3‐92.魔力詰まりの真実?
白イタチの精霊イッチーお気に入りのピンクのマカロンは、イチゴ味です。
その後も緑茶以外にも合うお茶はないかと、マカロンとお茶談義を続けていると、店の扉についているドアベルがカランコロンと良い音を奏でた。
店先には貸し切り中の看板が出ているので、お客が入ってい来ることはないはず。
一体だれが扉を開けたのかと、みんな話途中のままドアの方へ顔を向けた。
「デイジーじゃないの。どうしたの?何か急用かしら?」
店内に入ってきたのは足元に花豹の精霊を巻き付けたデイジーだった。
紙に包まれた細長いものを持っており、それをハンナに手渡すように向けているので、ハンナが受け取りつつ、奥へ声をかけていた。奥にいる店員が返事をしたのでそのうち冷たい飲み物が出てくるだろう。
「夕べ花を取りに行ったまま戻れなかったでしょう?早めに見せたほうが良いと思って持ってきたの。バーネットちゃんとブライアンさんもここにいるって話だったし。ね?」
もうすでに日は高く昇っている時間帯。そんな暑い外から入っていたとは思えないくらい髪はサラサラしており、汗一つもかいていないデイジーは、隣の席から椅子を拝借してルークの隣に座る。足元には花豹の精霊が前足を伸ばし頭は上げたままの姿勢で座った。
ハンナが受け取った細長いものは、花の付いた枝を日光から守るために紙を巻いたものだった。
夕べは失言をごまかすためか、みんながいる間にデイジーとキースは戻ってこなかった。
泊まっている(とされている)宿はルークの家からは遠く徒歩往復で一時間半といったところだろうか。夜であることを加味すれば二時間弱。その感覚を無視してすぐに花をもって現れたなら、今度こそルークに怪しまれてしまうと思ったのだろう。ハンナとジェイクの安心君にキースから連絡が入ったのだ。
今日はもうそっちに戻らないからどうにかしておいてくれと。
まるまるっと丸投げをしてきたキースに、ジェイクは心の中で丸投げかよ。とため息を吐きつつ、周囲のみんなに笑顔を向けた。
「キースの腹の調子が悪くなったんだと。そのまま宿に戻って寝ることにしたそうだ。デイジーもいるし任せておいて大丈夫だろう。花は後日だな。」
キースは誤魔化す内容を考えてジェイクに伝えるべきだった。
まさか自分が腹を下したと説明されるなんて思っていなかっただろう。
「あら。何を食べたのかしら?悪くなったものでも食べたのかしらね?感染性のものだと怖いから、今日はこちらに泊めてもらっても良いかしら?」
とハンナも悪ノリしたものだから、キースは謎の腹下しの腹痛という大変不名誉な病気にさせられたのだった。
そんなわけで本日キースは外出不可。宿に泊まっているというテイで家で軟禁中である。
珍しく一人で花を持ってきたデイジー。その紙を外すと、中から一枝出てきた。
夕べデイジーが言っていた花豹が生やしたという紫雲木の一枝らしい。
初めて見たその紫の桜と言われる花。
桜と形容されるのが納得できるのは枝の先に花が密集しており、葉が見当たらないところだろう。枝ぶりから考えると名前に木と入るだけあり、しっかりとした木になり咲くようだ。桜も同じなので似ていると言えばその点も似ている。
ただ、桜というのは花びらが風に煽られてハラハラとはかなく舞うのを含めての桜であると思っているルークからすると「ちょっと違うな。」という感想が一番最初に出た。
この紫雲木という花は、花びらが分かれておらず、ノウゼンカズラのようなベル状の小花が密集していたのだ。
これでは花びらが散らない。
後片付けのことを考えればこちらの方が便利といえば便利かと、ルークは思う。
桜は桜、こっちはこっちなのだ。ただ、前世の記憶の桜のイメージが強すぎるだけなのだ。
この星には八重桜は存在するが、ソメイヨシノは存在しないのでこのイメージをみんなと共有するのは難しかった。
紫雲木の花の色合いは様々あるそうだが、聞けば紫色の濃淡と、ピンクが混じる程度らしい。
今回持ち込まれたのは紫色のライラックの花に似た色合いのもの。この感じは万人受けしそうだ。
「あら!素敵ね!」「ほんとほんと!」
「紫の桜という別名も納得かも。これ、桜みたいに枝の先全部に花が咲くのかしら?」
ハンナがデイジーに尋ねると、話を聞いていた花豹が頭を持ち上げてデイジーに頭をこすりつけながら、そうだと答えたあと注意事項を伝える。
「僕ら精霊が生やした木や花には毒性はないけど、そうじゃない紫雲木の樹液は人間が触るとかぶれるから気を付けてね?」
「樹液でかぶれるんですって。」
と、花豹に向かって一つ頷いたデイジーがバーネットとブライアンに伝えると、花に触ろうとしていた二人が手を引っ込めた。
この花は大丈夫だと伝えないところを見ると、精霊が生やしたかどうか見た目では判断ができないので注意を促すためのようだ。
この種類の花の樹液はかぶれると知っておいた方がみんなが注意するはずだ。
「そうなんだ。でも、この辺りでは見ないよね?」
ルークが言えばシリーが南西の方角へ顔を向ける。
「あっちの方に沢山生えてるよ。あんまり人間が住んでいない暑い場所だから知られてないのかも。」
人があまり住んでいないここから南西の方角と言えば、王家領地となっている誰も住まない辺境の地だろうか。沢山生えているというならば、壮大で美しい風景が見られるだろう。そういう場所を観光地化出来たら良いなぁと、なんとなく思う。
ただ自分が見たいだけかもしれないけれど、花好きな国民性を考慮すれば喜ばれるはず。
全く別の思考にダイブしそうになったルークは慌ててこちらの世界に気持ちを向ける。
「かぶれるのは樹液だけなら、注意したら大丈夫かな。かぶれにくい体質の人もいるしね。デイジーばあちゃん、かぶれを治せる塗り薬とか、事前に飲んでおけばかぶれない。みたいな飲み薬は作れそう?」
ルークが言えば、ハンナもデイジーも気が付いてくれたようだ。
小さな子供の誕生会で使う花の樹液にかぶれるような成分があるならば、花瓶に入れたらその水にもその成分が流れ出すだろう。
小さな子供というのは、何をしでかすか解らないものだ。綺麗な花だからと手を伸ばして引っ張る可能性もあるし、それを口に入れてしゃぶる子供もいるだろう。花瓶の水を飲むようなことはないと思いたいが、花をつかもうとして花瓶ごとひっくり返して、中の水をかぶってしまうこともないとは限らない。
かぶれる成分を持つ花というだけで、本来ならば子供の誕生祝には不適切なのだ。
しかし、その成分を無毒化できるならば問題はない。
当日使う花は花豹の精霊が出してくれる花を使うので一切問題はないのだが、それを扱い花を活けてくれるのは花関係を頼んでいる業者の皆さんである。業者の皆さんが紫雲木が毒性が一切ないと思って扱えば、後日他の場所から仕入れたかぶれ成分がばっちり入った紫雲木を扱って大問題が発生するということもあるのだ。
自分たちが子供の誕生祝いに使ったとなれば、大丈夫な花として認知されかねない。
触ってかぶれる樹液を間違えて口にでもしたら…。考えたくもないが、口の中の粘膜が爛れてしまい、大騒ぎになること必至である。
ちょっとかぶれたわ~では済まない。子供が可哀想なことになるのだけは避けねばならないのだ。
「そうね。それなら子供にも安心して飲ませられるかぶれ止めを作ってみるわ。シリーお手伝いをお願いできるかしら?」
「そうだね。いいよ。」
花豹の精霊はルークたちの思考をしっかり読んでおり、それは大変だからと協力してくれることになった。花豹が生やす花なので、成分もしっかり解っているのだろう。お安い御用だよと口元が笑っている。
安心して任せられそうで何よりだ。
「かぶれるのなら子供の誕生祝には向かない花だと思うけど、かぶれ止めの前薬があるなら安心かしらね?でも、一般的ではないって周知はさせたほうが良い花かもね。」
「ほんとほんと!」
バーネットとブライアンが頷きあう。
「とりあえず、この花の感じであれば、昨晩話したセレモニードレスでいけそうですよね?」
みんなが気に入ったピンク色のセレモニードレスだ。
色合いだけを紫色に変更しても問題なしだと花を見ても思えた。
「そうねぇ。このベルみたいな花の形を取り入れてみない?リリーの衣装には袖。レンの衣装には…そうねタイの先をベル型にしたらかわいらしさの中にも格好良さが入って素敵だと思うのだけど。」
とバーネットがノートを取り出してささっと描いてくれる。
「うーん。このベルの形なら、白から紫のグラデーションにしたらいいアクセントになりませんか?」
一つのベルが袖やタイなど大きなものになるならば、一色使いよりは良いのでは?となんとなく思ったことを言ってみる。ヘアバンドにもこのベル方の花をつけたらリリーがさらに可愛くなりそうだ。
「良いかも良いかも!!素敵かもー!!」
バーネットにアイデアが湧いて出たようで、ノートに描いては次のページ、描いては次のページへと描き続けていく。
「バーネットがこうなったら長くなるわ。みんなお茶の準備ができたみたいだから隣の座席に移りましょう?」
ハンナが手を上げると、先ほどテンツとホミナーをソファーに横たえてくれた二人が新たに入れてくれた冷たい飲み物とケーキをテーブルの上に準備してくれた。
その店員一人の頭の上には白イタチの精霊が、ピンク色に染まった口元と手を舐めながら胡坐をかいて座っていた。店員を移動の手段にしたようだ。
おいおい。どれだけ食べたらそんな口の周りに色が付くの?
店員の頭からジャンプしてルークの手元に移動した白イタチの精霊は、タクシーをしてくれた店員に向かって「ありがとうねぇ」とお礼を言っていた。聞こえない店員に何を言っても無駄なのだけど、ルークの友達精霊、契約精霊たちは礼儀正しい精霊が多い。
それを受けたのか、店員の背中から振っている小さな手が見えたので、おそらくあの店員の友達精霊だろう。大きさから言ってリスっぽいと思った。
近くに置かれたお手拭きで、白イタチの精霊の手と口回りを拭えば、お手拭きがピンクに染まった。
白イタチの精霊は真っ白な顔と手が、ほんのりピンク色合いまで落ちたが、これ以上擦っても消えそうにない。お湯でやれば落ちるだろうか。
そういえばテンツとホミナーはどうしたかと目を向けると、二人とも気を失っているというよりも寝ているといった息遣いになっていた。結婚式も引退も近くなってきたと言えばそういえる。その準備の中自分たちの会に出てくれる人の確認をして回ったのだからそこそこ忙しかったのだろう。
バーネットを除くみんなでケーキを食べつつ冷たいお茶を飲み終えたころ、バーネットが「あら。美味しそうね。」と気が付いて、いそいそを席を移動して食べ終えると、布の染色をしちゃいたいからとブライアンを伴って店を出て行った。
そんな二人が店のガラス張りの扉から見えなくなるとハンナがため息交じりに言った。
「あの二人も、ここまでこっちに巻き込まれるのなら、友達精霊と契約出来たら良いのにねぇ。」
「それ俺もそう思ってた。精霊が見えればさっきみたいな時に説明がしやすいよね。」
「「そうなのよ。」」
みんな同じ意見のようだが、そうは言ってもこちらがどうにかできる問題でもない。
精霊との何かが満杯にならないと契約できないのだから。
「あ、そういえばさ。今日の店員さん二人とも友達精霊がリスっぽいよね?料理関係の能力がどんどん上がると思う。」
「確かにあの二人の友達精霊はリスだと思うわ。いつも頭や肩に乗せているもの。鑑定でそう出たの?」
ハンナに尋ねられたので、ルークは先ほどの精霊の手の話と、リスの精霊と友達の子たちは、今まで見た限り全員料理関係の強い子だったから、リスの精霊が生やせるスキルは料理系なんだと思っていたという話と、鑑定でもリスの精霊が食べ物特化と出ていることを伝えた。
「あら。そうなのね。確かにキースの友達精霊もリスだものね。」
「言われてみれば。マックスもマリーネもそうよね?オッティは違うけど。」
デイジーの身近な存在であるキースの友達精霊を思い出せば、ハンナも精霊のいる里で働いている若い子たちを思い出す。
マックスとマリーネは精霊のいる里温泉で料理担当をしてくれている。
あの場所には引退組が再就職する中、数少ない若い子たちである。
「オッティさんの友達精霊はコアラだね。コアラも食べ物特化だったけど、特殊みたいだね。今までコアラの精霊はオッティさん以外で見たことないから。」
「「へぇ。」」
ルークは店員たちが店の奥に引っ込んだ方向へ顔を向ける。二人は絶対にこちらが気になるはずなのに、こちらを気にした動きやそぶりが一切ない。本当に善人なのだ。自分をしっかり律することができている点も非常に好感が持てる。
「ねぇ。久しぶりに二人のこと見ちゃう?今日ここに配置したのだって、ハンナばあちゃんが目をかけてるからなんでしょう?」
ルークが笑えば、ハンナも含み笑いをする。
「あら。バレちゃった?さっきの善人だっていう判定だけでもめっけものだからそれ以上は贅沢かと思って言わなかったんだけど。良いの?」
あら、それは面白そうね。とデイジーも笑うので、久々に決行することにする。
人物鑑定と魔力接続を!
ハンナは二人を呼びに行くついでに鑑定盤も奥から持ってきた。
ーーー
「私の友達精霊…。」「きゃぁー!リスですか!」
二人はそれぞれ違う反応をした。
お互いリスは好きだったらしいが、見る専門、愛でる専門だったようだ。
話す前に鑑定盤でそれぞれ鑑定すると、やはり魔力つまりだった。
この星の人って何故これほどまでに魔力つまりの人ばかりなのか。何か意味があるのかも知れないけれど、せっかく魔法がある世界なのに、魔法を使えない人が多くて大変もったいない。
魔力接続をしたら、魔力つまりが改善されて、それぞれ『裏漉し』と『泡立て』というスキルが生えていた。魔力接続の際、これができるようになったらいいなってことを想像してくださいって言ったら、これが生えたのだ。
なんとも地味なスキルだなと思っていたら、二人はそれぞれそれが苦手でずっと練習していたそうで。
「え?スキルが生えたなら使ってみたいです…。」「私も!」
というので、みんなで店の奥へ引っ込んで、二人にスキルを使ってもらった。
「わぉ…。」「卵がこんなにモッタリと!」
ハンナが出来上がったあんこの裏漉しと、卵を泡立てた生地を確認し、花丸と即戦力という太鼓判を押した。嬉しい評価をもらったと二人は抱き合って泣きだした。
弟子って大変なのね…。
と身近に初めて師弟の厳しいシゴキがあったことを感じてしまったルークだった。
しかし、スキルで作業を短時間で終わらせることが出来るのも、この場合は裏漉しに使うはずの器具である漉し器もへらも汚れないし、器具につくはずの材料が無駄になることもないのは良いなと思う。泡立てだって、周囲に飛ぶこともあるし泡立て器にふわふわな卵がちょこっとだけだけど残ったものは、下水へと流れたり、生ごみとなってしまうのだ。
スキルを使うとそれがない。
それに、裏漉しも泡立てもかなり腕の筋力を使うので、腕が辛くなるはずだがそれもないのだ。
スキルって素晴らしい。
「ルーク様のお陰で、明日から即戦力としてお店でスィーツが作れることになりました…。ありがとうございます…。」「スキルが使えるようになるなんて思っていませんでした!感激です!お礼は分割でお願いします!」
と言われて、「しまった!!」と思ったがもう遅い。
魔力つまり解消のため、スキルを使えるようになったのを見たいがためだけにいつもやってしまうが、ルークの魔力接続を願う者は多い。
こうしてまたルークの貯金が増えていく。
「これさ、もう金額決めちゃっておいたほうが良いよね。なるべく安くさ。」
「そうねぇ。でも一律は難しいと思うわ。」「内容によって三段階くらいに決めておくもの良いかもだけど、多分みんな一番高い金額を支払ってくるわよ?」
祖母二人に言われてしまう。
そうか。そうだよね。みんなスキルを使いたいって思ってるんだもんね。
一生使えない人だっているんだもんね。
ん?あれ?
この星の子の魂じゃないと、友達精霊は近寄らない。友達精霊がいなければスキルが使えない。
「もしかして…この星の子かそうじゃない子かの見分けができないように、魔力を詰まらせてる何者かがいるってこと?」
と小さく呟けば、肩に乗った白イタチの精霊の尻尾が大きく揺れたのだった。




