41.魔牛の皮
パッと目が覚める。
ルークの寝起きは非常に良い。
いつも通り、ベッドから降りて洗面台へ向かう。
顔を洗って、顔と髪を確認する。
ここには鏡が設置されているのだ!嬉しい!
鏡があるから、誕生日に貰ったイヤーカフも自分でつけることができるのだ!
目ヤニなし!ヨダレ跡なし!イヤーカフよし!
寝癖も治したし。
死角なし!準備万端!
着替えを済ませて窓を開ける。
ピーリ、ピッピュルリ
ピーリ、ピッピュルリ、ヒッヒッ
鳥の声が聞こえる。なんていう名の鳥だったか。
昨日の朝、カピバラが消えて行ったガゼボに続く林から聞こえてくるような、遠い空から聞こえてくるような不思議な感覚だ。
もう一枚の窓も開け終わり、扉を開けてストッパーを差し込み廊下へ出る。
昨日の夜、アーサーは結局あのまま起きなかった。
軽く声をかけたが、起きそうにないし、何より目の下のクマが気になった。無理に起こすよりこのまま寝かせてやろうと、ジェイクとキースで部屋に運んだのだ。
キースの作ったムニエルをアーサーだけが食べることが出来なかったが、ヒメマス5匹を全て切り身にしたキースが
「食べきれそうにないな。」
というので、急冷盤で急速冷凍し、(アイリスに、例の保冷盤を最初の優秀なものに加工し直してもらった)保冷盤に乗せて冷蔵庫にいれておいたらどうかと話したので、現在まで実験中だ。
冷凍庫がないので、簡易的だがうまくいってるんじゃないだろうか。確認するのが楽しみだ。
ふと、中庭のウッドデッキが気になって顔を向けると、五匹のハリネズミがいるのが見えた。
二本足で立ち、何かを取り囲んでいるようだ。その何かを見て佇んでいる。
何を見ているのが確認するため、ガラス扉から顔を出して声を掛けようとして見てたのが、
「え?ええ?ハリネズミ執事!?」
ハリネズミの真ん中で、二回り、いや三回りほど大きなハリネズミ執事がお腹を出し、ウッドデッキの上で伸びて寝ていた。頭はウッドデッキからはみ出して落ち気味になっており、こちらからは顎すら見えない。
周りのハリネズミたちはどうにか起こそうとしていたようだが、ピクリピクリと動くだけで起きる気配がなく、途方に暮れていた。
「えっと、おはよう!ハリネズミさんたち。」
声をかけるとみんな揃ってこちらを向く。体ごとむいてくれたので、みんなの柔らかそうなお腹が丸見えだ。
「「「「「ルークさん、おはようございます。」」」」」
「そこで寝てるのは、ハリネズミ執事だよね?」
「はい。こちらに転移してしまったらしく」
「ルークさんのベッドまでお運びしようとしていたのですが」
「この体格差ですので、ままならず」
「この有様です」
「お恥ずかしい」
みんなが順番に説明をしてくれた。めちゃくちゃ可愛い。が、みんな眠そうだ。
「うーん。俺もハリネズミ執事用の布を持ってきてなくて。厚めの布があるかどうか聞いてくるね!もう少し待ってて!」
周りのハリネズミさんたちだって、この時間なら寝ていたいはずだ。早くどうにかしなければと、小走りでリビングの扉を開けると、キッチンには今日の当番のジェイクとハンナが料理をしており、リビングのソファにはキースが座っていた。
「みんな、おはようございます!」
「「「おはよう、ルーク。」」」
「ねぇ、使っていない厚めの布、余っていたら貸して欲しいのだけど。」
「何に使うんだ?」
手の空いているキースが相手をしてくれるようだ。
「精霊のハリネズミ執事が来てるんだ。いつも寝てるから厚めの布を二枚重ねて折り込んで、抱っこしてるんだけど、ここには持ってきてなくて。」
「厚めの布を二枚、しかも重ねて使うのか。大分成長してるんだな。」
「うん。丸まってるとこれくらいのサイズなんだ。」
両手を開いてサイズを知らせる。
「それは。ハリネズミとしては規格外な大きさだな。どれ、こっちにおいで。」
ソファから立ち上がり、二人でリビングを出る。先程小走りしてきた廊下を少し戻り、ルークが借りている客間の手間にある、母方の祖父母専用の物置きにしている部屋まで案内された。
ここに入るのは初めてだ。
「確かこの辺に。」
と言って、壁棚に並んだ箱の中から一つと、丸めた布を入れてあるカゴを引き出し、部屋の真ん中にあるテーブルにそれぞれ置くキースを後ろから眺めるルーク。
その後ろの足元を小さな精霊たちがキースの元へ走るが二人とも気が付かない。
重そうなカゴには、動物の皮が何本も丸まって飛び出ている。
その中から一本をキースは選び出して、テーブルの上に広げる。
「ルーク、どんなサイズなら良い?」
「え?」
「それだけ大きなハリネズミの針から身を守るなら、厚い部分の魔牛の皮が良いだろう?」
「え!あるの?魔牛の皮!もしかしてこれ?」
目の前に広げられた明るい薄茶色の皮が魔牛の厚い皮だという。確かに厚みがある。そっと触ってみると柔らかい。この柔らかさで工業用のハサミでも歯が立たないのだという。
「うわぁ、思っていたより柔らかいね!でもハサミで切れないんでしょう?」
「あぁ、工業用のハサミでも切れないな。でも俺の『加工』のスキルで頑張れば切れるんだ。専門のスキルじゃないから時間はかかるけどな。」
「そうなんだ!ハリネズミ執事専用の布が欲しくて、母さんに魔牛の皮の取り寄せをお願いしたんだけど、母さんもう頼んじゃったかな?」
「そうか。取り寄せたのが邪魔になったら俺がもらうから、作ってしまうか。」
「いいの?嬉しい!」
欲しいサイズと使い方をキースに知らせると、皮に下書きをして、二人でサイズの確認をする。
これで一度加工してみることになった。
「このまま見てても大丈夫?」
「そこなら大丈夫だ。じゃあ、スキルを使うぞ?『加工』」
両手を皮に添えて魔力を流すとキースの手が淡く光りだし、ゆっくりゆっくり下書きした線をなぞりながら魔牛の皮は切れていく。
「すごい!じいちゃん、切れてくよ!」
必要分の切り出しを終え、不必要な部分を丸めて元のカゴにもどす。
一緒に棚から下ろした箱を開け、接着剤のようなものを取り出して、手を入れる場所は厚みが出過ぎてしまうので『加工』で接着部分の表面を軽く削ってくれたので、フラットとなり引っかかりが少ない。
時間がかかるとキースは言っていたが、十分もかからず加工は終了。するとキースの足元にいた小さな精霊たちも人知れず帰って行った。
「じいちゃんの加工スキル、優秀すぎるよ!魔力の方は大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だよ。専門家ならこれくらいは一瞬なんだ。ま、これを実際使ってみようか。」
ルークを促して部屋を出て作りたてのグローブ?を渡す。
「で、どこにいるんだ?」
「ウッドデッキでへそ天して寝てる。」
思い出して笑ってしまう。警戒心が強いはずのハリネズミ執事が、あんな姿で寝てるなんてね。
みんなにも見せたいな。
「日が当たる前に移動させてやらなきゃな。日光、不得意だろう?」
二人でウッドデッキに出る。ルークはハリネズミたちがいるところまで行き声をかけた。
「お待たせ!これで抱っこしてみるね。」
新しく作ってもらったハリネズミ執事専用の革をハリネズミたちに見せて説明して近寄る。
「そのハリネズミが見てる方向にハリネズミ執事はいるのか?」
「え?」
精霊が見えないはずのキースが言うので、ハリネズミたちをもう一度見てみると、一匹だけ普通のハリネズミが紛れ込んでおり、ハリネズミ執事を見ていた。どこからきたのかな?
「うん。そう、そこにいるよ。」
ハリネズミ執事に近寄ると、ハリネズミたちは四つ足で端によって、二本足で立ち上がり、一列に並んで心配そうに見つめてくる。
大丈夫だよ。抱っこできたらみんなも帰って寝て良いからね。
「ありがとうございます」
「これでようやく」
「寝ることができます」
「早く帰って寝たいです」
「お恥ずかしい」
安定のダダ漏れ、サトラレだ。
キースに加工してもらったハリネズミ執事専用のグローブ(と呼ぶことにする)で、ウッドデッキと背中の間にグローブを差し入れてみる。
いつも使っている布よりも軽くて柔らかく、張りがあるので差し入れやすい!
ハリネズミ執事は全身を伸ばしているので、そのまま持ち上げると落としそうだ。頭とお尻のしたに手を入れ直して少し丸めるように力を入れると、くるりと丸まったのでそのまま持ち上げ、うまく抱っこすることができた。
それを見届けたハリネズミたちは、安心したように消えていく。残った普通のハリネズミはウッドデッキの下に潜り込んで行った。
え?そこから外に行けたりするの?もしくは家の中を通ってきたの?
「どこから入ってきたんだろうな。玄関は閉まってるし。風呂場の横のドアを開けていたっけ?」
キースも気になったようだ。
「後で確認した方が良いかなぁ?」
「確認しておくよ。」
そんなキースに向かって小声でお礼を伝える。
「じいちゃんありがとう。これめちゃくちゃ使いやすいよ!必要な分だけだからか軽いし、針が皮に引っかからないし、柔らかいのに全く針が突き抜けてこないんだ。」
もっと早く欲しかった!
これでいつでも持ち上げられるよ〜。
と喜ぶルークに、加工したキースも嬉しそうだ。
「じゃあ、朝ごはんを食べに行くか。そろそろ準備ができた頃だろう。」
二人で廊下に出る。キースは物置き部屋に入って簡単に片付けて扉を閉め、一緒に廊下を歩いて、リビングの扉を開けた。
両手が塞がっているので、この至れり尽くせりはありがたい。
「ありがとう!じいちゃん。」
「どういたしまして。」
ダイニングテーブルには全員が揃っていた。
「「お待たせ。」」
キースは予備の椅子をルークの席の横に置いて自分の席に着いた。どこまでも気の利く紳士である。
ハリネズミ執事を予備の椅子に乗せ、ルークは自分の椅子に座った。
ルークが座ったのを見て、ハンナが声をかける。
「では皆さんいただきましょう!」
「「「「「「いただきます」」」」」」
ハンナが取り分けたサラダが回ってきたので、ありがたくいただく。今日はブロッコリーと何種類かのお豆のサラダだ。ブロッコリーの茹で加減が良い。香ばしいごまのドレッシングと相性が良く、食が進む。
もぐもぐと咀嚼していると、スッキリした顔のアーサーと目が合った。
「父さん、よく眠れたみたいだね?夜中に起きなかった?」
「全く。朝起きてびっくりした。魚料理楽しみにしていたのに、食べそびれたよ。」
それを聞いてみんなが笑った。
「あんな顔色になるってことは、完徹だっんでしょ。なんでそんな無理したの?」
横に座っているアイリスが心配顔で尋ねる。
「う、うん。実は、精霊の襲撃を受けた日にルークが言ってた『スマホ』の構想をだね、していてね?楽しくなっちゃって、ほら試作とかね?それからあんまり寝てなくてだね?」
「「「「「寝なさい!」」」」」
「ですよねぇー。。ごめんなさい。反省します。」
珍しくみんなに優しいお叱りのツッコミを受け、ちょっと反省したらしいアーサー。
ちゃんと理解して欲しい。
実は、ルークの前世の話を聞いた晩、大人たちは話し合っていた。出来るだけ寿命を全うしようと。同じ気持ちを感じさせることのないように。
誰よりも泣いていたアーサーが、一番無茶をしていると聞き、他の者は放置出来なかったのだ。
本当はもっと言いたいことがあったが、全ては自己責任。
自分で決心しない限り実行は出来ないものだ。
そんな話し合いが行われていたことを知らないルークは言う。
「スマホの話は休憩時間でやってね。
お願いだから、俺から家族を奪わないで。」
愛する息子からの言葉にアーサーも思うところがあったようだ。真面目な顔をして反省の弁を述べる。
「ごめん、ルーク。ちゃんと睡眠時間は確保するよ。」
「私も気をつけるわ」
「「「「気をつけます。」」」」
研究気質の一族は、反省したようだ。
「あ、そうだ、母さん!魔牛の皮をお願いしてあったでしょ?」
「え?あっ!!」
やっぱり忘れてましたねその顔は。
足湯の話の後だったもんね。足湯が気になって心ここに在らずって感じだったもんね。
良いよ良いよ。かえって良かったよ。
「それ、必要なくなったんだ。キースじいちゃんが保管してた魔牛の皮でコレ、作ってもらっちゃった!」
「え?父さん、魔牛の皮で作ったの?」
部屋に入ってきた時に見ていなかった者は、ルークの横の予備の椅子に置かれた、加工済みの魔牛の革を見る。
「魔牛の厚めの皮なのに、加工出来るの?」
「最近は専門家が生まれてね。お願いすると加工してもらえる。俺も『加工』スキルで出来るようになったから、ちょこちょこ使ってるんだ。かなり時間と魔力を食うから最低限だけどね。」
「キースは加工できるが、俺の加工スキルでは歯が立たなかったんだよな。」
と、ジェイクが話に加わる。
ジェイクの加工スキルは属性が草、キースの加工スキルの属性は土、専門家の属性は風と金といったところだろうか。
思ったことをみんなに伝える。
「そうかもなぁ。使ってみてから属性を知るのが一般的だから。」
「鑑定盤の改良も面白そうよね。ルークに聞いたら属性表示をさせてみたくなったもの。あらゆる魔力解析をしてみないと、適応する波動が解らないのよねぇ。時間がかかりそう〜。」
アイリスが今後の展望を述べる。
うまく行くと良いね。




