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いつかどこかで見た銘品Ⅱ

現在各書店様、ネット書店様で5巻ご予約承り中です。

(3/19発売予定)


5巻発売を記念いたしましてSSをお送りいたします。

5章のラスト周辺の、王都からアゼンダへ帰領する途中の一幕です。

「せっかくですから、ちょいとだけ回り道をして行きやすかね?」


 帰領途中の休憩の時に、ガイがそう言いながら確認するようにセルヴェスとクロードを見た。


 あんなこんながあった後のため本来ならば迅速に帰るところであるが、馬車には悪魔将軍とアゼンダの黒獅子が同乗しているのだ。大陸一安全と言っても過言ではないであろう。


「どこに寄るんだ?」


 セルヴェスの問いかけに、ガイはくいっと親指を曲げる。

 ……主に不敬などとは、もはや誰も口にしない。


「近くの領地に、丸っこいお菓子があったと思うんすよね」

「菓子か……」


 花の女神の加護を持つアスカルド王国。豊富な農作物に溢れる土地ゆえ、各地独特の食べ物がたくさん存在する。国内の隅々まで知るガイの頭には、それらがいろいろとインプットされているのであろう。


「……みんな、特にディーンは緊張続きだっただろうからな。それほど遠くないなら構わないだろう」


 いろいろあった子ども達を思い、クロードは頷いた。

 仏頂面がデフォルトなクロードであるが、なんだかんだで根は優しい青年なのである。


(それに、珍しいものがあるのに食べさせなかったとわかった時にうるさいからな……)

 心の中でそう呟く。


 ……うるさいのは言うまでもなくマグノリアだ。

 一応叔父と姪という立場ではあるのだが、クロードが養子であるため血のつながりはない。


 その姪は異世界からの転生者であり、中身はクロードよりもだいぶ年上なのだという。そのせいもあってか、内心ではクロードを年下扱いしているのが折に触れ見え隠れしている。


 立場のせいか顔のせいか、それとも成績のせいか。周囲の人間に昔から一歩引かれることが多いクロードだが、すっかり慣れたマグノリアは案外遠慮がない。親戚というよりは兄妹ならぬ姉弟か、気の置けない友人のようにズケズケとものを言ってくるのだ。


(一応その場に応じて、子どもらしく返事をしたり振舞ったりはしているが)


 そう言いながらも悪い気はしない。変な気など使わずに接する人間が少ないせいか、クロードにとってマグノリアは可愛くもあり心配でもあり、意識としては保護者であるものの、中身が大人なせいか友人のような感覚が強い。


 打てば響くような受け答えも、なんだかんだで基準以上に仕上げてくるあれこれも、モリモリと遠慮なく食べる姿も……とにかく一緒にいると肩肘を張ることもなく、楽しくもありラクでもありなのである。


 転生前には高度な文明社会に生きていたらしく、クロードの知らないことを当たり前のように知っていることも大層興味深かった。


 ……当のマグノリア本人は、知的好奇心は低くはないようであるが面倒なことを嫌う大雑把な性格のせいか、クロードに細かく訊ねられるとどこかの猫のように逃げていく。その様子もあからさまで面白くもあった。


(そういえば、以前カステーラを見たときに、向こうにもそっくりな菓子があったと言っていたな。今回はどうだろうか……)


 それを口実に、何か自分の知らない知識を聞けはしないだろうかとクロードは考える。

 出来れば『科学』や『化学』と呼ばれるものについて聞きたくはあるが、異世界の食べ物事情もかなり多岐に渡り、それはそれで面白そうだと思った。


「…………」

「……なんですか、じっとりと見て……!」


 そんなこんなと考えていることを感じたのか、マグノリアが怪訝そうな表情と声でもってクロードを牽制してきた。


******


「小さい町ですから、小回りが利くように歩いたほうがいいかもしれないっすよ」


 陽気な暗殺者兼隠密が、のんきな声で言う。

 その提案に従って馬車を降り、ぶらぶらと散策することにする。


 セルヴェスとディーンは大きく伸びをし、縮こまっていた節々を大きく動かした。


 王都から辺境伯領に向かう道すがらの、小さな領地の小さな町だ。街道に近いためか、商人や旅行客も立ち寄るのだろう、小規模な町ながら、なかなか活気に満ちている。


 道の端々には花の女神の加護を思わせるように色とりどりの花が咲き乱れていた。濃いピンクというよりは赤紫と言ったほうが良さそうな、葉が花のように見えるブーゲンビリアが盛大に風に揺れていた。黄色が目に鮮やかなモクセンナに、ピンクの花が枝垂れてネックレスのように見えることから、クイーン・ネックレスと呼ばれるニトベカズラ、そして赤く筒状の花が特徴的なハナチョウジが咲いている。


(……なんかこの花々、妙に南国を連想させるラインナップだね)


 そして極め付きは赤に黄色にオレンジにピンクと色とりどりのハイビスカスたちだ。

 マグノリアは丸い瞳をぱしぱしと瞬かせた。


「ここの領地には結構面白い食べ物が多いんすよ。街道に近いんで、領地のあちこちからこの町にいろいろ集まってくるんすよね」


 ガイの説明に、いちいち律儀に頷くディーン。頷きながらも初めて見る町の様子が気になるのか、丸い瞳をきょろきょろと動かしている。


 そして、あるものを捉えて青と墨色の瞳を瞬かせた。


「……あの、皿の上に山盛りになっているのって……?」


 指差された方向には、茶色い物体が山盛りになっている。

 ディーンが続く言葉を呑み込んだので、全員が同じ方向を見た。


 マグノリアは、露店の更に豪快に盛られた細長い物体を見て、心の中でやっぱりと思った。


「……『てびち』?」


 豚足を醤油や砂糖で甘辛く煮付けた、沖縄の伝統料理のひとつだ。

 コラーゲンたっぷりなそれは、煮るだけでなく下味をつけ唐揚げにしたり、そばやおでんにいれたりもしたと前世の記憶を浚う。


「……豚の足……?」


 思わず漏れてしまったリリーの声。

 視線で会話するかのようにリリーとディーンが顔を見合わせた。


「おや、お嬢はティビチを知ってるんすか?」

 感心したようにガイが聞く。


「……ここでは『ティビチ』って言うんだ?」


 思わず素直な言葉が口からついて出る。

(……いや、沖縄でも『てぃびち』って言うわ)


 同じ言葉でも地域や年代によってイントネーションが違うことを思い、自らに突っ込んだ。


「酒のお供にもってこいっすけどねぇ」


 平気そうなマグノリアよりも、固まっているリリーとディーンに向かってガイが言う。

 セルヴェスも同意とばかりに何度も頷いている。


(……確かに、じい様とガイにはよく似合いそうだね)


 豪快に齧りつくふたりを連想したマグノリアは心の中で頷く。


 反面、涼しい顔で豚足に齧り付くクロードは想像できず、マグノリアは噴き出さないようにキュッと口を窄めた。好き嫌いなくなんでも食べるクロードであるので、案外澄まし顔でぺろりと平らげるのかもしれないと思うと笑えてくる。


「……なにか良くないことを考えているな?」


 あんなこんなを考えていることを感じたのか、今度はクロードが怪訝そうな表情と声でもってマグノリアを牽制してきた。


 マグノリアは誤魔化すようにディーンに向き直る。


「……ガイはお菓子って言ってたから、他に違うものがあると思うよ!」

「う、うん……?」

「それなら幾つかありやすが、育ち盛りなら腹に溜まるあれがいいっすよ!」


 今度はガイが反対方向を指差す。

 そこにあったのは丸い茶色いお菓子――サーターアンダギーであった。


 サーターアンダギーは砂糖・小麦粉・卵を使用する。基本は卵以外の水分を使わず時間をかけてじっくり揚げるため、日持ちするドーナツのようなお菓子だ。

 かつて見たものと同じように丸く、こんがり揚がったサクサクの表面と、サーターアンダギーの代名詞ともいえる表面のヒビから覗くモチモチした黄色い生地。


 ちなみに精白糖で作ったものを白、黒砂糖で作ったものを黒と呼んでいたと記憶している。


(そういえば、この世界に黒砂糖ってあるのかな?)


 この世界の砂糖はサトウキビやサトウダイコンから精製するのではない。砂糖が岩塩ならぬ岩砂糖であることを知った時は驚いた。


 更にミソーユという植物の実から、醤油と味噌がとれるのだ。

 世界が変わればいろいろ違うものだと感心する。


「あれは、ベニエですか?」

 ディーンが自分の知っているものと比べて首を傾げる。


「揚げ菓子なんで似たようなもんすね。『サーターアンダギー』って言うっすよ」


(…………。カステーラと同じで、まんまだ)


 言葉が違うので当然意味が違いそうであるが、地球、いや日本と同じであることがゲーム制作者の大雑把さを感じさせた。


(まあ、わかり易くてこっちは助かるんだけれどもさ)


 それとも、ここまで似せているというのは敢えてなのだろうかとも思えるが、確認のしようがないので実際のところは解らない。


 話ながら露店のほうへ向かうふたりに続くように、他の者もついていく。


「その表情からすると、知っている食べ物のようだな」


 クロードがそれとなくマグノリアに確認する。

 セルヴェスも窺うような表情でマグノリアを見た。


「まあそうですね……」

 ディーンやリリーはともかく、ガイがいるために濁しながら返事をする。


「ティビチもか?」

 名残惜しそうにてびちを見遣るセルヴェスを見ながら、マグノリアは口を開いた。


「……おじい様とガイが食べる分を買いましょう……」


 そこまで言ってハッとする。


「ちょっと、ガイ! まさかご当地ビールを飲もうって思ってないでしょうね!?」


 マグノリアが盛大に眉を寄せた顔でガイに詰め寄る。

 沖縄と言えばオリオン〇ールであろう。……もしかすると泡盛という選択もあるかもしれない。

 前回北海道らしき食べ物の領地ではソフトカ〇ゲンが出てきたのだ。今回は沖縄らしい飲み物が出て来ても何の不思議もない。


 案の定、ギクッとした表情のガイと、お店の人から試食用のサーターアンダギーを貰ってモグモグと口を動かすディーンが揃って振り向いた。


「な、なんでそれを……?」


 誤魔化し笑いをしながらガイはセルヴェスに視線を向ける。

 言っていないとばかりに首を振るセルヴェス。


「馬車を繰るんだから、宿に着くまでお酒は駄目!」

 ビシッ! と指をさして念を押す。


「……つーかお嬢、たまにおっかさんみたいな言動をするっすよねぇ……」


 口を尖らせるガイとジト目のマグノリアを交互に見ながら、ディーンがコクコクと頷いた。

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