3-95.辺境伯領の亀裂
そっかぁ。表情筋が生きてる証拠だねぇ。
でも、サン…聞き覚えがあるような…。
「んー?サン?…あぁ、サンね。思い出したよ。」
ルークはミツバチの精霊の代わりになる鳥の精霊を探すべく転移した先が亀裂だった。
というちょっと情けない状況に陥った後、沢山の鳥たちが住処にしていた、めちゃめちゃ小さなわんどを見つけた。
淀んで臭気を発生させていたそのわんど。
周辺に生きている鳥たちや動物たちにとって心地の良い棲家になるようにとの思いで、そのわんどに魔力を流したのだ。すると、草一つ映えていなかった荒れ地がめちゃくちゃ広大な湿原になってしまった!
というアレを行った日。そのちっこいわんどの隣をちょろりと流れていた?川がサンという川だった。と思う。
ハリネズミの精霊とシロオオフクロウの精霊に大変喜ばれたので、なんとなく思い出せた。
名前も太陽のサンで可愛いと思ったしね。
確かわんどを縮小させ淀ませた原因は、上流での国が川を堰き止めていたからだったはず。
それが下流の国の合意のもとだったのかどうか、あとは勝手に何もなかった荒れ地を動物たちが喜ぶ湿地にしてしまったことの謝罪を含めた報告と調査依頼的に、精霊ちゃんに伝えてもらっておいた。
精霊たちは、「こんな素晴らしいことをして怒られるなんてことがありますので?」「人間社会…恐ろしや…。」「ルーク様が怒られるとは?」など言っていたけれど、人の世とは世知辛いものなのだ。
しかし、サン川ね。
みんなの発音がどうしても数字の三に聞こえて仕方がない。
なんだろう。太陽のサンとはちょっと発音が違うんだけど…。
もしかしてこの星では太陽の英語読みのサンと数字の三の発音が同じとか!?
ありえる…。
なにしろ似た言語があるけれど、英語という言語はこの星には存在しないのだ。
基本どの王国でも共通言語があって、それぞれの王国語っぽいものが存在している。
いわゆる方言的な感じか、ネイティブ言語といった感じと思っている。
そんなわけで、風の精霊王が話す三川がルークの知っているサン川とすぐに一致しなかったのも、思い出すのに時間を要した一因である。
「あの堰き止めって、結局国同士の合意はあったの?」
「ぜーんぜん。全くなかったから大騒ぎになったのよ。」
精霊ちゃん曰く、川の上流で堰き止め行為を行っていた国は、光の国マーレルーチェス王国の者だった。
とはいえ今の王様の治政時代ではなく、前バロニィ王国の前王様と三川が流れている領地の領主が原因だった。
この星の大陸を流れる流域面積の広い川は六本のみ。
その中の三川は、光の国マーレルーチェス王国を流れる三つの川のうち一番大きな川である。
面積も広く深さもあることから豊かな水量がある。
その水を独占しようとして堰き止めたというのだからいただけない。
三川は光の国マーレルーチェス王国から流れてきて、ホーネスト王国に入ってくる。
フェニックス辺境伯領内を少しだけ流れた後、エロガンス侯爵領の北部から北西に流れていく。さらにその下流であるラピーナ男爵領の中心を流れ、ラピーナ子爵領の南東から南に流れて白カエルちゃんの湖に流れ込んでくる。それが三川である。
ホーネスト王国内に流れてくる直前にダム建設を行われたのか、上流で大量にその水を堰止められた結果、フェニックス辺境伯領とエロガンス領にはちょろりと水が流れてきたが、ラピーナ男爵、ラピーナ子爵領では完全に干上がってしまった。
しかし、川が干上がるなど男爵や子爵で手に負える案件ではない。
侯爵家であれば、当然金もあるしコネもあるだろうと、下っ端貴族である男爵子爵はすり寄った。
しかし、エロガンス侯爵領が一番被害を受けていたため、それを突っぱねた。
ラピーナの両領では川の水は完全に干上がって、領民たちは飲み水に困り、周囲の領地に水を分け与えていたので、そこからの収入もゼロに。当然川から畑に引いていた水も干上がってしまったので、水を好む作物は全滅した。
エロガンス領でも同じく領民の上水がゼロになったし、水を分けていた周囲の領との取引も出来なくなり、収入が激減したし、畑も全滅。しかしエロガンス領はそれだけに留まらなかった。
エロガンス領よりも下流の領地の川は完全に干上がっただけであったが、エロガンス領にはちょろちょろとわずかばかりの水が流れてきていることで、干上がった川底は汚水汚泥で臭気が発生し、清潔からほど遠くなった結果、疫病まで発生し始めてしまっていたのだ。
「で、馬鹿なエロガンスは調べもせずに、辺境伯が水を堰き止めたんだと決めつけててね…。そんな時にルークから報告があったのよ。」
ルークが見つけた小さなわんど、結局大きな湿地帯にしてしまったその場所は、辺境伯の最南東端。辺境伯領で唯一流れる短い川の一部だった。
「そっか、あそこってキースじいちゃんのとこの土地だったんだ。でも唯一の川って割には全然栄えてなかったけど…。」
「え?気になるのはそっちなの?」
「え?だって川っていったら生命線でしょう?その周辺が栄えてないとか、おかしくない?それに国境に近いはずなのにそれらしいものも見当たらなかったし。」
地続きの国境と言えば、壁で仕切られていたり検問所があったり。
その様子は全くなかったことを思い出せば、あの場所は辺境伯領を流れる三川の中央付近だったのかもしれない。
他に気になることは…ある?
「あぁ、ルークが想像した検問所がある場所は、この王国とマーレルーチェス王国の国境は街道が整っている二か所だけよ?ほかの場所は亀裂が多いし荒れ地すぎて馬車通れないわ。あんな場所を歩いて国境を渡って不正入国しようとして死人が続出した時代があるから、あえてそのままにしてあるのよ。密入国したい奴は死ぬことも含めて自己責任ってね。」
死人続出…こわ。
「それって…やっぱり亀裂に落ちて?」
「そうね。人間たちは知らないままだけど、一番死人が出たのはルークが嵌ったっていう亀裂と、そこから少し離れたところにある大きな亀裂ね。私たち精霊の中では五大亀裂って言われている中の二つが辺境伯領にあるからね。」
「五大亀裂…それって大きさ?それとも…。」
「死人の多さね。」
「そっちかぁ…。」
「死人が多く出る亀裂って、高さに差があるところが多いのよ。辺境伯領の亀裂は、マーレルーチェスから侵入すると、ちょっと盛り上がって亀裂があって、亀裂の向こうが低くなっているから断崖絶壁と言っても良い地形になってるの。」
「そりゃ近くまで行かなきゃ気が付けないね。」
「でしょ?馬車で進めば、気が付いた時にはもう落ちて死亡よ。」
馬車は突然止まれないもんね。
「でも、亀裂なら歩いていたら気が付けると思うけど。」
歩いて入国したら亀裂に嵌ることも落ちることもなさそうだけど。
「あら。ルークはあの辺りで魔牛に出会わなかったの?」
「え…いるの?」
「荒れ地と言えば鉱山と魔牛でしょ?居るに決まってます。」
そうなんだ…。
あそこに魔牛居たんだ…。
ルークが背中をぞくりと震わせる。
まだ魔牛に会ったことはないが、二人の元保安隊のゴツイ男が漏らして逃げたというほどならば、それは相当恐ろしい見た目なのか、力なのかを持っているのだろう。
そういえば魔牛討伐は冒険者が主に担っているとか。
冒険者スゲー。
まぁ、そういうことなら国境の検問所が二か所しかなくても大丈夫であるということに納得できる。
生きて国境を超えるためにはそこ以外を通りたいと思えないからあ。
「ごめんごめん。話を戻そうか。でその残りカスのエロガンスさんは辺境伯に何かしたの?」
「冒険者を雇って辺境伯領に宣戦布告と共になだれ込んだのよ。はぁ。」
え?馬鹿なの?
辺境伯の領民って、腕っぷしのイイことで有名だ。
王都にいたなら王宮騎士になっていただろうというほどの人たちだ。
辺境伯領主を慕って「騎士なんぞにはならん!」と、「騎士になったら辺境伯領主様の元で働けんではないか!」と、辺境伯領の国境付近で畑を耕しつつ、ウキウキと生活している。
そんなちょっと変わった領民が多いと聞いた。
そんな辺境伯領に、雇った冒険者たちを放ったと。
普通ならば、宣戦布告もされたし、腕っぷしのイイ領民たちと戦闘になるところであるが…。
冒険者の相手が辺境伯領主、キーズじいちゃんのじいちゃんとなると。
「そう。今ルークが思った通りなのよ。冒険者が現辺境伯領主であるダグラスに惚れちゃって。一目ぼれよ?信じられる?まぁ、キースの麗しさはダグラス譲りともいわれているくらいだし、見た目は麗しの麗人なくせに腕っぷしが強くて”ザ漢”って感じだから、昔っから男に大モテだったんだけど。今もそれが健在ってことよねぇ。」
ダグラスと言えば、キースの祖父。ルークの高祖父である。
本当であればキースが治めねばならなかったはずの辺境伯領。キースの「自分はやらない。デイジーに負担なんぞかけられるか?」の一言でそれじゃ仕方がないと高祖父が、”キースの弟”というテイで再度治めてくれることになった。(ここでもちゃんと誰かの刺激にならないように気を遣う)
辺境伯領の主要メンバーはそのほとんどが帰還者であるため、公表しているキースの弟が、前回までの領主と同じであっても何の問題もなく治められているというわけだ。
ルークの記憶にはないが、誕生祝いにはこっそり出席してくれたようで、あちらはルークをしっかり認識してくれているらしい。
「結局その雇われた冒険者たちはその場で辺境伯領民になっちゃったわ。大枚はたいて雇い損になったエロガンスが一人で大暴れして拘束されて。そっちの罰金も追加。ルークに盾突いた一族だって知ってたダグラスが、止める周囲を薙ぎ払ってエロガンスに近寄って『ワシの玄孫にイチャモンつけてくれたと聞いたぞ?どう落とし前付ける気だ?ああん?』ってほの暗いオーラをまき散らしてね。結局エロガンスをきっちり締め落としてくれたから、エロガンス領を買ってくれた子に引き渡すのも楽だったんだけど。」
え?ダグラスじいちゃんってそっちのタイプ?
脳筋タイプなの?キースじいちゃんと見た目が似てるのに?
いや、キースじいちゃんって顔と体が一致しない人だった!
めちゃくちゃ美人な顔に筋骨隆々の肉体持ちだった!
ただ脳筋じゃないってだけだ!
エロガンスさんがどんな人か知らないけれど、ご愁傷さまです。
もう少し頭を使えると良いですね…。今後のためにも。
いや、今後はないか。今後は新しい領主に飼われるって感じだもんな。
ルークが少々顔を青ざめていると、そういう話じゃなくて!と風の精霊王は話を元に戻した。
「三川を堰き止めていた領主とそれを知っていながら止めるどころか大賛成してダム建設の後押しをしていたバロニィ王国の王はそれぞれ断罪を終えたから。教えてくれてありがとねぇ。
今回は私のところに話が上がってくるまで時間がかかっちゃって後手に回ってしまったわ。エロガンス領地の疫病ももっと早く知っていたら防げたのに!ほんと、エロガンスもラピーナもなんておバカなのかしら!」
「あれ?ラピーナって、ジャイン・ラピーナのラピーナ?」
「今まだそこなのね…。ジャインは男爵の方よ。興味もないだろうけど、子爵の方は男爵の遠縁ね。」
だって、興味がないんだもん…。
「ま、まぁそんなわけで、バロニィ王国の王は辺境の小屋に。領主は没落して市井に放牧したって。で、おバカだからさ、さっき話した辺境伯領に家族を連れて馬車で密入国。」
「は?え?さっきの話だと、それって…。」
「既に亡くなってるわ。亀裂に落ちて。ね。」
亀裂に落ちて亡くなると、基本引き上げられることはない。
生きていればどうにかしようと誰かが動くこともあるけれど、人の手で助けることが出来るような場所に落ちていることが稀だということもあるし、深い場所であれば目視できることがほぼないからだ。
「馬が可哀想だな…。」
何の落ち度もない馬が、そんな人たちと共に命を落としたなんて…。
「その馬は生きてるわよ?」
「え?そうなの?何で?」
「白馬の精霊に聞いていないの?」
「なんかユニコーンの精霊引き連れてきたけど、色々あって話は聞けてないな。そういえば。」
ハクのやつ、また隠し事か?
「そうそのユニコーンの精霊が、その馬の中に閉じ込められていたのよ。」
今回のサン川堰き止め騒動を収めるのに、多くの精霊が動いていたらしい。
精霊王が精霊たちに精霊ネットワークを通じて協力を依頼。
犯人を取り逃がさないように、ルークの契約精霊である白馬の精霊と雪豹の精霊、ジェイクの契約精霊である牡鹿の精霊も協力。
白馬の精霊、雪豹の精霊、牡鹿の精霊は、逃亡した家族がどこに行くかだけ確認しておくように言われ、それを見守っていたそうだ。
人間に手出しは無用と厳命されたが、契約者でもない友達でもない人間に手を貸すなど精霊はしない。
大きな亀裂に落ちていく馬車を見送り、白馬の精霊が同族ともいえる馬だけを救出したところ、自分と同じように、馬の中にユニコーンの精霊が封印されており、それを救出したということだった。
救出されたユニコーンの精霊だったが、白馬の精霊の時とは違い近くにルークがいるわけではなく、分けてやれる精霊力が圧倒的に足りなかった。
折角見つかったユニコーンの精霊だが、精霊力がなければ復活することが出来ない。
そんなわけで白馬の精霊は、復活した世界樹のお膝元、白カエルちゃんが住む癒しの泉に連れていき、そこで復活できるまで安静にさせていたという。
「そっか。そういうことだったのか。ハクってばちゃんとユニコーンがその馬の中に閉じ込められていることに気が付けて偉かったなぁ。」
これは近いうちに呼んでやって褒めてやらねば。
「あぁ、それなんだけど、本当にたまたまだったみたい。馬なら助けなきゃって思って助けたあと、微弱なユニコーンの精霊の精霊力を感じたのは牡鹿の精霊だったって。」
「…ハク。」
ルークは白馬の精霊を褒めてやるのを諦めたのだった。
ストックしてあった分、全てを放出致しました。
夏休みに入りましたので、また、沢山書き溜めようと思います!
しばしお待ちくださいませ?m(_ _)m




