クラーケンの行方
いつも応援いただきまして誠にありがとうございます。
お陰様で12/19に第7巻が発売されることになりました! 現在ご予約承り中です。
7巻発売を記念いたしましてSSをお送りいたします。
今回のSSは7章でセルヴェスとガイがやっつけたクラーケンの残りのお話です。
シャンメリー商会の船の氷室に置かれていた残りのクラーケン。
本編ではヴィクターに渡す気満々だったアーネスト。話を繰り出すべく様子をうかがっていますが……?
マグノリアたちが帰国する日に合わせ、領主館の使用人たちが張り切ってガーデンパーティの支度を整えていた。熱々のご馳走を振舞うべく、いそいそと動き回っている。
さすがに自国の公爵令息やら異国の王子やらを働かせるわけには行かず、邪魔にならないよう端っこに並んだ椅子に座る面々がいた。
冒険者ギルド兼魔法ギルド長のヴィクターと、言わずもがなのアーネストである。
三週間の旅行の様子を聞きたがるヴィクターに、アーネストは気さくな様子で語って聞かせた。
「……へぇ~、そんなことがあったんだねぇ」
ヴィクターは思ったよりも……いや、思った通りというべきか、やはりハプニングの連発であった旅行に、苦笑いをしながら相槌を打った。
「それで、氷室に魔道具で凍らせたクラーケンがまだ残っておりまして。よろしければギルドでお使いになりますか?」
土産話をしながら、アーネストはさりげなくクラーケンの山に話題を移す。
そして、よかったらというテイでお伺いを立てる。
「船で食べないの? イグニスってタコ食べないんだっけ?」
つい最近、同じような質問をされたなと、アーネストはいつかのマグノリアと目の前のヴィクターを比べて微笑んだ。
「……そうですね。地域によっては食しますが……」
大陸にある国の殆どはタコを食べないのだが、マリナーゼ帝国やイグニスなどの一部の地域では、食材として普通に利用されている。
クラサトはワイン煮、ヒダトはビネガー煮、スティファ―ドは赤トマト煮。ティス・スカラスはタコのグリルだ。それ以外にも玉葱やじゃが芋と合わせたガリシア風などなど。レパートリーもそれなりに豊富であった。
「?」
何とも言えない微妙な表情のアーネストに、ヴィクターは首とパイナップルヘアを傾げた。
「…………」
(食べてみればおいしくはあるが……)
珍しく船員たちの食指が動かないでいる。
見た目が厳つい海の生き物など見慣れているので今更なはずだが、いろいろと重なりすぎているのだろう。
とんでもない思いをしたということと、なんと言ってもあの大量の粘液。ベッタベタのヌッチョヌチョなのである。
そしてどうしても思い起こされるおどろおどろしい姿(そしてありえないほどに大きい)。
多くの国でタコが積極的に食されない理由は、あの姿かたちにあるに違いない。そのうえ普通のタコからは想像できないあれこれに、自ら調理しようとは思い難いのか、海の男たちも珍しく腰が引けているのだった。
加えて人間離れしたセルヴェスとガイの戦闘も思い起こされるらしく、みなキュッと縮こまり、しょぼしょぼした目でもってクラーケンの脚を眺めている。
万が一再びクラーケンに遭遇したらと考えると、皆、海の怖さを知るだけに楽観視はできないのだろう。
数々の武勇伝を繰り返し聞かされたアーネストの祖父からも、クラーケンに遭遇したという話は聞いたことがない。誰も見たことのないだろう不思議な生物は、伝説上の生き物と考えられていたのであるが、現実に存在していたのだ。今後の航海の注意事が増えたともいえる。
「ふーん? とはいえ魔獣ってわけじゃないから、魔道具の素材にはならないだろうし……やっぱり食材かなぁ」
なにやら含みのあるというか言い難そうというか、そんなアーネストを横目で見ながらヴィクターは独り言のようにつぶやく。
(みんな船上で食べてぴんぴんしているから、毒ってわけでも不味いってわけでもないんだろうし)
そんなことを思いながら、ヴィクターは少し考えて口を開いた。
「アゼンダにはタコ焼きを出すお店もたくさんありますし、食材として買い取るね」
「いえいえ、引き取っていただくだけでも助かりますから……!」
アーネストからすれば、氷室で幅を取っている……いや、出番を待つのみのクラーケンを引き取ってもらうのである。心の底から助かると思いながら、どうぞどうぞと身振り手振りを加えて力説した。
話を聞いたシャンメリー商会の船員たちは、まるで厄介者を引き取ってもらったとばかりに、いそいそとクラーケンを船から運び出す。
……そして。
アゼンダ辺境伯領では、「期間限定・クラーケン焼き」としてしばらくの間、大ぶりなタコのようななにかが入った食べ物が流行したとかしないとか。
お読みいただきましてありがとうございます。
ご感想、評価、ブックマーク、いいねをいただき大変励みになっております。
少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。




