晶?」
握れる大きさの紫水晶と水晶の山を指差しアイリスに問う。
「え?それ魔石よ?」
「え?魔石って、魔獣がいる鉱山で取れるっていうあれ?」
「ええ。そのあれよ。それがあると盤加工がスムーズに出来るのよね。魔力消費も格段に減るし。今回は初めての作業だからいつもよりも沢山準備したわ。」
便利なのよねー。
と、ウキウキしているアイリスの背中にはカワウソ精霊が張り付いていた。
母さん、背中、重くないのかな?
それを横目に魔石、水晶の山を眺める。本当に多い。
この家にある魔石を全部かき集めたんじゃないだろうか。
あぁ、水晶って半導体の材料?だったっけ?
ちょっと違うか。
専門じゃないから前世を探っても、詳しくは解らなかった。
魔石は“あの円柱“いや、“魔石電池“の材料だよね?
しかし、魔石電池が紫色なのは、紫水晶だったからか。
色によって違いはあるのかな?
「それにしても大きいね。」
地球ではこのサイズはそうそうお目にかかれない。ジオードは細かい水晶の塊みたいだったけど、それとは違う。
両端がポイントになっているし、大人が握れるサイズで、大きいという印象が一番だ。
「そう?それが一般的なサイズよ。魔石電池に加工した後に出たものを宝石の様に加工したのがこれね。」
テーブルに置かれた小粒の魔石を指差す。
「魔石を宝石のように綺麗にカットしたものが魔宝石ね。雪豹さんが持ってきた宝石は、魔力を持たない鉱石ね。」
鉱山で取れるのは、水晶系の魔石と宝石。
魔石と宝石は別物ってことか。
魔力が含まれた水晶が魔石と呼ばれるのか。
「魔力を持たない魔石は存在するの?こういう形の鉱物。」
「ないわね。」
ということは、ただの水晶という物は存在しないのか。
全ての水晶が魔石なのか。
アイリスは王国全域の地図を広げる。
地理的に問題が起きた場所には赤いばつ印がついている。ここにあるものは御者協会の最新版だという。
おお!ちゃんと共有できてるじゃん!
御者さんたち、ありがとう!
良かった良かった!
最新版があるってことは、今後も地図の更新が入るだろう。アップグレードはどうするかも問題になるな。
地図を見ながら、大きな盤を触れている。地図と盤は同じ大きさ。模造紙サイズだ。
「母さん、その大きな盤も父さんが作ったの?」
「そうよ。アーサーがスマホの試作で、色んなサイズを作ってた中の一つなの。何かに使えるんじゃないかって。また無駄に大きな物を作ってるな。と思っていたんだけど、まさか使うことになるなんてね。」
さ、さすが父さん?
スパコンは大きいほうがロマンを感じるとか言ってたし。大きいのを作りたくなるのか。
この大きさで母さんが持ち運びができる重さっていうのも地味に凄い。
使い道を思いつく母さんも凄いよ。
「じゃあ、やってみるね。」
魔宝石全てを大きな盤の上に、魔石を数十個をひとやまにして左側に置いて、地図に目を向ける。
右手を盤につき、左手のひらで準備した大きな魔石の山に触れると『盤加工』とスキルを唱えた。
触れていた魔石が少し輝きだし、アイリスの左手にその魔力が吸い込まれていくように感じた。魔力が光っているのだと解る。
吸い込まれた魔力は一度アイリスの胸に集まり、右手から放出された。
放出された魔力が大きな盤と魔宝石に広がり輝いた。
光が収束すると、ルークが見る限り、大きな盤の表面が変わっているのが解った。
大きな盤の表面はガラスのような、モニターのようにツルツルしている。
横にあるスイッチを押すと、ブォンと音が鳴り、表面に地図が映し出された。
その地図は隣に広げた王国のものと全く同じものだ。
「おお!すごい!」
「すごいのはこれからよ?タッチパネルになってるの!」
「え!もう?早速?」
「加工しようと盤を触っていたら、突然できるって思ったのよね。だから、やってみたの。触ってみて?」
地図の真ん中は王都だ。方角的にはここは王都の東だったはず。でもここからもっと遠い場所もあるはずだから…
多分この辺かな?という地図上で、親指と人差し指を使ってピンチアウトすると、ググッと地図が大きく表示を変える。ダブルタップすると元に戻った。
「おおお!ちゃんとタッチパネルになってるよ!」
もう一度この辺りの地図を大きく表示を変える。
出来に納得しているのか、アイリスが横に来て、先程起動したボタンをもう一度押すと、一箇所に紫色に光る点が重なって表示された。
アイリスの背中にはまだカワウソ精霊が張り付いたまま。可愛いな。やっぱり重そうだけど。
「あれ?これって?」
盤の上の魔宝石を一粒もって左右に大きく動かしてみると、地図上の光る点も同じ様に動いた。
「やった!成功ね!」
盤の上に置いてある魔宝石と地図上の光るが連動していた。
「これをイヤーカフに加工してみるんだけど…普通の金属の加工は私にはできないから、これを使って加工するわね。」
テーブルの上に用意した小さめのノートサイズの盤を持ち上げる。
母さんの『盤加工・付与』のスキルは盤にしか適用されないのか。ちょっと残念だ。
小さめのノートサイズの盤の上に既に加工を終えた魔宝石をおいて、右手で触れ、左手で魔石を触ろうとして、
「あら、さっきので使い切っちゃったのね。」
テーブルの上から、アイリスがスキルを使う時に触れた魔石の山が全て消えていた。
「え!?消えてる?」
「え?使い切ったら消えるわよ?魔石だもの。でも想像以上に減ったわね。」
そ、そんな感じなんだ。不思議〜。不思議システム〜!スキルのある世界だし、そんなもんか?そんなもんか。。
「じゃ、じゃあ、魔石電池も?」
「そりゃ消えるわよ。使い切ったんだもの。」
知らなかったっけ?という顔をしながら新しい魔石を準備し、『盤加工』スキルを発動する。
先程と同じ様に光り収束すると、テーブルの上には十個のイヤーカフと一回り小さくなった盤が置かれている。
触れていた魔石は消失。
イヤーカフは本体が銀色に光り、内側の中央に魔宝石が表面が平面になるように埋め込まれている。
「なんで内側?」
「外側にはプレゼントする相手を思って選んだ宝石をつけるものだからね。今回は試作だし、何もついてない方がわかりやすくていいでしょう?」
出来上がったイヤーカフを自分に一つ付け、一つをルークにつけ、テーブルの周りを歩く様に指示する。
ルークはそのままテーブルの周りをぐるりと歩くと、加工済みの大きな盤に表示される紫色の光も同じ様に動く。
出来上がったイヤーカフを一つずつ持ち、同様に表示されるか確認をして成功とし、残ったイヤーカフは家族に持ってもらって動作確認することになった。
「うーん。大して加工してないのになぁ。ちょっと疲れちゃったからお茶にしましょう。」
お茶を入れに、部屋の端にあるミニキッチンに移動するアイリスの背中から落ちない様に必死にしがみついているカワウソ精霊が見える。
せめて肩に乗るとか。ダメなんだろうか。
こちらをチラリと見るカワウソ精霊。
背中が良いのか。じゃあ頑張れ!!
頷くカワウソ精霊。
ダダ漏れ、サトラレだな。
意思疎通出来るのは便利で良いね。
「母さん、お茶三人分お願い!」
「え?ハリネズミ執事起きたの?」
ハリネズミ執事は寝たままです。あのまま寝ています。カワウソ精霊の分です。
入れたハーブティーは、ルークの前のテーブルに二つ置かれたので、一つをアイリス側に寄せる。それがハリネズミ執事がいる方向と逆なのをみて不思議そうな顔をするアイリスに、
「カワウソ精霊の分だよ。」
「え!!カワウソ精霊さんが来てるの!?どこどこー?」
自分の分が準備されたカワウソ精霊は、ささっとアイリスの背中から降りて椅子に登り、カップを両手に持ち上手に飲み始めた。
おぉ。可愛らしいっ!その仕草!!
アイリスはカップが浮いて斜めになっていくのを見て驚き喜んでいる。
「えー!いつから来てくれてたのー?嬉しいぃー!」
「結構初めの頃に入ってきて、さっきまで背中に張り付いてた。」
「背中?なんで背中?って思ったけど…。何故か納得できちゃう。なんだろう、この感覚。不思議〜!」
と、ひとしきり喜び感心したあと、落ち着いたようだ。
「お茶請けが欲しいところどけど、お昼が近そうだから、今は我慢しましょ。」
「うん!」
少しまったりした後続きをすることに。
今度はパカパカの『加工付与』だ。
「あれ?パカパカ一つじゃ、やり取りできないんじゃないの?」
ルークが気がついて言うと、アイリスも気が付かなかった!と、ちょっと絶望感を出したが、
「仕方ない。さっきの残りを加工するか…」
時間かかるんだよねぇ。とブツクサ言うくらい大変な作業なのかもしれない。
先程とは比べ物にならないほどの魔石を準備して、スキル『盤加工』を使う。
光が盤に、吸い込まれていくが、なかなか光らず、光った後も収束しない。
やっと収まって、アーサーが作ったパカパカと同じものが出来上がった。
魔石の山も綺麗に消えている。
確かに時間も魔力も使うらしい。自分の魔力をなるべく使わず、魔石で代用しているとしても、結構疲れるので、額に汗が吹き出していた。
形と内容を変えるのが大変って事かな?
よく見ると顔色も少し悪い様だ。
汗をそのままにして風邪を引いたら大変。と、そそくさと椅子から立ち上がり棚からタオルを一枚拝借する。それをアイリスに渡し、ニコリとわらって汗を拭って返されたタオルを、軽く畳んでテーブルに置いた。
「じゃあ、加工と付与をやっちゃおう!」
アイリスは、既に出来上がった加工済みの大きな盤に、パカパカ二つ、通知ボール、新品のノートとペン、カレンダーを乗せて、右手で触れる。左手には六本ほどの魔石に触れる様にして、全体を見渡し発動しようとする。
再びアイリスの背中に張り付いたカワウソ精霊が頭を激しく左右に振っている。
「『盤加工・付与』」
何も起こらない。
「あれ?どういうこと?」
カワウソが頭の動きをやめルークをじっと、じっと見る。
「全然足りないみたいだよ?」
「えー!この部屋にある魔石はこれで全部なんだけどなー。じゃあ、魔力回復してからじゃないと出来ないな。さっきのパカパカ作るのに力を使いすぎちゃったかー。」
残念がるアイリスの背中でカワウソがルークと目を合わせてくる。
な、なんだろう。圧が強いな。
カワウソはじっとルークの目をすがる様に見つめ、そっとルークの右手に視線を移す。
それがわかりやすいこと。
了解!やってみようか。
「ねぇ母さん、トーマスさんみたいに、魔力接続やってみない?」
アイリスとカワウソの目が輝くのが見えた。




