148.白馬と金色
あっという間に家の倉庫に到着して、三輪駆動車を止めた。
ジェイクが椅子からルークを下ろそうとすると馬がやってきて、自分の背中にルークを乗せろと目で催促をする。
「どうする?ルーク。」
「えっと、鞍無しで乗れるもの?この間も言ったと思うけど、乗馬の経験がなくて、無理なんじゃないかなと…。」
ヒヒン!ヒヒン!ヒン!
「大丈夫だって言ってるわね?」
ふわりと雪豹の精霊が現れた。
「ユキちゃん!そうなの?大丈夫だと思う?」
「んー。」
雪豹の精霊は馬の目を深く見つめる。
お互い目を逸らさずに、見つめ合う。
「あら。これは…。ルーク乗ってあげて?何かあれば私がサポートするから。」
「わかった。ユキちゃんがそう言うなら。じいちゃんお願い出来る?」
「了解。気をつけてな?」
ジェイクはそっと馬の背中にルークを乗せる。
まるで専用の鞍の上に乗せたかのような安定感を感じたジェイク。
ルークも初めて乗る馬なのに、ふわふわの椅子に包まれて座っているように感じた。
「これは、驚いたな。スキルか?この馬は、普通じゃないと思っていたが、精霊なのか?でもみんなに見えているし…。」
「そのうち解るわ。ほら、トレードの馬を選ぶのでしょう?」
「あ、あぁ。トーマス!馬房はこっちだ。ってトーマス?」
倉庫内を見渡すがトーマスが見当たらない。
「存じておりますよー!ここに来た日にも見せていただきましたから!」
と、馬房の方から声がする。
なんと、トーマスはすでに馬房に入って仔馬を愛でていた。可愛い可愛いと、蕩けたような声が聞こえる。
さすが、馬好きなトーマスさん。良い子とトレードできると良いね。
ジェイクにもその声が届いていたので、笑いながら馬房に入って行った。
ハンナたちは、ルークが鞍無しで馬に乗っているのを見て、すごいわ!かっこいい!様になってます!と散々誉め殺したあと、
「サイモンと一緒に家の中でお茶でも飲んで待ってるわね。」
と家に入って行った。
まぁ、ここにいてもやることないし、日差しも強いしね。でも、
「置いてかれた…。」
さて、俺はどうしたら良いのか。
馬の上で一人悩む。
「ユキちゃん、どう言うこと?この子は動物の馬なんだよね?」
「クツクツクツ。ルークの考えは?」
「うーん。」
ルークが悩み始めると、馬はゆっくりと畑の方へ歩き出した。
「え?え?なになに?どこに行くの?」
ヒヒーン、ブルルル!
馬はウキウキとスキップするように歩いていく。
馬自身はかなり上下に動いているが、その上のルークは鞍無しで乗っているのにも関わらず、揺れもなければ落ちそうになることもない。
「あれ?なんで?衝撃吸収?いや、振動吸収?無効?どっちにしてもスキルだよね。乗っててもかなり支えられてるし。」
ルークは自分の下の馬を見つめる。
「でも、ちゃんと馬なんだよね。ちょっとキラキラした毛が混ざった白馬。それに馬の精霊って見たことないし。馬の精霊っているの?でもさ、この馬からは魔力の流れは感じるんだよ。どう言うこと?ほんと、訳がわからない。」
人間や動物は魔力が、精霊には精霊力が流れているはずだ。この馬から感じるのは魔力なのだ。
なのに、スキルを使っている。
周囲に精霊の気配はないので、馬をサポートする精霊がいるわけではなさそうだ。
動物もスキルが使えるとか?
聞いた事ないけど。
馬は畑の中には入らず、きちんとあぜ道を通って行く。
いつもより断然高い位置にいるルークは、全身に風を感じることが出来る。
「うわぁ!気持ちが良いなぁ。」
このまま真っ直ぐ行くと、クアッカワラビーのオサが住んでいる場所に到着するだろう。
やきもち焼いて可愛かったなぁ。
ウキウキとスキップを続ける馬に乗っていると、なんとなくレイギッシュの慌てる姿や困った表情などを思い出して笑ってしまった。
「精霊ってそれぞれの表現があって可愛いよね。この子も精霊と考えたら、さっきの馬房での不貞腐れたのとかも納得できるかも?」
でも、こんなみんなに見える精霊なら、今この馬はかなりの生命力を使っていることになる。
「前例としてマー君がいるけど、見える俺に対してやる必要ある?無いよね?」
なら、生命力を使って姿を見せている精霊という考えは却下だ。
前例…普通と違う精霊という意味では、カエル母さんとタマちゃんだよね。
カエル母さんは精霊王になって他の国に行ってしまった。俺の魔力とデイジーばあちゃんのスキルが必要だったから、あれこれ種を蒔いて行ったっけ。
馬を見る。
そんな感じしないな。
タマちゃんの時だって何にも感じなかったけど。
タマちゃんは封印されてたって言ってたっけ?
姿を変えられちゃう封印?
いや、あの姿の何かに封印されてたのか。
ちょっと怖いよね。
精霊だったから、見える俺にしか封印を解くことが出来なかったとか?
ヒヒーン!
「うわ!びっくりした。何かあった?」
ルークは周囲を見る。
特に変わったことは起きていないようだ。
何か踏んで怪我でもしたのかと、馬の足元を気にしてみるが痛がっている感じもない。
ルークは再び思考に戻る。
あの時のタマちゃんは、自力で封印を解いたけど、それって俺から漏れてる精霊力を貰って進化した後って言ってなかった?
もれもれでーす。
タマちゃんの声が蘇る。
そうだった。漏れ漏れらしいんだよね。
「俺、精霊力操作もGだったっけ。今はタマちゃんの加護で漏れも隠蔽出来てるって言われたから、あんまり気にしてなかったけど。あれ?それって人間に対してだけ?魔力感知からの隠蔽ってだけで、触れたり一緒に居たりするのって、色々影響させちゃうって話じゃなかった?」
ルークは周囲を再度確認する。
雪豹の精霊は近くにいない。
サポートしてくれるって言ったのは、馬の上にちゃんと乗れなかったらってことだったの?
藤棚がすぐそこだった。
かなりの距離を短時間で移動していたようだ。
さすが馬。
そのまま藤棚に突入していく。
光に透けた藤の花が色鮮やかでとても美しい。
そんな美しい光景が続く道を馬はスキップをしながら進んでいく。
ルークは考えるのをやめて藤棚の道を楽しむことにした。
乗馬って、こんなに爽やかな感じなんだなぁ。
この馬が動物でも精霊でもどちらでも良い気がしてきた。
「だってこんなに気持ちがいい!」
ねぇ、なんで俺のところに来ようと思ったの?
他の人のところじゃダメだったの?
馬車貸しのおじさんたちだってめちゃくちゃ君を大切にしていたじゃない。
ヒヒン!
本当、返事してるみたいだなぁ。
「ん?あれ?今俺声に出してた?」
いつも口から出すつもりがないのに出てるから自信がない。でも出してなかった気がする。
なら、さっき突然鳴いたのも返事だった?
あの時、何を言った?
いや、思っただけかもしれない。
でも、通じた?
「君、精霊なの?」
ヒヒン?
あれ?あれあれ?
違う。この子は馬だ。
でも馬だけじゃ無いんだ。
唐突に理解できた。
この子の、この馬の内側から一瞬だけ魔力とは違う何かを感じたのだ。
それは、ユキちゃんやタマちゃんと同じ力。
つまり、精霊力だ。
何故突然感じとれたのかは分からない。けれど、しっかり感じ取れた。
「タマちゃーん!この子、助けを求めてる気がする!!タマちゃーん!!」
って、来る訳ないか。忙しいもんね。
俺が困ってるわけでもないし。いや、困ってはいるけど。
「はぁ…。」
藤棚が終わり、荒れた道に出るかと思ったら、とても美しく整備されている道に突き当たった。
この先は旅館に続く一本道だったはずなのに、整備されて道が変わっていた。
「所長と副所長って人たち、有能なんだなぁ。」
ほんの数日で見渡す限りの道の整備が終わっているように見えた。
馬は道を左に曲がった。
左方向には、王都へ行く道と白カエルちゃんが住む湖がある。
「どこに行くの?そろそろ戻らないと、じいちゃんに心配かけちゃうんだけど。」
ヒンヒン!
んー。解らない。
お話しできたら良いのにねぇ。
仮に、この子の中に精霊が居たとする。
では何故そうなった?
タマちゃんの時は誰かに、俺がタマちゃんと名付けた何か(まるっこいボディに勾玉がついたやつ)に封印されてたんだよね?
この子の場合、その何かが動物の馬ってことだったりする?
ヒヒーン!
一際大きくいななくと、馬はピタリと停止した。
「え?本当に封印されてるの?」
ヒヒン!
これは…マジなやつ…か?
んーーーんーーーんーーーー!!
どうしたら良い?
サポートすると言っていたユキちゃんが今ここに居ないってことは、それが正解に近いからでしょ?
タマちゃんを呼んでみた。来てくれるとしても、そんなに早く到着するとは思えない。
来る事で好転しないなら絶対に来ないのだ。
来ないことの方が確率的に高いと思えた。
俺が出来ることといえば、魔力接続。
マー君にしたみたいに、接続したら?
自力で封印を解けるくらい、力を与えることが出来るとか?
ヒヒーン!
うーん。
「ねぇ、俺が出来るのは魔力接続なんだけど、媒体になる“人“が居ないんだよね。直接やっても大丈夫なもの?あの複写機みたいに魔力過多になって誤作動起きたりしない?」
ヒヒーン!
これは、やってくれと催促されてる。と思う。
やって良いの?もう少しタマちゃんを待ってみて、それでも来なかったらとかの方がいい?
いや、なんとなくだけど、迷ったところで先延ばしになるだけで、結果は変わらないような気がした。
今まで魔力接続した人や精霊(精霊はマー君にしかやったことないけど。)に大きな問題は起きてなかった。
前にユキちゃんにも言われたっけ。
魔力や他の力を分けてあげるかどうかは俺次第だって。
「よし!やるかい?どこでやる?」
ヒヒーン!
「今やる?」
ヒヒーン!
「今やって俺、落とされたりしない?」
ヒヒン…。
え。なんで自信無くなってるの?
そこは元気に返事して欲しかったよー。
ヒヒン、ヒヒン!
冗談だってー。
と言っているような気がするけど、そう言う冗談はやめて。怖いから。
ヒヒン。
すまんて?なら、おもろくない冗談はもうやめてね?
ヒヒーン!
このダダ漏れ、サトラレ、ガッツリ念話。
太陽の光が当たって、キラキラ光る白い毛がいっそう増えた気がした。
そうか。やっぱりこの白い毛は精霊で、そうじゃないところは動物の馬。
それが被ってる、重なってるんだ。
ルークは自分が乗っている馬の背中をそっと撫で、そして抱きつくように張り付いた。
「二人で一つの身体は窮屈だよね。出てきて良いよ。白馬の精霊。」
ルークは自分で流すのではなく、そのまま流れに身を委ねるようにした。
自分の内側にある、魔力の湧き出るその先に向かう。
ユキちゃんとタマちゃんと同じ精霊力が湧き出ているところを見つけた。
そこから、キラキラと光る銀色に似た白い光がこんこんと湧き出ていた。
あぁ、なんで心地がいいんだろう。
精霊のみんなが言っていたのはこの心地よさのことだったのか。
キラリと一瞬だけ、その奥底に光を見た気がした。
なんだろう。あの感じ。
あれは…そうだ。
ずっと俺を呼んでいたものだ。
え?呼んでいたもの?
一瞬だけ見たその光に手を伸ばして先に進む。
あれは無くしちゃいけない。忘れてはいけないものだったはずだ。
なんだっけ?
もっと手を伸ばせ。もっと近づくんだ。
だんだんと近づく暖かなその場所は、ふんわりと優しく俺を迎え入れてくれた。
その優しさに包まれたその瞬間、金色に輝く光が急激に増え、そして爆ぜた。
ルークは金色の世界に投げ出されたのだ。
「やっと見つけてくれたね。ずっとずっと待っていたんだ。」
金色の眩しい光の中で、優しいその声はルークを愛おしむかのようにふわりと包み込む。
それは前世の高級羽毛布団のような心地よさがあった。
「待たせてごめんね。もうずっと一緒にいるから。」
ルークは答えて意識も飛ばした。




