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2-15.竜巻当日の朝と契約精霊

廊下に続く全ての扉がビリビリッという音を立てて震えている。

扉越しの音だったが、この家に来てこんな音は聞いたことがなかったので、音と振動を感じるたびにドキリとしてしまう。

ルークのそばにいる雪豹の精霊と白馬の精霊も同じようで、隣で丸まって寝ている。


まだ夜明けには早い時間。

窓の外には一切の光はないが、部屋の床付近には、数人の光の精霊が淡い光で床をほんのり照らしてくれていることで、少しだけ恐怖を和らげてくれている。


「まだ早い時間だけど、二度寝は出来なそうだし、起きようかな…。」


昨日沢山収穫してきたフルーツをドライフルーツにして、みんなが起きてくるのを待つことにしようと、ベッドを揺らさないように起き上がる。

少し揺れたベッドの上の精霊二人は、少し身じろぎした程度で起きはしなかった。


ルークは着替えを済ませると洗面台に向かう。

部屋の隅にいた光の精霊たちがゆらゆらと集まって来てくれるので、部屋の電気をつけなくても鏡の中の自分がよく見える。


寝癖なし!目ヤニなし!ヨダレの後なーし!

よしよし。


ニヤニヤと笑いながらいつも通り耳にイヤーカフをつけ、手首には安心君を巻きつけた。


準備よし!


そっと部屋を出る。

精霊たちがまだ寝ているので、扉にストッパーはせずに扉を閉めた。


中庭の鉢植えは、廊下に入れられている。

風は強いようで、中庭に面したガラスの扉はビリビリと震えていた。


そのまま家事室に入って、昨日収穫したフルーツの箱を開けて、どれをドライフルーツにするかを眺める。

ここでも光の精霊たちが集まってきてくれるので電気を付けずに済む。


「んー。やっぱりさくらんぼが一番多いかー。」


お中元や贈り物によくある贈答品のように、綺麗に並べられているさくらんぼは、(賄賂)アライグマの精霊率いるアライグマたちの収穫したものだ。

よく見ると大きさが揃っているので、これは贈答品のように小さな箱に入れ直して、お土産コーナーに置いてもらった方が良いだろう。


「ジェイクじいちゃんのスキルを使って貰えば、綺麗に並べられるでしょ。」


完全に他人任せである。


ルークは不揃いでバラバラに詰め込まれているさくらんぼをカゴに一杯にいれたところで気がつく。

いつも雪豹の精霊にお願いしている、タネの取り出しが自分では出来ないのだ。


自分でやると果肉を引き裂いてタネを出すので見栄えが悪く、仕上がりが全く変わってしまう。


「じゃあ、ブルーベリーをドライにしよっと。」


カゴ三つにブルーベリーを山盛り入れ、リビングテーブルの下に往復して運んだ。


テーブルの上には紙を敷きつめてブルーベリーを重ならないようにブルーベリーを優しく広げる。

重なったブルーベリーがないことを確認してからドライヤーをさっとかけて仕上げた。


「本当にこのドライヤーが有能すぎて、乾燥が一瞬なんだよねぇ。ありがとう!クオンさん!乾燥の付与が素晴らし過ぎます!」


誰もいないのを良い事に、普通に声に出して感謝する。


「さてさてー。あっという間にドライフルーツの出来上がりました!他のフルーツで一人でドライフルーツに出来るのあったかなぁ。」


ドライになったブルーベリーをカゴに戻すと、カゴ三つ分あったブルーベリーが一つのカゴにおさまった。


「体積減るよねぇー。水分どこに行ったかなー?」


空いた二つのカゴを持って家事室へ行く。

桃と柿、さくらんぼをひとカゴ分ずつ入れ、ダイニングに運んだ。


「ユキちゃんにはお世話になりっぱなしだよなぁ。俺がスキルを使えないばっかりに…。」


ずっと精霊が使うスキルで製品にしてきたので、今更十歳の少年が包丁を使って作った物を売り出すわけにはいかない。完成度が違い過ぎる。お土産コーナーに置いている製品は、品質が高いからこその強気の値段設定なのだ。


「氷属性の精霊ってユキちゃん以外聞いた事ないけど、なんかあんまりいなそうだよねぇ?」


もう一人氷の精霊と契約したら、雪豹の精霊の負担が減ると思ったが、思い当たる精霊がいない。

ルークが使って欲しいスキルは基本食べ物に対する事が多い。それなら、植物属性のスキルを持った精霊が良いと思い至った。


「それなら白イタチくんが良い!でも契約してくれるかなぁ?」


ルークがそう言うと、イタチの精霊が目の前にパッと現れた。五年ぶりに会うイタチ君は光り輝いていた。


「ルークゥ、おはよ〜!ありがとう〜〜!」


のんびりした声が聞こえると同時に、顔に柔らかいお腹を感じた。

久しぶりの再会でも、顔にしがみつかれたのだ。


ルークが大きくなったからか、イタチの精霊が少し小さく感じた。その小さな手足を俺の後頭部に回して、落ちないようにしがみついている。

尻尾はリズミカルに首から肩を摩り叩いている。


可愛い!懐かしい!

イタチ君の太陽みたいな良い香りもするー!


そっとイタチの精霊を両手で引き剥がし、長い首を支えるように縦抱っこをする。尻尾が腕にそっと寄せられた。


「おはよう、イタチ君!久しぶりだね!元気にしていた?」


イタチの精霊はルークの顔に鼻を寄せ、頬をさすった。


「ずっと、ずぅっとね?遠いところから見てたんだよぉ?」


「そうなの?」


「うん!白馬の精霊を助けてくれてありがとねぇ〜!精霊み〜んな、大喜びだったんだよぉ〜!」


「あぁ、それ見られてたんだ。」


五年も前の事だが、あの時は大事件になったと聞いたルーク。知らぬところで心配をかけまくり、保安隊の皆様が自分の捜索していたと聞いた時には、申し訳ない気持ちでいっぱいになったものだ。

当時の隊長さんの一人が、精霊のいる里旅館と温泉の警備員の総まとめをしてくれているので、紹介された時に感謝と謝罪をした。

ロロガンさんというその人は、捜索のためにここに来たおかげで再就職が叶い、家族共々暮らすことができているのはルークのおかげだと、逆に感謝されたのも良い思い出である。


そんなこともあるもんなんだなと、当時の俺は不思議に思いつつ、誰かの幸せに繋がったことには喜ばしいとも思えた。


「そうそう!ハクのお陰で今日の竜巻も被害を受けなそうなんだよ!有り難いよねぇ!」


「うんうん!白馬の精霊は優秀だからねぇ〜!」


イタチの精霊はルークから離れて宙に浮くと、そのままその小さなおでこをルークのおでこにそっと当てる。

イタチの精霊が契約の光を放つと、その首元に三つの三日月がネックレス模様のようになって現れた。それは銀色に光っているようでキラキラとしている。


「ボクは植物と風と土の精霊Iイルって言うの〜。植物と風と土の加護をあげられるよぉ。」


「えぇ!?イタチ君って、トリプルなの!?」


「ええぇ〜?ルゥクゥ〜、ボクには可愛い名前をくれないのぉー?」


「あ、そっち?」


トリプルだと知らなかったことかと思ったのに、まさかの名前とは。ルークは目を開く。


契約時に名付けは絶対なので、イタチの精霊にとっては何よりも重要な事なのだ。


「名前ね。うーん。そうだなぁ。」


ルークは目の前に浮かぶイタチの精霊をじっと見つめる。


今までなかった首元に三日月の模様が浮き上がっている。


光の精霊の時は体全部が変化した。

雪豹の時は雪の結晶模様が三つ現れた。

白馬の精霊の時は前髪?と立髪と尻尾が異様に伸びたので前髪を緩やかな三つ編みにして斜めに下ろしてキースが作ってくれた髪留めで留めている。


精霊は契約と共に何か変化があるようだ。


名前かぁ、名付けは苦手なんだよなぁ。

名前、名前ー。うん。


「イッチー。イタチ君はイッチーだ。どうかな?」


「ありがとう!ボクの名前はイッチー。契約しゅ〜りょ〜!」


イタチの精霊とルークの胸の光が強く繋がり、ふわりと消えてた。


「あれ?なんかこんな順番だったっけ?契約が終わってから真名を教えてもらう感じじゃなかった?」


「んん〜?それは普通の人間に対してかなぁ。一応マニュアルがあってねぇ〜。でも、ルークは特別!風の精霊王に聞いたんでしょぉ〜?」


「あー?うん。一昨日いきなり王宮に飛ばされて、そこで王様と両親同伴で聞かされたんだけど、良く解らないままなんだよねぇ。」


そうなのだ。

色々伝えられたけど、人類の始祖?

神獣フェニックスと親友?

そんな記憶は1ミリも無いからか、イマイチ自分の事とは思えない。

ただ、一億年近く前世の星で働かされていた。と言う点については、何故か、何となくだが、漠然とだが、後から妙に納得してしまった。

そして、何度も殺されていると言う点も。


「えっとねぇ、その星での嫌な思い出は気にしなくて良いんだよぉ。ゆっくりとだけど消えていくから〜。今は戻ってきて十年くらいしか経ってないから仕方ないかなぁ。」


イタチの精霊はそう言うと、ルークの胸に飛び込んだ。前世の記憶は本人が幸せな時間と思えたモノとこっちで有効となる記憶の一部だけで良い。

ルークが色々思い出す前に他の話に惹きつけるに限るとばかりに、イタチの精霊は話を変えた。


「それよりもねぇ?ルークはぁ、人類の始祖様でぇ、神獣様の加護を持つ唯一の魂だよぉ?何でもありなんだよねぇ〜。この星に対しても神獣様に対しても、ボクら精霊に対しても、動物、人間に対しても。みんなルークを絶対に裏切らない存在だからねぇ。ルークが覚醒したら、ルークの考えが星と神獣様の考えとリンクするんだよねぇ。ルークという存在はぁ、他の星の神様と同じ立ち位置って事なんだよぉ〜。」


「え?神様?俺が?え?俺がぁ!?」


うんうんと、ルークの腕の中でルークを見上げて嬉しそうに頷くイタチの精霊。


「ね?なら特別でしょ〜?そのうちにぃ、この星にいた時の記憶が蘇るかぁ、自分の立ち位置を理解できる時がくるから大丈夫〜。今はそれよりもボクがトリプルだって話にもどそーよー。」


「え、あ、うん。そうだね。そうだよ!」


ルークは動揺していた気持ちを、深呼吸を繰り返して落ち着けると、イタチの精霊がトリプルであることに意識を向ける。


属性、植物は、何故だか知っていた。教えられてないが。

属性、風は、いつも飛んでいたから、言われてみれば、だ。

属性、土に至っては思いもしなかった。でも前世の記憶からすると、イタチという動物は土を掘る習性があったはず。雑食で土の中の虫やネズミ、植物やらを食べるためだったか。


そう言えば、精霊を鑑定したことはなかったな。


「ねぇ、イッチー?鑑定させてもらって良いかな?」


「えぇ〜?恥ずかしいけど、いいよぉ〜。」


イタチの精霊の了承を得たので、じっと見つめて鑑定をする。


---

イッチー イタチ型の精霊 不老不死

ルークと契約中

属性:風・植物・土

スキル:風・植物・土、オールマイティ

精霊力Max

精霊力操作Max

備考:ルーク大好き・ルークに頼りにされたい

---


「ブフッ!」


何だこの備考欄!

まさかの俺のこと!!

知りたいのはイッチーのことなのに!!!


「どうしたのぉ〜?」


「んんっ!ううん。大丈夫。なんか咽せちゃっただけ。」


いや、こんな風に取り繕ったって、ダダ漏れサトラレじゃん!!


イタチの精霊は首を傾げて見上げている。


くっ!可愛い…イッチー可愛すぎるっ!!


「えへへぇ〜。」


やっぱり、ダダ漏れサトラレだ。


ルークはイタチの精霊を撫でながら、もう一度鑑定結果に目をやる。


風の属性の『カット』植物の属性の『カット』どっちを使ってもフルーツのカットは可能だろう。


「ねぇ、イッチー。ここにあるフルーツの皮を剥いて、タネを取り出して、これくらいのサイズにそれぞれカットするのって出来る?」


ルークが指差す方向にイタチの精霊は首を回すと、大きく頷いた。


「皮とタネは何かに使うのぉ?」


「うん。タネは苗にして売りだすし、皮はお茶にするから、種類別に、これくらいのサイズにカットしてもらえると助かるんだ。」


ルークの指がサイズを示しているのを確認すると、イタチの精霊は目を閉じて薄く光る。


「こんな感じで良いかな?」


目を開いたイタチの精霊は腕をリビングテーブルの上を指しながらルークに尋ねた。


「え?うわ!あっという間だ!すごいよ!どうもありがとう!」


テーブルの上には、それぞれ伝えた通りのサイズにカットされたフルーツと皮が並んでいた。

テーブルの下には、苗入りのポットもあった。土もフカフカの良い土だ。


イッチー、もしかして万能なんじゃない!?

いろんな人や精霊にお願いしなくても良いなんてとっても優秀だ。


ルークはイタチの精霊を自分の頭の上に乗せてしがみつかせてひと撫ですると、ドライヤーを持ってカットしてもらったフルーツ全てをドライにさせていく。


「うわぁ!その魔道具、ドライヤーっていうの?それはすごいねぇ〜。スキルと同じだけの力をちゃんと付与してあるよぉ〜!」


作業を続けながらイタチの精霊に話を聞くと、道具にスキルを付与するには、魔力操作が肝なので、B以上の者でなければ、ここまでの付与にはならないのだとのこと。


「魔力操作が関係するのか。知らなかったよ。」


「そっかぁ。人間は忘れちゃったのか、あえて忘れたのかもねぇ。」


「そうなんだ。そういったこともあるんだね。」


「うん!そうやってぇ、沢山の事を忘れてこの星を守ったんだとボクは思ってるんだぁ。」


ルークは出来上がったドライフルーツをカゴに詰め始めると、イタチの精霊がスキルを使って全てを浮かせてカゴに入れてしまった。


「わぉ。すごい沢山スキルを使ってくれてありがとう!ものすごく助かるよ!」


「どういたしまして〜。ルークの側だとぉ、魔力も精霊力もたっぷりあるから、どんどん使ってレベルを上げてしまいたいんだよねぇ。」


カゴを一つ持って家事室に置きに行こうとすると、残りの二つをイタチの精霊がスキルで浮かせて持ってきてくれた。

新たなフルーツをカゴに入れていると、イタチの精霊は次々とフルーツをカゴに入れてくれるので、作業が断然早い。


リビングテーブルで五度目のドライフルーツ作りを終え、新たなフルーツをテーブルに広げていると、ハンナがカゴいっぱいのハーブを持ってダイニングに入ってきた。

頭の上にはハニーポッサムが三人潜んでいる。

頭隠して尻尾隠さず。細くて白い尻尾が見えてしまっていた。


「あ!おはよう!ハンナばあちゃん!」


「あら、おはようルーク。早いのね。」


「うん。音に驚いたのか、なんか目が覚めちゃって。」


「そうね。私もこの家に住み始めて初めてだから驚いたわ。」


ハンナは話しながらカゴをダイニングテーブルに置いて、ハーブを選り分ける。


「ドレッシング用のハーブ?」


「えぇ。ルークが言ってたのをね、してみようかなって思って。」


キースに作ってもらったという専用の瓶を数本取り出す。いつも作るドレッシングの倍量入るサイズのガラス瓶を作ってもらったそうで、オイル、お酢の順に入れる目盛りと材料名が浮かび上がるようにガラスが重なっていた。


「細かい技がすごいねぇ。流石キースじいちゃんって感じ。反対側も作り込まれてるから、使い終わった後に一輪挿しにしても良いし、自分で好きなハーブを入れてオリジナルドレッシング作るのにも良いね!」


ルークはノートを取り出して、ハンナに伝えたことを絵として書き込んでいく。

小さなメモにその説明を書き、可愛いリボンで瓶の首に掛ける方法と、自宅まで長距離運ぶ事を考え、専用の紙の箱を準備して、その側面に説明を書く方法の二つをアイデアとして出す。


アイデアと言っても、いつも通り、前世の知識なんだけどねぇ。


「良いわね…。こっちはオシャレに見えるし、箱入りは高級感が出るわ。この箱なら、サイモンのところのお酒にも使えるんじゃない?」


瓶の細口を支える丸い穴の空いた厚紙が折り込まれている箱がお気に召したようだ。これなら衝撃にもある程度耐えられるだろう。

運搬中に時々ヒビが入ってしまう事があるようで、ガラスの方に改良を求めていたが、なかなかうまく行かない。

そんなわけで、この箱はサイモンに預けて試験してもらうことにした。


ハーブの選定をしているハンナの頭の上にいるハニーポッサムの精霊たちが、薄く光出したように見える。


「んんー?」


「ルーク?どうかしたの?」


「なんか、ハニーポッサムの精霊たちが光り出したように見えるんだけど…。」


「え?そう言うことは頻繁にあるの?」


「いやー。こんなのは初めてかも…。イッチー、何か分かる?」


「え?イッチーって?」


精霊が見えないハンナは、ルークの頭の上に張り付いているイタチの精霊に気がついていない。

ルークもまだ説明していなかった。


「ハニーポッサムたちはねぇ、契約出来るようになったみたいだよぉ〜?」


「え?契約?ハンナばあちゃんと?」


「あぁ、イッチーって、精霊の名前、ね?」


手を止めずにハーブの分量を確認しているハンナ。


「で、契約?…私と?はぁあ!?」


驚いて動きを止めるハンナ。

いつもなら、バーンとテーブルを叩いて立ち上がりそうなところだが、ハンナの精霊はちっちゃくて軽いハニーポッサム型。そんな事をしたら飛んでいってしまうかもしれないと思ったのだろう。


「ね、ねぇ、ルーク?ハニーポッサムと私が契約出来るってこと、なのかしら?」


「そうみたいだね。じゃあ、そのまま動かずにいてくれる?」


「はい!」


ハンナはダイニングチェアに座ったままそっと姿勢を正す。


ルークはハンナの頭の上でモジモジしている三人のハニーポッサムの精霊に手を差し伸べる。

ハニーポッサムの精霊三人は、それぞれ顔を見合わせた後、ゆっくりルークの手のひらに乗ってくれた。

そのままゆっくりとハンナの顔の正面に持っていくと、三人はキラキラと光出した。


ルークの手のひらに集中していたハンナの瞳がだんだん大きく開き、キラキラと輝いていく。


「こ、この子達が私の友達精霊になってくれた、ハニーポッサムたち、なの?」


ハンナの目には、半透明なハニーポッサムの精霊が見えるようになっていた。

ハンナは涙を浮かべてルークの手のひらの上にいる精霊に、自分の両手のひらを差し出した。


「あぁ、嫌でなければ乗ってもらえるかしら?」


ハニーポッサムたちは喜んでハンナの手のひらに走り移ると、うるうると潤ませた瞳から、それぞれ涙をこぼした。


「私たちの名は***。三つ子だから、名前は一つなのです。他の人には秘密にしてくれますか?これは真名だから、良くない存在に知られると、存在自体が消されてしまい、復活は叶わなくなるのです。」


「え!?それは大変!なら私も忘れることにするわ!それで問題はないわよね?」


ハニーポッサムたちは嬉しそうに微笑む。

伝えることが重要であり、記憶に残すことが目的ではない。真名の使い方は他にもあるが、誰が聞いているかも知れないため、知らせない。


「私たちに名前を付けてくれますか?私が長女、次女、三女です。」


ワクワク顔で姿勢良く待っている三人をじっと見ると、ハンナは微笑みながら、


「ポッカ、ポッキ、ポッコ。でどうかしら?」


名付けられた三人は顔を見合わせ、それぞれもらった名前を、顔を指差し合いながら確認していく。付けられた名前に感動している最中、ハンナの顔に飛びついて叫んだ。


「「「契約終了〜!」」」


三人の光が収まると、それぞれの胸に、ローズマリーの花が咲いた。

ポッカには青の、ポッキには紫の、ポッコにはピンクの小さな花だ。

小さな体に小さな花なので、ちょうど良かった。


ハンナはハニーポッサムたちが顔から落ちないように、アワアワと手のひらを彷徨わせる。

ハニーポッサムたちは器用にハンナの頭の上に登ると、いつも通り髪の毛の中に収まった。


「あぁ、体の奥底から魔力が湧き上がるのを感じるわ。すごいのね…契約って!」


ハンナは自分の身に起きた契約に興奮しているし、初めての契約なので知らないのだが、ルークは


あれ?何が足りなくないか?


と、ハニーポッサムの方を見つめる。


ハッと思い出した顔をしたハニーポッサムの精霊は


「あ!ハンナ!お伝えするのを忘れておりました!我々は植物の精霊。ご存知の通り布特化ですので、布に関するスキルに関しては、ハンナが思う事全てが叶うオールマイティです!」

「あとは、他の植物系のスキルも少しだけだけど使えるよ。それが私たちからあげられる加護。」

「そうでーす!」


ポッカは礼儀正しく姿勢を正して、敬語で話し、

頭の毛が少し緩いウェーブがかっているポッキは、小さな両手を腰に当てて胸を逸らし、

他の二人と比べるとちょっとだけ丸みを帯びているポッコは、さながらゆるキャラのようにニコニコしており、両手を胸の前で結んでいる。


頭の上でやったので、この可愛らしい姿はルークしか見ることが出来なかった。


ハンナばあちゃん、ごめん!

ばあちゃんにこそ見せてあげたかったよーー!!


「あら、そうなのね。解らない時は質問しても良いかしら?私はスキルが使えるようになってまだ五年しか経ってなくて、解らないことが多いと思うのよね。」


「「「お任せあれー!」」」


早速のお願い事で、喜ぶハニーポッサムの精霊たち。一人、ポッカを残して二人はパッと消えた。残ったハニーポッサムの精霊は、スタッとテーブルの上に降り立つと、


「私たちは夜行性なので、昼間は三交代制でそばにいる事になります。よろしくお願いします。」


と、姿勢正しく礼をした。


「まぁぁ!!何て可愛らしいの!!ポッカ、今日からよろしくね!」


やっぱりさっきの三人見せてあげたかったーーー!!!


ルークは激しくそう思ってやまない。

勿体無いことをした。とも。

でも、契約したんだし、また見る機会があるだろうと思うことにした。


「あら?なんだかレシピが浮かぶわ。」


ハンナはそう言うと目を瞑ってハーブに手をかざす。


「『選別』『レシピ』『ラッピング』」


スキルを発動すると、置かれた瓶が光り、ハーブが詰められていた。

瓶ごとに違うハーブが入っている。風味違いになるようだ。


「さて、朝のサラダのドレッシング、ルークはどの味にしたい?」


「ハーブには詳しくないんだけど…そうだなぁ、トマトサラダに合うのが良いかな。今日はトマトが食べた気分。」


「それならこれがオススメね。バジル、タイム、パセリが入ってるのよ。」


ほほう。オススメのサラダと使い方はやっぱり書いた方が良いな。


「じゃあ、それで!俺、トマト取ってくるよ!」


ルークは家事室へトマトを取りに向かった。トマトたっぷりのサラダは、ルークの好物の一つだった。

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