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2-13.無意味な対策。がびーん。

「ルーク、その、ハクのスキルでカバーしたって話に戻ってもいいか?」


ジェイクはルークを誇らしいと思う反面、やはり精霊関係の話になると少し呆れてしまうようだ。

疲れて呆れた顔なのに、口角は上がったままだ。リビングテーブルに頬杖をついてルークを見た。


「あー、うん。」


どこまで話したっけな?

と、思い出しながら、ルークは口を開く。

いつも大切な話をしているはずなのに、その話から離れて他の話で盛り上がってしまうので、思い出すのが大変だ。


思い出せるだけマシで、思い出せないことの方が多い。この星の人たちの、のんびりとした性格の特徴の一つではあるが、長所は時に短所となり得る。こればかりはどうにかした方が良いと誰しもが思ってはいた。

なかなか治らないのだが。


「竜巻が最大級って話でしょ?俺、前世も含めて竜巻の経験がないからさ、どうなるか予想が全くつかなくてさ。」


予想や経験がなければ対策を打つことが出来ない。


ルークの周囲の大人達が何か対策をしているようにも見えないし、ルークは少し不安があったのだ。

映画では家も車も飛んでいっていた。

大地に根付いている大木も折れたり、バリバリと粉砕されている映像もテレビで見た記憶がある。

牛すらも飛んで行っていたと言うことは、人間なんて簡単に飛ばされてしまうだろう。

地下シェルターもないなら、避難はできない。


逃げ場はどこにもないのだ。


「ハクのスキルでね?『衝撃無効』ってのがあって、どうやら竜巻の被害にも有効ってことだったから、王都辺りを中心にして、王国をカバーしてもらったんだよ。」


「「「「「……。」」」」」


ルークの非常識は今に始まった事ではない。


しかし、王国をカバーするほどのスキルとは?


相当な被害が出ると言われている最大級の竜巻から王国全土を守るというのだが、規模が規模なだけにそう易々と信じられない。というか信じたくない。

どれだけ規格外なことをしたと思っているのか。


呆れてものも言えなくなった大人達に向かって、ルークはさらに爆弾を落とす。


「でね?ハクがまだまだスキルを使えるって言うんで、王様のところに行って、精霊ちゃんに話したら、緊急の精霊王会議になってさ、友好国の領土にも衝撃無効のスキルで守ろうってなってね?」


「「「「「はぁあ?」」」」」


大人達の声は届いているが、ルークは止めずに話しを続ける。

一気に話さないと、また忘れてしまいそうだからだ。

脱線する可能性もある。


「友好関係を結んでいない二国の精霊王も是非自分たちの王国にも!って話が出てきてさ。でも、ハク一人の力だとさすがに無理で。俺の謎の無限魔力が必要なんだけど、そう易々と貸し出すのはなんちゃら…とかで。俺には難しい話が始まっちゃったんだよねぇ。で、時間はないのに収拾つかなくなりそうだったから、うちの王様がなんとかしてくれるって。悪いようにはしないって話だったから、それぞれの精霊王には俺への貸し一つづつって事にして、後は丸投げしてきた。んで、キースじいちゃんを見習って、無理難題を押し付けるようなら今後力は一切貸さないって誓約書を書いてもらったよ。」


ルークはキースじいちゃんのおかげだよねぇ。というニコニコ顔をキースに向ける。

キースの瞳から艶が消えた。


「あ、そうそう。そんなわけで、人が住んでる領土全体に衝撃無効のスキルでカバーしちゃおうってなったんだよねぇ。本当は生物の住んでいる土地全てにスキルを掛けたかったんだけど、それだと竜巻のエネルギーの行き先が無くなって、逆に危険だってことになっちゃったのがねぇ。仕方ないから精霊の加護の範囲だけなんだけど。」


「「……。」」


デイジー、ハンナの二人から音が消えた。

かろうじて呼吸音だけが聞こえてきているが。

体から力が抜けたようで、ふにゃふにゃとソファにずり落ちた。


「今回の竜巻は、この星史上最大級らしくて、どの王国も大変だって言うので大慌てで対策を考えていたらしいんだけど、これだ!っていう対策がなされてなかったんだって。」


ルークは残りのお茶をあおって喉を潤す。


「ふー。で、さっきまで大陸のあちこち飛んで、全部の王国にスキルをかけてもらってたんだ!面白かったし、良い経験になったよ!上空からしか見ることが出来なかったけど、他国はそれぞれ特性を生かした街なんだねぇ。それに、あんなに寒い国があるなんて知っていたら、防寒着を持っていったのにねぇ。俺もあんなマント羽織ってみたかったなぁ。でもハクのスキルで守ってもらえたから、ちょっと寒かったくらいで済んだんだよ…って、あれ?みんな、大丈夫?」


ハンナとデイジーは既に眠りについていた。

いや、気を失っている。

ルークからもたらされる情報の処理が追いつかなかったようだ。もしかすると、気を失った方が楽だと思ったのかもしれない。


キースはこういった外交に関する話は聞き慣れているので、意識を保てていた。が、瞳の艶はまだ戻らない。


ジェイクはルークの規格外の話を誰よりも目の当たりにしてきたので、なんとか食いついていた。


サイモンは理解が追いつかなかったからこそ意識を保てていた。絵空事のように聞こえたのかもしれない。

もしくは、架空の話のように思った可能性もある。


寒い国とは、旧アバランチェ王国、現ロスカ王国の事だ。

今のルークは覚えていないが、ゴールデンルークが精霊王Eイーラを鍛錬所に送り、その立場を代理の雪豹父の精霊に押しつけ…お願いしてきた王国。


このホーネスト王国から一番遠い場所にある人間の住まう王国である。

精霊の転移を使ったのだろうか、そう何度も続けて使えないはずだが。

サイモンが手を挙げて尋ねる。


「ひとつ、よろしいですか?」


「あ、はい。どうぞ!」


「六カ国全てにスキルで結界のような『衝撃無効』をかけてきたとのことですが、精霊だけが使えるという転移で行ってきたのですか?」


サイモンは何年か前にルークと話していて、精霊にのみ使える『転移』と言うスキルがあることを聞いて知っていた。

なので、今回そのスキルを使ってもらってあちこちの王国へ行ったのだと思ったわけだ。


転移だなんて、一度でいいから経験したい!

と思っている顔を隠そうとしていない。


「いいえ。このハクに乗って行ってきました。」


と、ルークは小型化している白馬の精霊を呼び寄せて膝の上に乗せた。


サイモンの目からすると、ルークの膝の上に乗せる仕草から“このハク“がとても小さな精霊のように感じてならない。本来の姿もサイズもサイモンは見たことがないのだ。


「ちょっと憧れちゃう転移ではなく?この王国から六カ国全て、その…ハク?に乗って回ってきたと?」


「あー。今のハクは、小型化してもらっています。契約時よりもう一段階進化すると、小型化出来るようになるそうで、自由自在です。スキルをかけに行った時は、本来の大きさ、えっと、普通の馬より少し大きめに戻ってもらってました。」


ジェイクはサイモンに白馬の精霊の元の大きさと今の大きさについて説明を付け足す。


横で聞いていたキースは、カピバラの精霊も小型化するのだろうか、今だってそう大きくはない。小型化したら抱き心地が足りなくなりそうだな。と思っているようだ。


「へぇ!白馬の精霊がそれほどの飛行能力を持つとは、素晴らしいですね!この星にある、人が住める大地の端から端まで数時間かからずに移動できるのでしょう?」


ワクワク顔のサイモンの言葉にルークは考える。

今回は都市から都市への移動だったわけだが、端から端までとなるとどれくらいで移動出来るんだろう?


ダダ漏れサトラレなので、白馬の精霊は頭を上げて答えた。


「スピードを出して良いなら数十分と言うところですね。この星を一周するなら一時間程度でしょうか。ルークならどこへでもお連れします!」


条件付きだが素晴らしい移動手段を得た!


「ありがとう!またお願いするね!」


にっこり微笑んでお礼とお願いを伝えると、白馬の精霊はルークの膝からおりて、満足そうにいつもの位置に戻っていった。


「うむ。本当に素晴らしいな。有効なスキルを持ち、優秀な移動能力がある。何故そちらのハク一人しか居ないのか…。」


サイモンは呟き、残念そうだ。

そう。それだけ優秀だからこそ、捕まってしまったのだ。


他所の星からの密入者からしたら、手に入れたい精霊ナンバーワンだったろう。

時短を考える者やモノグサな者であれば、通勤にも旅行にも有利であったろうし。


多くの羨望と嫉妬を受けたが故の悲劇と言えた。


しかしながら、捕まえたところで言うことを聞くとは限らないのではないか。とルークは思うのだが。


思慮深さが足りないな。

いや、思慮深さがあれば捕まえようとは考えないか。


他の馬型の精霊も同じように、馬独特のスキルを持っていたのがバレたのだろう。

野生のシマウマやロバも居たのだろうか。

もしくはペガサスやユニコーンなんかが居たのだろうか。

今いない事が残念でならない。


と、ルークが悶々と考えていると、


「それは知らないわ。この星の馬の仲間は、フリージアン、ペルシュロンなんかね。確か、ポニーという小型の馬もいたわ。」


私の知る限りだけど。と、雪豹の精霊が顔を動かすことなく、寝そべったままで教えてくれた。


「そうなんだ。ロバは好きなんだけど、居ないのか。馬の種類はポニーしか知らないや。」


聞こえないサイモンのために、ジェイクが説明している。有り難い通訳だ。


「で、ルーク。俺も聞いても良いかな?」


キースが改まって聞いてくるので、ルークはどうぞと促す。


「その、精霊王会議には、うちの王様と精霊王以外には、誰がいたんだ?」


キースが言いたいのは、その場に宰相がいたかどうかだろうか。

ルークが行方不明になった際、キースは宰相との縁も仕事も切ってきたという。その後五年ほど経過しているが、未だに仲は修復されていない。


そんな宰相は、この五年ありとあらゆる方法でキースに謝罪を申し入れている。が、キースが言うには、『アレは反省している風を装って、仕事を押し付けたいだけなのが透けて見えるから嫌だ。』だそうな…。


謝罪を受け入れたら、仕事を押し付けられるのが想像に難くないのだと言う。


ルークから見てもそんな気がしてしまうので、キースの気持ちを無碍にすることはない。


それに、キースは宰相補佐のような仕事は本来好きではないそうだ。ただ、有能だったばかりに押し付けられてきただけ。何度も何度も辞表を提出しているのに宮廷から籍が抜けないのだ。かなりのブラックか?


現在も鑑定盤で鑑定すると、現在の職業が表示されるのだが、今もまだ『特別宮廷研究員』との表示がされる。辞表の受諾は宰相に一任されているそうだ。


キースの気持ちが理解できるので、さっさと教える。


「安心して。宰相は居なかったし、今回の事は、王様が責任を持って後処理してくれるってことになってるから。」


「お、おう。ありがとうな。」


キースの返事に、一拍あったのにはそれ相応の理由がある。


…王様は金銭感覚が宰相よりおかしい。


つまりは、今回の件は、この王国にとっても他の王国にとっても、ルークは“恩人“となるわけなのだ。


どの王国でも、大惨事になる可能性がある、発生すると予想されている最大級の竜巻による被害額は、並大抵の物ではない。

ルークは知らなそうだが最悪の場合、国家消滅もあり得た。

最大級の竜巻とは、それくらいの規模を指す。


そんな竜巻が発生すると聞いても、自分たちが焦らずにいたのは、タマちゃんの加護がある安心感からだった。


メーネたち多くの従業員たちからは、


「この土地には精霊様たちもこちらには沢山いらっしゃるし、大丈夫でしょう!」


と言われたのだが、精霊が見えもするし言葉も交わすことができる者が家族に増えたが、精霊とは願いを聞いてくれる為にいるわけではない。

例え精霊にその力があったとしても、ただの契約者である人間と精霊とでは対等に近い、が近いだけで等しい訳ではないのだ。

一方的に願うことは許されていない。

精霊は我々を導く存在なのだ。


しかも、精霊にとって竜巻は脅威でもなんでもない。肉体を持たないのだから、ただの現象の一つに過ぎないのだ。


しかし、ルークは別だ。

人間ではあるが、人間よりも上の立場である精霊、精霊の上の立場である精霊王、その精霊王よりも偉い立場にいる、神獣の唯一の友人であり親友、しかもその神獣の加護を持つのだ。


ルークが覚醒すれば、精霊たちは言うことを一方的にでも聞かねばならぬし、覚醒せずともルークは精霊に愛されているため、頼み事をしたら、喜んで、いや、大喜びでその願いを叶えるだろう。


今回の『衝撃無効』のスキルを、この星全ての人間の住まう土地に対して行使するという、とんでもない要求であったとしても。


話を戻そう。

つまり、今回のこのスキルに対する“謝礼“はとんでもない額になると言うことだ。

王国内に留まらず、この星の王国全てなのだから各国からの“お礼“も尋常ではないはずで。


キースはルークを哀れに思わずには居られない。

きっとこの恵まれた王国の、国家予算並みの金額がルークに振り込まれるだろう。

今だってかなりのお金を稼いでしまっていて、使いきれないと半泣きなのに。


ルークはそれらのお金を何に使うのだろう。

生きている間に使い切れる金額ではないのだが。


キースは、今後も面白いことになりそうだと思いはするが、


まさか国を興したりはしないよな?


と、ちょっとだけ不安に思わずには居られない。

国を興せるだけの金銭…恐ろしい。


「ルーク、その『衝撃無効』のスキルは衝撃全般を無効にする。つまり、なかった事にすると言う解釈で良いのか?」


「そう!キースじいちゃんの言う通りで、衝撃だけ無効。だから風は吹くからね?でも、フルーツが全て振り落とされるほどの風は衝撃って扱いになるみたいだよ。」


ルークはそう解釈しているが、違うかもしれないと、白馬の精霊を見る。何のアクションもないので、正解という事で間違いなさそうだ。


「それなら、ある程度の強風で済むという事ですよね?竜巻の対策はしなくて済みそうだ!ルーク君!どうもありがとう!白馬の精霊のハクさんも、ありがとうございます!」


サイモンは満面の笑みで気持ちを伝える。

白馬の精霊はポニーテールをブルリと動かして返事をした。

よく見るとちょっと顔が赤い。照れているようだ。


なんだよー。ハクってば、ツンデレー?!


プクク。とルークは笑う。

牡鹿の精霊はボソリと


「我がした対策は無意味か…。」


かなり小声だったのと、廊下に続く全ての扉がビリビリッという音を立てて震えたため、誰の耳にも届かなかった。


「またか。先程と同じくらいの音だったという事は、これくらいは衝撃とならないという事だな。」


「そうですね。でも早めに帰宅した方が良さそうだ。旅館に回って両親と一緒に帰る事にします。」


サイモンは立ち上がり、作った調味料やら漬物などの入った箱を持ち、ウキウキと帰って行った。


まだ試食が残っているが、仕方がない。


「ねぇ、さっきの風の音なんだけど、あんな音がするって、風は相当強まってるんだよね?ちょっと見てきても良い?」


「ん?あぁ、あの音に驚いたのか。」


「上から中庭に強めの風が入ってくると、空気の逃げ場がないからガラスを叩いて音がするんだよ。だから、たいした事ないよ?外に見に行ってみるか?」


ジェイクとキースは、ソファにハンナとデイジーを寝かせて肌掛けをかけると、連れ立って玄関から外に出る。


ヒューヒューと林を走ってきた風の音がするが、先程白馬の精霊とあちこちに飛び回ってきた時より、風は強くなかった。


「本当だ。ならまだ収穫に行っても良いかな?」


「ルーク、何が欲しいんだ?」


「うさぎの餌。今日さくらんぼがめちゃくちゃ沢山収穫出来ちゃったからさ、ブランデー…サイモンさんのところの蒸留酒漬けにして、焼きチョコに入れようかなって。」


ルークは倉庫に歩きながら二人に伝える。


「「なにっ!?」」


大人たちは、自分たちで作った果実酒が大のお気に入りとなっていた。


アーサーがルークと話していた時に、前世では製氷機という水を入れたらある程度の大きさの氷が出来るものがあったと聞いて、製氷機盤を作り出したのだ。

すぐに使えるサイズの氷があるという事で、ロックで果実酒を飲むようになると、大ハマり。

お湯割もあると教えると、寝る前には果実酒のお湯割を楽しむようになったのだ。


それからは、果実酒を使ったおやつの試作をハンナが次々と作りだした。

今では旅館のお土産コーナーの常連だ。

受注生産はしていない。

お取り置きもNGのため、お土産コーナーに並ぶのを心待ちにしているお客様が大勢いるそうだ。


「蒸留酒にさくらんぼを漬け込むのか…美味そうだな。」


「あぁ、それだけでも美味そうなのに、焼きチョコにするのか…。良いな。明日は引きこもって試作するか!」


「お!キース頼む!」


「じぁあ、ジェイクはさくらんぼの方を頼むよ!」


ルークの後からカゴを持った呑兵衛二人は、ウキウキとうさぎの餌の成っている場所までついて行くのだった。

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