114.ボビーのスキルとマーモット
「残念だが、仕方がない。こっちで使ってしまうと、ミキサーが使えなくなってしまうからなぁ。」
「それは、怒られそう…。」
「だろう?ハンナは怒らせるとマズイ。」
「わ、わかった。なら、最初に俺が書いたやつは?これならすぐに出来ちゃうんじゃない?」
「そうするか!今ある材料で出来るしな!」
ジェイクとルークはギアの入った箱と回転盤を持って倉庫まで移動する。
「もう使ってないリヤカーを再利用するか。あれならタイヤもしっかりしてるしな。」
「なんで使わなくなっちゃったの?」
「少し大きいから重くて小回りが利かなくてな。いつも使ってるやつの方ばかり使ってたんだ。」
「ボビーさんに『ライト』をかけてもらえたら使えるね!」
「だな。よし!じゃあやるか!ルーク魔力接続をお願いしても?」
「もっちろん!」
ルークが背中に触れると
「『生成、作成、補助、強化』」
ルークから魔力が抜ける。いつもより多く抜けた気がした。
ジェイクの属性に大地やそこから派生した金属系はない。アーサーの作った盤やギアを組み込むと言うことは、魔力消費が激しいのだろう。
やはり、属性って大切なんだなぁ。
鑑定盤で属性も解るように出来たら良いのに。
出したリヤカーとギアの入った箱、回転盤がふわりと光り、足りない材料は魔力で補い作り出していく。
何度見てもすごいなぁ。
スキル、良いなぁ。
光が収まると、前輪が一つ、後輪の間に大きなリヤカー。後輪駆動のようだが、リヤカーのタイヤと一体どうやって繋がっているのか。全く見えないのでわからない。
自転車ならではのサドルとペダルがついて、まさしく立派な自転車が出来上がっていた。
「おお!自転車だ!」
ペダルを反対に回してみる。
「お。ちゃんと回る。俺の絵からこれだけの再現度!すごいな。前世の記憶がどこかにあって引っ張ってきてるのか?」
「前世のものと似てるか?」
「形は瓜二つだよ!素材が違うだけで。」
そうなのだ。全体的な素材は材木だ。木目を出していて、ワックスで磨いたようにピカピカ艶やか。
「前世でも通用するデザイン。」
「それは、喜んで良いところか?」
「俺的には、褒め言葉です!」
「そうか。ありがとな。さて、試運転と行くか。ギアを組み込んだから、軽いライトを使ったくらいには動きはスムーズだと思う。」
ジェイクがリヤカー部分に、幌付きの荷台から酒入りの箱を移動させていく。が、かなりの重さなので、休憩を挟まなければキツイだろう。
ルークはハンナが持たせてくれたカゴを持って家の中へ。目的はカゴを返すこととボビーを連れてくることだ。
「ただいまー!」
「おかえり、ルーク。」「おかえり。ルークちゃん。」「「「おかえりなさいませ。」」」
みんなから挨拶か帰ってきて、ちょっとびっくりする。
キッチンからはココナッツの良い香りが漂っていて、リビングの扉のあるここまで届いている。
「あら?どこに行ったのか知らないけど、随分と早かったのね?」
「うん!お隣のサトウキビ畑まで行って来た。」
「「はぁ!?」」
「え?」
「サトウキビ畑のある隣って、サイラスのところ?行くだけでこの時間くらいでしょ?本当に行って来たの?」
「う、うん。」
そうだった。倍速以上で行程を走ってくれた馬たちのおかげで、短縮したんだった。
「あー!話は後で!ボビーさん!ちょっと『ライト』をお願いしたくて!」
「あ、はい!」
手を布巾で拭きながらキッチンから出て来てくれる。そんなボビーの頭の上にはむっちりボディのマー君が乗っている。精霊じゃなきゃ無理なサイズ。
「え?でもボビー、もう…。」
「メーネさん、問題ありません。ルーク君どちらに向かえば良いでしょうか。」
「倉庫です!みなさんすみません!ボビーさんを借りていきます!すぐに返しますので!」
「「えぇ!」」
そういうと、ボビーさんを連れて倉庫に向かう。
なんか、メーネさんと話してたみたいだけど、平気だったかな?
「ぐっ!!」
倉庫に入ってリヤカー付きの自転車を見たボビーさんは、衝撃を飲み込んだ。
「お。ボビー。ルークに呼ばれたか。すまんなぁ。」
「ジェイクさん、おかえりなさい!」
礼儀正しく挨拶をするボビー。
「これと、その幌付きの荷台の中の箱全てにかけてほしいんです。魔力接続しますので、お願いします!」
「はい!お任せください!」
ルークはお願いしながらボビーの安心君を確認していた。
黄色よりの緑。
ガラス容器でも作らせられたのかな?
背中にそっと手を置こうとすると、頭の上にいたマー君がジリジリと降りて来て、ボビーの背中に張り付いた。
え?また?そんなに頻繁にやって大丈夫?
マー君は、首を横に向けてコクコクと頷いている。
まぁ、平気と言うならやりますよ?
マー君越しに手を置くと、ボビーの魔力が“満タン“になるように願う。
「『ライト』」
ボビーに魔力が流れ箱とリヤカー付きの自転車がふわりと光って消えた。
それを見届けると、手を離して再度安心君の確認をする。
「うん!青!良かった!」
ボビーもその言葉で自分の安心君を確認する。
「青…。なんで満タン?」
ルークはボビーの背中に張り付いていたマーモットの精霊が、上を向いてピタリと止まっているのが気になった。
マー君どうしたの?
「あらら。ルークったらやっちゃったのねぇ。」
「マーモットが選んだのだ。これでよかろう。」
ユキちゃんとレイギッシュが座ったまま半笑いで話し出した。
どう言うこと?
「ほら、始まるわよ。」
ユキちゃんのそのセリフでマー君に目をやると、マー君が光り始めた。
「なんだ!ルーク、何をしたんだ?」
ルークの心の声はジェイクに届かない。精霊たちの声だけを聞いたジェイクは、また何かルークがやった。と言うことしか解らない。
「俺にも何が何だか!」
「また目がやられる!?」
二人はぎゅうと目を瞑り、腕で覆ってカバーするが、強烈な光はやってこない。しかし時間差でやってこないとも限らないので、不用意に目を開けることができない。
マー君の光は強めにピカっと光って消えた。
「ルーク、沢山の力をありがとうー。お陰でやっと力が戻ったんだよー。」
聞き慣れない、のんびりした声が聞こえてきたので、そっと目を開ける。
ボビーさんの足元に、マー君が立っている。
いつの間に背中から降りたのか。
というか、また大きくなった?
ボビーの耳にも聞き慣れない声が届いたのだろう。声のする方へ振り向いて、その目にマーモットの精霊を映した。
「え?マ、マー君?」
ボビーにその名を呼ばれたことで、マーモットの精霊は輝き、ボビーの胸の光と太く繋がり、そして消えた。
「な、なんだこれは。すごいエネルギーを感じる!」
「うん。名前をつけてくれてありがとう!やっと生命エネルギーが戻ったんだよー。ルークに分けて貰ったの。だからやっと本来の繋がりが持てるようになったんだよー。マーモットの力は自信。自分でも成し遂げられることがあると感じて進める力。」
「それは…。」
「遅くなってごめんね。これからは、ずっと一緒。話ができるんだよー。これからはボビーが想像できる、大地系統の全スキルが使えるんだよー。それがボクから与えてあげられる加護。魔力量も増えたけど、残量は気にするんだよー。」
「マー君!」
ボビーは感動していた。ここに来てから目まぐるしく変化する周囲、そして自分、こんな事が自分に起こるなんて考えた事が無かったのだ。
「じ、自分を探し出してくれてありがとう。何度も死にかけさせて、ごめん。じ、自分は声もかけずに出かけてしまった、のに…。本当にありがとう。マー君のお陰で、どれだけ救われたか。あの時、マー君が居なかったら、立ち直れなかったかもしれない。」
ボビーは瞬きする事なく、マーモットの精霊に伝える。
「マー君がいてくれて、自分は幸せ者です!」
しゃがんでマーモットの精霊に抱きつく。
そのムッチリボディを堪能できるなんて、羨ましい。
「ボクの名は***。これにて契約完了だよー。」
「まさか、精霊が見える日がくるなんて…。」
感動してマー君に抱きついたまま、少し泣いているボビー。
「ねぇ、ユキちゃん。もしかして俺がやっちゃったのってさぁ。」
「“満タンになりますように“よ。まさかその気持ちが本当に満タンにしちゃうなんてね。ルークは本当にどうなってるのかしら。」
「やっぱりそれかー。ボビーさんの魔力が半分近くまで減っていたから、満タンにしたかっただけなんだけど…。」
「ルーク。何はともあれ、あれだな。」
「うん。そうだね。」
ジェイクはルークと一緒に
「「ようこそ、こちらの世界へ!」」
ボビーに向けて祝いの言葉を贈った。
「あ、ありがとうございます?」
では、じいちゃんにも伝えたあれも伝えよう。
スッと息を吸って伝えようとした時、
「ボビー、精霊は転移ができる。突然現れたり消えたりするぞ?」
と、ジェイクにセリフを奪われる。
ええー。そんなぁ。
「そ、そうなんですか!知りませんでした。」
マー君を抱っこしたまま、すっと立ちあがろうとして、出来なかったボビーさん。腕と膝に力を込めて、ぐっと立ち上がる。
ルークはそれを見て少し心配になる。
無理しない方がいいよ?重いでしょ?
マー君はもう、ルークとそれほど身長は変わらない。ムチムチボディなので、ルークの体重の倍、いや三倍以上はありそうだ。
「精霊相手には、心の声、ダダ漏れ、サトラレだ。内緒にできることは一つもない。」
「そうなんですね。でも、知られて困ることは考えていませんので、構いません。ぐっ。」
マー君の重さで声が出ちゃってる。本当に無理しなくて良いのに。
「それから、心で会話、念話ができる。とても便利だが、自分の心の声に応えられることもあるから驚く。」
「それは、驚くかもしれません。」
ボビーは低い声で答える。
もう下ろせば良いのに。
にしても、じいちゃん、丸パクじゃんっ!
「あの。いくつかお聞きしても?」
「それなら、一緒に行こう!酒を作りに!」
「さ、酒?作る?どう言うことでしょう?」
と、戸惑うボビーを幌付きの荷馬車へ連れていき、酒入りの箱をリヤカーに積み替えていく。
軽量化を終えた箱なので楽々だ。
あっという間に作業を終えたジェイクはいつものクッションを持って来てリヤカーの後ろに置くと、ボビーとルークを乗せ、自分はサドルにお尻を乗せた。
「よし!行くぞ?試作一号、三輪駆動車!」
「じいちゃん勝手に名付けてる!」
ググッとペダルを踏み込むと、思いの外スムーズにペダルが動き、すいーっと何の障害もなく動き出す三輪駆動車。
「おお!めちゃくちゃ楽!そして少し漕ぐだけでかなり進むな。ギアと回転盤が上手いこと働いてくれてる!」
ジェイクは感想を述べながら、そのまま倉庫を出て右に曲がる。
「うん。大回りしたら問題なく曲がれるな。長さがあるから気をつける必要があるが。」
玄関前を通過して林へ向かう。
「小道の幅も問題なくいけるな。ここが一番狭いから、ここが大丈夫なら、どこでも平気だな。」
ジェイクはウキウキしながら三輪駆動車を漕いで行く。緩やかな坂道だが、ギアと軽量化のおかげで、何の苦もない。
その三輪駆動車の後ろ、リヤカーの後方でリヤカーに掴まり足をぶらつかせているルークに、大人しく隣に座っていたボビーが話しかける。
「あの、ルーク君。色々聞きたいことがあるんですが、よろしいでしょうか?」
「む。相変わらず硬いなぁ。五歳のガキンチョにその話し方。どーしよーかなー。もうボビーさんとはお話するのやめようかなぁー。」
「え!」
「そうね。そんな話し方されたら、他人行儀よねぇ。ルークはあなたと仲良くしたいみたいだし。」
「えぇ!?」
雪豹がルークの味方をする発言をする。
「うむ。それでは心に壁を感じる。」
「うぅ。。」
牡鹿も追従する。
「ボビーとボクは友達。ボビーはルークと友達じゃない?」
「むぐぅ…。」
マーモットにまで追撃され、ボビーのライフはゼロに近い。
しかし、オーナーの一人で、領主の一人息子。
そんな口を聞いていいものなのか。
「ぐぅぅぅ…。」
精霊三人とルークに見つめられ、追い詰められたボビーは腹を括った。
「わかりま、わかった!これからは友達として接させてもらい、もらう!よろしくね。ルーク!」
「わぁ!そうこなくちゃ!よろしくね、ボビーさん!」
「さん付けなの?」
「そこは年上だからね。」
「ルークにはルールがあるんだね。わかった。好きに呼んでよ。」
「うん!ありがとう!」
るんるんと可愛い笑顔を振り撒くこの少年。
本当一体何者なんだろう。
「ルークはルークだよ?精霊みんなの友達。早く***が来ると良いのにね。」
マー君が何か言ったが聞こえない部分があった。
ボビーとルークがそこが気になったのだが、ジェイクの到着の言葉で終了となる。
「着いたぞ!あっという間だったな!」
本当に驚くほど早く到着した。振動がひどいと言うこともなく、安全ベルトなしでも問題なく、快適だった。
ボビーとルークはリヤカーの後ろから降りると、ジェイクにカゴを渡された。
「このカゴなに?」
「みんなへの土産を収穫したら?ボビーも好きなだけ取って、シェアハウスでみんなと食え。」
「え!良いんですか?ありがとうございます!」
「勿論。美味そうなの取れよ。あとほれ!これも渡しておく。」
ポイッと投げ渡されたのは、ステップ種だ。
これがあれば、高いところの実も収穫できる。
「お借りして大丈夫ですか?ジェイクさんはどうやって収穫を?」
「ん?ボビーは大地に関するスキル、感じたら何でも使えそうな気がしないか?」
「え?あ。はい。そういえば、マー君に言われた時からそんな感覚がずっとしています。」
ジェイクはニヤリと笑う。
「俺が契約したのはそこの牡鹿の精霊だ。植物全般オールマイティ。願ってスキルを発動すると…『収穫』」
ジェイクが上の方に実っているグレープフルーツを見ながら、スキルを発動すると、パチリと音がして、グレープフルーツが一つ落ちてきてジェイクの差し出した手のひらに乗った。
「え!?そんなのアリですか!?」
ボビーは目をまん丸にして驚いている。
「アリなんだなぁ、これが。」
今度は箱から酒が半分ほど入った瓶を取り出して、ボビーに見えるように持つ。
「しっかり出来上がりまでの工程を想像する。抜けがないようにするのがコツだ。失敗が少ない。『収穫、カット除去、パッキング』」
スキルを発動させると、持っていた瓶の中にグレープフルーツが皮を剥かれ輪切りにされた状態で現れた。なにやら茶色の細かな粒も入っている。
「す、すごい…。ちなみにこの茶色の粒は?」
「さっき作った砂糖だな。甘みのある酒が好みなんで。」
「は?砂糖を作った??そして、酒!?」
「あぁ、サトウキビ畑があっちにあってな。さっきルークと全部収穫したんだ。スキルで。」
驚きすぎたボビーは、ついに呆れてしまった。
「何と言う職人泣かせなスキルなんでしょうか。」
「お前も今日から、こっちの人間だ。諦めて楽しめ!酒は熟成したら一緒に飲もうじゃないか!」
「その時は喜んで、ご相伴に預かります!」
ジェイクは瓶を持たない方の手でボビーの肩を軽く叩く。
「俺もまだ慣れていないが、そのうちなれるだろう。ここにいる間は無双しても問題ない。王都や街に行った時だけ気をつけたら良い。」
「はい。頑張ってみます。」




