30.俺のトリガー
夕食の時に魔力接続の話をして、ハンナの答えに身を委ねることになった。
無理強いは良くない。というか、絶対ダメ!!
本人の同意は絶対に必須だ。
それに、夫であるジェイクの意見もあるはずなので、一緒にいる時に聞かねばならない。
これで魔力操作のレベルに変化があれば、魔力操作Gの人たちを助けることができるかもしれないし。何か違う結果になるかもしれないし。
とりあえずやってみる。だ。
キースとデイジーで書類を作ってくれた。
再度、あの時俺の見えた鑑定結果を順番に伝えて書いてもらったものを添付したものだ。
温泉にいた時には、すぐに王宮に報告しようと言う話になっていたけれど、ハンナに聞いてみて、
興味がなければその時に書類を王様に直接通知する。
興味がありそうなら試してみて、その結果もまとめてから、こっちも王様に直接通知をする。
と、研究室では決定した。
みんなで研究室を出て、玄関に向かう。
太陽は随分と大地に近づいている。日暮が近い。
研究室から玄関までは土が剥き出しのままになっていたが、余計な草は生えていない。何かしてあるのだろうか。
他の場所は小花が咲いていたり、プランターが置いてあったりすることを考えたら、まだ考え中なのかもしれないな。と思った。
どの場所も、みんなが好きそうな場所に整えてあるしね。
家の角までくると、敷地の入り口から建物の玄関までのアプローチが目に入ってきた。
ぐぅぅぅ〜
何か美味しそうな香りがしてきてお腹が鳴ってみんなから笑われる。
「お腹すいたよな。今日の夕食はなんだろうな。」
アーサーはルークの手を握って歩きながら、もう片方の手で自分のお腹をさする。
おやつの時間に、結構スイーツを食べてお腹いっぱいになっていたのに、もうお腹が空くなんて、温泉って体力を使うのかな?解らないけれど、食事前にしっかりお腹をすかせるって、俺にとっては大切だ。
食べ物がより美味しく感じるからだ。
誰かが作ってくれたもの。せっかくだもん。美味しくいただきたい!
前世では、食事の準備は俺の役割だった。
誰に言われたわけでもなかったのだが、フルタイムで働く母親のために、俺ができることの一つだと思ったのが始まりだ。じいちゃんから教わって作り始めると、徐々に一人で作れるようになった。結果として、三人分の食事作りと食材の買い出しも俺の役割となったのだ。
だからだろうか、誰かの作ってくれたものは、どんなものでも嬉しい。自分では思いつかないような味付けとかあると、めちゃくちゃ勉強になるし。
玄関から家に入り、リビングに向かう。キースが扉を開けると中から室内灯の明かりが差した。みんなを中に入らせてから最後に入り扉を閉めた。
カーン、カーン、カーン
とリビングに置かれた通知ボールからの、日没を知らせる鐘の音だ。こんな高い音だったのか。初めて聞いた。鐘の音ではなく音楽が流れるとかに出来たらいいのに。夕焼け小焼けとか。ないか。
扉の奥あるダイニングテーブルの奥には料理が並べられていた。この短い時間に準備したと思えない品数だ。
驚いているルークをみてハンナが
「ふふ。冷蔵盤と加熱盤を手に入れてから、格段にできることが増えたのよ。画期的よね。これ。」
冷蔵盤は大きめの箱に入れてあり、冷蔵庫にしているようで、多めに作ったり、手の空いた時に作った料理を鍋ごといれておいて、食事の時間に加熱盤で温められるので、とっても便利なのだと言う。大きめの箱がなくても、冷蔵盤の上に鍋を置けば、冷蔵庫の中に入れたのと同じ時間は保存が効くのだ。
それまでの氷を使った冷蔵庫は、氷が溶けたら冷蔵庫では無くなってしまうし、氷は定期的に入らないしで、使い勝手が悪かったようだ。なんとなくそれは理解できる。氷が溶けたら水浸しになりそうだし。。
横で嬉しそうに自分の顔に指を差す父さんが見えるが無視しよう。
優秀なのは知っているが、今日はもうアピールするなよ父さん。
俺はお昼の時と同じ席に座らせてもらった。みんなが着席して、夕食の開始だ。
この世界では、豆料理が主流だ。エネルギーのバランスが良く栄養も豊富なうえ、魔力回復もしてくれる優れものなので、一日三回豆料理が出てくることも、出された全ての料理に豆が使われているなんてよくあることだ。
ひよこ豆ときゅうり、ミニトマトのサラダは俺のお気に入りの一つだ。スプーンで掬って口一杯に頬張る。今日のドレッシングはシソ入りのようだ。これも美味しい!
豆とズッキーニのトマト煮込みもある。
皿を引き寄せて香りを嗅ぐ。コンソメの香りがする?こっちの世界ては嗅いだことがない。ワクワクして一口食べてみる。
「めちゃくちゃ美味しい!コンソメなんてあるの!?」
と、今日の食事当番であるジェイクとハンナの顔を見る。するとハンナが恥ずかしそうにした。
「それは昨日キースが作っておいてくれたものを温め直しただけなの。」
「え?キースじいちゃんが作ったの?これコンソメだよね?」
「ルークも知ってるのか。なら多分前世の記憶から出たんだろうな。勝手に手が動いたから。」
前世の俺は顆粒タイプのコンソメしか使ったことがなかったけど、一から作ったのか。コンソメスープって肉とか必要じゃなかった?何で代用したんだろう?
「すごいよ!まるでプロだね!プロのシェフ!」
何気に言ったこのセリフ、キースの心に刺さったようだ。
「シェフ?シェフ、プロの?シェフ!!」
え?ええ?もしかして、トリガーだった??
「ルーク、ありがとう!理解した。」
キースは笑みを深めて喜びを噛み締めているようだ。
「ルークのトリガー、すごいでしょう?あの魂を揺さぶられて、何かが引き出される感覚、あれ一度経験すると、また経験したくなるのよねぇ。」
「あぁ、何度でも経験してたいな。これは。」
アイリスはとキースが嬉しそうに会話している。
いやいや。俺のトリガーって何??
いつも間にか俺がトリガーを持ってることになっちゃってるじゃん!
ふふふ。とハンナが笑っているのが聞こえた。
ハンナも今日、ジェラートのトリガーで記憶に良い刺激を受けた一人だ。
自分が発する言葉が、良いトリガーばかりなら良いな。今日の『大工』のトリガーは、深い悲しみを伴う記憶だった。結果として、じいちゃんと再び出会えていたことを思い出せて良かったとは思うけれど。
何がトリガーになるのか解らないが、自分の言葉がきっかけなのは間違いないのだ。気を引き締めておこう。
夕食も終盤、食後のデザートはりんごだった。
ハンナは
「りんごを見ていたらなんとなく何か作れそうな気がしたのだけど、切ったら蜜がたっぷりだったから、そのままくし形にしたわ。ルークのはうさぎさんにしたわよ。」
渡された皿にはピンクから赤にかけた色合いのリンゴの皮が、ウサギの耳のようにカットされた定番の形だった。もうそれを喜ぶ歳は過ぎようとしているが、手間暇かけてもらったのだ。喜ぼう!
「ばあちゃん、ありがとう!あのね?この後なんだけど、ハンナばあちゃんに俺の実験の手伝いをして欲しいんだ。」
と、伝えながらりんごを頬張る。シャクシャクと咀嚼するたびに果肉からジュースが溢れる。口からこぼさないように、じゅるりと啜った音が響いて恥ずかしい。
「良いわよ。何をするの?」
内容を聞かず。即答するハンナに、デイジーが研究室での結果と簡単な今後を伝えてくれた。
その上で俺は
「魔力接続、してみたいんだ。この中ではばあちゃんが一番適任だから。」
と、ハンナに魔力接続をさせて欲しいと言うと
大喜びで承知された。
「いつやる?もうやる?」
とウキウキしている。心配しすぎてたか。
トーマスのスキルとは違って、魔力を使うスキルではないので、魔力の出る先がない。何かリスクがあるかもしれないと伝えても。
「ジェイク、覚えておいて。やると決めた以上は私の自己責任。誰のことも責めないわ。お世話になることになってしまった時だけはごめんなさい。先に謝っておくわ。」
と、ジェイクに向かって笑って謝っている。
その最悪な事態にだけは避ける所存。俺気をつける!俺頑張る!
「それにね?誰かの役に立つかもしれないって思ったことは、全部やらなきゃ。リスクに目を向けたら、そっちに歩いていっちゃうかもよ?だから、前向きに良い結果が出ることを考えて歩く!ね?」
ハンナは、前世のじいちゃんのようなことをいった。ジェイクの方を見ると、薄く笑っていた。
研究室に行く時間がもったいないと、大急ぎで大人たちがダイニングテーブルを片付けだし、それぞれが、自分用のノートを持ってきた。
キースはきっとこうなると思ったと、鑑定盤を手にしていたのには恐れ入った。準備がいいじゃん!キースじいちゃん。




