11.予定は狂うものです
祖父母たちの家まで、馬でちょっとの距離なんて思っていたら、馬車でゆっくり行って、何度か休憩して1日かかる距離だという。
幼少期はほぼ寝ていたらしいから、覚えてなかったようだ。とほほ。
一人で馬を走らせたとしても、半日はかかるのでは無いだろうか。馬乗ったことないからわからんけど。
どちらにしてもなかなかの距離なのだ。
見知った馬車用道路を通るにしても、遠近が目に厳しく、加護の切れてる場所が点在するこの星では、ゆっくり進むのが必須なのだという。
道の舗装も地球の様にはされてない。凹凸を『ならし』た程度らしい。環境を考えた上での最低限が良いそうだ。
とはいえ、ならす前の状態は良いとはいえない。なにしろいきなり人が消える様な地形が出てくるのだ。そこを埋めて固めてならして。
とても時間と手間がかかっている。
それでも時々割れが生じている箇所が見つかる。
それらの理由から、あまり距離と時間は関係ないのかも。
やっぱり、認識されている危険な場所を、地図に落とし込んで、みんなで共有した方が良いのではなかろうか。
支援事業は、似たスキルの横の繋がりもあるそうなので、御者さんたちで共有したら安全だし、移動時間の短縮にもなるんじゃないかな。
と思う。
王様!どうぞお願いします。
王都に残るつもりだった両親だが、白カエルちゃんによる爆弾発言
「あの湖は私たちの棲家」
により、一緒に行かない選択肢なんてあり得ないとばかりに、嬉々としてこの田舎(王都だけど)の更に田舎に行く準備を整えた。
腐っても研究者ってことだ。
今回は王都にあるお店としては大きい方の馬車貸しを頼んだようだ。
御者二人付きの二度の往復なので、そこそこ高価。
自分たちが一泊程度の旅行なら、御者さんを祖父母たちの家の客間を貸せるのだが、連泊となるとお手伝いさんのいない祖父母たちの負担が大きくなる。
なので、御者さんを2人付け、俺たちを祖父母たちの家に送り届けてもらって一度王都に帰ってもらい、再び指定した日に迎えに来てもらう。というサービスでお願いしたのだ。
便利ー!
でも何かあった時に指定した日を変更できないし、やっぱりスマホ欲しいなぁ。もしくは通知盤を一家に一台普及させて、設定先を選択制にするとか。
どのくらいの距離まで通知が可能かどうかが肝になるかなぁ。
祖父母たちの家から、王都の真ん中にある王様たちの住む場所までは、通知可能であることは既に証明済み。
それ以上離れた場所だと繋がるかどうか。実験が必要だが、そんな辺鄙なところに住んでいる知り合いが居ないので実証が難しい。
あと、加護の外にも通知ができるのかも検証した方が良さそうだ。
今回の馬車は御者さんの荷物も載せるため、四頭立ての立派なやつだ。
二頭立てでも引けるらしいが、馬の帰りの体力を考えると心許ない。御者さんと馬が無事に往復してもらいたいからと四頭立てをお願いしたのだそうだ。
馬の数が増える分、馬の負担は下がるからだ。
こうした安心安全に対してケチらない両親を俺は大好きだ。見習って生きていこう!
この車体は御者さんたちも宿泊ができるタイプらしい。座席の下には野営用の毛布類が詰まっている。
こんな立派な馬車に乗るのは初めてなので、ウキウキしてしまうが、帰りにも乗れるのだ。
馬車に揺られる時間を無駄に使うわけにはいかない。
俺はノートを片手に両親に質問をしまくる予定にしている。
この間のアイリスへの質疑応答で保留にしていた“足湯“と“スマホ“も、アイリスに話す予定。時間があれば。
まぁ、帰りにも両親に質問タイムは作れるだろうけど。
大切なのは目先のことだ!
五歳児なんてそんなもんだ。だよね?
「発車します。」
と御者さんから声がかかり、ゆっくり進み始めた。揺れはあまり感じない。高級馬車ほど縦揺れは感じないのだそうだ。
良いねぇ。サスペンションがついてるのかな?
座席に貼り付けられたクッションもふわふわモチモチで、夢心地。
座席の横は大きなガラス窓になっているので、カーテンを開けると外が良く見えた。
見たことのない景色ばかりで目を奪われる。
覚えている限り初めてだ。
我が家と周囲の家は、庭から見る限りだけど、比較的美しい外観をしているが、そうじゃない家が多いことを知る。
でも、どの家も木造平屋だ。木造は良い。ここの気候に合ってるし、木の温もりを感じて良い。
気になるのはやっぱり平屋の方だ。
土地が広いからなのか、技術がないからなのかは解らないけど、二階建ては一軒も見当たらない。
「なんで平屋しかないんだ…」
お陰で日陰が少なくて日当たりが良い。
でも、階段、二階建て、建築、なんだか好きだった記憶がある。
深く自分に入り込めば、前世の自分にアクセスできそうだが、なんだか悲しい予感が奥底からジワジワ攻めてくる気がして、やめにした。
「「平屋って何?」」
ノートを握り締め、目をキラキラさせた両親が前のめりになって質問してきてちょっと後ずさる。
あれ、俺が質問する予定だったんだけど…
平屋について説明している途中で
「「ニ階建?階段って何?」」
と初歩的なところで躓いた。
そうか。概念自体がないのか。
確かに今馬車から見える範囲に緩やかな坂道は確認出来るが、急な坂や丘などは見当たらない。平屋ばかりの王都に住んでいたら階段なんて見たことないか。
いや、待て。
馬車に乗る時にあったのは階段じゃないのか?と聞くと、
「「あれはステップとか踏み台」」
だと言うではないか。
まあ、名前としてはそうだろうけど。。
家の上に家が積み重なってて、上の家が二階。そこに行くためのステップが連なっているのが階段だと説明した。
「平屋」「ニ階」「階段」の言葉を知らず魅力的に感じた二人だったが、説明した途端に目から光が失われた。
関心が失われたらしい。
うん。関心がないとこんな顔をするのか。
先日のスンとしたアイリスの表情に似ていた。
ちょっと気まずくなったので、微妙な笑顔を浮かべて外に目を向けた。
「「そんなの葉っぱで充分」」
という両親の声は俺には届いていない。
いつの間にか王都を出たらしい。
民家が見当たらなくなり、自然の緑が濃くなっていく。道中は似た景色が続くらしい。
山はないが巨木はあちこちにあるらしく、鬱蒼とした森も点在するようだが、この王国には魔獣は存在しない。
今回お願いしたのが立派な馬車ゆえに、一頭立ての馬車なら通れる道も、今回は道幅が足りなくて通れない。
両親も知らない大型馬車用の街道で向かうらしい。そっちは少しだけど遠回りになるようだが、王族の馬車も通るので、安全がそれなりに考慮されており、舗装という意味の『ならし』も他の道よりしっかりしているそうだ。
到着までまだまだあるが、時間は有限。
そう。時間といえば時計だよ!時計!
俺は次の質問をすることにした。
「ねぇ、父さん。時計って知ってる?」
「「時計?」」
アイリスまで反応する。そりゃそうか。
この反応だと無いのかな。と思いつつ肯首する。
「ルーク、もしかして、欲しいの?流石に無理だわ。」
「あるにはあるが、かなりデカい。うちの国には王家に一つあるだけだな。歴史的に見るなら、隣の国のリアイラブル王国の属国スライ王国が小型化に成功した!と属国になる前に発表したらしいが輸出はされなかったんだ。属国になってからリアイラブル王国の職人が確認したところ、粗が多くて時間もざっくりしすぎて使い物にならなかったらしい。」
「昼と夜がわかる程度で時計とは言えないわ」
そ、そりゃ粗悪品だ…
陽が刺さず、太陽を失った当時のスライ王国が目安にしていた時計なるもの。
期待していたのだか、当てが外れたな。残念…
「何かに使いたかったのか?」
え?使わない?必要ないの?
「通知ボールで充分じゃない?一日に、三回鐘の音が鳴るし。」
通知ボール?鐘の音?
「何それ。聞いたことないんだけど、俺。」
あらそうだったかしら?と首を捻るアイリス。
日の出、お昼、日没の三回、どの家庭にもある通知ボールから鐘の音が鳴るのだそうだ。
音量設定ができるので、我が家のボールは小さく設定してあるらしい。
通りで聞こえないはずだ。
「じゃぁ、王家にある時計って?」
「日時計だな。それを確認して、鐘係が毎日通知してくれてる。」
日時計!そりゃでかい!原始的なんだか、先進的なんだか!
ちなみに鐘係、当番制で、王宮のお勤めの方で回しているらしい。別途お給料が出るので人気だとか。
「そ、そうなんだ。詳しい時間は必要ないんだね。」
「穏やかな国だからな。昔ある単位の時計を作った者がいたらしいが、それが原因で時間が気になって仕事にならなくなった者が続出したんだそうだ。で、廃止に。民族的に合わないんだろうな。俺も時間に追われる生活はしたくない。」
確かに。時計があることで、細かく時間に追われて精神的に病む人は出てくる可能性はゼロではない。
そう言う人を出さず、のんびりゆっくり生活しようという民族なんだな。
これはいい民族性だ。
ほっこりした気持ちになる。
それに対して、作った人は前世で時計職人だったとか?繊細な仕事だから、必要ないと言われてがっかりしたんじゃないだろうか。
みんなが心地よく使えるように、工夫が必要なんだな。今後もちゃんと家族に確認しようっと。
「うん。それを聞いて納得した。この世界に時計は不必要だね。」
そんな話をしていたら、
ガツッ!
馬車が強めの衝撃を受けガタリと揺れ、そしてゆっくり止まった。
御者さんが御者席から降りてぐるりと一周歩いて確認した後、声がかかった。
「すみません。いきなり馬車に衝撃があって、重くなったんで、気になって止まったんですが、原因は見当たらなくて…何か思い当たることはありませんか?」
御者さんと詳しい話をしようと立ち上がり、馬車の扉を開けたアーサーの向こう側、御者さんの後ろに、申し訳なさそうな顔をした雪豹さんと澄ました顔をした、見たことのない黒豹の精霊さんが並んでいるのか見えた。




