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2-20.神獣ルチル?

「ん…。」


なんとなく光を感じた気がして意識が夢から浮上する。

ルークはベッドで寝返りを打つと、触れたことがないけれど酷く懐かしい肌触りの何かが二の腕に優しく触れたのを感じて意識を覚醒させた。

しかし、目を開けずにその何かに手を伸ばし、そっと触れる。やはりこの世界で感じたことのない肌触りで、自分の体温よりも高い感じがした。


すごい気持ちいい手触りだけど、方向によって引っ掛かりがあるな…。


肌掛けの中のその感触の持ち主を見ようと、ゆっくりと捲っていく。

見えてきたのは赤っぽくて丸い何かだった。


「うん。見たことないな。このふわふわして丸っこい赤い子は動物かな?」


上半身だけをおこして、その得体の知れない動物?を優しく掬い上げるように手のひらに乗せる。

ソフトボールより大きく、ハンドボールよりも小さく感じる。

自分が十歳になり、年齢相応の体付きになったので、感覚としては間違いないと思う。


しかし、動物ならばどこから入り込んだのか。

この子の色は赤。精霊は白と決まっているので、確実に精霊ではない。

動物はスキルを持たないので転移は無理だ。

普段もそうだが、窓を開けたまま寝ることはない。特に昨夜は竜巻が直撃予報だったのだ。

精霊達の最後の報告がなされるまで、強めの風が吹くことも想定に入れていたので、ガッチリ閉じたままだったはずだ。

白馬の精霊のスキルで竜巻の被害は出ないとは聞いていたが、なにぶん竜巻なんて初めてのこと。

気をつけるに越したことはないのだ。


ルークの鑑定眼でもその子の鑑定出来ていないことにルークは気が付いていない。


「うわぁ。やっぱり暖かいなぁ。」


よく見てみようと持ち上げると、肌掛けに隠れていた部分が現れた。


「なんだ?紐?ハート型が連なってて可愛い!」


赤くてふわふわした丸いその何かの一部から、硬くて長い葉っぱのようなものが生えていて、その間からはハートが連なったようなものが三本垂れている。

手のひらを持ち上げて裏側を確認したり、横から見てみたりする。両サイドにも硬くて長い葉っぱのようなものも生えているようだ。

が、やはり見たことがない。


柔らかくて暖かくて、トクトクと早めの鼓動が手のひらに響いてくるので、動物であることは間違いないのだが。


見たことがないはずなのに、やけに魂が揺さぶられる感覚がする。泣きたくなるくらいに懐かしいのだが、何故なのか。


そっとベッドに下ろすと、なんとなく他の精霊や動物とは違う気がして片手でそっと一方向に撫でてみる。

触らせてもらったことのある動物、精霊はわちゃわちゃと撫で回してしまうのだが、この子にはそうしてはいけない気がした。


手のひらに感じる感覚が懐かしくて嬉しくて仕方がない。


そっと人差し指で撫でてみようと近づけると、ぴくりとその赤くて丸い子が動いた。


「起きるのかな?」


プルプルし始めたその子は少し転がると、先程からベッドについていた部分から、にょきっと先割れしたような短い棒のようなものが二本飛び出した。


「んん!!もしかして、脚!?」


モゾモゾと動くと、飛び出した棒を支えに起き上がり、そのフォルムを変えていた。


「嘘…でしょ?」


丸いは丸いのだが、先程のまん丸に顔がついていたのだ。

丸くて大きな瞳に、硬くて鋭そうな横に広がるクチバシ…

両サイドにあったのは翼…だと!?


「鳥!!鳥じゃん!鳥!とり!!めっちゃ可愛い!!鳥じゃーん!!!赤くてでっかいシマエナガみたいじゃーーん!!可愛い!可愛すぎるぅぅぅ!!!」


そんな大興奮なルークを、パチクリとまぶたを動かしじっと見つめるその赤い鳥は、ルークだと理解したのか、両サイドにあった翼を広げると、ピヨピヨと鳴きながらルークに突進してぶつかった。


バイーン、ペショッ、コロコロ。

その軽い体がルークの体に弾かれてベッドの上に仰向けになると、軽くリバウンドして転がっていく。

慌ててルークがキャッチして、ベッドから落ちることは免れたが、危なかった。


この子はドジっ子なのかもしれない。


とルークは思った。

その感覚も何故か懐かしくて仕方がない。


「大丈夫?痛いところはないかな?」


その言葉で、ルークの記憶が戻っていないことを察した赤い鳥だか、気持ちが抑えられなかったのだろう。ルークに向かって飛び上がって翼を広げて首元に張り付いた。


「ピヨ!ピーピーピヨピヨピーヨー!ピヨー!!」


ピヨピヨと可愛らしい声で、その赤い鳥は泣き出してしまった。


ルークは突然泣き出したその赤い鳥に驚きはしたが、そっと抱きしめると、よしよしと頭から体に向けて落ち着くまで撫でてやることにした。


「そっか。寂しかったんだね。ごめんね。長いこと一人にさせてしまって…。」


自然とそんな言葉が出て来ると、ルークの中からふわりと優しい金色のオーラが湧き始めた。


その金色は急激にルークと赤い鳥を取り囲むと、その濃度を高めて部屋を埋め尽くした。


このキラキラと輝く金色のオーラに包まれた空間では、どんな隠蔽も解除され、何者もの邪魔も受けない。


ルークの瞳と髪は金色に輝き、小さかった赤くて丸かった鳥は、その姿を大きく変えた。

巨大化し色も赤から美しい赤金色、レッドゴールド色に煌めいた。


金色は神力を示す。

そう、ルークの布団にいた小さくて赤くて丸い動物は、神獣フェニックスの幼鳥の姿(隠蔽)だったのだ。

昨日巨大化した竜巻を使って空からルークの住むこの地までの道筋を作り、ようやく降りてこられたのだった。


その大きな翼でルークを包みこむと、長く伸びたクチバシの根本をルークの頬に擦り寄せる。

その大きく輝く瞳からポロポロと涙を流しルークの頬からつたい落ちて行く。


「あぁ、そうだ。うん。そうだった。忘れていてごめんね。会えて嬉しいよ。」


「うんうん…わたしも嬉しいわ…。ずっとずっと待ってたの。」


「うんうん。随分と長く待たせていたらしいね。」


「うぅぅ…。」


泣かせたまま、フェニックスの目の横から首筋にかけて撫で続けた。

涙と共に互いに寂しかった気持ちが溶けて消えていく様だった。


しばらくすると落ち着いたらしく、ルークに身を任せていたフェニックスはそっと起き上がり、ルークの横に座り直した。長い脚はレッドゴールドの羽毛の中に仕舞われ、見えなくなる。

話ができる状態になったのを確認して、会話を始める。


「フェニちゃん、なんで子供の頃の姿でベッドの中にいたの?」


すんすんと鼻を啜ると、フェニックスは話し出した。


「ぐすん。わたしが復活したって、精霊王達にはまだ内緒にしたいの。どこから話が漏れるか分からないから、隠蔽魔法を掛けて色を変えてさらに子供の頃の姿になれば、絶対にバレないでしょう?精霊ネットワークを確認したんだけど、まだ反省してない精霊王がいるんだもの。」


「え!?まだそんな子がいるの?」


「うん。ケイシーにお願いして友好国になったし、反省してるつもりみたいだけど、ジンは他の星の転生者を受け入れたいって一番に進言して来た子だったから、調べた直したの。」


ケイシーとはこのホーネスト王国の精霊王、精霊ちゃんのことだ。


「ジンってことは、大地の精霊王か。確か『ライト』のスキルがおかしかったっけ。」


ルークは五年前、光と大地の『ライト』のスキルが混同したままで、苦しんできたボビーがいたのを思い出す。ボビーだけではない。この星の多くの人間たちが苦しんだ。


確かにきちんと反省していたら、その専門家である大地の精霊王であれば、訂正する機会はいくらでもあったはずだ。

光の精霊王アルとは、この王国と友好関係を築いていないので、訂正を求めたところで無理だろう。光の精霊たちから言葉を奪うくらいなんだし。


「でしょ?あの子、アルと裏で繋がってるの。エルがその尻尾を掴むまではと、この五年は泳がせて来たみたいだけど、ジンは狡猾なところがあったからね。もしかすると、他の星の精霊とも繋がってるかも。」


「マジか……。」


なんちゅう面倒なヤツなんだ。

それが本当なら、完璧に首謀者じゃんか。


タマちゃんがそんなつもりで精霊王に返り咲かなかったというのも初耳。すごいじゃん!


うーん。

ジンと言えば、大地のスキルに秀でていたが、なんとなく違和感を感じて精霊王にするのを躊躇った覚えがある。


「そうか、あれが狡猾さだったんだな。俺は転生しなかったからあの狡猾さに気が付かずにいたんだろうな。そう思うと、転生してあちこち行っていろんな人に囲まれたのは良い経験だったって思えるよ。」


この星に狡猾なヤツなんかは存在しないと思っていたが、それに気が付かないマヌケだっただけなんだ。

みんながみんな純粋では居られない何かがあったのか、成長していない魂なのにこの星に生まれて来てしまったってだけなのかもしれないけど。


「あの子はまだ生まれる予定じゃなかったのよ。でも、狡賢かったから、法則の隙間をすり抜けて生まれて来てしまった。」


フェニックスはぎゅっと目を瞑って苦しそうだ。

ルークはその頭のてっぺんから肩、尻尾にかけて撫で下げる。大丈夫だよ。と気持ちを込めて。


「幼鳥の姿は、俺しか見たことがないし、それで良いんじゃないかな。でも、内緒にするなら呼び名はフェニちゃんじゃバレちゃうよね?」


神獣フェニックスは、ある程度の周期で幼鳥の姿に戻る。その時は完全に身を隠し成鳥になるまで誰にも姿を現してこなかった。その間のお世話はルークだけが許されて来たという歴史がある。


新しい名前を付けてくれるの!?と嬉しそうに目を煌めかせるフェニックス。

その瞳には懐かしい金色の彩光がキラキラと光っていた。


「うん。じゃあ、ルチルにしようかな。フェニちゃんの瞳の金色の彩光が、ルチルクォーツというパワーストーン…宝石によく似てるって思ったんだ。羽の色からルビーも良いかな。と思ったんだけど、この星ではルビーもありふれた宝石で価値はそれほどないみたいだから、却下にした。」


ルチルクォーツはこの星にもあると思う。この家の裏の土地で昨日見た鑑定結果の中にあったはず。鑑定眼が言うには、ルチル系の水晶だけは魔石としてではなく宝石だとのこと。なかなか見つからないのか、その価値は高いそうだ。


前世の星に、この星では大して価値のないダイヤやルビー、サファイアなんかを売りに行けたら外貨が稼げそうだ。やらないし、あの星の物質なんてどれもいらないけど。念、籠ってそうで怖い。


ルークは、どうかな?とフェニックスと目を合わせ直すと、大感動!というキラキラとさせた瞳で、頷いているので問題なさそうだ。


「ありがとう!今日からわたしはルチルよ!幼鳥の姿だとおしゃべり出来ないから、念話でお話しするわね!あと、わたしは普通の鳥としてルークのそばにいるからよろしくね!」


普通の鳥…普通の鳥か。

あれ?でもそう言えば…。


「ねぇ?俺この世界で、鳥にあったのってルチルが初めてな気がするんだけど?気のせいじゃないよね?あれ?でも声は聞こえていた気がする??」


「そうね。鳥型の精霊はみんなわたしと一緒に空に帰っちゃったから、動物もそれに習って消えたはずだもの。声は…空にいる鳥型の精霊達が歌っていたのが聞こえたのかもしれないわ。」


「そんなことあり得るの!?」


故郷の空は、かなり遠かったはず。

そこで歌った声が自分の耳に届くなんて、奇跡に近い気がした。

しかし、相手は精霊。なくはないのかもしれない。


「いや、そうか。聞こえたタイミングは確か、早朝だった。これも何か関係するのかな…。」


答えが必要そうではない呟きだったので、フェニックスは答えずにいた。


「普通の鳥すらいない中、俺のところに鳥がいたら特別感出ちゃうでしょ!?無理なんじゃない?」


ルチルが普通の鳥のふりをしたところで、普通に鳥が存在しないのだから、なんの意味もない。

そうじゃなくてもルークのそばにはあり得ないほどの精霊達が集まっていて注目の的(家族しかそれを見える者はいないが)なのに。


「あぁっ!バレちゃうといえばさ、俺の契約精霊達には、ルチルのことバレちゃうんじゃない?いや、他の精霊たちにもだけどさ。ダダ漏れ、サトラレだもん!」


近くにいる精霊達にバレたら、自ずと精霊王にもバレるだろう。精霊ネットワークがあるのだ。

使い方に違和感はあるが。


「大丈夫よ。わたしとルークの隠蔽は完璧なの。わたしがフェニックスだって誰にも気が付かれないし、昨夜から鳥自体を創り出してくれる手筈になってるから、今朝からこの星のあちこちで沢山の種類の鳥類が飛び回り始めてるはずね。」


あちこちに鳥…。

何そのパラダイス…。


「うわぁあ。」


ルークの瞳がランランと輝く。


いや、正常に戻れ、俺!

鳥大好き人間としては、嬉しいことこの上ないが、今は聞きたいことが山ほどあるはずだ!


精霊が動物を作り出しているのか。

だから、精霊がその形の精霊が全滅したら動物も全滅する…。白馬の精霊が死なずに閉じ込められていたから馬は絶滅せずに済んだということか。

あれ?それが正しいとするなら、豹やライオンは?この星に動物として見たことはないし、絶滅したと聞いた記憶が薄く残っている気がする。

あとでユキちゃんに聞いてみようかな。


それにしても…。


「あちこちに鳥…。いや。じゃあ、俺の思考さえ気をつければ良いってことだね?」


いや、それ無理ゲーじゃん?言っておいてなんだが、無理そうだ。絶対無理だ。


「それも大丈夫よ?フェニックスに関する事は、誰の耳にも感覚にも届かないから。私たちの隠蔽のスキルって、完璧で隙が無いの。」


何それ、完璧なチートじゃん!

ってか、俺のスキル?それって使える?


「ねぇ、ルチル。俺の鑑定って出来る?見てもらうと分かるんだけど、魔力操作Gなんだよね。自分でスキルを使ったことがなくて…。」


「え!?そうなの!?ちょっと待ってね!」


フェニックスはルーク自身を鑑定し、目玉が飛び出るのではないか。というほど目をひん剥いた。


「ほ、本当だわ!操作系が全部Gになってるじゃない!」


慌てるフェニックスだが、これは周知の事実である。あまり驚かれると、ルークはちょっと悲しくなる…。


「あら?でも、なんか違和感が…。」


フェニックスは両翼をバサリと広げてルークの頬にその先を当てて真正面に向かせると、ルークの瞳の奥をじっと見つめた。


「あぁ、解ったわ。大丈夫。ルーク自身が誕生日が来るまでは、普通の男の子として過ごしたいからって設定したみたいね。ゆっくり操作が出来る様になっていって、あと半年と少しで完璧に操作ができる様になるわ。今も使えるスキルがあるはずだけど?」


使えるスキルって、鑑定眼のことだろう。

自動で勝手に結果が表示されてしまうのは厳しが。


普通の男の子として?

結局普通ではない男の子として周囲に認知されちゃったけど?


少し微妙な気持ちになったが、まさか魔力接続

なんていう方法が編み出されるとは思ってなかっただろうし、前世の記憶が他のどんな人よりも鮮明に思い出せるなんて考えもしなかっただろうな。と、ルーク自身も思うので、仕方がない事だと諦めることにした。


それよりも、だ。あと半年と少ししたら、スキルが完璧に使える様になるというのだ。


なんというロマン!


「すごい嬉しい!!」


「良かったわね!それまでは、他の精霊達に今まで通り使ってもらってね!」


さすがフェニックス。精霊ネットワークを使いこなしているようで、どんなことも理解できている様に感じる。


「勉強して来たのよ。ルークからの連絡に気がついてから、ここにこられる日程が決まるまでの間に。ルークがこっちに帰って来てからの十年間と、この星が今どうなっているのかを。」


嬉しそうに話すフェニックスを見て、ルークは聞きたかったことを聞いてみることにした。


「ねぇ?ずっと寝ていたの?寂しかったかもしれないけど、鳥型の精霊達はみんな近くにいてくれたんでしょ?」


責めるわけでもなく、問い詰めるわけでもなく、ただ純粋に寂しい気持ちで億年弱も一人で寝ていたと思うと胸が張り裂けそうになる。

だから、そうじゃないことを己のために聞いてしまった。


「ごめんなさい。そこにある愛には気がついていたし、沢山慰めてももらっていたの。最初は特にね。でもなんだか、虚しさが押し寄せて来て…。そんな感情が初めてだったから持て余してしまった。少し眠りにつく予定が、気がつけば長い長い時間を寝て過ごしてしまっていたの。」


申し訳ない気持ちで答えを待っていたルークは、少しだけだが救われた気持ちになった。勝手なものだ。


そんなルークの気持ちに寄り添う様に、フェニックスはルークに抱きつく。


「ありがとう。ルチルは最高に優しいね。俺はルチルの気持ちに寄り添わずに、自分の好奇心だけで嫌なことを尋ねたはずなのに…。」


「そんなことないわ!わたしがいけないの。ルークが気にすることじゃないわ。それに、わたしが起きた時、鳥型の精霊たちがみんなわたしを取り囲んで寝ていたの。愛されてるって感じてとても嬉しかったのよ。それと同じくらい、さっきの言葉もルークの気持ちもちゃんと受け取ったわ。」


二人はぎゅっと抱きしめ合うと、周囲の金色のオーラが揺らぎ始めた。


「あら、時間切れね。」


「そうなの?この揺らいでる感じが?」


「えぇ。まだわたしが起きてそれほど時間が経過してなくて少し寝ぼけてるから、制御の時間が短めなの。そのうち何日でも保てる様になるわ。」


「解った。じゃあ今日からよろしくね!」

「ええ!こちらこそ、よろしくね!」


周囲の金色のオーラはゆっくりと霧散していくのと同時に、ルークの瞳と髪もゆっくりと元の色に戻る。フェニックスも幼鳥、ルチルの姿へと縮んで変化していった。


こうして、雪豹を始めルークと金色ルークの融合が始まったのだ。白馬の精霊を助けた時のように無理をしても、体に損傷を受ける事はもう二度とない。精霊を助け放題になったのだ。ただし、誕生日が来るまでGであるが。


(ねぇ、ルーク。もう、その接触魔法膜を瞳から外しても大丈夫よ?元の色に戻ったから。)ピヨピーヨ。


ルークは驚いて小さく飛び上がってしまった。

ベッドの上で小さくて赤い可愛い鳥がピヨピヨと鳴いているのと同時に、頭の中で声がしたからだ。


「こ、これが念話か…。初めてだったからびっくりした…。」


シマエナガフォルムだが、頭の頂から部分から後頭部付近にかけて縦に三箇所小さな飾り羽根が付いているルチル。可愛い!

首下胸あたりには、ハートがひっくり返った様な形のパッチのある羽が三枚、横等間隔に生えていた。可愛いい!!

幼鳥なのでクチバシは横に長い。めっちゃ可愛いっ!!!

よく見ると全体に赤だが、オレンジ、少し茶色に見えるところもある。風切り羽はグラデーションで美しい。可愛すぎるぅぅ!!!!


この可愛らしい小鳥から、先ほどの凛々しい声が伝わって来ていると思うと、なんともミスマッチではあるが、その体から発している声は幼鳥そのものなの。

誰にもミスマッチだ変だなんて思わせないだろう。


(そっか。でもまだ一応付けとこうかな。誕生日が来てから外した方が怪しまれないし。)


(確かにそうね。)ピヨ。


「しかし、こりゃ、可愛い子が好きなキースじいちゃんメロメロになっちゃうんだろうなぁ。」


ルークは苦笑してしまう。

洗面台に向かいながら念話をどんどん試してみる。

慣れないと口に出てしまうのだ。


(ルチル、嫌だったらちゃんと嫌だって態度で示して大丈夫だからね?)


(キースでしょ?大丈夫よ。ルークの家族がどんな性格かも勉強して来たから。)ピヨピヨ。


さすが!

でも、文字で見るのと体験するのは大分違うと思うので、注意だけは促す。


「じゃあ、そろそろ起きてみんなのいるダイニングへ行こうか。ルチルのその体は、何か食べられないものはある?」


ルークは一緒に朝食を取ろうとルチルを誘う。

やはり口に出てしまったので、もっと気をつけねばならない。

ここで練習しておいて良かったと思った。


(なんでも食べられるけど、それだと怪しまれるかしら…。)ピヨョ…。


(大丈夫だと思うよ?だって何千年も鳥がいなかったんでしょ?誰も鳥の生態について知らないじゃない?精霊王たちは覚えてるかな?あ!精霊ネットワークに書かれていたりする?)


(ちょっと待ってね?見てみるわ。)ピヨ。


ルチルが検索している間、ルークは身支度を整える。金色のオーラの空間にいる間、結構時間が経過していたらしく、窓の外がだいぶ明るくなっている。

ベッドの上にいるルチルに視線を移すと、検索していたはずのルチルが少し肩を落としている様に見えた。


(なんかあったの?)


精霊ネットワークに嫌なことでも書き込まれていたのかな?


(…鳥についての検索結果が、ゼロだったの。)ピヨォ。


(え!?そんなことってある!?)


それなら何をやっても大丈夫だと喜んで良いのか、忘れ去られている事に悲しむべきなのか…。


いや、でもその結果おかしくない?


「おかしいと思う。だってフェニックスって鳥だし。ルチルのことも出てこないの?」


(え?ちょっと待ってね?)ピヨ。


これで神獣の事が検索できたなら、誰かが意図的に削除したと思って良さそうな気がした。


(ある!書いてあるわ!)ピヨョ!


「誰かが鳥について書き込まれた事を削除したんじゃないかな…。」


ルチルは少し顔を顰めた様だ。しかし鳥なので、あまり表情は変わらない。


喜んだ時は瞳が輝くからわかりやすいのになぁ。

って、また声に出してしまったな。

心の声を声に出してしまうのはすでに癖になっている。

こりゃ、本格的に頑張らないとだな。


(悲しい事だわ。何か意味があるのかもだけどね。)ピヨピ。


(削除した言葉や文章を戻したりとか、出来たりしないものなの?)


パソコンだと、面倒だが復元が可能だった。

精霊ネットワークのデータがどこにあるか全くわからないが、なんとなくできそうな気がした。


(前にいた時はルークは管理者だったから消えた文も誰が消したかも簡単に分かるって言ってたけど…。)ピヨピヨピー。


管理者?どこかで見た気がする。

うーん。あぁ、鑑定結果だ。


(それって俺のスキル『管理者』が関係していたりする?)


(ルークのスキル『管理者』は、この星全ての管理者ってことなのよ。だから、わたしと同じだけ権限があるってことね。でも、精霊ネットワークはそれとは別。ルークが作り上げたシステムだから、ルークだけが管理できるのよ。精霊達が書き込んだことを精査して一元管理していたわ。アカシックレコードって呼ばれていたのよねぇ。)ピヨピヨピーヨピヨ、ピーピー。


(はぁ!?)


アカシックレコードって世界記憶の概念だったよね!?

世界って?世界ってどこまでの範囲を世界って呼んでるの!?


ジワリと全身から汗が出る感覚があった。


えらいこっちゃだ。ちょっと気持ち悪い…。


(この星に入り込んで知識を得て出て行った魂があちこちの星に広げたから、本来のものとはちょっと違ってるのかもね。本来は、その星のために、歴史を刻むものとしてルークが作っていたのよ。ルークが転生していく時に精査できる者が居なかったから、自由に書き込むだけのものになっちゃったけれど。)


「ってことはさ、俺もアクセスできるって事だよね?」


(ルークが出来なきゃ意味がないでしょ?ルークの魂が鍵になってるから、こう、頭の上に…そうね、映画?のスクリーンを広げる感じで想像してみて?で、心の中で“精霊ネットワークオープン“って唱えてみて?)ピッピッピヨピヨピーヨピヨ。


ルチルに教えられた通り、大スクリーンを想像したら、どうやら大きすぎたらしく、見回り小さく想像し直すとちょうど良いサイズになり、書き込まれた文字も見やすくなった。


知らない文字だが、読む事ができる。書き込みも問題なく出来るという自信が何処からともなく湧いてくる。

ルチルに聞けばこの文字は精霊達が使う精霊文字だという、自分は精霊ではないが、読めて良いのだろうかと思っていたら、「精霊にこの文字を教えたのがルークだから。」との返答を貰った。


「本当、俺、この星に居なきゃならない存在だったんじゃない?なんで転生したんだか…。」


という気持ちにぶち当たる。

転生し帰還した結果が今だからこそ、そう思うのだ。

当時の自分は、まさか億年近く帰ってこられないなんて、想像もしなかっただろう。もっと早く帰って来て、この星の役に立つために力を尽くす予定だったに違いない。


転生を選んだ当時の自分に恨みはない。もし当時の自分に転生してもろくな事はないと伝えられたとしても、転生を選んだだろうから。


「あぁ、昔の俺が今の俺に融合していくって感じ。気持ちいいかも。」


しばらくその感覚に身を委ねると、このシステムの本来の使い方や当時の思うなどがしっかり理解できていた。


前世で聞いたアカシックレコードやらユグドラシル、世界樹なんかは、この星に転生者として入り込んできた魂が、このシステムや、同時世界の中心に生えていた巨木がそれだと思って、自星に帰って行ったり、前世の星に転生して行った魂たちがその記憶から引き出したものだと理解できた。


「それは別に好きにしたらいい。解釈は人それぞれだからね。」


それよりも今は、この精霊ネットワークだ。


本来の使い方に戻すかどうかは、今書き込まれ続けた内容を見てから決めるかな。


ざっと見渡すと、気になる項目が目に入った。

消された形跡があるが、消したところで管理者からしたら誰が書いて誰が消したのか、その内容まで一目瞭然。


鳥について消したのは、大地の精霊王であるジンだったのだ。


「ますます怪しくなったな…。ジン。」


何故鳥についての情報を全て消すに至ったのか。

それなら神獣フェニックスについて残しておいたのは何故なのか。


これはタマちゃんに任せておくべきなのか、自分でも探ってみるべきなのか。

はぁ。とため息をついたとき、なんとなく目端に気になるトピックがあることに気がついた。


「ふむ。ルークが三輪駆動車のチャイルドシートを嫌がって泣いていた件について、か。」


その姿がめっちゃくちゃ可愛かった。

チャイルドシートとは何なのか。

ルークが嫌がる姿に萌えた。

泣く姿がレアすぎて、見ていない精霊達が可哀想。

あの希少な瞬間を見た精霊は幸せになれたと報告多数。

もしや、チャイルドシートってやつが幸福アイテムなのかもしれない。

などなど


「ふうぅぅうん。」


誰が書いたのか、あの辺りに住んでる精霊達の名前が浮き上がる。


「へえぇぇぇえ。」


こりゃ、…がっつり説教だな。


ルークの心の声にルチルは笑う。


(ふふふ。そんなこと思ってないくせに。)ピピー。


(まぁね。でも、こういう使い方するもんじゃないんだよ。とはいえ、ここ何千年もこの使い方がされてるから今更変えるのもねぇ。ってことで、)


「しっかり叱ったら、こう言った内容は控えてくれるかなって。」


(ルーク?目から艶が消えたけど?)ピヨォ…。


ルチルが周囲に潜んでいる精霊達を見渡すと、光の精霊は天井や床の端、ベッドの下などに潜んでいた精霊は、ビクリと体を震わした。


ベッドの下に潜んでいたテンジクネズミの精霊達が五人慌てて出て来て、ズサササッとルークの前にひれ伏した。


「なっ!」


「「「「「すみませんでしたー!!!」」」」」


さっきの書き込みをした精霊達の中にテンジクネズミの名があったっけな…。


「わ、わたし達、倉庫の下の隙間に住んでいるテンジクネズミの姉妹なのですが!」

「あの日はたまたまあの現場に立ち会ってしまいまして!」

「その、滅多に泣くことのないルークさんのレアさ加減に、」

「ちょっと!それはダメだってば!」

「あぁっ!そうでした!」

「あなたはちょっと黙ってなさい!」

「ええっ!だってわたしだってルークさんと話してみたい!」

「今は謝るところでしょ!!」

「あぁぁ…そうでした。」

「すみませんん!!うちの末っ子がぁぁ!!」


わちゃわちゃと軽い喧嘩を始めたテンジクネズミ達を見て、ルークは笑いそうになってしまったが、今笑ってしまったら元も子もない。

表情筋に力を入れて、無表情を保とうとするが、帰還してからそんな事をした記憶がなく、どうしても口元が緩んでしまう。

だって、なんて可愛らしいんだっ!!


こんな可愛く謝られたら、別に良いかと思えるくらいにはこっちの俺の精神も少しは大人になった。


でもさ。

チャイルドシートは子供用なんだよ。

内面が大人だった当時の俺からしたら、シンドかったし、精神力をゴリゴリ削られる出来事だったわけよ。


「ふふふ…。」


(ル、ルーク?だから、目から艶が消し飛んでるってっ!!)ピヨヨ!


口元は笑っているのに目元が全く笑っていない。

見たことの無いルークのこの表情をみたテンジクネズミたちは、ピタリと口と行動、呼吸までも止めた。


(呼吸まで止めたら死んじゃうわ!ほら!謝ってるんだし、許してあげなよ!)


「ふふふ…。今後そういう書き込みをした者との面会はしない。とみんなにお知らせしておくんだよ?」


ルークはテンジクネズミ五人に顔を近づける。

五人は後ろ足で立ち手を繋いで一塊になったまま、バラバラだが同じ速度で肯首し続け、ルークが「よしっ!」と言うとパッと消えた。


「これで今後こんな書き込みをする精霊はいなくなるでしょー!」


ルークが晴れやかに言うのを見て、少し目を細めたルチルは


(ちょっと性格悪くなって帰って来たんじゃ無い?)


(悪くもなるでしょ。地獄帰りだからね。)


精霊ちゃんが言うには。だけど。


すみません。

切る場所がわからなくなり長くなりました。


いつも取り止めもない話を読んでいただいて、ありがとうございます!


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