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18.都市伝説の作り方

そろそろ祖父母の家に着くらしい。


横を見ると、安全バーに頭を完全に預けぐったりしているアイリスと、反対側の窓際の椅子には少し申し訳なさそうな顔を安全バーに隠すように身を縮めたアーサーが足をそろえて座っていた。


アーサーは一言も謝ってないし、苦しむ妻に気が付かず笑っていたのだ。解ってからもワタワタするだけで気遣いもできていなかった。パートナーとして要反省である。


あのコーヒーカップandメリーゴーランドのような動きは、三半規管の弱いアイリスを直撃した。


止めて、やめてと叫ぶアイリスをニヤニヤ笑って回って見つめるだけのアーサー。

回転しながら気持ち悪いと言い出したアイリスのことを、

「またまたー!楽しいだろー?」

と笑っていた。


恐怖。凄まじき恐怖。

あの一瞬、我が父と思いたくないと思ってしまった。


このままではダメだと思ったルークがおトイレ休憩を申し入れ、やっと1回目の回転を止めるに至ったのだ。

そう。一回目である。


御者さんに停めるようにお願いして、ルークがアイリスと共に馬車を降りる時、そのエスコートと木陰にシートを敷いてくれたのはセバスチャン爺さんの方(勝手に命名)だったし、ハーブティーを準備してくれたのはもう一人の若いボディビルダー(こちらも勝手に命名)だった。


三半規管が異常に強く、どんな回転でも楽しめるアーサーは、もちろん乗り物酔いの経験がない。


いつも窓際をキープし、小さく切ったさっぱり系のフルーツをちまちま口にするなど、乗り物酔い対策をしてきたアイリスの工夫を知らなかったらしい。


アイリスは休憩後、もうあの回転は勘弁とばかりに、四脚ある内の先程回転していなかった残りの椅子に座ったのだが、色んなことに気がつかない(この場合乗り物酔いした妻に)アーサーは、馬車が動き出してしばらくした後、アイリスが座ったコーヒーカップもとい、豪華なゲーミングチェアを作動させた。


あぁ、無情。

椅子は個別に動かせるのだ。


既に叫び声もあげられないアイリスの顔色が、死人のようになってやっと気がついて回転を諦めた。


「楽しんでると思っていた」


と呟くが、何を見てそう思ったの?


その後は途中何度も馬車を降り、芝生の上に寝転がったアイリスは、横で休憩するルークに、あの椅子に座るのが恐怖だ。このまま気絶したい。と呟いていた。


顔も見たくないからと馬車ではそのままアーサーと距離をとって座っていたアイリスは、夕方の直撃した西陽を回避するため、馬車の西面全てのブラインドを下ろした。

が、何故か下ろしたブラインドだけでは西陽全てを防げなかったので、御者さんにお願いして外側のブラインドも下ろしてもらっていた。


下ろしてくれていた若い方のボディビルダーの微妙な顔がなんとなく気になる。


それにしてもあの動きに耐えうるこの車体。

デコもあるし、装置を考えると相当な重さだろう。

箱のサイズだけでは四頭立てでも十分すぎるけど、重すぎるのだろう。六頭立て。伊達じゃない。


気になる外装だが、全く壊れることなく走破した。抜け毛はありそうだったけども。


結構丈夫なんだな。


そうそう、アイリスが落ちている間、この馬車についてアーサーに聞いてみたのだ。


この馬車が寄贈された当時、王様たちは開いた倉庫の扉の隙間から“その外装“を見た瞬間に慄き、


「絶対に嫌!」「こればかりはやめてほしい。」


と乗車拒否したため、内装は見ていないらしい。


内装をチラ見した臣下の一人が、これは自分たちだけでは確認のしようがないというので、研究者たちに確認要請を出した。アーサーはたまたまそこにいたので、ついでで呼ばれたそうだ。


アーサーは初めてみる外装に少し驚いたが、色々な趣味の人がいるなと思ったくらいで興味は沸かず。

が、内装を見た瞬間、これは確認しなければっ!と心が躍ったらしい。


見たこともない椅子の形、その上にある謎の湾曲した金属製のもの(安全バー)謎の椅子の足(パイプ一本)。

そして、窓側にある謎のスイッチ。御者側の折り畳まれたよう何かまである。

どれもみたことがなく、ワクワクが止まらなかったのだそうだ。


コソコソと通い詰め、車輪がある程度動くと、椅子を動かす力が溜まるらしく、スイッチが機能することがわかったらしい。


その奇抜な外装を御者さんたちが気にするので、日中は誰も動かしてくれない。仕方がないので、馬が走れるギリギリの天候(雨でも強風でも)であれば日暮れ頃から許されるギリギリの時間まで、馬車を王都外へ走らせたらしい。

その頃、夕暮れに謎の巨大生物が現れる。落ちている巨大な羽がその証拠!と王都では噂になっていたらしい。


都市伝説か!


こんな外装の馬車を、無理して何度も走行させたアーサー。

ちょっと考えたら分かるはずだが、アーサーのことだ、考えが及ばなかったのだろう。

だって馬車の内装にしか興味がないのだから。


結果、雨や風で酷使された翼からは巨大な羽がほとんどが抜け落ち、産毛と綿毛の今の状態になってしまったらしい。


あのふわふわと舞っていた白いワタは、ダウンだったってことか。

翼に対する愛が、依頼者と作り手に感じられる。

御者さんにはそこに対する愛はない。その白いワタ、むしってたし。


何故ニ対もつけたのかと疑問だったが、一対付いた翼を見てその出来の良さに感動し、もう一対追加してしまった結果かもしれない。それくらいの完成度だったなら、翼フェチとしては理解できる。少しだけ。


今回、こんなちんちくりんになった翼の付いた馬車が到着して、アーサーがいち早くアイリスを促して馬車に乗車させたのは、自分しか知らないそのスイッチを操作できる席をアイリスから死守するためだったらしい。


おかしいと思ったんだ。父さんはいつも馬車に乗り込むのは一番最後なのに。


馬車なら奥の窓際の席は必ずアイリスが座る。今回の馬車では、スイッチのある席だ。

アイリス専用のようになっているその座席の隣に乗せられたなら、アイリスは訝しがるはずなのだ。


しかし、今回は外装で衝撃を受け、内装をみて気をやられ気味のアイリスを、アーサーは騙すように内側の座席に着席させ、安全バーを下ろしてがっちり捕獲。

びっくりしている間に出発進行。

酷い話だ。


「ちゃんと母さんに謝りなよね。乗り物酔いはひどい人だと何日も寝込むらしいよ。」


というと、さらに小さくなっていた。

全く、こういうのはちょっと経験するだけで良いんだよ。あんなに嫌がって叫んでたんだし。

楽しめる人が楽しめば良いの!


後でこってり叱られるが良い。


馬車の動きがゆっくりになって、止まった。

祖父母たちの家に到着したようだ。


いつもならアーサーが扉を開けるが、一刻も早くこの座席から離れたかったアイリスが、我先にと扉を開けた。


アイリスが先に出てきたのを見た御者さんが、エスコートしようと前に出るが、それを制して母方の祖父キースがエスコートをするために手を伸ばした。

家族を溺愛しているキースらしい行動だ。


「アイリス、久しぶり。この馬車は大きな目がかわいいね。」


馬車に目?

自分の父親の手を取り馬車から降りながら馬車に顔を向けると、自分が下げるようにお願いした外側のブラインドに、ユニコーンのものかペガサスのものなのか、まつ毛が生えた大きな瞳が描かれていた。


「ぶ、ブラインドおろしてもらってから、どれくらい経ったかしら。。」


馬車の瞳とは正反対に、瞳を小さくして震えるアイリスの復帰は遠のく。


まさか最後にこんなトラップが仕掛けられていようとは。

これについてはアーサーは知らなかったらしい。

御者さんは知っていただろうが、眩しさ対策なのだから仕方がない。乗っている女性の頼みは断れない。

若いボディビルダーさんのあの表情はこれだったのか。


数時間に渡り、片目を開いたユニサス号(ルース命名)が大型馬車用道路を爆走(最後かなり急いだ)したことになる。見かけた人はさぞ驚いたことだろう。


新たな都市じゃないけど伝説を作り出してしまったかもしれない。



祖父母たちの家に着いたのは、予定の日暮れから大きく過ぎ、二十二時頃だったようだ。(時計がないのであくまで体感としての。)


予定として組んでいた数回の休憩はアイリスの体調により倍以上に増やし、その時間もたっぷり取ることになったからだ。

結果、四時間押し。つまり四時間追加の休憩だ。


乗り物酔いはなってみないとその辛さはわからない。

アイリスだって家に帰りたいと何度も思っただろう。

しかし、引き返すのにも時間がかかるし、出発すぐに頓挫した前回のことがあるし、息子が楽しみにしている祖父母の家に連れて行ってあげたい。自分のせいで行けないなんて事だけは避けたい!と頑張ってくれたのだ。


その母親の復帰を待つ側は心の中で応援する以外何ができようか。

四時間押しくらいなんてことない。

ただ、少しだけ眠い。それだけだ。


幸いだったのは、乗った高級ゲーミングチェアは、腰と首を支え、クッション性が抜群だったことだ。さらに、温度管理が一脚ずつできたので、個別の好きな温度を選べたのだ。控えめに言って最高。


そりゃ父さんが研究したくなっちゃうよね。

結局、カラクリがわからない事ばかりだったみたいだけど。


カラクリを暴く事を諦め、調査から身を引いたアーサーは今回、楽しむことに集中した結果の暴走だったようだ。



祖父母たちの家の外装は、星空を楽しみたいからと、街灯は設置しない。門の両脇にだけ、下向きの小さな街灯を設置してあるので、なんとかその場所がわかる程度。


五歳のルークの体力と眠気の限界を迎えていた。ウトウトしているルークは父方の祖父ジェイクに抱かれながら馬車を降りた。


薄目を開けるルークの瞳に、ジェイクの鼻越しのプラネタリウムのような星空が瞼と瞼の間に入り込む。


王都の家で見るより断然綺麗だなぁ。


遅い時間の上街灯がないので、馬車のUターンの場所が目視できない。六頭立てなので、簡単ではないのだ。

無理をして馬に怪我をさせるわけにはいかない。

馬車本体も御者としては壊すわけにはいかない。


馬車を門扉の少し先に移動させる。車体はそこに置かせてもらうことにして、馬は空いている厩へ、御者さんたちは馬車の中で過ごすらしい。そのための大型馬車ではあるが、引き出すタイプの簡易ベットで二人寝られるのか。

見てみたいなぁ。


御者さんは閉まっていなかった反対側のブラインドを下ろしていく。

下されたブラインドには、瞑った目が描かれていた。


ブラインド、片方下ろしても片目、両方下ろしても片目。

ウィンクか。


それだけを横目で確認して、ルークは笑いながら夢の世界へと旅立った。

誤字報告をいただきました。

ありがとうございます!

自身でも確認をしていきますが、見落としがかなりありました。引き続き教えてくださると助かります。

今後ともよろしくお願いいたします。

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父さん、酷い……。 母さんかわいそ……。
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