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130.先生と呼ばないで

さて、酒関係の話はあちらに任せるとして。


「サイラスさん、サティさん。この鑑定結果について少しお話しさせてください。」


ルークは鑑定盤を持って、サイラスの隣に座る。

高さが足りず、クッションを敷いてから再度座る。

かっちょわる。


ルークは先程の鑑定結果を表示して二人に向き合う。


---

サイラス 95歳 サトウキビ農家・元宮廷窓口受付

スキル 加工

    畜産業従事者

魔力量D

魔力操作D

---

---

サティ 93歳 サトウキビ農家・元宮廷窓口受付

スキル 加工

    畜産業従事者

魔力量D

魔力操作D

---


「お二人とも、前世は畜産業を営んでいたことは、記憶として持ってらっしゃるんですよね?」


「「はい!」」


息子の魔力詰まりを解消させてくれた事をいたく感謝しているのか、それとも自分たちもとウキウキ期待しているのか解らないが、二人の目は最初の頃とは確実に違った色をしている。


うーむ。前世の記憶持ちなら、トリガーもなさそうだし、なんも変わらんと思うけど。


「えっと、サイラスさんの友達精霊さんはうさぎで、サティさんの友精霊さんは山羊さんですね。友達精霊さんたちは、自分と同じ種族の動物を可愛がってもらうと、めちゃくちゃ喜びますので、これからも可愛がってあげてください!」


「「はい!」」


うーん。なんだろう、調子が出ないな。

というか、調子が狂う?


「あとは、サイラスさんの属性は風です!」


「はい!ルーク先生!」


サティが片手をピンと伸ばして挙手をした。


「え?先生?」


「はい!私らが知らない世界のことも、こっちの世界のことも、次々と解明して説明してくれる。なら、先生だよ。」


サイラスも真面目な顔をしたままサティの隣で頷いている。


「いや、まぁ、でも!先生はやめていただきたいです!さっきまでと同じく、名前で呼んでくださいー!!」


「ふむ。そうかい。解った。そうさせてもらうよ。」


ルークはホッと胸を撫で下ろす。

調子が狂っていた、違和感はこれだよ!

さっきまでの気やすい感じが無くなってるんだよ!


百年近くこの星で生きている帰還者に、何故先生と呼ばれなければならないのかっ!

俺はまだ五年しか生きてないのにー!


この人たちは多分、引退して隠居してから外界と関わらずに緩やかに生きてきただけなのだ。

現に説明したら理解するだけの前向きさと頭の柔らかさがある。


前世の隠居者には、傲慢さがあり、比較して排除する姿勢をとる者も多かった。


この星の人は大丈夫だな。となんとなく感じた。


「で、属性というのは何ですか?」


「自分の魔力の性質のことです。」


ルークは考えながら答える。


「この世界には、八つの属性があるそうです。ちなみに、水、風、植物、火、氷、大地、生命、光です。」


「「へぇ。」」


「たとえば、風の属性の魔力しか持たない人が、植物の属性でしか発動しないスキルを詠唱しても、魔力の変換を行うことに魔力の大半を使うので、ほぼ発動しない。もしくは数回しか発動しない。という現象が起きます。風の属性の魔力は、風の属性で発動するスキルに特化しているということになります。」


「へぇ。そんなの知らなかった。私らの時にも解っていたら良かったのに。」


サティさんが少し切なそうな声で呟く。


「解明されて良かったじゃないか。サティ。苦しむ若者が減るのは嬉しいことだ。」


二人ともスキルが加工だもんね。属性が解らないまま加工スキルを使って苦労したんだろうな。


「属性が風の加工スキルであれば、ブライアンさんと同じ、生地の裁断や毛刈り、あとは、乾燥とか、スキル育てていけば、圧縮や付与なんかもありますね。どっちに育っていくかによると思いますが、イメージさえ明確に出来れば、何かしら使えるようになりますよ!」


ルークはにっこり笑う。


「な、なら、俺はうさぎの毛刈りが出来るようになりたい!もう殺さずに済むように!」


「そうです!それが俺の言う畜産業の副産物です!」


そうなのだ。

食べる以外で作れるもの。

サイラスさんの長毛種のうさぎはアンゴラウサギ。前世の世界では、毛をむしり取るとか、体を縛り上げて毛刈りをするとかで残酷だと問題になったが、この世界にはスキルが存在する。

痛くもなく、恐怖もなく、サクッとその毛をカットする事が出来るのだ。


「寒い国があるみたいだから、主に輸出品として、宮廷に卸したら喜ばれるんじゃないかなぁ?アンゴラのセーターとかアンゴラの帽子とか?靴下なんかも良いよねぇ。でも靴下は勿体無いから、膝掛け、帽子、セーターなんかが良さそうだよね。高級品だから良い値で取り引きされるんじゃないかなぁ?なら、宮廷じゃなくてブライアンさん経由の方が売上が伸びたりする?」


このルークのいつもの独り言に食いついたのは、隣でお金の話を詰めていたはずのメーネだ。


「ルーク君!アンゴラって何?高級品なの?膝掛けとか、セーターとか、暖かいって事よね?なら、断然宮廷が良いわ!アバランチェ王国との国交の復活のために、活用して貰えば、かなり儲かると思う!サイラスさん!やりましょう!!」


「ええ?っと??」


「あら、私としたことが。大変失礼を致しました。ワタクシ、メーネと申します。先日まで宮廷経理士をしておりました。引退してこちらに再就職させていただきました。ついでに、ルーク君の会社の運営をこちらにいるボビーと一緒に任せられております。以後お見知り置きくださいませ。」


メーネは上品に礼を執るとにっこり微笑む。


「おお。経理士でしたか!私はサイラス、隣にいるのが妻のサティ。こちらの隣のサトウキビ畑で農業を営んでおります。我々は大昔ですが、宮廷の窓口受付をしておりました。古い知識で申し訳ありませんが、確か金庫番ですよね?」


サイラスとサティも礼を執る。


「お恥ずかしながら。金庫番と呼ばれておりましたわ。」


二人がルークの知らない話を始めたので、サティの座っている方へ回り込んで、隣に座る。


「ねぇ、サティさん。」


「なんだい?ルーク君。」


「あのね?サティさんの友達精霊は多分山羊なんだけど、俺、山羊の精霊は初めて見るんだ。だから属性を知らない。サティさんの属性もまだ解らないんだ。」


ルークは素直にそう告げる。

山羊、牛と近いけど、この世界に牛はいないし、前世では動物園に行かなきゃ触れ合えない動物だった。そういう意味で全く知識がない。


「あら、友達精霊と、属性って関係あるの?」


「あ、その説明してないね。えっとね?サティさんの持つ魔力の属性に惹かれて、同じ属性を持つ精霊さんが友達になるケースと、動物を可愛がってるから属性関係なく友達になりたいって寄ってくる精霊も居るってイメージかなぁ。」


「ふんふん。関係があることが多いんだね?」


「そんな感じ。だから少し、後ろにいる山羊の精霊さんとお話ししたいなって思うのだけど、良い?」


「私の許可が必要なのかい?なら問題ないよ。好きなだけ話すと良い。」


サティがニコニコしながらそう言ってくれたので、ルークも微笑み返した。


ソファの後ろからずっとこちらを見ていた山羊の精霊と話をするために、ソファに乗って山羊の精霊を目で確認する。


お。もしかしてカシミヤ山羊?


「初めまして、山羊の精霊さん。俺はルークと言います。今後ともよろしくね!」


「…後ろからずっと見ていたけど、雪豹がいるってことは、あの有名なルークってことであってるの?」


「えっとー?有名かどうかは知らないけど、他に見えるルークがいなければ、俺のことかもね。」


へぇぇ!と興味深そうに山羊の精霊は目を細めてルークを舐め回すように見る。


うーん。なんか友好的じゃない感じだなぁ。これは属性とか尋ねるのは無理そうかも。


「え?そんなことないよ!ずっと会いたいと思ってたんだよ!でも精霊ネットワークに沢山上がってくる、あのルークが目の前にいるなんて、信じられないじゃない!?」


ぴょこんと背伸びをして目がまんまるになった山羊の精霊は、慌てて説明を始めた。


うん。安定のダダ漏れ、サトラレですね。


「失礼があったならごめんなさい!え?でも本当にあのルーク!?」


何度も聞いてくる山羊の精霊に、顔を上げた雪豹の精霊がピシャリと言い放つ。


「この子がルークよ。精霊として恥ずかしい発言はおよしなさい。」


ユキちゃんは、見抜けるようになれって言いたいんだろうな。


「うひゃ!ご、ごめんなさい!」


ぴょこんと一つ跳ねて驚いた後、山羊の精霊は耳を下げ悲しげな顔になった。


疑う気持ちも黒くなるきっかけになるから、今後は見抜く目を磨いて、素直に聞けるようになると良いね。


と慰める。


「はい。気をつけます!あ、属性でしたっけ?植物と風です!でも山羊の精霊全員がダブルじゃないです!僕みたいな長毛の山羊だけ風の属性を持っています!」


「じゃあ、普通は植物だけってこと?」


「はい!長毛種だったり、羊だったり、この星て暮らすには暑すぎますからね。風の属性を持っていないと、生活出来ません。」


「あー。そういうこと。」


確かに羊を見た時、暑そうだな。平気かな?って思った気がする。上手いこと調整されてるねぇ。


「ダブルかぁ。じゃあサティさんのスキルは両方伸ばせるんだね。得意な植物のスキルとかってあるの?」


「僕からサティにあげられるのは、植物スキルなら加工と成長。風のスキルで加工を生やしちゃったからね。魔力が少ないからあれ以上あげても使えないでしょ。」


「そっか。なら、風のスキルの加工をカットとか裁断にレベルアップさせてあげる事は出来る?」


「え?」


「君、カシミヤ山羊でしょ?あー。ならカットよりも『梳き取る』というスキルの方が山羊さんの負担も少ないんじゃない?こう、熊手みたいなやつで撫でとるイメージで。丸刈りは嫌でしょ?」


「丸刈り!」


またぴょこんと跳ねて目を丸くした。その後少し震えながら


「あれは嫌です!丸刈りにされたら、羊と益々間違われますよ!」


あぁ、混同されるのは、確かに嫌がる子はいるかも。人間だって頻繁に間違えられたら嫌になるもんね。精霊さんと話す機会が多いし、俺が一番気をつけなきゃかも!


「なら、『梳き取る』を想像して見てよ。」


「解った!加工のスキルを『梳き取る』のスキルにグレードアップできるようにするよ!」


そういうと、山羊精霊はウンウン唸り出した。スキルを構成しているのかもしれない。


「あ、あの、ルーク君?今カシミヤ山羊とか言わなかったかい?」


サティの横で話しているのだ、聞こえてもなんの不思議もない。


「はい。サティさんの友達精霊さんは、山羊の中の長毛種、カシミヤ山羊さんです!」


「なんてこった!うちにいる山羊と同じって事かい?」


「カシミヤ山羊って名前なんですか?」


「あーいや、山羊なんだけどね。私が見た目から、そう、なんとなく、呼んでいたんだよ。カシミヤ山羊って。」


へぇ。前世の何かが引っかかってそう呼んだのかもなぁ。サティさんは、前世との繋がりが深そうだし、あり得る話しだよね。


「前世で、カシミヤ山羊と繋がりもあったのかもですね?旅先とかで出会ったとか。」


「ん、んんん!!そうだ!そうだよ!なんで忘れてたんだ!私ったら!!ルーク君!ありがとう!カシミヤなら多分扱えるよ!私、前世の趣味が高じて、編み物の講師をさせてもらってたんだよ!外国にもカシミヤ山羊を見に行ったりしてね!あぁ、懐かしい!」


サティとカシミヤ山羊の精霊がピカリと光る。


あ、繋がった。スキルも増えてだろうな。緩やかなトリガーで前世からもスキルを引っ張ってきたっぽいし。


ルークはソファから降りて鑑定盤のあるところまで歩く。


「鑑定するのか?サティの後ろの山羊も光っていたし、スキルが増えたんだろう?先に魔力接続してから鑑定した方が良いんじゃないか?」


近寄ってきたルークの耳に口を寄せてジェイクは小声で尋ねる。


「うーん。そうなんだけどね?それだとサティさんの家に行かなきゃならないんだよね。行っても良いかなあ?そっちの方はどんな具合?」


ジェイクはニヤリと笑って、


「こっちは上々だ。後で説明するが、面白いことになりそうだぞ?」


「うわぁ!早く知りたいな!じゃあ、みんなでサティさんの家に移動しようか。ついでに倉庫を建てる場所を確認したら良いんじゃない?」


ゴミと呼ばれる素材の宝庫を入れるための倉庫建築。その隣に工場を作ったら良さそうだよね。ここの土地めっちゃ広いし。


ルークはウキウキしながらリビングを出た。


ジェイクは軽くみんなに説明すると、誰一人として残る者がいなかった。

全員結末を見守りたいらしい。


ジェイクが馬車の準備をする。ルークは既に安全ベルトに拘束されており、気を病んでいる最中だ。


「また、チャイルドシート…。」


ハンナとデイジーも御者台のうしろに座って安全ベルトを装着している。その横に何故かサティも座らされて、見たことのない謎の安全ベルトなるもので椅子に固定されていた。


「なんで私がこっちに?」


「ボビーはサイモンと商談しながら移動。メーネはサイラスとうさぎの毛について話を詰めたいんですって。」


ハンナが説明をしているが、それでもサティが自分の家の馬車に乗らない選択になる意味が解らない。


「サティ。驚かないで聞いてちょうだいね?」


デイジーが馬のスピードについて話し始めるタイミングで、御者台にジェイクが乗り込み、馬に告げる。


「今日もサイラスの家まで行きたいんだが、まずはうちとサイラスの家の境界線まで頼むよ。」


ヒヒン、ヒヒン。


と馬の返事を聞くと、後ろを向いて


「じゃあ、出発するぞ。ちゃんと掴まってるんだぞ?」


ジェイクが伝えると、馬が歩き出して馬車が出発した。


「で?デイジー、何を驚くなって?」


「えぇ。うちの馬はね、少しはしゃぎすぎるの。だから、おしゃべりはここまで。」


「そうなの。私たち人間は羽を持たないでしょ?だから、ちゃんとその横の手摺りを握っておいてね!」


サティはハンナとデイジーの話している意味が一つも理解できないが、この人たちも帰還者である。意味のない事は言わないだろう。

言われた通り、後付けされたと思われる手摺りにしっかり手を巻きつけた。


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