気づく
マグノリアの誕生日の朝の事。
クロードは朝早くにやって来た鴉から書簡を抜き取ると、ひと撫でして空へ放った。
褒美を寄越せとばかりに旋回して鳴いていたが、鴉の寝床を指さすと、ちゃんと向こうに用意してあるという事が伝わったらしく、現金にもイソイソと飛んでいった。
そして小さな書簡を開くと。
ジェラルドからの返信には、一言「了解」とだけ書かれていた。
信頼の上なのか、仕方ないという事なのかは解らないが、とりあえず理解はしたらしい。
書簡を丁寧に折りたたむと、取り急ぎ懐中時計の蓋を開けて中へ滑り込ませる。そして大切にポケットにしまい込んだ。
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マグノリアは、鬱々とした気持ちのまま窓の外を見る。
外は憎らしいほどのどピーカンであった。
本戦当日が来てしまった……ため息どころの話ではない。
一体、曾祖母はどんな気持ちで武闘会を迎えたのだろうか。
歴史書によれば、砂漠の国に危うく捕虜にされそうだったのを回避するため、各国の人間が砂漠の国の皇帝に詰め寄った事から開催されたのだと聞く。
……自分の見た目その他のせいで国が傾くとか争い事が起こるとか……本当に居た堪れないと思う。
「……ポーションが一本、ポーションが二本。ポーションが三本……」
「ちょいちょいちょい! 何なの、このどんよりした感じは!!」
半分は既に現地に運び込まれているが、半分は後ほど搬入となる。
事故や盗難で全滅するのを防ぐためだ。
貴重品ゆえに毎日保管庫に保管されているポーションを数えていると、勝手知ったるヴァイオレットが扉を開けて入ってきた。
慌てて何かを祓う様に両手で頭の上をパタパタさせる。
「マグノリア、お誕生日と成人おめでとう!」
「うん……ありがとう」
景気づけようとニッカリと笑うヴァイオレットに、マグノリアは非常にゲンナリした顔で返す。
「だー!! めっちゃ暗いわね!」
「わざわざ来てくれてありがとう」
長期休みでもないのに、わざわざ駆けつけてくれたのである。
「そりゃあ、親友の一大事だもの。勉強なんてしてる場合じゃないっしょ?」
「有難いけど、学校はなるべくちゃんと行きなよ?」
一応中身年長者として、苦言は呈しておく。外見は同じ歳だけど。
馬車で会場に向かいながら、他愛もない話をして気を紛らわす。
こちらに戻ってきている筈のディーンと、未だ直接話をしていない。無事到着したという知らせが届いているアーネストも、未だまともに顔を合わせていなかった。
ふたりともマグノリアの性格を知っているため、とてもこの状況を喜んでいるとも歓迎しているとも思えず、遠慮しているのだろう。
ディーンに関しては未だわだかまりがあるのかもしれない。
従僕を辞めて騎士になった事もだし。幼馴染の友人だったのに、それだけじゃなくなってしまった事。
マグノリアも集中したいだろうふたりを思い、予選会をのぞいて無事を確認するのみだ。
そんな感じなのに更になぜか。
何がどうなってなのか、クロードまで武闘会に参加すると聞き、思わず耳を疑ったのがつい数日前だ。
ラドリと同じで、他の人よりもマグノリアが断りやすいから?
辺境伯になって、舞い込んでくる(きてる)見合い話避け?
元が乙女ゲームだけに、今度はどこぞのラノベ宜しく、偽装婚約を持ちかけられる?
でも、それならば何で相談してくれないのか。
まるで真意が見えない。
そうマグノリアが言えば、珍しく困ったような顔をして、後で話すと言われたのだった。
ニヤニヤするガイは今更だが、リリーとセルヴェスに残念な者をみる表情で見られて、首を捻る。
……思わず面白がって、ガイまで出場すると言い出したらどうしようかと本気で心配したのは内緒だ。
馬車を降りて、普段はのんびりした競技場跡に足を踏み入れる。
既に幾つか試合が行われているらしく、大きな歓声が上がっていた。
モンテリオーナ聖国から派遣された六名の治癒師達は未だ席で控えており、誰も怪我をしていない事に安堵する。
二面に分けた会場近く、見知った顔達を確認してほっとする。
会を見守るため、早くから詰めているセルヴェスと目が合ったので、手を振って来場を知らせる。
……満面の笑みで手を振られ、ちょっと苦笑い気味で手を下げた。
観客席だった場所に座りながら、ヴァイオレットが未だ会場をみつめたままのマグノリアを見上げた。
「で、答えは出たの?」
「答え……」
――どうか、みんなが怪我せずに無事でありますように。
マグノリアの本心だ。
勿論、知っている人間以外の参加者も怪我をしないようにと願っている。
(頑張って、――――……。…………?)
…………?
…………。……………………。
(…………ん?)
「……えっ?」
無意識に名前が浮かんだ名前に、マグノリアの顔がぼぼぼっと赤くなった。
(――何で、何でここで個人の、その人だけの名前が浮かぶの!? え、ええええぇぇぇぇぇっっ!?)
たまたま? 私、そもそも何で動揺してるの?
え。まさか……そんな、まさかなの!?
顔を真っ赤にしたまま、思わず両手で顔を覆った。
急に挙動不審になったマグノリアに、ガイが不思議そうに尋ねた。
「どうしやした、お嬢?」
首を振ったり、手をあわあわさせては、思わず涙目になる。
ああ、どうして今日に限ってリリーが側に居ないのか!
危険だから。万一飛んできた武器がエリカに当たったら、危険だから同行を止めたんだケド……!
「ちょっ、どどどどどどどどうしようっ!?」
「んっ? ななななななな何なにナニっ!?」
急にテンパリ出したマグノリアに、ヴァイオレットも混乱して、お互い手のひらをがっちりと組み合う。
まるでホラー漫画のような表情で首を振った。
「ひーーーーーーっ!?」
「なーーーーーーっ!?」
「????」
ヘルプ・ミー! ヘルプ・ミー!! 緊急事態発生です!!
*****
多少の怪我人は出たものの、大会は概ね順調かつ安全に運営されていた。
警備を担当しているギルモア騎士団が目を光らせているのもあるだろう。
多少重めの怪我には、ポーションや治癒師が控えているために大きな混乱もなかった。
「やっぱり、帝国の人間が多いっすねぇ」
大陸一の軍事国家と言われるマリナーゼ帝国だ。命令系統や徹底した統率力、一糸乱れぬ団結力もさることながら、総じて各人の戦闘能力が高いとみえる。
元々その武力を示したいところもある人間が多いのだろうが、ユリウスの父である皇帝がマグノリアを気に入ったのもあるのだろう。是非とも帝国に嫁に来てほしいと思っているようで、目ぼしい騎士達に声がけをしたらしく、ユリウスから詫びの手紙を貰ったのは記憶に新しい。
一応止めてくれたらしいが、案の定話を全く聞き入れなかったのは予想通りだ。
……うん、想像はつく。あの皇帝は豪胆な上に、お祭り大好きなパリピなのだと思う。悪い人ではない。
だが問題がないかどうかは、また別な訳で。
ユリウスも苦労をするなと同情を禁じえない。
上位十名が出揃ったところで、その半数がマリナーゼ帝国の人間であった。
ガイの言う通りである。
ここからの試合は全て圧巻といって良いものだった。
五組全てが、帝国騎士対他国の人間という組み合わせになる。
ある程度の実力者で同じ国の者同士であれば、訓練などで手合わせしている事も多いであろう。
どうせなら手の内を知らない者同士の方が良いだろうという事と、同じ国同士でつぶし合うよりは他国の人間と戦う方がやり易いだろうという配慮だ。
尤も、そんな気遣いは不要だと言われるかもしれないが。
クロードは危なげない剣技で瞬殺だった。
人型になったラドリはその優し気で大層美しい姿に一瞬の乱れもなく、まるでタクトか何かを扱うように剣を払いながら一・二度舞うと、対戦相手が白目を剥いて倒れ込んでいた。
……怖い。変な妖術とか使っているんじゃないだろうなと、思わずじっとりと見てしまうのは仕方がないであろう。
他の大陸から来た例の釣書のケツ顎の御仁は、一瞬危ない場面があったが激しく打ち合うと力で押しやり、辛くも勝利した。
意外なのはアーネストだ。
その見目から型通りの美しい剣を振るうのかと思えば、相手の出方により大きく形を変える臨機応変なそれで。
クロードやラドリの剣よりも、ジェラルドの剣さばきに近い。きっと、確実に倒すという、遭遇してきた環境に依るものなのだろう。
そして何よりも、ディーンだ。
正直、ディーンがここまで勝ち進んでくる程強くなっている事に驚きで。
どちらかと言えば怖がりな少年だった筈だが、沢山の努力と強い気持ちのなせるものなのだろう。気迫あふれる試合を見せて、帝国騎士相手に競り勝った。
息が詰まって、大きく深呼吸する。
ディーン、アーネスト、ラドリ、クロード。そして他大陸からの騎士だというケツ顎がそれぞれの位置から、観客席に座るマグノリアを見つめていた。
きっとゲームだったら、彼らのどアップのスチルと共に、
『可愛い彼。優しい彼。面白い彼(鳥)。頼れる彼。……あなたは誰に決める?』
そんなナレーションに煽られそうである。
尚、ケツ顎はどういう枠で出演させれば良いのか。ワイルド枠? 厳つい枠?
……わからないので省略しておく。
こんな真面目な場面でふざけてはいけないのはよく解かる。痛い程に解る。
だが、居た堪れない。ひじょーに居た堪れない!
更には先ほど自覚したばかりの感情がマグノリアの内に戻ってくる。
……じっと見つめられては鼓動が跳ね、思わず視線を彷徨わせた。
中身いい年をして、何故こんなティーンエイジャーも真っ青な気持ちに振り回されているのか……地球で恋愛のひとつやふたつ、しただろうに。
身体年齢が十代だからなのだろうか……
自分がしょっぱすぎて悲しくなってくる。
もう長い事ずっと知っているというのに、なんで今の今まで?
これからどんな表情をして顔を合わせればいい?
しかし。そんな甘酸っぱ&しょっぱい感情に混乱するマグノリアをあざ笑うかのように、不幸が忍び寄っているのであった。




