32.化粧品オタク
柔らかな日差しを顔に受けて目を覚ました。
ありゃ、寝過ぎちゃったかも!
慌てて洗面台へ行き顔を拭って着替えを済ませるために開きっぱなしのカバンへ向かう。
…ぐしゃっとしてるな。
今日着る服を取り出しながら、盛り上がってしまった服を簡単にたたんで鞄の上におく。閉まる気がしない。
旅行用に服を出したのはルーク。詰めてくれたのはアイリスだ。何かテクニックがあるに違いない。帰りにそのテクニックを見て盗もう。
着替えを済ませて部屋を出てふと気が付く。
昨日母方の祖母デイジーは部屋の窓を開け、扉も閉まらないようにストッパーを挟んでいた。風を通して部屋と家が傷まないようにしていたはず。
部屋に戻って窓を開ける。二枚めを開いたところで下から声がかかった。
「「「「おはよう、ルーク。」」」」
「今日もいい天気だよぉ。」
窓の下を歩いていた白いカピバラの親子が立ち止まってのんびりとした口調で挨拶をしてくれた。
地面から窓は高い場所にあるので、上を向いたカピバラさんたち、遠近法で体に対して顔が大きく見えてめちゃくちゃ可愛い。昨日ガゼボのバラの下で腹ばいになっていた子たちだ。
「おはよう、カピバラさんたち。昨日は楽しかったね!」
「ルークの歓迎パーティだったのぉ?」
みんなが来てくれたから、沢山のおやつを準備したのだと伝えると
「そっかぁ。楽しかったし、おいしかった〜。」「おいしかった〜。」「いろいろいっぱいあって楽しめた〜。」
好評だったようで何よりだ。
またねと手を振ると、カピバラたちは林へ消えていった。
ルークは部屋の扉にストッパーを挟んで廊下に出る。
廊下と中庭は全面ガラスで仕切られていて、中庭に出るための四箇所のガラス扉はすでに開かれている。
爽やかな風が通り、窓から中庭のオリーブの木がさわさわと音を立てているのが聞こえる。
今日もいい日になりそうだ。
自然に笑顔になって、リビングの扉へ向かった。
リビングの扉を開くと、ダイニングテーブルの向こうの広いキッチンで、キースが料理をしていた。
「おはようございます。キースじいちゃん。」
「お。早いね、ルーク。おはよう。」
え?早いの?確かに誰も来ていない。まだ部屋でのんびりしているか、寝ているのか。
「寝坊したかと思って、慌てて起きてきた。」
「いつもと違う部屋だから、感じが違ったのかもね。」
「そっか。そうかも。キースじいちゃん、おでこの怪我すっかり良くなってるね!」
昨日、木におでこをぶつけて赤くなっていたところがすっかりなくなっていた。
「お。そうか?そういえばもうヒリヒリしてないな。」
「温泉の効能かなぁ?」
「そうならあの温泉は魔法のお湯だな。」
「あはは!でも本当にそうかもよ?」
出来上がった料理があったので、運ぼうと思ったけれど、ダイニングテーブルはまだ拭かれていなそうだったので、布巾を絞って先に拭く。
「昨日はあれから王様には連絡できたの?」
キースに聞いたタイミングで両親がリビングの扉を開けて入ってきた。
「おはよう!あら、ルーク珍しく早いのね。」
「いつもは時間ぴったりだもんな。ルークは。」
四人で朝の挨拶を交わして、作業に戻ろうとしたところで、アーサーの半面が治っていることに気がついた。
「父さん!顔が元に戻ってるよ!」
「あ?そうか?そういえば痛くないかも。」
「あら本当だ。すっかり忘れてたけど、温泉の効能かしら?綺麗に治ってるわ。」
本当に温泉の効能かもしれない。他に何か薬を塗ったとかだとしても、この治り方はすごいな。
しかし、キースにしてもアーサーにしても、見た目を気にしないと言うレベルか?何故自分の怪我に対してこうも無頓着なのか…。
あぁ、帰還者は怪我が治りやすいってやつのせいか。それで気にしてても気にしてなくても、人より早く治るなら、無頓着になっていくのかな?
両親はデイジーが部屋にいないのを見て、飲み物の準備をしてくれるようだ。
「ありがとう、アーサー、アイリス。で、王様への連絡はしておいたよ。他の急ぎの仕事があったみたいで、後で読んで、問題があれば連絡をくれることになった。」
「そっか。連絡したのは夜でしょう?やっぱり王様は忙しいんだね。」
「だな。」
扉が開いてジェイクとハンナが入ってきたので、またみんなで挨拶を交わす。二人は今日は休憩の日なので、リビングのソファに座った。
ルークは作業台に置かれた何品かの料理をダイニングテーブルに運ぶために大皿を持ち上げる。
キースが思い出したかのように笑い出した。珍しい。
「ルーク。あの後な、気になってオレも鑑定してみたんだよ。ほら、ルークのトリガーが刺さっただろう?」
ああ、あの「まるでプロだね!プロのシェフ!」って興奮して口から出ちゃったやつね。
俺のトリガーって言い方は決定なのかな?何かのアニメみたいで格好いい。ちょっと好き。
「なんか変わってた?」
ダイニングテーブルに大皿を置いて、次の皿を取りに戻りながら聞くと
「新スキルが見つかったよ。」
「「「「「え?新スキル?」」」」」
「そう。新スキル。デイジーとも話したが、多分、ルークのトリガーは新スキルを生やすことが出来るトリガーだろう。」
コップを配っていたアイリスと、冷蔵庫から口の広いガラスのピッチャーを取り出していたアーサーは、何となく納得顔に見えた。
しかし、二つ目以降のスキルは精霊から貰うんじゃなかったのか?ルークとジェイク、ハンナは思案顔だ。
ガチャリとキッチンの扉が鳴ったので振り向くと
カゴいっぱいのグレープフルーツを持ったデイジーが入ってきた。
「あらおはよう。もうそんな時間?遅れちゃったかしら?」
ささっとデイジーから、その重そうなグレープフルーツのカゴを受け取り作業場に置き、近くのキッチンチェアを引き寄せるとハンナを座らせるキース。ハンナ大好きな行動は全くぶれない。素晴らしい。
グレープフルーツは食後のフルーツだろうか。ハチミツをかけて食べたいな。
ルークは戸棚からハチミツとフルーツ用のスプーンを持ち出しダイニングテーブルに置いた。
半分に切ってもらってハチミツをかけて食べるつもりだ。
「みんな揃ったみたいだし、食べましょうか。」
デイジーの掛け声で、みな椅子に腰掛ける。
「あら、アーサーくん。顔の腫れほとんど気にならなくなったわね。」
あ。そういえば!とアーサーの顔を見るジェイクとハンナ。
「本当だ。もう殆どわからないくらいになってる。」
「いやー。ご心配おかけしまして。さっきルークにも言われたんですよ。腫れてませんか?見てないので解りませんが、痛くはないです。」
「「「え?」」」
この「え?」はキースを除く祖父母たちの声だ。
「見てないの?確認してないの?」
の言葉が続くと思われる。
そうですよね?その反応になりますよね?
それが俺の父親、アーサーなんです!
なに?どうしたの?みたいな顔をしてる、あの人が父親なんですぅぅ!!!
微妙な雰囲気の中、朝食となった。
キースがサラダを取り分け、デイジーがドレッシングをかけて皆に配る。
配られた皿には、新作のドレッシングだろうか、この世界では見たことのないものだ。
スッと香りを嗅ぐ
「粒マスタード入りのフレンチドレッシングだ!」
「そんな名前なのか!じゃあそう呼ぼう!」
何種類かの豆、コーンと同じくらいに切られたジャガイモ、きゅうりが千切られたグリーンレタスの上に乗せられているものに粒マスタード入りのフレンチドレッシングがかけられている。
これ美味しいやつ〜〜!
「なにこれ!」
「新感覚だな。」
「粒マスタードの新たなる扉が開いたわね。」
キース新作のドレッシングは家族みんなに盛況だ。俺はおかわりしてしまった。
食べながら、ルークの両親は、先程のキースの話を出し『ルークのトリガーと新スキル』について、考えていたことをシェアしてくれた。
「私たちにとっての最初のトリガーは“電気““電池“だったの。」
みんなも便乗して自分に起きた
ルークのトリガーによる自分の変化の話をシェアし、それをデイジーがまとめてくれた。
時系列順に以下のようになった。
ルーク三歳
トリガー、“電気““電池“
→アーサー:『盤生成』の使い方の天啓あり。
→アイリス『盤加工・付与』
ルーク四歳
トリガー、“フィナンシェ“
→ハンナ、フィナンシェとマドレーヌの作り方の天啓あり
ルーク五歳
トリガー、“足湯“
→アイリス『水-鑑定』
トリガー、“ジェラート“
→ハンナ、ジェラートのアイデアが出てくる
トリガー、“大工さん“
→ジェイク『加工』が『建築』にレベルアップ
トリガー“シャンプー“
→デイジー『化粧品オタク』
トリガー、“シェフ“
→キース『料理長』
トリガー、“パティシエール“
→ハンナ『菓子製造技能士』
キースの料理長は良い。
きっと白くて長い帽子をかぶっていたんだろう。いや、それだとコックか?
気になるのは、デイジーがこそっと書き足した『化粧品オタク』だ。
化粧品オタクだったの?
「デイジーばあちゃんの鑑定結果みたい。」
「え?見る?」
少し嬉しそうに、書き写してある自分の鑑定結果用紙を見せてくれる。
ルークが寝た後、デイジーとキースは二人で鑑定しあったので、二人分渡された。うん。キースじいちゃんのも気になるしね。
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デイジー・フェニックス 48歳 特別宮廷研究員
スキル:知りたがり
加工
化粧品オタク
魔力量B
魔力操作A
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キース・フェニックス 53歳 特別宮廷研究員
スキル:知りたがり
加工
成長
料理長
魔力量B
魔力操作B
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うん。化粧品オタクに料理長…
ちゃんと記載があるようだ。
料理長と菓子製造技能士は職業名っぽい。
ジェイクじいちゃんに大工のスキルが生えず、建築士になったのは疑問が残るけど、これも職業名だ。前世で極めた仕事だったのだろうと想像が付く。
が、化粧品オタクってなんだ??
ブツブツと声に出ていたようで、みんな咀嚼をやめてルークの小さな声に耳を澄ましているが、ルークはそれに気が付かない。
サラダをおかわりし、しゃくしゃくと食べる。
でもさ、そうなると母さんの足湯からの鑑定は?
人物鑑定はできない。液体の鑑定はできた。
『足湯マニア』とか『足湯オタク』のスキルだったら、足湯の鑑定しか出来なくて、シャンプーの鑑定は出来なかったはずだ。
この世界で役に立つスキルに移行したってこと?
大体にして足湯オタクではなかったとか?
元々持ってる属性に違いがあるとか?
属性の鑑定ができない以上そこが絡むと紐解けなそうだ。
いや待てよ?母さんのスキルって…
母さんの二つめのスキルって、誰かのスキルを生かすスキルだった!
それなら、母さんの三つめのスキルは、シャンプーのトリガーで新しく『化粧品オタク』が生えたデイジーの横にいて、今後必要な『水-鑑定』になって生えてきたんじゃなかろうか。
そうだとすると、母さんは支援職?
そこまで声に出ていたらしい。
「「「「「「それだ!!」」」」」
「え!?」
「ふふふ。全部口から出ていたわよ、ルーク」
え、やだ!恥ずかしい。
どれだけ独り言が大きかったのか。顔に熱が集まるのを感じる。多分真っ赤だろう。
「ルーク。素晴らしい考察だ!」
アイリスに笑われ、ジェイクに褒められた。
「スキルを生かすスキルって考え方が素晴らしいわ。誰かの役に立つスキルが生まれているなんて!一人で出来なくても、二人なら素晴らしいものができる。確かにアーサーの『盤生成』の才能を加工付与して最大限に生かすアイリスのスキルは素晴らしいものね!」
ハンナは興奮気味だ。
「そうね!アイリスちゃんのその鑑定があれば、今作っている新しいシャンプーもお試し前にある程度解ることも増えるだろうし!」
デイジーはウキウキだ。
喜ぶ二人を見て、頼まれれば鑑定はするわ。と苦笑い気味のアイリス。
研究者、盤加工・付与、そして水-鑑定
母さんは前世でリケジョだった可能性が濃厚になったな。
と思った。
声に出さないように気を付けながら。




